黒夜行 2005年05月28日 (original) (raw)

先に書いておこう。
本作は素晴らしい。とってもいい。是非とも読んでもらいたい。僕だって、何回か読み直してもいいって思ってる。どうか、読んでみてください。
知り合いが犯罪者だったら…?「もしも」なんて言葉で始まってもシャレにならないこんな状況。「友達の姉が援交してる」とか、「母親の知り合いが人を殺した」とかなら、それでもまだ「人ごと」として切って捨てられるかもしれない。
同級生が、しかも、同じクラスの知り合いが、通り魔だとわかったら…。
本作は、そんな状況での、クラスメイトの日常を見事に描ききっている。
僕だったら…と考えてみる。同じクラスで一緒に授業を受けていたのに、ある日突然、「彼は通り魔でした」なんて言われて姿を消して、なんて、そんなの、
リアルに捉えられるわけないと思う。
僕だったら、初めは「えっ」って少しは驚いて、でもしばらくして「ふ~ん」に変わって、それから後は「あっそ」になってしまうかもしれない。そんな気がする。
それは冷たいのかもしれないし、無責任なのかもしれない。でも、どんなに身近な出来事だって、最終的には「人ごと」にしてしまわないと、やってられないと思う。
家族との関わり方も難しい。家族、というのは、重松清の作品のテーマでもある。
中学生なんて、そもそも家族との関わり方は難しい時期だろうと思う。それぞれの過程で千差万別だろうけど、でも、結局誰かが我慢する形でしか、その時期は乗り切れない。子供が我慢するか、親が我慢するか…
息子の同級生という、「少年A」とは遥かに違うレベルでの関係に、家族はどう接するべきだろう。人はそれぞれ分かり合えないものだけど、中学生の息子の気持ちをわかろうとするのなんか、めちゃくちゃ難しい。
そう、僕だって、少し前までは中学生だった。少し前、と言えるぐらいの間だけど、でも僕は中学のことなんか全然覚えてない。自分や家族や友達や先生やそれ以外のあらゆることについてどう考えていたのかなんてわからない。誰もが中学生だったはずなのに、時代は違うのかもしれないけど、でも、中学生の頃の自分のことなんか忘れてる。
だから僕は、僕より全然大人のはずの重松清が、ここまで瑞々しく、見事に、鮮やかに、中学生の心理を、中学生の葛藤を、そして中学生そのものを描ききっていることに、すごさを感じている。
内容の紹介をしようと思う。
まだ出来て新しい、桜ヶ丘ニュータウンという住宅地が舞台。そこに住む、中学生の「エイジ」は、公立中学に通っている。勉強だってそこそこできるし、別に悪いことをするわけでもない、普通の中学生。
今は夏休み明けの二学期。夏休み開始直前ぐらいから、その桜ヶ丘ニュータウンでは通り魔事件が続発していた。女性を後ろから殴りつける事件が、既に二十数件。休み明けの学校は、そんな話題で持ちきりになる。それでもみんな「ふつう」に過ごしている。エイジは好きな子が出来たけど片想いだし、バスケ部は膝の故障で止めちゃったし、でも、学校はいつも通りだし、家族だっていつも通り。
本作の素晴らしいところは、その「いつも通り」をめちゃくちゃしっかり描いているところで、学校でのことも、家族とのことも、細かくリアルにしっかりと描かれ、読者はそんな「いつも通り」をちゃんと知ることができる。
噂は突然流れる。通り魔が逮捕されたらしい。しかもどうやら中学生らしい。うちの学校かもしれないぞ…ふとクラスを見渡して、今いない奴を探してしまう…そういえば、一人だけ、来てない。
先生から何も説明されることはなかった。なかったけど、みんな知っている。あいつが、通り魔なんだ、と。
別に、そこまで大して何も変わらない。みんな普段通りだ。深刻になったり、暗くなったり、そんな全然大丈夫。確かに、クラスメイトが通り魔だったなんて大変だけど、でもやっぱり人ごとなんだ…
そう誰もが思いたいけど、でもやっぱりどんどん変わっていく。
一つの事件は、周囲の多くの人間を巻き込んで影響を与えていく。直接危害を加えられた人間だけでなく、どんどんと、まるで雨に濡れたコンクリートが黒く変色していくように、じわじわと何かを変えていく。
物語は、通り魔のクラスメイトがクラスに帰ってくるまで、続く…
著者は、クラスメイトの逮捕を、三人の人間に、それぞれ別の感じ方をさせている。
まず、タモっちゃん。学年一の優等生。クールで無駄が無い。彼は、周りが騒いでいる時もいつも冷静で、「関係ないだろ」っていう態度を貫いている。
次にツカちゃん。悪ぶっているけどとても優しい奴。通り魔の事件をネタにして笑いを取るようなお調子者だけど、でも、段々と彼も変わっていく。通り魔の事件の被害者のことを考えることを止められなくて、どうしようもなく不安になっている。桜ヶ丘ニュータウンで相次ぐ事件に、元来優しい彼は、沈んでいくことになる。
そして最後にエイジ。彼は、ツカちゃんとは逆に、通り魔の犯人の方のことばかりを考える。特に親しかったわけでもない。「何でそんなことをしたのか?」なんて疑問を直接考えたりはしないけど、少しずつ、歯車がずれるようにして変わってしまった学校や家族との関係に軋みが、彼の思考をどんどんと深まらせる。最後はついに、「見えないナイフ」を振り回し、「その気」を押しやる場所を見つけようともがくことに…。
ツカちゃんがとてもいい。クラスの盛り上げ役で、でもとても繊細。馬鹿なことばっかり考えたり言っているようで、でも真剣。とにかく、彼がいなかったらこの物語は成立していないだろう、ってぐらい、僕にとっては重要人物。
それとエイジ。彼も好きだ。彼が考えるあれこれが、わかるようでわからない。「今まで、答えがわかるようなことしか考えてこなかったんだ」みたいなセリフがあって、なんかすごくわかるって思った。ふとした時に立ち上がる思考や行動の切れ端が、理解できたり不可解だったりで、でもそれが中学生特有っていうような、それも意味不明だけど、そんな何かを感じさせてくれて、なんかとてもいい。
本作では、通り魔の事件だけじゃなくて、エイジのバスケ部の関わりとか、エイジの片想いの話とか、そういう、「普通の学校生活」を描き出すような部分もあって、でもそういう部分もとてもいい。どこを切り取ってもいい話だと思う。
こんな場面があった。バスケ部でシカトされているキャプテンとバスケをしている場面。どちらもシカトの事実は知っているけど、でも言わない。認めたり同情したりするのはかっこわるいってわかってるからだ。でも、エイジが好きな女の子はそうじゃない。キャプテンのこと、助けてあげなよ、ってアドバイスする。そんな時、どちらからともなくこういう。
「オンナってバカだよな」
そういうお前らオトコの方がバカだよ、って言いたくなるようなシーンだけど、でもわかる。
何度でも言うけど、素晴らしいです。是非とも、読んで欲しいです。

重松清「エイジ」