黒夜行 「リトル・ダンサー デジタルリマスター版」を観に行ってきました (original) (raw)

実にシンプルな物語だけど、とても気持ちの良い物語だった。誰もが「良い映画だよね」と言うだろうし、人にも勧めやすい。さすが「名作」と言われているだけのことはあるなと思う。

しかも本作は、恐らく現代ではちょっと成り立たないだろう。というか、本作は2000年制作の映画なのだが、物語の舞台は1984年である。「1984年」という数字に意味があるのか(例えば、ジョージ・オーウェルの『1984』と関係があるのか)はよく分からないが、恐らく「2000年が舞台だと成り立たない物語」だったんじゃないかと思う。それは「炭鉱の町でストが起きている」という、割と本作の根幹となる設定にも絡んでくるのだが、もう1つ、「バレエは女がやることだ」という感覚もまた、2000年のイギリスではもう通用しなかったんじゃないかという気がする(これは僕の勝手な予想だが)。

そう、本作は、「男はバレエなんかするな!」という、マチズモ全開の世界観で展開されるからこそ良いのであって、そういう舞台設定なども含めて良かったなと思う。

というわけで、まずは内容の紹介をしよう。

ダーラムという貧しい炭鉱の町に生まれ育った11歳のビリー。普段は、ちょっとボケ始めているのだろう祖母の世話をしたり、近所のボクシングジムに通って弱っちい姿をさらしたりする、どこにでもいる少年である。母親は、どうやら病気で亡くなったらしい。今は、祖母と、炭鉱で働く父と兄の4人で暮らしている。

しかし、その炭鉱が大変だ。経営側と労働組合の条件交渉が折り合わなかったのだろう、労働組合はストに踏み切った。兄のトニーはストのリーダーであるようで、ピケを張ったり、組合の取り組みを破って鉱山にバスで向かう「スト破り」に卵を投げつけたりと忙しい。サッチャー首相が、「炭鉱でのストは、国家に背く行為だ」と発言するなど、イギリス全体で問題になっていた。

しかしビリーには、そんな大人の世界は関係ない。彼は、仲の良い友人マイケルが嫌がるボクシングジムに通い、全然強くなくて逃げたり倒されたりしているばかりなのに、ボクシングを頑張って続けようと思っている。

というのも、ビリーが使っているボロボロのグローブは、祖父が使っていたもので、父から子の3代に渡って受け継がれているのだ。つまり、ビリーがボクシングを頑張る理由は、「父親がそれを望んでいるから」なのである。

しかしある日、思わぬ出来事が起こった。ストのために部屋が必要だったのだろう、階下で行われていたバレエの練習を、ボクシングジムの半分を使って行うことが決まったのだ。ビリーはボクシングの居残り練習をさせられており、ジムの鍵はバレエのウィルキンソン先生に返すように言われた。そして鍵を返そうとバレエの集団の方に近づくと、先生の娘デビーから「踊ったら?」と言われ、そのまま女子の練習に参加することにしたのである。

ボクシングもバレエも、週に50ペンス支払う必要があった。お金のないビリーには、両方は無理だ。でもビリーは、バレエがやりたくなっていた。そこで、父親には内緒で、ボクシング用にもらっていた50ペンスをバレエの先生に支払い、そのままバレエの練習を続けたのである。彼は図書館で、「小学生には貸せない」と言われたバレエの本をこっそり持ち出し、家でターンの練習をするなど、バレエにのめり込んでいった。

しかし当然、そんな状態が長く続くはずもない。父・ジャッキーは、仲の良いボクシングジムの先生から、「50ペンス払えないなら無料でもいいんだぜ」と言われる。ジャッキーには意味が分からない。どうやらビリーは、しばらくボクシングジムを休んでいるようなのだ。そこで様子を観に行くと、息子がなんと女子たちに混じってバレエを踊っている。

父親としては、まったく許容できなかった。そこでビリーに「止めろ」と諭すが、ビリーは聞かない。「理由は?」と聞いても口にしない父親に代わって、ビリーは自ら、「バレエをやってるからって、オカマじゃない」と口にする。しかしそれでも父親の気持ちは変わらず、「お前はバレエもボクシングも止めて、家でばあ様の面倒を見ろ」と突きつけた。

さすがに父親には逆らえないビリーは、こっそりとウィルキンソン先生の家へと向かい、父親が反対するから辞めようと思ってるという話をする。それを聞くと先生は「残念だ…」と零す。その言葉を聞きとがめたビリーがさらに聞くと、「素質があるから、バレエ学校のオーディションを受けてみないかと思っていたの」と言われた。

こうして2人は、こっそりバレエの練習を続けることにするのだが……。

物語は全体的に予想通りに進んでいくし、特に驚くような展開もない。ただ、「家族に理解されないけれども、バレエに魅入られてしまったビリーの情熱」や、「炭鉱のストを背景にした父親の思いがけない行動」など、ぐっと来る人間ドラマが盛り込まれていて、凄く良い。特に、父親は良かったなぁ。と書くと若干ネタバレ的なことにもなってしまうかもしれないが、そうだとしても「父親が具体的にどんな行動を取るのか」までは分からないと思うのでいいだろう。

しかし、「炭鉱のスト」が物語にここまで密接に絡んでくるとは思わなかった。「バレエに打ち込むビリー」と「父と兄が積極的に関係しているスト」は、あまり関わりがなさそうに思えるだろうが、特に後半に入ると、物語は主に「ストに関係する出来事」によって動いていくことになる。ビリーが窮地に陥るのも、父親が思いがけない行動を取るのも、「スト」という背景があるからこそである。またそもそも、ビリーがバレエと出会うきっかけも、結局「スト」に関係している。その舞台設定の使い方が凄く良かったなと思う。

まあ、現代の感覚からすると、「ビリーが頑張ったから家族が認めてくれた」的な展開はあまりにもシンプルすぎて、現代に作られた映画だったらこれほど良くは感じられないかもしれない。そういう部分もまた、「昔の名作」でこの物語が描かれていることの良さかなという感じがする。

あと個人的に凄く印象的だったのが、バレエの先生の娘デビーとの会話だ。正直、「えっ?」と思うようなやり取りをしていて、作品全体の中でちょっと異質に感じられた。「見せなくたって好きだよ」は良い返しだなと思ったけど。ただ、イギリス人の感覚的には、これぐらいの会話は普通なのかもしれない。その辺りがよく分からないが、作中ではそこまで重要な人物としては出てこないデビーが、メチャクチャ強烈な印象を残していたなと思う。

そんなわけで、物語的にはムチャクチャシンプルだし、「予想した通りに展開する」というような作品だと思うけど、やっぱりシンプルな王道が一番強いよねということを実感させる物語でもある。しかしホント、父親が心変わりして思いがけない行動を取ったシーンは感動的だったなぁ。

「リトル・ダンサー デジタルリマスター版」を観に行ってきました

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