アジアの権威、エズラ・ヴォーゲル ハーバード大学名誉教授 に聞く(後編) (original) (raw)

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アジアの権威、エズラ・ヴォーゲル ハーバード大学名誉教授 に聞く(後編)

『トウ小平』の著者が指摘する尖閣諸島問題のリスク

1979年にベストセラー『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を出版、中国研究でも知られる米ハーバード大学のエズラ・ヴォーゲル名誉教授。2000年に教職を退いた時に鄧小平の本を書くと決意、以来、10年強をかけて執筆し、2011年に『Deng Xiaoping and the Transformation of China』を出版した。同書は、外交関係書に贈られるライオネル・ゲルバー賞、全米出版社協会PROSE賞特別賞を受賞したほか、英エコノミスト誌、英フィナンシャル・タイムズ、米ウォールストリート・ジャーナル、米ワシントン・ポストなどの「ブック・オブ・ザ・イヤー」などにも選ばれ、世界の注目を集めた。

本日お届けするのは、このほどその日本語版『鄧小平 現代中国の父』の出版に伴い来日したヴォーゲル氏に聞いた中国の捉え方、見方の後編だ。日中関係の緊張が続く中での日本の課題、著書『鄧小平』の中国語版出版に伴う苦労話などを中心にお伝えする。

1986年に胡耀邦が失脚し、その胡耀邦が死去したことに伴って発生した1989年4~6月の天安門事件――。その対応の仕方に問題があるとして責任を問われた趙紫陽も失脚しました。このように鄧小平の後継者が相次いで姿を消したことで、江沢民が急遽、総書記に就任したわけですが、これは想定外の展開だったわけですね。

エズラ・F・ヴォーゲル(Ezra F. Vogel)
1930年7月9月米オハイヨ州デラウェア生まれ。50年に米オハイオウェスリアン大学を卒業。アメリカ陸軍に2年間勤務した後、58年にハーバード大学で博士(社会学)を取得後、日本語と日本の家族関係の研究のために来日し、2年間滞在。61年秋から中国研究及び中国語の習得にも着手、広東省の社会変容の研究で顕著な功績を残す。67年ハーバード大学教授(社会学)、72~77年同大学東アジア研究所長、80~88年同大学日米関係プログラム所長、95~99年同大学フェアバンク東アジア研究センター長などを歴任。79年に出した『ジャパン・アズ・ナンバーワン』は日本でベストセラーになった。(撮影:的野弘路、以下同)

ヴォーゲル:そうです。鄧小平は3回も失脚した末に、トップに立ったおかげで中国という国を将来どう導いていくべきか考える準備期間が何年もありました。しかし、江沢民は、趙紫陽が天安門事件で失脚したために、上海市長から急遽、準備期間がないまま1989年6月24日に総書記に就任しました。そして、さらに93年からは任期が5年間の国家主席を2期務め、計13年間、中国の指導者を務めました。

江沢民に対してはいろいろな批判がありますが、天安門事件の直後、外国からの制裁も続くなど厳しい時代で、しかも前もって考える暇が全くなかったにもかかわらず、自らよく勉強し、人の意見にもよく耳を傾け、中国をかなり上手に統一しつつ導いたと私は評価しています。

私を含め、多くの中国専門家の間では、胡錦濤よりも江沢民のほうが指導者としてはよくやったという評価です。経済制裁という問題が存在しましたが、海外の様々な要人ともうまく友人関係を築き、腐敗問題もそれほど激しくはならなかった。それに比べ、胡錦濤は堅かったですね。だから、海外に友人をつくることもなかなか出来なかった。

尖閣問題をすごく心配しています

ソ連が巨額の国家予算を軍事費に投じたために経済が疲弊していったのを見て、鄧小平は中国が膨大な軍事費を負担しなくていいように、中国に対するソ連の脅威を払拭すべく日本及び米国との国交を復活させるなど、諸外国と関係を改善させました。その狙いは、ひとえに「中国の経済発展を最優先するためだから覇権は唱えない」というものでした。しかし、近年、中国の外交政策は変質してきたように思えます。特に対日政策は強硬になっています。

続きを読む 米国は尖閣の所有権については立場を明確にしていない

ヴォーゲル:確かに中国は少し変わってきました。日本に対する外交政策が変わった理由は2つあると思います。

1つは、90年代の中国の愛国教育です。中国の指導者は天安門事件以降、学生が再びデモを起こすのではないかと非常に警戒していました。特にソ連や東欧諸国の共産主義体制が崩壊しただけに、強烈な危機感がありました。もし学生デモが再び発生すれば、中国も崩壊する危険がある、と。

そこで愛国教育をすることによって、学生たちに自分の国を愛するように仕向ければデモ発生のリスクを減らすことができると考えたわけです。それに最も役に立ったのが、第2次大戦中に培われた反日感情を利用することでした。

もう1つは、中国が日本の経済に追いつけ追い越せと頑張って日本を抜き、自信を深めたことがあります。自分たちは戦前から列強に抑圧され、小さな島国の日本にも戦争で大変な事態に遭わされたが、アヘン戦争以来170年を経て、ようやく大国としての地位を取り戻しつつある、という認識です。

尖閣諸島を巡る問題も解決の兆しが見えません。

ヴォーゲル:尖閣諸島問題の解決は難しく、長く続くでしょう。これは大変に危険な問題で、戦争になるリスクもあると見ており、僕は非常に心配しています。日本も中国も「戦うことはしないようにしよう」という考えは持っている。そこに希望はあります。しかし、日本が国有化に踏み切ったことをきっかけに、尖閣を巡る状況は危険になった。僕は本当にすごく心配しています。

日本が尖閣諸島を国有化したことに対する中国の反応については、2つの可能性があると見ています。1つは、中国が「日本は本当に大きく変わったのだ」と思い、非常に驚いて「危ない」と感じたという可能性。もう1つは、中国国民の反日の気持ちが強くなれば、それは中国に対する愛国主義の気持ちが強くなることを意味するわけで望ましい、と考えているという可能性です。

いずれが正しいのか、判断しにくいところです。両方の可能性もありえます。

米国は尖閣の所有権については立場を明確にしていない

石原さん(当時、都知事だった石原慎太郎)が尖閣諸島で何か行動を起こせば問題が大きくなると考えて、野田さん(当時の野田佳彦首相)は国有化を決めたと聞いています。その判断自体は、野田さんの間違いとは僕は思いません。中国の反応があれほど大きくなるとは、彼は知らなかった。それは野田さんに届いていた情報分析が間違っていたということでしょう。

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