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老子道徳経

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読書

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ろうしどうとくきょう

中国の春秋時代の思想家である老子が書いたと伝えられる書。

老子

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かえるさんとにわとりさん「四字熟語」9ヶ月前

善者不弁(ぜんしゃふべん)善者不弁 今回は善者不弁(ぜんしゃふべん)です。 多くを語る人は誠実ではない、善い人ではない、ということです。 そんなこと言ったら芸人さんはみんな悪じゃん。 それは別にそういうことじゃないでしょう。 老子が言いたいのは、一回逆に考えてみろ、ということですよね。 どういうこと? 何でそんなにきれいな言葉をたくさん喋るんだろう、とか、親切にしてくれるには意味があるかも、とか、視点を増やすってことです。 視点を増やすと何が良いのさ。 思い込みを減らせます、腹が立ったら相手の言い分を弁護してみるとか、そういうことです。 あ、そういうことか。簡単に決めつけないことでもあるんだね。 そういうことです。 出…

#善者不弁#老子道徳経#老子

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35ブックマーク出典『老子道徳経』 (中略) 馬王堆帛書では「大器免成」であり大器に完..anond.hatelabo.jp

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6ブックマーク老子道徳経の読み方は、Amazonでも購入いただけます! - TAOの本 専門『早島BOOK SHOP』道家道学院オンラインショップのブログhayashimabookshop.hatenablog.com

5ブックマーク『黒澤一樹「老子道徳経」』ameblo.jp

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かえるさんとにわとりさん「四字熟語」9ヶ月前

知者不博(ちしゃふはく)知者不博 今回は知者不博(ちしゃふはく)です。 本当の「道(みち:タオ)」を知るものは、博識ぶらない、ということです、「ちしゃひろからず」とも読みます。 知者は知者で博識ぶっても良いんじゃない? そうすると、物知りと思われることが目的となり、相手を言い負かす内容の無い言葉ばかりが世の中にあふれてしまいますね。 ある意味、今がそうか。 そうかもしれません、人の喜びや生きがいは一通りではありません、しかし、「幸せ」になる、「幸せ」に向かうことが使命づけられているかのようですね。 「幸せ」は良くないの?目指さない方が良いの? そもそも「幸せ」の内容が全員違うと思うんですよね、しかし、「幸せ」を目指し…

#知者不博#老子道徳経#老子

かえるさんとにわとりさん「四字熟語」9ヶ月前

弁者不善(べんしゃふぜん)弁者不善 今回は弁者不善(べんしゃふぜん)です。 口が上手い人は善が足りない、少ない、ということです。 かえるさんは喋りっぱなしの仕事じゃん。占い師だから。 いや、まあよく喋る方だとは思いますが、昔はそりゃあもう喋りっぱなしでした。 しかし、しっかり相手の言いたいことを聞くのも大切だと思いますよ。 以前は「聞かなくても判る」と思っていましたがそういう問題ではなく「言いたい」という気持ちを考える様になりました。 なるほど、判るけど聞く、ってことか。 それは、相手の自分で言いたいという気持ちを尊重するということです、これは相手の気持ちを考えるということの一例ですよね。 なるほどね、そういう視点もあ…

#弁者不善#老子道徳経#老子

かえるさんとにわとりさん「四字熟語」9ヶ月前

信言不美(しんげんふび)信言不美 今回は信言不美(しんげんふび)です。 本当の言葉こそ美しくない、ということです。響きの美しい言葉こそ信用ならない、ということです。 どういうこと? きれいな言葉というのは飾ることばかりで内容が無い、ということです。 そうかもしれないけど、どうしてだろう? 人は自分が望むことを「美しい」と思うからです。 出典は「老子道徳経」世に言う「老子」でした。

#信言不美#老子道徳経#老子

かえるさんとにわとりさん「四字熟語」9ヶ月前

博者不知(はくしゃふち)博者不知 今回は博者不知(はくしゃふち)です。 いわゆる物知りの人は物知りではない、ということです。 物知りは物知りでしょ? 物を知っている、というのは思い込みが強いとも言えます、感じたままの自分の気持ちではなく知識で決めつけてしまう所があります。 あー、そういうことか。 子供の素直なモノの感じ方の方が素晴らしいと思うこともあるね。 そして、自分を博学と思っているものは知っていることを押し付けようとします、それも「モノの判らぬ者」と言えるのではないでしょうか。 どういうこと? 判らぬはずのことを判る、と知った風なアドバイスをすることなどです。 世の中を簡単にとらえているからこそ、そんなことが出…

#博者不知#老子#老子道徳経

かえるさんとにわとりさん「四字熟語」9ヶ月前

聖人不積(せいじんふせき)聖人不積 今回は聖人不積(せいじんふせき)です。 聖人は積まず、要するに溜め込まない、ということです。 そんなこと言ったって溜め込みたいじゃん。 自分がやるべきことが出来ていないと不安になる、そうなると、溜め込もうとする、溜め込もうとすると、自分のやるべきことから遠ざかる、ということです。 でも、何かあったら困るから少しは溜めたいでしょ。 別に、限界まで托鉢僧みたいにしなくてもいいですよ、ただ、本分を忘れてやると、最後自分は何をしていたんだろう?ってならないように、ってことです。 なるほどね、人生はみんな一回だから加減が難しいわ。 出典は「老子道徳経」世に言う「老子」でした。

#聖人不積#老子道徳経#老子

かえるさんとにわとりさん「四字熟語」9ヶ月前

正言若反(せいげんじゃくはん)正言若反 今回は正言若反(せいげんじゃくはん)です。 真に正しい言葉はむしろ逆に聞こえる、ということです。 どういうこと? 例えば「お金があれば幸せだ」という言葉ですが、口では「お金だけじゃないよね」と言いつつも人生全体ではお金ばかり追いかけて自分を見失う人が少なくないですよね。 まあね。 でも、細かいお金にこだわることで、色々知ったり倹約自体を楽しみにしている人とは今の話は同じに出来ませんね。 なるほど、一見似ているようでも違うね。 逆に、お金無い、と思うことで楽しみを得ているとも言えます。 しかし、実際にお金がたくさんあっても、全然喜びにつながらないむしろさらに渇望する人もいます。まさに地…

#正言若反#老子道徳経#老子

かえるさんとにわとりさん「四字熟語」9ヶ月前

不相往来(ふそうおうらい)不相往来 今回は不相往来(ふそうおうらい)です。 接触をしない、関わらない、ということです。 文脈としては老いて死ぬまで接触しない、関わらない、という意味です。 全然関わらないってこと? そうです、「老死不相往来」と書かれることも多いです。 老子だから、人と会って羨ましいと思ったり、今の自分を見失ったりすることを諫めてるのかな。 そういう面もあると思います。そして、不幸だ、不幸だ、というのなら無理に外に出て行かなければ良い、という言い方をしています。 実際に出て行かなければいい、とも、出ていくなら覚悟していけばいい、とも聞こえるね。 そして、やってこそ判ることもあります、それは不要だと気付いた…

#不相往来#老子道徳経#老子

かえるさんとにわとりさん「四字熟語」9ヶ月前

民至老死(みんしろうし)民至老死 今回は民至老死(みんしろうし)です。 民が老死に至る、ということですが、文脈としては、小さな国に収まって生きていれば、他に行きたいと思わず、他を羨ましいとも思わない、そういう分を知った生き方が理想であって、そうであれば民は老死まで平和に過ごせる、という文章です。 という風にも取れますが、逆に「それで楽しい?」という問いを老子が投げかけているようにも感じるのです。 え、老子だから良いんじゃない? むしろ、みんないつも悩んでるけど、悩みが無いってこんな感じだよ、って言っているようにも感じられるのです。 あー、なるほどね。 上手く行かない、思ったようにならない、そのこと自体がそんなに不幸な…

#民至老死#老子道徳経#老子

かえるさんとにわとりさん「四字熟語」9ヶ月前

常與善人(つねにぜんにんにくみす)常與善人 今回は常與善人(つねにぜんにんにくみす)です。 天は常に善人に与(くみ)する、与える、ということです。 老子の言う「善人」って判りにくいよね。頑張っていれば善ってわけでもないでしょ。 「上手く行く」「もっと富みたい」というような頑張りは簡単に言えば不平不満の元であり、他者への妬みや恨みの元です。 そこそこ、じゃあ、頑張らないのが偉いの? そうではありません、人生の中で、自分が本当にやるべきことを見つければ他者の評価や結果の有無とは関係なく、満足感と安心感、安定感を得られます、しかし多くの人はそうせずに、他者に認められるためだけに頑張ったりして、「こんなに頑張ったのに!」と不満を育てな…

#常與善人#老子道徳経#老子

意拳浅談4日前

意拳的站樁換勁訓練(『問道意拳』より)祖師王薌齋先生の創立した意拳は、站樁を本とし、「大動は小動に及ばず、小動は不動に及ばず、不動の動こそ、生生として絶えることのない動である」と認識する。意拳の站樁功法は、正に「不動の動」(蠕動とも称する、表面上は見えない運動)の根本的体現である。 意拳の站樁功は二つの大分類に分けられる。第一類は健身桩、養生樁とも称し、拳術訓練においては実際には一種の「換勁樁」である。第二類は技撃樁で、拳術訓練においては実際には一種の「摸勁樁」である。 意拳站樁功の上記二類の功法のうち、第一類の健身樁即ち「換勁樁」が最も重要であり、意拳入門の鍵である。 「換勁樁」は養生健身の意義から言えば、伝統の仏家、道家及び俗…

徒然日記5日前

自己啓発本の闇(笑)今まで自己啓発本って言われている本何冊読んだのだろう?(いくら使った?) ふと思った。 人間しててこの歳までくると何かと迷うから何かにすがりたくてつい本屋さんで手にとって買ってしまうのが自己啓発本(笑) でも内容は十人十色で内容も濃いものから薄っぺらいものまで多くあります。 「やりたいことで生きろ」とか 「天職の見つけ方」とか 「人生に生きる意味なんてない」とか(これはスピぽいかな)(仏教くさいかも) 「人生幸せになるために生きている」とか そのために与えましょうとか傾聴のススメとか 「自分のコップを満たしてください」とかねー あとは 「波動を上げろ」とか「筋トレしろ」とか「とにかく休め」とか…

kzのブログ10日前

令和六年十月「生命の言葉」: 老子 神無月(10月)の特別御朱印令和六年十月「生命の言葉」 2024年10月1日 知る者は言わず言う者は知らず 老子 老子 紀元前六世紀の人物とされ、古代中国の哲学者。その著書を『老子』あるいは『老子道徳経』などという。後世、道教の始祖として神格化されたが、事跡はほとんど不明である。 神道知識の誘(いざな)ひ 「供える心」神様へのお供えというと一般的に「神饌(しんせん)」をさします。お米、御神酒(おみき)、お塩、お水がお供え物の代表ですが、お祭りによっては魚や野菜、果物など様々なものをご神前にお供えします。お供えするものには「その時の旬のもの」が良いといわれることがあります。その時期に収穫された農作物や海産物など、それぞれの…

徒然日記1ヶ月前

水のように生きるとは?老子道徳経の中に「上善水の如し」という言葉がある。 大好きな言葉だ。 50才に突入した頃、初めて老子の本に出会った。 「道」タオ 疲れ切った自分には心にしみる言葉がたくさんあってその中でもこの 「上善水の如し」という言葉が胸に刺さった。 意味はザックリ言うと「水のように善く生きろ!」 ザックリすぎかな(笑) 極めて自分勝手な解釈だけど水は上流から最後は海に流れる、人生でいうと上流が生まれて流れがはやいところとか岩がゴロゴロしてるところをぶつかり合いながら比較的穏やかな幅の広い大きな川に行き着き最後は海に流れる。 20年をひと区切りで考えると生まれてから20才くらいまでが上流、20才から40才ま…

book.10nchan...本のやしろのなかへ.3ヶ月前

【自分備忘録(名言)】Tao タオー老子(加島詳造)ちくま文庫学生の頃「タオ」という言葉を聞いた方も居られるかも知れません。 「タオ」は、「道」という漢字で表され、古い中国の「老子」が説いた思想のことを指すと学びました(たぶん)。 そんな「老子」が説いた「タオ」についての本は沢山あります。 少しずつ読み進めてきた『タオー老子(加島詳造)』を読み終えました。 その読み終えた感覚がとても心地の良い感覚でしたので皆さんにも共有したいと感じ紹介したいと思いました。 この記事を読み気になった方も、ぜひこの本を手にしてみてください。 私が感じる上述した本の気持ち良い読み方の コツがあるのでもしよろしければどうぞ参考にしてみてくださいね。 ⭕️気持ちよく読むコツ⭕️ …

新しい世界3ヶ月前

自然法則自然法則とは何か? 易で示される、変易、不易、易簡の三易。 変易 この世は常に変化し続けている。 不易 その変化し続ける世界に一定不変の法則が貫いている。 易簡 そしてその不変の法則は簡易簡明、シンプルな形式で示される。 この不変の自然法則を、聖書では「神の儀」と示している。 老子道徳経における「道」。 道(タオ、ダオ)は日本語で「トウ、ドウ」と発音される。 神道、剣道、柔道、書道、茶道、華道などの道は、道教からとられたもののようです。 これらの普遍的な自然法則を理解して。スキルとして習得したとき、 そのスキルはその人の運命を切り開くものとなるだろう。 そして、そのスキルを極限まで高めた時、そ…

TAOの本 専門『早島BOOK SHOP』道家道学院オンラインショップのブログ4ヶ月前

定本「老子道徳経」の読み方~人生を最高に生きる81章 がここにある~@hayashimabookshop TAOの本 専門″早島BOOKSHOP″です! ━━━━━━━━━━━━━━━ いつ何があるかわからないということを実感する現代自分自身の生き方について考える方が多くなっているそうです。 そんな皆様に大変オススメな書籍がこちら↓ ˗ˏˋ 定本「老子道徳経」の読み方ˎˊ˗~人生を最高に生きる81章 がここにある~ 定本・老子道徳経の読み方 (dougakuin.jp) 自分らしく、幸せに生きていくための先人の智慧が詰まった『老子道徳経』 戦国武将の話や兵法の話歴史的な話を、たくさん例に挙げらながら進んでいく81章。 歴史好きなかた、知識だけでは物足りない現実…

yama1931’s blog5ヶ月前

納骨妻の納骨を十月十三日と決め、その日から二週間ばかり前に萩へ行きお寺とも打ち合わせをし、伊勢島の石屋にも会って当日までに戒名などを彫って貰うようにした。さらに行事の後の食事にと、市内の三つの食事処を廻ってみたがいずれも予約で一杯だと言って断られた。帰宅後泰之が電話して一軒見つけてくれたのでこれでやれやれと安心し、今日の日が来るのを待っていた。 ところが一週間前になって天気予報によると猛烈な台風十九号が発生し、丁度十二・十三の連休に日本列島を襲うということを知った。まさかの場合を懸念して少し待って様子をみていると、台風は西日本を逸れて東海から関東・東北を直撃するとのことである。しかし交通機関は用心…

yama1931’s blog5ヶ月前

車馬の喧(かまびす)しきなし陶淵明の『飲酒 二十首并序』の「其の五」に有名な詩がある。 盧を結びて人境に在り 而かも車馬の喧(かまびす)しきなし 君に問う 何ぞ能(よ)く爾(しか)るやと 心遠ければ地も自ずから偏なり 菊を采(と)る 東籬(とうり)の下(もと) 悠然として南山を見る 山気(さんき) 日夕(にっせき)に佳(よ)く 飛鳥 相(あ)い与(とも)に還(かえ)る 此の中に真意有り 弁(べん)ぜんと欲して已(すで)に言を忘る (『陶淵明 中国詩人選集』より) 私が初めて妻を萩市の浜崎新町にあるわが家に連れてきた時、その時妻は言わなかったが、後になって、「あの時は不安でたまらなかったのよ。東萩駅から松本橋を渡って大きな…

yama1931’s blog5ヶ月前

雑感 ― 妻逝きて五ヶ月 今日で妻が亡くなって丁度五ヶ月になる。妻は五月二十七日の午前一時半に北九州市の門司のホテルで急死した。時の経過は早いとも又遅いとも感じられる。 昨夕いつもより遠い距離を歩いて六地蔵を拝んで帰った。そのためか出掛けにはやや肌寒く感じたが、帰宅した時には僅かに汗ばんだようだった。そこで直ぐ入浴の仕度にとりかかった。水道の蛇口を開けてスイッチを入れた。こうした後仏壇に手を合わせ、外に出て体操、木剣の素振り、庭の石地蔵を拝んで屋内に入った丁度その時、浴槽に湯が満杯になった事を知らせる合図が聞こえた。世の中は便利になったものである。 萩にいて小・中学生であったころ、風呂焚きをよくさせられていた。我が家の…

yama1931’s blog5ヶ月前

雑感日記超大型の台風が12・13日の連休に日本列島を襲うという予報を聞いて、13日に予定していた妻の納骨を後日に延期することにした。お寺の都合はもとよりだが、一番気になるのは泰之の都合である。彼は土日でも予定の仕事があると云っていたので都合を聞いてみた。すると今月は全部都合が悪く、11月の都合のつく日を知らせてきた。 11月16・17日と11月23・24日が良いと分かった。そこで達夫にまず知らせたら彼は何時でも良いと云ってきた。幸世も素子も日曜でもかなり忙しくしているようだからやはり聞いてみる必要がある。後は大栄さん夫妻と直美さんくらいだ。 先日打ち合わせで萩へ行ったとき納骨の後の食事を萩市の中村レス…

yama1931’s blog5ヶ月前

亡き妻を憶う 一 年号が代わって令和元年となった。薫風爽やかな五月最後の日である。妻の葬儀が終わって二日目だが、まだそんなに実感が湧かない。しかし妻はもう絶対に朝起きてはこないのだ。私は何時ものように今朝も早く目が醒めた。時計を見ると丁度四時である。座敷の電灯を付けたら仮の仏壇の上から妻はじっと見つめている。大きく引き延ばした遺影はどちらの方向から見てもこちらに目を向けているが、その目は私を見て居ないで私を通り過ぎて更に遠くを見つめている様に思われる。 過日長野県の小布施へ行ったとき、福島正則を祀った古い寺の本堂の天井に、北斎の画いた「八方睨みの鳳凰図」があった。私がどちらに移動しても鳳凰の目は私を射すくめ…

yama1931’s blog5ヶ月前

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alchemist_380 のひとりごと5ヶ月前

アンモニア態窒素の分析論語・学而/陽貨 より: 子曰 巧言令色 鮮矣仁 子曰く、巧言令色、鮮(すく)なし仁 言葉巧みにおべんちゃらを使い、人から好かれようと愛想を振りまく。そのような者に真の仁者はいない。 それと対句のように扱われるのは、論語・子路 より: 子曰 剛毅木訥 近仁 子曰く、剛毅木訥 仁に近し 意志が強くて果断、飾り気がなく口下手。そういう人は仁者に近い。 もうひとつ、こういうのも(老子道徳経・第十八章)。 大道廃 有仁義 大道廃れて 仁義有り。 智慧出 有大偽 智慧出でて 大偽有り。 六親不和 有孝慈 六親和せずして 孝慈有り。 国家昏乱 有忠臣 国家昏乱して 忠臣有り。 はて、国家昏乱の今・・・忠臣…

あげまかんの『太平廣記』全訳6ヶ月前

『太平廣記』巻一 「神仙一」 ①「老子」この記事では『太平廣記』の最初の文章である「老子」を全訳します。 最初の訳注なので至らぬ点も多いと思いますが、どうか皆様ご指摘ください。