北方領土問題を巡るクローリー米国務次官補発言について: 極東ブログ (original) (raw)

北方領土問題を巡るクローリー米国務次官補発言について、この二日間日本での報道がある。実際にはどうであったか。国内報道との対比で見ていこう。なお、報道検証の意味もありあえて全文引用することもある。
まず、2日付けNHK「米高官 北方領土で日本を支持」(参照)について。表題は間違いではないが、「北方四島の日本の主権を認めるという立場を明確に示しました」という解釈はやや突出した印象を与えた。

ロシアのメドベージェフ大統領が北方領土を訪問したことについて、アメリカ国務省の高官は「北方領土に関しては日本を支持する」と述べ、アメリカ政府として、北方四島の日本の主権を認めるというアメリカの立場をあらためて明確に示しました。
ロシアのメドベージェフ大統領が1日、ロシアの最高首脳として初めて北方領土の国後島を訪問したのに対し、日本政府は「北方領土は日本固有の領土だ」として、ロシア側に抗議しています。これについて、アメリカ国務省のクローリー次官補は1日、「日ロ間に領土問題があることは十分に認識しており、北方領土に関しては日本を支持する」と述べ、北方四島の日本の主権を認めるという立場を明確に示しました。そのうえで「日本とロシアは平和条約の締結に向けた交渉をすべきだ」と述べ、日本とロシアに対し領土問題の解決に取り組むよう促しました。アメリカ政府は、沖縄県の尖閣諸島めぐる日本と中国の対立については、尖閣諸島が日米安全保障条約の適用範囲だとしながらも、領有権問題については明確な言及を避けています。これに対し、クローリー次官補の発言は、北方四島の日本の主権を認めるという従来のアメリカ政府の基本姿勢を、オバマ政権としてもあらためて確認するものとなりました。

実際にはどのような発言だったのだろうか。1日付けのクローリー米国務次官補発言はすでに米政府サイトに原文がある。Daily Press Briefing - November 1, 2010である。日本に言及された個所は短いのでそこだけ取り出し試訳を添えておきたい。

QUESTION: P.J., Russian President Dmitriy Medvedev visited Japanese Northern Territory island, and such a high-level visit is the first time through Soviet Union era. And can I have the United States response, and do you recognize Japanese sovereignty over the islands?

質問: PJさん。ロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領が日本の北方領土を訪問しました。このようなハイレベル訪問はソビエト時代を含め始めてのことになります。米国としての反応をいただけますか? また米国はこの諸島への日本の主権を認識していますか?

MR. CROWLEY: We are quite aware of the dispute. We do back Japan regarding the Northern Territories. But this is why the United States, for a number of years, has encouraged Japan and Russia to negotiate an actual peace treaty regarding these and other issues.

クローリー氏: 該当地の係争について米国はそれなりに気付いている。北方領土に関しては米国は日本を支援している。しかし、だからこそ多年にわたり米国は、この件やその他の件について、日本とロシアが実質的な平和条約を結ぶよう奨励してきた。

QUESTION: In terms of Senkaku Island, Secretary Clinton just made it clear that it is within U.S.-Japan security treaty, and that is because the islands are controlled by Japan. And in terms of Northern Territories, where does the United States stand? Is it applied to United States and Japan security treaty, Article 5?

質問: 尖閣諸島については、クリントン国務長官が的確に明確にしたように、日米日本国と米国の安全保障条約に含まれる。その理由はこの諸島は日本が制御しているからである。では、北方領土について、米国はどちらに組みするのか? 日米安全保障条約の第五条が適用されるのか?

MR. CROWLEY: That’s a good question. I’ll take that question.

クローリー氏: よい質問だ。留意しておこう。
(別の話題に移る)

北方領土への日本主権主張について、質問者は"recognize(認識)"を問うているが、クローリー氏は"quite aware of(それなりに気付いている)"として、"recognize(認識)"を避け、曖昧な答弁をしている。無視はしていないし関心はあるということでお茶を濁している。
米国の立場だが、"We do back Japan regarding the Northern Territories(北方領土に関しては米国は日本を支援している)"として、"But this is why(しかし、だからこそ)"とその否定的に受けて理由付けをし、そこに平和条約交渉を置いている。
英文を読む限り、米国は日本が北方領土に主権を持つと主張している立場を支援しているが、その立場は平和条約交渉を推進するためのものだ、ということだ。つまり、日本の北方領土主権主張より、日ロ平和条約を日本が結ぶ際のその立場を支援するということが強調されている。
この答弁を歴史の文脈に置き直すと、微妙な意味合いが出る。1956年の日ソ共同宣言(日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言)では、日本が主権を主張する北方領土については、日ソ平和条約後に歯舞群島と色丹島の二島返還を実施することが前提になっている。
ソ連の継承国であるロシアとしても日ロ平和条約は歯舞群島と色丹島の二島返還を条件として理解しているはずだし、国際的な日ソ共同宣言については米国も理解しているので、クローリー氏の発言は、その前提条件を曖昧にしているものの、暗黙裏に二島返還先行論は含まれていると見てよいだろう。
もちろん、二島返還と四島が日本が主権下であることは現時点では矛盾しないが、この発言だけからNHK報道のようにクローリー氏の発言を読むことは少し勇み足の感はある。ただし、この点についてはその翌日の発言で明言された。
その翌日の発言は、今日になって報道されている。今日付けの産経新聞「北方領土は安保条約対象外 米高官」(参照)である。

【ワシントン=佐々木類】クローリー米国務次官補(広報担当)は2日の記者会見で、ロシアのメドベージェフ大統領が日本の北方領土を訪問したことに関連し、米国の日本防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条について、「(北方領土は)現在日本の施政下になく、条約は適用されない」と述べた。
同時に、「米政府は日本を支持し、北方領土に対する日本の主権を認めている」と重ねて強調した。
クローリー氏の発言は、同5条が適用されるのは沖縄・尖閣諸島のようにあくまで日本の施政下にある領域であり、北方領土はこれに該当しないことを改めて確認したものだ。

まず重要なのは「2日の記者会見」という点だ。これは先のNHK報道が1日の記者会見をしたのとは別の会見である。こちらの原文は「Daily Press Briefing - November 2, 2010」(参照)である。この会見の昨日になる1日の会見より短く、「笑い (Laughter.) 」の文字が入っているように、おまけ程度の意味合いがある。が、明確な言明にはなっている。

QUESTION: Syria --

質問: シリアについて……

QUESTION: Is there any update? You took a question yesterday about how Article 5 applies to the Northern Territories. I wonder if --

質問: 更新事項はありますか? 北方領土への日米安保第五条適用について昨日質問を取り上げましたね。どうなんですか……。

MR. CROWLEY: Yes, I did. The short answer is it does not apply.

クローリー氏: はい、そうだった。手短な答えは、適用されないということだ。

QUESTION: Is there a long answer?

質問: 長い答えはありますか?

QUESTION: Is there a long answer?

質問: 長い答えはありますか?

MR. CROWLEY: (Laughter.) I mean, just – the United States Government supports Japan and recognizes Japanese sovereignty over the Northern Territories. I can give you a dramatic reading of Article 5 of the security treaty. But the short answer is since it’s not currently under Japanese administration, it would not apply.

クローリー氏(笑い): つまり、米国は日本を支援し、北方領土への日本の主権を理解しているというだけだ。日米安保第五条について心を込めて読み上げることもができるが、手短に言うなら、それは現状日本国施政下にはないので、適用されないだろう。
(シリアの話題に移る)

1日の会見で、"I’ll take that question.(留意しておこう)"だったために、2日のこの応答が現れた。前回と異なり、北方領土についての日本の主権を明白に認めた形になっている。と同時に、日米安保条約の第五条は北方領土には適用されないということも明確になった。
日米安保条約の第五条はあくまで同盟国の施政権に対する防衛の軍事同盟であって、施政権外には適用されない。つまり、これは実効支配に限定されると見てよい。
仮にの話だが、北方領土を自国領土だから防衛にあたるとして日本が武力行使に踏み切った場合、米国は静観するということだ。また同様に仮の話だが、尖閣諸島の実効支配を日本が揺るがし、そのことを自国の施政権への侵害であると見なさない民主党の柳腰外交が続けば、日米安保適用外となる可能性もあるのだろう。
米国としては北方領土に関する日露問題は太平洋戦争を終結させるという意味でも、また国連における米露の建前からも、日露の平和条約の締結が先行すると見てよく、であれば、やはり1956年の日ソ共同宣言がそのステップになるしかないのだろう。