システムの科学/ハーバート・A・サイモン: DESIGN IT! w/LOVE (original) (raw)

『システムの科学』は、カーネギー・メロン大学コンピュータ科学、心理学教授であり、1978年度のノーベル経済学賞の受賞者でもあるハーバート・A・サイモンによって1967年に書かれた"The Science of the Artificial"という論文を、1996年に加筆・編集した第3版にあたるものです。
原題に示されているとおり、本書は以下のようなテーマが考察されています。

自然科学は、自然の物体と現象についての知識の体系である。それでは、人工的な物体と現象に関する知識の体系である「人工」科学("artificial science")というものは、はたしてありえないだろうか。

ハーバート・A・サイモン『システムの科学(第3版)』

自然科学に対する人工物の科学。
この本では単に人によってつくられた道具、工学的な生産物などの物だけでなく、経済システム、企業組織、社会計画などが人工物とみなされ、考察されます。

その視点にたてば、当の科学そのものも人工物として考えてよいということになるはずです。その意味で本書は先に紹介した松岡正剛さんの『花鳥風月の科学』が問題にしている"これからの科学は「情報」をとりあつかうべきであり、それには情報の概念を大幅に広げなくてはならない"という視点と重なってきます。

つまり、

デザイナーとしてわれわれは、あるいはデザイン過程のデザイナーとしてわれわれは、デザイン創造の過程に何が含まれ、また創造活動が行われている間にどんなことが起こっているかということについて、かつてないほど明瞭に理解しなければならなくなった

ハーバート・A・サイモン『システムの科学(第3版)』

のであり、デザイン過程における問題の発見から問題を解決に導くプロセスについて明示的に理解することが必要とされているのが、現在の問題であるといえるのではないかと思うのです。

デザイナー、設計者の活動

人工物の科学を模索する本書では、とうぜんのようにデザイン、設計というプロセスについて深い洞察が行われています。
本書では、デザイナーの問題はいかのように定義されています。

設計にたずさわる者は、ものはいかにあるべきか、目標を達成し、機能を果たすためにはいかにあるべきかという問題に取り組んでいるのである。

ハーバート・A・サイモン『システムの科学(第3版)』

また、別のところでは、

現在の状態をより好ましいものに変えるべく行為の道筋を考案するものは、誰でもデザイン活動をしている。物的な人工物を作りだす知的活動は、基本的には、病人のために薬剤を処方する活動や、会社のため新規の販売計画を立案し、あるいは国家のために社会の福祉政策を立案する活動と、なんら異なるところはない。

ハーバート・A・サイモン『システムの科学(第3版)』

と述べられています。

こうしたデザインに関わる活動、すなわち「現在の状態をより好ましいものに変える」ために「ものはいかにあるべきか、目標を達成し、機能を果たすためにはいかにあるべきかという問題に取り組んでいる」人々のためのカリキュラムとして、著者は「デザイン(人工物の科学)のカリキュラムの7つの項目」でも紹介した、以下のような項目を挙げています。

  1. 評価理論:効用理論、統計的決定理論
  2. 計算方法
    • a.リニア・プログラミング、制御理論、ダイナミック・プログラミングなどの最適代替案選択のアルゴリズム
    • b.満足代替案選択のためのアルゴリズムと発見方法(ヒューリスティック)
  3. デザインの形式論理:命令論理と叙述論理
  4. 発見的探索:要素分解と目的-手段分析
  5. 探索のための資源配分
  6. 構造の理論およびデザイン組織化の理論:階層システム
  7. デザイン問題の表現

このカリキュラムをみると、あらためてデザイン活動が、活動の目的である問題を把握し表現することから、問題解決の手段の発見、解決手段の実行のためのリソース配分など、複雑なタスクを要する活動なのかが理解できます。

単純さと複雑さ

この本を読んでいて興味深いのは、著者が一貫して、人間の知的側面での活動は単純であると考えていることです。

1つの行動システムとして眺めてみると、人間はきわめて単純なものである。その行動の経時的な複雑さは、主としてわれわれがおかれている環境の複雑性を反映したものにほかならない・・・・・。

ハーバート・A・サイモン『システムの科学(第3版)』

また、他の場面では次のようにも言い換えられます。
「人間の行動の複雑さの大部分は、環境からあるいは優れたデザインを探索する努力から生じてくる」と。

それゆえ、問題は本来単純である人間行動が環境に原因をもつ複雑なデザイン問題を行う際にどのようなプロセスが踏まれるかという点に焦点があてられることになります。

この問題解決の過程には、ふつう多くの試行錯誤が含まれている。さまざまの道が試みられ、そのうちのいくつかが捨てられ、他のいくつかがさらに追求される。1つの解が発見されるまでには、その迷路の多くが探求されるであろう。

ハーバート・A・サイモン『システムの科学(第3版)』

迷路が複雑であればあるほど、最適化か満足化かという問題が顔を出します。

最適化はすべての可能世界(可能な組み合わせである選択肢)からどれが最良のものかを選び出す方法です。一方の満足化ではすべての可能な組み合わせが試みられることなく、実践的につくりだされた代替案が問題のデザイン基準を満たしているかどうかが問われます。

問題が複雑になればなるほど、すべての組み合わせを模索することは現実的ではなくなり、最適化ではなく満足化の道が選ばれます。いや、実際には組み合わせを試す以前に、すべての組み合わせを想像すること自体が不可能な場合が現実には多いでしょう。

階層的システム

複雑なデザイン問題を解く際に、必ずしもすべての試行錯誤を1から行わなくてはいけないわけではありません。

例えば、家で料理をする際に、料理の素材となる食材そのものからつくる人はほとんどいないでしょう。野菜や肉、魚や調味料はもとからつくるのではなく、店で買ってきて調理を行うことで、調理時間が短縮されます。ダシなども元からとるのではなく、固形や顆粒状のダシをつかうことで作業過程が省かれたりします。
実際にはもちろん、家での作業の前に、素材の生成にかかわる作業が別のところで行われたとしても、それは家での調理の作業とは関係しません。

同じように、さまざまなデザイン作業、制作作業を行う際にも、あらかじめ部品となるモジュールが提供されていることはよくあることです。それは物としてのモジュールであることもあれば、組み立て、組み合わせの方法を示唆するノウハウであることもあります。
いずれにしても既成のモジュールを用いることで、デザイン過程の複雑さは軽減されます。複数のモジュールの組み合わせがまた別のモジュールを形成することもあるでしょう。
デザイン過程では実際にこのような階層的システムを利用することで複雑性を削減することが可能になっています。

これは以前「ヒトが使う道具のデザイン2:ドーキンスの「累積淘汰」」というエントリーで紹介したリチャード・ドーキンスが生物進化を説明する際に用いた「累積淘汰」という考えと同じです。実際、この本でも著者は生物進化との関係でこの「階層システム」を考察しています。

とはいえ、複雑さをいくらかモジュールの利用で軽減できたとしても、ほとんどのデザイン作業は多くの試行錯誤を要するものであることには変わりないでしょう。ただ、その試行錯誤そのものがデザイン作業をおもしろいものにしていると思いますけど。

「接面」(interface)としての人工物

最後に著者は、日時計のような人工物を例にして「時計がほんとうに時を告げるかどうかは、その時計の内部構造とおかれる場所によって決まる」といっています。

確かに日時計は、陽が差さない雨の日には「ほんとうに時を告げる」ことはないでしょう。日時計の内部構造が変わらなくても外部環境が変わることで、同じ人工物が問題を解決しなくなることがあります。

人工物それ自体の中身と組織である「内部」環境と、人工物がその中で機能する環境である「外部」環境の両者の接合点として、現代風にいえば「接面」(interface)として、人工物をみることができる。

ハーバート・A・サイモン『システムの科学(第3版)』

人工物とは最初に書いたように、道具や工学的な生産物などの物だけでなく、経済システム、企業組織、社会計画なども含むものです。これらも同じように、内部環境が変化しなくても、外部環境の変化でその機能が無意味なものになりかねない「接面」(interface)です。

それゆえに前に紹介したヘンリ・ペトロスキの『失敗学―デザイン工学のパラドクス』でも書かれていたように、必ずしも他での成功が別のシーンでも成功に結びつくとは限りません。いや、むしろ、成功を真似て大きな失敗をおかすことも少なくないでしょう。それは外部環境が違うからです。いくら内部環境を真似ても外部環境が異なれば、人工物は期待した効果を発揮しないものだから。

昔から「馬鹿とはさみは使いよう」などといわれるように、道具はつかいかたまで含めてデザインというところもある。それはつかいかたもまた人工物だからなのでしょう。
この先、ますますデザイン問題はそうした「つかいかた」のような部分まで含めて考察されるようになるのだろうなと思っています。

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