J・C・W・ベッカム (original) (raw)
ジョン・クレップス・ウィクリフ・ベッカム(英: John Crepps Wickliffe Beckham、1869年8月5日 - 1940年1月9日)は、アメリカ合衆国の政治家、弁護士であり、第35代ケンタッキー州知事とアメリカ合衆国上院議員を務めた。アメリカ合衆国憲法修正第17条が成立して、初めて民衆の選挙で選ばれたアメリカ合衆国上院議員になった。 ベッカムは著名な政治家一家の出身であり、1899年のケンタッキー州知事選挙では民主党の知事候補ウィリアム・ゴーベルの副知事候補に指名された。ただし、このときのベッカムはまだ30歳に達して居らず、知事になるとすれば法定年齢に達していなかった。選挙でゴーベルは共和党候補のウィリアム・S・テイラーに敗れたが、ケンタッキー州議会は選挙の結果について異議を提出した。それに続いた政治的混沌の間に、ゴーベルが暗殺者によって撃たれた。その1日後に州議会がゴーベルを当選とするために十分な数のテイラー票を無効と判断し、ゴーベルは死の床で宣誓して知事に就任した。テイラーは民主党が多数を占めるケンタッキー州議会に選挙結果を盗まれたと主張し、知事の座を巡ってテイラーとベッカムの間で法廷闘争が続いた。最後はベッカムが知事として認められ、テイラーは州外に逃亡した。