五橋 (original) (raw)
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五橋 | |
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町丁 | |
五橋駅と愛宕上杉通 | |
五橋五橋の位置仙台市中心部の地図を表示五橋五橋 (宮城県)宮城県の地図を表示 | |
北緯38度15分17.2秒 東経140度52分48.1秒 / 北緯38.254778度 東経140.880028度 / 38.254778; 140.880028 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 宮城県 |
市町村 | 仙台市 |
行政区 | 青葉区・若林区 |
人口(2022年1月1日現在) [1] | |
• 合計 | 5,614人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 | 980-0022[2]984-0022[3] |
市外局番 | 022[4] |
ナンバープレート | 宮城 |
全ての座標を示した地図 - OSM |
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五橋(いつつばし)は、宮城県仙台市青葉区・若林区の町丁。郵便番号は五橋一丁目・二丁目が980-0022[2]、五橋三丁目が984-0022[3]。人口は5614人、世帯数は3022世帯(2022年1月1日現在)[1]。現行行政地名は五橋一丁目から五橋三丁目であり、全域で住居表示が施行されている[5]。
仙台市都心部南側に位置し、仙台市地下鉄南北線・五橋駅を中心とする地域である。区政施行の際、愛宕上杉通を区境としたため、一丁目及び二丁目が青葉区、三丁目が若林区に分かれて属している。事業所の本社や支社が多く集まる。2000年代には高層マンションの建設が活発化した。かつては五ツ橋とも書き[6]、今でもそう書かれることがある。
江戸時代の五つの橋
五橋小新堂のだるま像
江戸時代の仙台城の城下町の南東部を南北に走る通りに清水小路(現愛宕上杉通)があり、道の中央に開渠で幅1m位の水路が1本流れていた。これと交差する東西の道に、両脇に1本ずつ開渠の水路がある道があり、両者が交差する十字路では四隅と中央に計5つの小さな土橋または石橋が架けられた[7]。1つの十字路に5つの橋があるため五橋(北緯38度15分9.6秒 東経140度52分52.3秒 / 北緯38.252667度 東経140.881194度 / 38.252667; 140.881194 (五橋駅前交差点 : かつて「五橋」(梅花橋)があった十字路。))と呼ばれたが、5つの花弁を持つ梅の花になぞらえて「梅花橋」あるいは「梅がへの橋」とも呼ばれた[8]。上述の東西の道は、清水小路より東側は「五橋」(東七番丁まで。その先は連坊小路)、清水小路より西側は五橋通(奥州街道まで)との町名が付けられた。
その交差点の南東角、菓子屋五橋小新堂の前に、昭和の初めごろに煙管を持った赤いだるま像(北緯38度15分9.2秒 東経140度52分53.1秒 / 北緯38.252556度 東経140.881417度 / 38.252556; 140.881417 (だるま像))が置かれた。1945年(昭和20年)7月10日の仙台空襲では交差点の向かいまで焼け落ちたが、だるまは眼球のガラスが溶けたが延焼を免れ、現在も同じ位置に座っている[9]。
五橋は1966年(昭和41年)2月1日の新住居表示施行により、この十字路周辺の地名となった[10]。また、仙台市営地下鉄南北線・五橋駅(北緯38度15分6.7秒 東経140度52分51.6秒 / 北緯38.251861度 東経140.881000度 / 38.251861; 140.881000 (仙台市地下鉄南北線・五橋駅))開業によって交差点名は「五橋駅前交差点」となった。また、仙台市の政令指定都市移行に伴って、「五橋」との地名の地区は青葉区と若林区に分けられることになった(隣接する土樋も同様)。
なお、現在、東二番丁通(国道4号)と五橋通との十字路が「五ツ橋交差点」(北緯38度15分10秒 東経140度52分45.9秒 / 北緯38.25278度 東経140.879417度 / 38.25278; 140.879417 (五ツ橋交差点))と呼ばれているが、「五橋」(梅花橋)があったのは「五橋駅前交差点」の方である。以前は、国道4号が「荒町交差点」方面から「五橋駅前交差点」に至ると西向きに曲がって五橋通に入り、「五ツ橋交差点」で北向きに東二番丁通に入るという経路であったが、赤十字病院と三島学園(東北生活文化大学高等学校の前身)が道の西と東で相対していた辺りから「五ツ橋交差点」まで道路が新設された。三島学園跡地には、現仙台第一生命タワービルにあった仙台市立病院が1980年(昭和55年)に移転してきた[11]。それに呼応して赤十字病院は八木山に移転した(跡地は仙台市福祉プラザなど)。
仙台城跡の天守台から撮影した五橋周辺の高層マンション(2009年7月)。写真中央に建設中の仙台トラストシティ「ザ・レジデンス一番町」。その右側(南東側)に「パークハウス仙台五橋タワー」、「シティタワー仙台五橋」、ミッドプレイス仙台「ミッドタワー」、アップルタワーズ仙台「ブローディアタワー」と続く。
近年、五橋地区はJT跡地に三井不動産がパークシティ仙台五橋を、アパグループがアパホテルやアパマンションを中心とする高層ビル群アップルタワーズ仙台を建設。住友不動産もシティタワー仙台五橋、三菱地所はパークハウス仙台五橋タワーを建設するなど、都心回帰に対応した超高層マンション建設が活発化している。
以前は大型の食品スーパーマーケットがなかったため、仙台朝市などに買出しに行く必要があったが、近隣の新寺通にみやぎ生活協同組合が出店したため、若干利便性が向上した。
2008年4月、2013年10月[12]、2017年4月1日[13]、2022年1月1日現在[1]の世帯数と人口は以下の通りである。
丁目 | 2008年4月 | 2013年10月 | 2017年4月 | 2022年1月 |
---|---|---|---|---|
五橋一丁目 | 640世帯 | 906世帯 | 900世帯 | 920世帯 |
五橋二丁目 | 1,124世帯 | 1,295世帯 | 1,262世帯 | 1,329世帯 |
五橋三丁目 | 376世帯 | 775世帯 | 766世帯 | 773世帯 |
計 | 2,140世帯 | 2,976世帯 | 2,928世帯 | 3,022世帯 |
丁目 | 2008年4月 | 2013年10月 | 2017年4月 | 2022年1月 |
---|---|---|---|---|
五橋一丁目 | 1,248人 | 1,838人 | 1,792人 | 1,790人 |
五橋二丁目 | 1,982人 | 2,216人 | 2,174人 | 2,185人 |
五橋三丁目 | 803人 | 1,696人 | 1,648人 | 1,639人 |
計 | 4,033人 | 5,720人 | 5,614人 | 5,614人 |
小・中学校の学区は以下の通りとなる[14]。括弧内は選択可能な学校を示す。
町丁 | 字・番地 | 小学校 | 中学校 | |
---|---|---|---|---|
五橋一丁目 | 1番地~4番地 | 東二番丁小学校 | なし | 五橋中学校 |
5番地~7番地 | 荒町小学校 | |||
五橋二丁目 | 1番地~5番地2号 | |||
5番地4号~町名の終わり | ||||
5番地3号 | (片平丁小学校) | |||
五橋三丁目 | 1番地~4番地 | なし | ||
5番地51号~5番地65号 | ||||
5番地1号~5番地50号 | 連坊小路小学校 | |||
5番地66号~6番地 |
- アイリスオーヤマ
- 河北新報社
- 東日本旅客鉄道東北本部
- NTT東日本宮城支店
- 日本製紙東北営業支社
- 仙台市福祉プラザ
- 仙台市立五橋中学校
- 仙台中央警察署
- JR仙台病院
- 仙台青葉学院短期大学
- ^ a b c “町名別年齢(各歳)別住民基本台帳人口”. 仙台市. 2022年3月14日閲覧。
- ^ a b “宮城県 仙台市青葉区 五橋(1、2丁目)の郵便番号”. 日本郵政. 2022年3月14日閲覧。
- ^ a b “宮城県 仙台市若林区 五橋(3丁目)の郵便番号”. 日本郵政. 2022年3月14日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2022年3月14日閲覧。
- ^ 仙台市市民局戸籍住民課: “住居表示実施地区 町名一覧表(区毎・五十音順)”. 仙台市. 2022年3月14日閲覧。
- ^ 仙台最古の地誌『仙台鹿の子』で既に五橋と書く箇所と五ツ橋と書く箇所がある。1953年刊『仙台市史』第8巻(資料篇1)220、221頁。
- ^ 『残月台本荒萩』巻之三、『仙台叢書』第1巻297頁に、石橋とある。
- ^ 梅花橋は鈴木省三『仙台風俗志(全)』43頁。梅がへの橋は『残月台本荒萩』巻之三、『仙台叢書』第1巻297頁。
- ^ 田村昭『仙台のバス停物語』第1巻21頁。
- ^ 田村昭『仙台のバス停物語』第1巻12頁。
- ^ 田村昭『仙台のバス停物語』第1巻20-21頁。
- ^ 仙台市企画市民局総合政策部政策企画課『町名別世帯数及び人口 (住民基本台帳による)平成20年4月1日現在』、仙台市市民局地域政策部広聴統計課『町名別世帯数及び人口 (住民基本台帳による)平成25年10月1日現在』による。2008年は外国人居住者を含まず、2013年には含む。
- ^ “町名別年齢(各歳)別住民基本台帳人口”. 仙台市. 2017年6月30日閲覧。
- ^ 仙台市教育局学事課: “市立小・中学校の学区検索(青葉区 あ行)”. 仙台市. 2022年3月14日閲覧。
- 作者不明『仙台鹿の子』、元禄8年(1695年)頃。仙台市史編纂委員会『仙台市史』第8巻(資料篇1)、仙台市役所、1953年に所収。
- 作者不明『残月台本荒萩』、安永7年(1778年)頃。鈴木省三・編『仙台叢書』第1巻、仙台叢書刊行会、1922年に所収。
- 鈴木省三『仙台風俗志』、1937年。鈴木省三・著、青木大輔・中山栄子・編『仙台風俗志(全)』、歴史図書社、1977年に収録。
- 田村昭・編『仙台のバス停物語』第1巻、宝文堂、1996年、ISBN 4-8323-0082-2。
- KURASHITO 【歩くまち】五橋
- 六道の辻
- 3環状12放射状線