萩市 (original) (raw)

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はぎし ウィキデータを編集萩市
松下村塾
萩市旗 萩市章市旗市章2005年11月12日制定
日本の旗 日本
地方 中国地方
都道府県 山口県
市町村コード 35204-7
法人番号 2000020352047 ウィキデータを編集
面積 698.31km2
総人口 40,764[編集]推計人口、2024年10月1日)
人口密度 58.4人/km2
隣接自治体 山口市長門市美祢市阿武郡阿武町島根県益田市鹿足郡津和野町
市の木 ヒノキマツ
市の花 ツバキハギ
市の果樹 ナツミカン
萩市役所
市長 [編集]田中文夫
所在地 758-8555山口県萩市大字江向510番地北緯34度24分29秒 東経131度23分57秒 / 北緯34.40811度 東経131.39917度 / 34.40811; 131.39917座標: 北緯34度24分29秒 東経131度23分57秒 / 北緯34.40811度 東経131.39917度 / 34.40811; 131.39917地図市庁舎位置萩市役所
外部リンク 公式ウェブサイト
萩市位置図 ■ ― 市 / ■ ― 町・村
地理院地図 Google Bing GeoHack MapFan Mapion Yahoo! NAVITIME ゼンリン
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萩市(はぎし)は、中国地方西部、山口県の北部に位置する日本海に面した

江戸時代毛利氏が治める**長州藩**の本拠地となった城下町萩城下町)として有名である。長州藩は薩摩藩(現在の鹿児島県)などとともに明治維新の中心的役割を果たした。そのため、吉田松陰高杉晋作木戸孝允山縣有朋など幕末から戦前にかけて政財界に関係する人物を多く出している。

一方を日本海に面し、三方が山に囲まれており、道路鉄道港湾の整備も遅かったため、山陽側の市町村と比べると発展が弱かった(交通面では隣の長門市の方が発達している)。

2005年(平成17年)に旧萩市と2町4村が合併して誕生し、面積は約698.79km2(県土の11.4%)、日常生活圏の数は10となった[1]。新制の萩市として発足後の2005年国勢調査においても、人口の減少が目立ち、特に合併前の旧町村での減少傾向が目立つ。

司馬遼太郎の幕末小説である『世に棲む日日』『花神』や、大河ドラマ花燃ゆ』は萩市が舞台になっている。

萩市中心部は、日本有数の規模を誇るデルタ地帯に発展している。旧・川上村から流れる阿武川(あぶがわ)は川島地区で2つに分かれ、橋本川松本川となって日本海に注ぐ。また、両河川からは新堀川、藍場川といった小河川が分岐し、市街を流れている。

萩市中心部城下町の空中写真。画像中央の海に突き出した山が萩城のあった指月山。萩の城下町は東西を川に挟まれた三角州上に形成されている(2022年10月)

山口県北部の日本海に面し、東は島根県境から西は長門市まで、南は山口市美祢市に接している。離島として見島(みしま)、大島(おおしま)、相島(あいしま)、櫃島(ひつしま)、羽島(はじま)、肥島(ひしま)、尾島(おしま)があり、そのうち見島、大島、相島、櫃島は有人島である。見島を除く6つの島を、市内では総称して「六島(ろくとう)」もしくは「萩・六島村(はぎろくとうそん)」とも呼ぶ[注釈 1] ことがある。

主な山岳としては標高532.8mの高山(こうやま)がある。

なお隣接する阿武町は、萩市に囲まれている。

日本海側に位置しているが、大陸に非常に近いことや暖流である対馬海流の影響もあり、比較的温暖な気候である。また、冬季の日照時間が少ないが降水量も少なく、太平洋側気候九州型気候区といえる。

萩特別地域気象観測所(萩市大字土原字川島沖田、標高2m)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 19.2 (66.6) 23.6 (74.5) 25.9 (78.6) 30.7 (87.3) 32.1 (89.8) 34.6 (94.3) 36.6 (97.9) 38.3 (100.9) 37.4 (99.3) 32.2 (90) 27.3 (81.1) 24.2 (75.6) 38.3 (100.9)
平均最高気温 °C (°F) 9.4 (48.9) 10.4 (50.7) 13.7 (56.7) 18.4 (65.1) 22.9 (73.2) 25.7 (78.3) 30.1 (86.2) 31.1 (88) 27.2 (81) 22.4 (72.3) 17.3 (63.1) 11.8 (53.2) 20.0 (68)
日平均気温 °C (°F) 5.7 (42.3) 6.4 (43.5) 9.1 (48.4) 13.6 (56.5) 18.3 (64.9) 21.9 (71.4) 26.2 (79.2) 27.0 (80.6) 23.1 (73.6) 17.7 (63.9) 12.8 (55) 8.0 (46.4) 15.8 (60.4)
平均最低気温 °C (°F) 2.4 (36.3) 2.5 (36.5) 4.6 (40.3) 8.8 (47.8) 13.9 (57) 18.6 (65.5) 23.0 (73.4) 23.8 (74.8) 19.8 (67.6) 13.7 (56.7) 8.6 (47.5) 4.3 (39.7) 12.0 (53.6)
最低気温記録 °C (°F) −5.8 (21.6) −6.8 (19.8) −3.9 (25) −0.3 (31.5) 3.0 (37.4) 8.6 (47.5) 12.2 (54) 15.2 (59.4) 8.1 (46.6) 3.9 (39) 0.6 (33.1) −3.8 (25.2) −6.8 (19.8)
降水量 mm (inch) 94.5 (3.72) 76.3 (3.004) 124.5 (4.902) 120.4 (4.74) 134.7 (5.303) 206.5 (8.13) 273.5 (10.768) 178.0 (7.008) 201.4 (7.929) 107.5 (4.232) 88.8 (3.496) 86.9 (3.421) 1,692.9 (66.65)
平均降水日数 (≥0.5 mm) 13.1 11.6 12.8 11.0 9.7 12.8 12.0 10.2 11.3 9.3 10.3 12.6 136.9
% 湿度 70 69 69 70 71 80 78 78 79 76 73 71 74
平均月間日照時間 76.6 94.4 147.3 177.4 204.6 139.1 171.8 206.3 152.4 160.8 119.2 83.3 1,733.2
出典:気象庁 (平均値:1991年-2020年、極値:1948年-現在)[2][3]
須佐(1991年 - 2020年)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 19.5 (67.1) 22.9 (73.2) 25.0 (77) 30.0 (86) 30.9 (87.6) 34.0 (93.2) 36.2 (97.2) 37.3 (99.1) 35.5 (95.9) 32.0 (89.6) 26.7 (80.1) 24.4 (75.9) 37.3 (99.1)
平均最高気温 °C (°F) 8.9 (48) 9.8 (49.6) 12.9 (55.2) 17.8 (64) 22.4 (72.3) 25.3 (77.5) 29.2 (84.6) 30.6 (87.1) 26.5 (79.7) 21.7 (71.1) 16.7 (62.1) 11.4 (52.5) 19.4 (66.9)
日平均気温 °C (°F) 5.1 (41.2) 5.4 (41.7) 8.0 (46.4) 12.6 (54.7) 17.2 (63) 21.0 (69.8) 25.2 (77.4) 26.0 (78.8) 21.9 (71.4) 16.4 (61.5) 11.6 (52.9) 7.1 (44.8) 14.8 (58.6)
平均最低気温 °C (°F) 0.9 (33.6) 0.6 (33.1) 2.4 (36.3) 6.6 (43.9) 11.6 (52.9) 16.9 (62.4) 21.6 (70.9) 22.1 (71.8) 17.7 (63.9) 11.3 (52.3) 6.4 (43.5) 2.6 (36.7) 10.1 (50.2)
最低気温記録 °C (°F) −6.2 (20.8) −7.1 (19.2) −4.8 (23.4) −2.9 (26.8) 1.1 (34) 6.5 (43.7) 12.6 (54.7) 14.9 (58.8) 7.1 (44.8) 2.2 (36) −2.3 (27.9) −3.7 (25.3) −7.1 (19.2)
降水量 mm (inch) 102.8 (4.047) 85.8 (3.378) 137.1 (5.398) 124.7 (4.909) 142.2 (5.598) 209.1 (8.232) 274.2 (10.795) 164.8 (6.488) 208.0 (8.189) 117.3 (4.618) 102.7 (4.043) 107.9 (4.248) 1,776.6 (69.945)
平均降水日数 (≥1.0 mm) 12.8 11.5 12.5 10.7 9.7 11.7 11.3 9.0 10.7 9.4 10.9 12.7 133.1
平均月間日照時間 66.8 88.5 146.7 183.6 206.9 144.7 173.7 203.8 148.9 157.4 111.3 72.2 1,704.6
出典1:Japan Meteorological Agency
出典2:気象庁[4]

市花であるツバキの「ツ」の字が省かれて、ハギになったなどの説がある。

萩市と全国の年齢別人口分布(2005年) 萩市の年齢・男女別人口分布(2005年)
■紫色 ― 萩市■緑色 ― 日本全国 ■青色 ― 男性■赤色 ― 女性
萩市(に相当する地域)の人口の推移 1970年(昭和45年) 77,962人 1975年(昭和50年) 75,302人 1980年(昭和55年) 74,846人 1985年(昭和60年) 72,748人 1990年(平成2年) 68,999人 1995年(平成7年) 65,293人 2000年(平成12年) 61,745人 2005年(平成17年) 57,990人 2010年(平成22年) 53,747人 2015年(平成27年) 49,560人 2020年(令和2年) 44,626人
総務省統計局 国勢調査より

指月山から臨む萩市街

「萩六島村」の大島櫃島

合併前の市町村は、旧萩広域市町村圏組合を構成し、消防、清掃などを広域で行っていた。

旧萩市中心部は平坦な地形が多いが、三見地区や旧町村部などは主に山間地にあり、特に旧旭村の佐々並地区、旧むつみ村、旧福栄村などは、標高100 - 400mの山に囲まれている。

旧市内(阿武川河口部周辺、離島)

阿武川の三角州に建設された城下町から発展した。山陰本線は三角州の外側を迂回するように走るが、幹線道路である国道191号は三角州中心部を経由し、下関方面へ向かっている。市内は旧城下町特有である碁盤目状の道路が多い。

三方を山、一方を海に囲まれており、中心市街地から周辺の市域・市町へ向かう際は必ず峠を越える必要がある。そのため、雨量が多い場合や積雪などで交通が遮断される場合が多々ある。萩城が建設された由来も、交通に不向きな地形を徳川幕府が気に入ったためといわれている。

大雪の時に国道191号線は鎖峠(くさりとうげ)を中心に、隣接する長門市三隅上の宗頭(むねとう)地区 - 山田地区までが遮断される(大雨の際は崩落の危険があるため通行止め)。飯井(いい) - 玉江(たまえ)へ抜ける道は道幅は狭いものの雪が少ないことが多いが、凍結している可能性があるため要注意である。そのため、バイパスとして長門市三隅と椿の間を結ぶ萩・三隅道路が整備された。

旧萩市は三角州を含んで西から、「三見」(さんみ)→「山田」(やまだ)→「堀内」(ほりうち)→「江向」(えむかい)→「土原」(ひじわら)→「椿東」(ちんとう)→「大井」(おおい)の各地域に分けられ、南側は「椿」(つばき)、北は六島村となって幅が広い。その中で、太字の地域は三角州内にあるが三角州内はもっと細かく分かれることとなる。

見島や「萩六島村」の大島、櫃島などの日本海に浮かぶ離島群は萩港と定期航路で結ばれ、旧萩市の一部を構成していた。

川上地区(旧川上村

萩市中心部に隣接する山間部。中心部を阿武川が流れ、上流には阿武川ダムがある。

国道262号が地域の端を通り、中心部は県道萩川上線が通っている。山地と阿武川ダムの流域面積が多いために可住面積が少なく、集落は山地を縫うように点在している。

山間部のため冬季は積雪があり、集落間の移動が困難になる。

江崎地区・小川地区(旧田万川町

国道191号沿いの地域。山口県の最北端に位置する。

島根県益田市に接し、経済圏・生活圏としては萩市中心部よりも近接する益田市との結びつきが強い。日本海に面しており、気候は比較的温暖だが、益田市との県境は冬季積雪がある。産業は主に漁業と農業であり、東部の小川地区では梨や桃等、果樹の生産が盛んである。

吉部地区・高俣地区(旧むつみ村

萩市中心部と島根県津和野町のほぼ中間の山間部に位置する。気候は内陸部特有の気候であり、冬季は積雪、凍結などが多い。中心部からそれたところに国道315号県道萩篠生線が走っているが、県道萩津和野線で連絡している。主な産業は農業で、大根の生産では当地区の一角にある千石台地区が2013年(平成25年)度は出荷量は約3,200tで山口県内の出荷量約3,370tのうち約95%を生産している[5]。萩と津和野を結ぶ観光ルートであり、近年は道の駅(うり坊の郷 katamata)やむつみ昆虫王国の建設、観光牧場(秋川牧園)の開設など、観光にも力を入れている。

須佐地区・弥富地区(旧須佐町

隣接する田万川地域同様、益田市との結びつきが強く、生活圏は益田市に多くが依存している。

地域は日本海から東側に長く、海に面した須佐地区、山間部の弥富地区と鈴野川地区からなる。須佐地区は比較的温暖だが、山間地区は冬季に積雪もある。須佐地区に国道191号が、山間地区は国道315号が通り、交通状況は良い。

第一次産業が多く、観光地数が他の地域より比較的多い。

剣先イカの活イカ漁港として有名。近年ローカルブランドとして商標を取得し、「須佐男命いか」として県内外に知られている。

明木地区・佐々並地区(旧旭村

国道262号沿い、萩市中心部と山口市のほぼ中間の山間部にあたる。明木地区と佐々並地区の間に山地があり、明木地区は萩市中心部の、佐々並地区は山口市の経済圏になっている。

両地区ともそれぞれの300 - 400m級の山に囲まれているが、冬季は明木地区より佐々並地区の方が寒冷であり、積雪が多い。

明木地区で県道萩秋芳線が分岐しており、萩市中心部から山口市方面、小郡・美祢方面へ向かう交通の要所である。

福井地区・紫福地区(旧福栄村

中心となる福井地区には県道山口福栄須佐線と県道萩篠生線が、紫福(しぶき)地区には県道山口福栄須佐線が通っている。

山間の盆地に開けた土地であり、夏季は比較的暑く、冬季は寒冷である。

萩市でも屈指の米の生産地である。また、フライドチキン型のチーズケーキも地区内にある道の駅ハピネスふくえで売っている。

旧萩市

旧市域。市制時の市域は町村制以前からの萩町と、1923年に周囲と合併して萩町になった地区からなる。萩町は32町5村がそれぞれ大字として扱われ、末尾が「町」(「丁目」)の地区においでも現在まで「大字」を表記する。

1923年に合併した3村は各々大字を設置していなかったため、合併をもって各々が大字となった。

昭和の大合併で合併した4村のうち、六島村は各々の島名を住所に表記しており、萩市においてもそれらを継承した。ほか3村は大字未設置であったが、合併後は旧村名を住所に表記している。これらには「大字」を表記しない[注釈 2]

平成の大合併で合併した地域はいずれの地区も旧自治体名を表記しない(川上村を除く)

旧川上村

合併前は大字を設置していなかったため、合併後は全域が「川上」となった。大字は表記しない。

旧田万川町

旧むつみ村

旧須佐町

元は単独村制で発足した須佐村。当時は大字を設置していなかったが、弥富村と合併した際に旧町域を大字須佐とした。

旧旭村

旭村として合併する以前はいずれも大字を設置していなかったため、合併前の各村域をもって新たに大字となった。

旧福栄村

萩市の姉妹都市は6都市(国内3都市・国外3都市)[6]。このほか、友好都市協定を結んだ都市がある。

日本の「開国の地」(開港地)である下田と、明治維新胎動の地という縁[6][7]1854年吉田松陰は下田に入港中の米艦隊に米国への密航を懇請したが拒絶された。その後、自首した松陰がつながれた獄が下田にある。

ともに日本史で重要な役割を果たした歴史のまちとして[7]。鎌倉市制40周年行事の一環として萩市が姉妹都市にふさわしいと選定される[7]

伝統工芸品「萩焼」と「輪島塗」を受け継ぐ点、日本海側にあって漁業や観光が主要産業という共通性から[7]。2012年には災害時相互応援協定を締結[8]

日韓で最も近い距離の都市[10]。1962年に萩市長が視察に訪れて以後提携の打診が行われた[10]。なお、日本の都市と韓国の都市の提携として最初のものである[9]

1991年、福栄村に在住していた徳津面出身者の縁で、徳津面農協長が福栄村を訪問、以後交流が進展[10]。農業を中心とした産業構造が共通[9]

ユーリンゲン・ビルゲンドルフはスイスとの国境に近い保養地として著名な村[6][9]。1989年に日独親善交換農村振興対策事情調査団員として訪独し同村に民泊した旭村村長が感銘を受けて交流開始[10]。「農村自然景観と歴史的な遺産の保全」を基調とした町づくりが共通するとして姉妹都市提携[6][9]

世田谷区は萩藩とも縁があり、ともに吉田松陰を祀る松陰神社がある縁[11]。1992年から商店街などの民間交流がはじまる[11]。松陰神社のある世田谷区若林では「萩・世田谷幕末維新祭り」が開催される[11]

萩市出身の楫取素彦が群馬県の初代県令となり、前橋への県庁誘致および同市の経済・教育振興などに貢献した縁による[11]

国道315号線の起点・終点である縁[11]。禁門の変の責を負った須佐領主益田親施が周南市徳山で自決した縁もある[11]

2015年に「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産に認定されたこと[13]、2016年に薩長同盟締結150周年を迎えたのを記念して、友好交流に関する盟約を締結[13][14]

仙台藩主伊達政宗から命を受けた萩市出身の川村孫兵衛(重吉)が主に手掛けた北上川の改修作業から400年の節目に当たるのをきっかけに両方の市が産業、歴史、教育、文化を皮切りに友好を深め、大規模災害の時には互いに支援し合う仲となった。

国内の姉妹都市3市[8] および交流のある30市町村(山口県内全市町村を含む)と災害応援協定を締結(2012年現在)[8]。姉妹都市以外の遠隔(県外)自治体との協定としては以下がある。

山口県旭村(現・萩市)、茨城県旭村(現・鉾田市)、島根県旭村(現・浜田市)など「あさひ」の名を持つ7町村が結んだ「あさひ連邦相互協力協定」(1999年 - 2004年)の枠組みを引き継ぐもの[18]。2011年3月の東日本大震災で被災した鉾田市に、萩市と浜田市が連携して支援物資を送った[18]

2008年度にともに「文化芸術創造都市部門」文化庁長官表彰を受けた縁[19]

はぎちょう萩町
廃止日 1923年(大正12年)4月1日
廃止理由 新設合併萩町(旧)、椿東村・椿村・山田村→萩町(新)
現在の自治体 萩市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方
都道府県 山口県
阿武郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
萩町役場
所在地 山口県阿武郡萩町
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はぎし萩市
萩市旗 萩市章 旧・萩市旗市章1934年3月13日制定
廃止日 2005年(平成17年)3月6日
廃止理由 新設合併萩市(旧)、阿武郡川上村田万川町むつみ村須佐町旭村福栄村 → 萩市(新)
現在の自治体 萩市(新)
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中国地方
都道府県 山口県
隣接自治体 阿武郡川上村、阿武町、旭村、福栄村、大津郡三隅町美祢郡美東町
萩市役所
所在地 758-8555山口県萩市江向510番地
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顕義公園より市街を望む

指月山 萩城跡

7世紀には宇佐神宮の勧請により松崎八幡宮(650年、大化6年、須佐)が建立された。古代神社があることからすればその一帯には鉱山があり、古くから鉱業によって栄えたと見られる。

広大な市域のため、旧町村部にはそれぞれ総合事務所を置き、それぞれに地域振興部門、市民窓口部門、産業振興部門の3部門を配し、行政サービスを低下させることなく従来の業務ができるようになっている。 また、離島の見島と大島にそれぞれ支所と出張所が設置されている。

歴代市長[25]

氏名 就任日 退任日 備考
官選旧萩市長
1 豊田勝蔵 1932年(昭和7年)8月8日 1936年(昭和11年)2月11日
2 市川一郎 1936年(昭和11年)3月10日 1937年(昭和12年)6月7日
3 - 4 古屋武助 1937年(昭和12年)7月24日 1942年(昭和17年)12月29日 死去
5 藤田包助 1943年(昭和18年)3月19日 1945年(昭和20年)1月22日 死去
6 光尾芳人 1945年(昭和20年)3月7日 1946年(昭和21年)11月5日
公選旧萩市長
7 - 8 安村正人 1947年(昭和22年)4月5日 1955年(昭和30年)4月29日
9 山下誠一 1955年(昭和30年)4月30日 1959年(昭和34年)4月30日
10 - 15 菊屋嘉十郎 1959年(昭和34年)5月1日 1983年(昭和58年)2月10日 死去
16 林秀宣 1983年(昭和58年)4月25日 1987年(昭和62年)4月25日
17 - 18 小池春光 1987年(昭和62年)4月26日 1993年(平成5年)8月24日 死去
19 - 21 野村興児 1993年(平成5年)10月17日 2005年(平成17年)3月5日
萩市長
1 - 3 野村興児 2005年(平成17年)3月27日 2017年(平成29年)3月26日
4 藤道健二 2017年(平成29年)3月27日 2021年(令和3年)3月26日
5 田中文夫 2021年(令和3年)3月27日 現職

椿地区に医療機関と老人保健施設が併設した萩・健康維新の里(萩市民病院と福祉・複合施設かがやき)を、2000年4月に開設した。

また一時、萩医療圏から入院施設のある小児科がなくなるという事態があったが、住民の要望で市民病院に小児科を設置し、圏域で唯一の小児科病院となっている。また、離島や中心部から離れた旧町村部にはそれぞれ公立の診療所が設置されている。

なお萩市民病院は、山口県北部で唯一の結核医療機関である。

旧萩市

旧川上村

旧田万川町

旧むつみ村

旧須佐町

旧旭村

旧福栄村

当落 候補者名 年齢 所属党派 新旧別 得票数 重複
林芳正 60 自由民主党 96,983票
坂本史子 66 立憲民主党 29,073票

観光業農業漁業が多い。工業はほとんど発展していないが、山間のむつみ地区、旭地区、福栄地区では工業団地を造り誘致を行っている。しかし交通の利便性などの地理的条件から進出する企業は少ない。

観光業においては、東萩駅前にあった観光ホテルの廃業(現在は民事再生法の手続きにより、以前からあった土産物屋に加え、貸自転車屋和食処居酒屋喫茶店カラオケボックスゲームセンターフィットネススタジオエステサロンテナントが入った新たな観光ホテルとして、経営を再開している)や中心商店街などの衰退・全盛期に比べ観光客減少の不況感が漂っており、それらは萩市の大きな課題となっている。

私立

萩市内には3校あり、いずれも中心部に設置している。

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交通網の整備は、山口県内では最も遅い地域であり、特に新幹線、高速道路網、空港へのアクセスが著しく不便である。

新幹線は山陽新幹線新山口駅を利用する人が最も多いが、萩市街 - 新山口駅間を所要時間1時間程度で結ぶ路線バスしかない。ただ、新山口駅から市街地の萩バスセンターに乗換なしで直結する長所もある。
戦前には萩と岩国を結ぶ鉄道計画があり、当時の首相であった田中義一は萩出身ということで計画も前向きだったが、田中義一内閣の総辞職とともに頓挫し、戦後、益田・日原経由での岩国連絡で工事が進捗していた岩日北線も1980年代の日本鉄道建設公団の工事が凍結された。
一方、昭和40年代には鉄道で小郡(現在の山口市小郡)と萩を結ぶ「小萩線」の建設構想があったが、沿線町村の住民による反対や当時の国鉄の赤字路線整理の中で頓挫してしまった。

高速道路は、現在小倉方面へは中国自動車道美祢IC広島方面へは山陽自動車道防府東ICを利用する場合が多い。ただし、どの最寄インターも車で最短約40分以上かかる。しかし、2011年(平成23年)5月28日に美祢市にある小郡萩道路絵堂ICから同じく美祢市の中国自動車道と小郡萩道路上にある美祢東JCTまでが全線開通した為(調査区間は除く)絵堂ICから乗れば、美祢ICまで30分台で行けるようになった。

空路は山口宇部空港または石見空港を利用する。なお石見空港は愛称が「萩・石見空港」となっているが、利用者はあまり多くない。車で市街から山口宇部空港まで2時間、石見空港まで1時間程度かかる。

山陰本線が海岸沿いを東西に通るが、市街地の中心である三角州に乗り入れることなく、その南を迂回している[注釈 3]。本数は2 - 3時間に1本程度と少なく特に益田方面へは日中5時間程度運行がない時間があるほか、最終列車も20時台と早い。特急列車2005年に『いそかぜ』が廃止されて以降定期運行がない(特急は東萩駅に停車していた)。2022年現在は観光列車○○のはなし』が新下関駅と東萩駅の間を結んでいる。クルーズトレインTWILIGHT EXPRESS 瑞風』はコースにより東萩駅・萩駅が停車駅となる。

西日本旅客鉄道(JR西日本)

コミュニティーバス 「まぁーるバス」(萩バスセンター前)

東萩駅前と市中心部にある萩バスセンターを中心に、近距離、遠距離のバスが出ている。一般路線バスは市内全域を防長交通が、市中心部 - 旧旭村( - 山口駅)方面をJRバス中国が、旧須佐町・旧田万川町( - 益田駅)方面を石見交通が担当している。

長距離バス

主な一般路線特急バス

コミュニティーバス

萩道路(山口県道32号萩秋芳線)

益田市より国道191号が海岸線に沿って南下して市内中心部を横断する。須佐で国道315号が、市中心部の土原で国道262号が、郊外の山田で国道490号がそれぞれ分岐する。国道191号は市内中心部では片側2車線の4車線になり、国道262号も現在改良工事が行われている。

高速道路については、全国的な高速道路網につながる路線はないが、国道191号のバイパス道路および、2011年(平成23年)9月23日に全線開通した萩・三隅道路山陰自動車道)がある。国道490号のバイパス道路として、まだ調査区間段階だが小郡萩道路の未開通部分である、絵堂IC - 萩IC付近までの事業着手が2014年度に決定した。現在、絵堂IC - 萩IC付近の間が着工中である。

高規格幹線道路(高速自動車国道に並行する一般国道自動車専用道路

離島航路は萩市が主に出資している萩海運が運営しており、離島の見島、大島、相島の三島と市内浜崎にある萩商港を結んでいる。

なお、櫃島には航路がなく、島と本土の間の移動には住民所有の船舶を主に使用している。

観光地としては、松陰神社松下村塾など幕末から明治維新にかけて活躍した長州藩の志士たちの史跡、萩焼窯元など伝統工芸に関する施設などが主である。多くが江戸時代から幕末にかけてのものであるが、旧郡部は自然を生かした観光地が多い。また古い町並みの保存・活用が盛んで、重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に選定された地区が市内に4箇所あり、これは京都市・金沢市とともに全国最多である。

旧市内(阿武川河口部周辺)、離島部

川上地区(旧・川上村)

江崎地区・小川地区(旧・田万川町)

吉部地区・高俣地区(旧・むつみ村)

須佐地区(旧・須佐町)

明木地区・佐々並地区(旧・旭村)

福川地区・紫福地区(旧・福栄村)

三見地区(旧・三見村)

萩市は四季を通じて常にイベントを行っているが、伝統的な祭事はそれらのイベントの一部に組み込まれていることが多い。

例えば、山口県無形民俗文化財に指定されている「お船謡(おふなうた)」は夏祭りでのイベントの一つとして行われている。

萩市出身の幕末の3志士(吉田松陰・木戸孝允(桂小五郎)・高杉晋作)について、東京企業が、食品などさまざまな商品で商標登録を行っていたことが発覚、同市は特許庁に異議申し立てを行った。同市は、3人の名声に便乗した、商標権による利益取得が目的と主張している。

  1. ^ 見島は単独で見島村を構成していたため。1955年に見島村・六島村ともども萩市に編入合併している

  2. ^ 角川日本地名大辞典においては「大字」ではなく「地区名」として扱われている

  3. ^ これをいわゆる鉄道忌避伝説に結びつける向きがあるが[27]、鉄道史研究家の青木栄一によると、萩市における山陰本線の開通年度が1925年と、鉄道の利便性が社会に十分認知されて久しい時期であることから鉄道忌避が起きる可能性はまずなく、土地取得が困難な市街地を避けて南側の水田地帯に線路を敷設したためである[28]

  4. ^高齢者の保健事業と介護予防の一体的実施に係る取組 山口県萩市の事例”. 中国四国厚生局. 2024年9月30日閲覧。

  5. ^平年値ダウンロード”. 気象庁. 2024年3月閲覧。

  6. ^観測史上1〜10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2024年3月閲覧。

  7. ^須佐 過去の気象データ検索”. 気象庁. 2024年3月22日閲覧。

  8. ^ a b 川上敏文(2014年5月29日). “千石台大根:県内最大産地の萩で出荷始まる”. 毎日新聞 (毎日新聞社)

  9. ^ a b c d萩市の概要(姉妹都市)”. 萩市. 2016年9月14日閲覧。

  10. ^ a b c d e f g (PDF) ふるさと萩のすがた. 萩市. (2015). p. 8. http://www.city.hagi.lg.jp/uploaded/life/13389_54163_misc.pdf 2016年9月14日閲覧。

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  12. ^ a b c d e f g (PDF) ふるさと萩のすがた. 萩市. (2015). p. 7. http://www.city.hagi.lg.jp/uploaded/life/13389_54163_misc.pdf 2016年9月14日閲覧。

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  23. ^ 「美祢線、肥薩線など開通」『時事新報』1925年4月3日(大正ニュース事典編纂委員会 『大正ニュース事典第7巻 大正14年-大正15年』本編pp.474-475 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)

  24. ^ 「萩 - 東萩間が開通」『山陰新聞』1925年11月12日(大正ニュース事典編纂委員会 『大正ニュース事典第7巻 大正14年-大正15年』本編p.475 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)

  25. ^ 「四千町歩と百三十戸焼き、ようやく鎮火」『大阪毎日新聞』1937年4月15日(昭和ニュース事典編纂委員会『昭和ニュース事典第6巻 昭和12年-昭和13年』本編p.731 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)

  26. ^ 原武史『昭和天皇御召列車全記録』新潮社、2016年9月30日、99頁。ISBN 978-4-10-320523-4

  27. ^ 川上敏文(2015年3月7日). “萩市:合併10周年記念式典 市の振興発展貢献など、個人90人と21団体表彰”. 毎日新聞 (毎日新聞社)

  28. ^ 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長』第3巻、歴代知事編纂会、1985年。『朝日新聞』。

  29. ^萩市立木間中学校 閉校”. ファイナルアクセス (2018年9月6日). 2023年10月29日閲覧。

  30. ^ 浅井建爾 (2004). 鉄道の歴史がわかる事典. 日本実業出版社. p. 46 - 47

  31. ^ 青木栄一 (2006). 鉄道忌避伝説の謎 汽車が来た町、来なかった町. 吉川弘文館. p. 205

  32. ^萩市観光協会公式サイト|山口県萩市”. 萩市観光協会公式サイト|山口県萩市. 2023年10月29日閲覧。

  33. ^山口県/社会教育・文化財課/文化財・山口県の文化財”. bunkazai.pref.yamaguchi.lg.jp. 2023年10月29日閲覧。

  34. ^ホーム”. 道の駅 萩・さんさん三見. 2023年10月29日閲覧。

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