ラブのわんにゃん日記☆NEW (original) (raw)

ラブラドールのラブと申します。15歳の女の子です。MIX犬の銀ちゃん、ロンチーの松ちゃん、体重9Kgを超える巨大猫のニャーちゃんと一応、ボスのaliceちゃんと毎日楽しく暮らしてま~す!!

ラブちん
いつもそばにいるラブちん
ラブちんがお空に行ってから
4年になるね
たまに、
お目目がまるくて
ガタイがシッカリしたラブ族の女子をみるとキュンて愛おしくなるんだ
ラブちんに似てるから

ラブが胸のペンダントに収まる
一カ月くらい前
私達の住む北上は一面銀世界だった。

仕事から帰り
ラブと夜を超える
月の薄明かりの夜
しんしんと降る雪
何処までも続く雪原
その中にはラブの大好きなリンゴ畑
翼が生えたように
二人、夜な夜な気持ちは彷徨ったんだ
とてもとても静かで
幸せな時間だったね

ラブ、どれたけの時間、自分をまったんだろう
どれだけ、私を満足させるため 辛い治療を我慢したんだろう
私が、大丈夫って時まで
その時をまっていたんだろう

私はダメな生き物で
本当にクソのような心の持ち主で

ラブと暮らしていたんだね
ラブは本当に清らかで
曇り一つなくて、
ダイヤモンドよりキラキラしていて、
まぶしくて、
切なくて、
それでいて、たくましくて、
親よりも親で
兄弟よりも兄弟で
恋人よりも恋人で
先生より先生で
太陽より太陽で

わたしの全てだったんた
全てで、良かったんだ

ロシアの研究で、
生物が生を終えるとき、
魂が身体から抜ける証拠に
ほんの少し、重量が減るらしい

わたしは、脳死も信じているし
だから、生物のパーソナリティは脳の神経伝達で作られるとも分かっているつもりだけど

何か
何処かで
魂という、
ラブという、不変な魂がいつも自分の側にいるって信じているんだ
ラブはわたし以外は見つめない
私がいれば、絶対に私の側から離れない
1時間でも
1日でも
1ヶ月でも

わたしも
ラブの身体が無くなっても
ラブから目を離せない
1時間でも
1日でも…

そして4年たった

最近、思うんだ
ラブが1日だけ
身体をもって現れたら…
何をしようね

まずは、朝早く展勝地に行って
チェリーに挨拶しようか
その後、松と暖かいヤキミルクをのんで

季節を夏に変えて
触れ合い広場に行って
川や、噴水にダイブして
桜の木に花をさかせて
夕方は、りんご畑をくまなく回ろう
大好きな龍はまだまだ、元気だよ
きっと、ラブを待ってる
そして、

また、二人でおは4ニュースまで
一睡もせず、おしゃべりしよう
ねちゃダメだよ、もったいないから
まぁるい頭をなでて
まぁるい瞳を飽きることなく眺めていたい

きっと朝になるんだろうなぁ
1秒も一人にしない1日を過ごしたい

今日は、3.月11日
6年前
ラブもにゃんぱもいた

6年は色々変えた。
6年はあっという間だけど
あっという間じゃない

今年は
来年は
6年後は
今の自分じゃいけないなラブ

新たな一歩を踏み出そうかな
自分が自分でいられるような
一歩を踏み出そうかな

少し
自分を見つめる旅でようと思う

今年の2月9日で
ラブが天使になって3年。
わたしは、ここに戻って来なかった。
何故かと言うと

長く勤めていた、会社が傾いて
辞めるか、辞めないか?という
二者選択の〆切日で

頭の中がそのどっちを選ぶかで
いっぱいで
ここに戻ってくるのを忘れたんだよ。
ごめん。

でね、
決めかねて、
有名な占い師さんに行ったんだよ

でね、
その占い師さんが言うには

わたしは占い師なんだけど
占いなんて意味がない
運命はその人が生まれ堕ちてから
死ぬまで決まっているんだから
あなたは、今の会社を辞めません。

って言われたんだよ。
でね、なんか悩む事に疲れていた
わたしは
ほっとして、眠りについたんだよ

ラブ。

ラブがいって、3年。
ラブがいた頃
この選択があったら、そんなに
重要なことじゃなかったかも
しれないね。

きっと、どっちでもよかったかもしれない。

なんだか
器用になりすぎた
自分におどろくよ。

わたしは、いま
沢山やりたいことがあるんだよ

一つは、ラブと暮らすこと。
安心して、わたしはラブを間違わないから
わたしをしっかり見つめて。
わたしは、絶対に絶対に
あなたを離さないから。

きっと、この一番大事な夢で、現実は、近いうちに叶うと信じてる。

にゃんぱが、今朝
天使になりました。
15年間、ありがとう。

てんかんの持病があったにゃんぱ
いつもゆっくりと時間が流れるにゃんぱ
メンズなのに、いつも可愛い声でにゃ〜って挨拶したにゃんぱ
体重が7キロを超えたビック猫にゃんぱ
会社の駐車場で出会ったにゃんぱ

にゃんぱ2

にゃんぱはこの15年間、幸せだったんだろうか

今年の冬は雪が少ないです。
ラブが天使になって2年目、いない事が日常になりました。

よく、もう大きなわんちゃんは飼わないの?って言われます。
小さなわんちゃんの松と、にゃーがいるので、と言うと不思議な顔をされます。

よく、飼い主を無くしたり、迷子になったり…
そういう子はどうかな?という方もいます。

さらに悲しいのは、一番の命綱の飼い主に保健所に連れてこられたわんにゃんとか…

このような子達を救いたいなぁ、一つの命でも救いたいなぁ
って思うけど
じっくり、ゆっくり時間をかけて考えてみる
自分の仕事、自分の家族、今一緒にいるわんにゃん。
いま、自分のしなくちゃいけないことは、松と、にゃーと暮らす事。
その先、キチンと見送る事。

最近、とてもシンプルな答えを見つけた。
可哀想なわんにゃんが世の中に沢山いて、なぜその子達はそうなったのか?
飼い主が最後まで、その子と暮らさなかったからだ。
私のような、わんにゃんの飼い主がその子の事を、その子の最後の最後まで見届けないからだ。
例えば、全ての飼い主が自分のわんにゃんの事だけ、わんにゃんの最後まで見届ければ、
不幸な子はいなくなる。

それは、時に冷静な判断も必要かもしれない。
責任がもてない繁殖の禁止、適切な時期の避妊。
場合によっては自分の万が一の時の対処。

様々な事情でわんにゃんを迎えていることと思います
子供の友達として、自分の話し相手として、子供がいないから
不幸な子を迎えいれた、一目惚れ、先代のわんにゃんの後継、看板犬、寂しいから、色々なワーキングドック…

その子達にとっては
私達が全てだから、まずはその子だけを考えよう

ラブ…
わたしは、ラブを見送った後に
こんなシンプルな答えにたどり着いたんだよ

ラブちんがお空に行ってから一年たちました

お花や、お手紙
メール、ラブちんを愛してくれてありがとうございます
本当に、本当に、本当に
感謝しきれないです

自分がラブと出会ったのは
地元のベットショップでした。
シェパードのナタリーがお空にいって、約半年の頃でした。

ナタリーは殆ど、父親が世話をしていたからか、悲しかったけれど、寂しさの方が強かったような気がします。

ラブちんは、まだ赤ちゃんで、マルチーズと一緒のゲージに入っていました。
ずーっと見ていると
毛玉が2個、グルグル途切れなく回っている感じで
すごく可愛いくて、目が離せなくなって
お店の人にゲージから出してもらおうとしたら、マルチは怖がって尻すぼみなのに
ラブちんは、すぐにこっちに来たのです。
お店の方は、こんなに可愛いラブは始めてですって、おっしゃいました
商売かもしれませんが…

それから、
17年、一緒にすごしました。

ラブを見送ってから
強くなる気持ちは、懺悔の気持ちなのです。

犬は大きく3つの時期があると思います。

赤ちゃんの時期
大人の時期
おじいちゃん、おばあちゃんの時期

ラブちんの17年の犬生を振り返ると
赤ちゃんは犬生の10%
大人の時期は60%
おばあちゃんの時期は30%
です。

自分の懺悔は大人の時期です。
この時期のラブは、大概
元気で、ハツラツで、何にも心配いらなかった。

でも、おばあちゃんになって、
向き合うようになって、
それまでの、ラブちんの毎日を理解出来るようになりました。

ラブはいつも自分を待ってました。

良く、犬は夜行性で昼は寝てるから、留守番も大丈夫とかいうけど、それはウソだと思う。

ラブはよく夢をみて
走っていました、時にはワンワンって吠えながら…
それは、まるで
展勝地で大好きなチェリーと会う時の喜びの舞のようでした。

帰りが遅くなっても
玄関に顔を向けてジッと扉を開くのを待っていて、自分が入ってくると、ハッちゃける様子にも似てるから、もしかして、夢のシーンには自分がいたのかも知れない。

ラブちんは亡くなる、チョット前まで、そんな感じだったのです。

どうか、
皆様、今、愛するわんこ
と暮らしている、全ての皆様。

赤ちゃんワン子でも
大人でイケイケのワン子でも
今は何の心配もない、強靭なワン子でも、いずれは
おじいちゃん、おばあちゃんワン子になります。
その時期は
人族よりも、ビックリするほど短く、あっという間です。

どうぞ、出来るだけ
側にいてあげてください
贅沢な服や食べ物や
豪華なオモチャより、
一緒にないたり、笑ったりする事があなたのワン子には一番の喜びだから。

最近は、ラブちんは
すごく長生きだったけれど
その生涯が多少短くなったとしても、何処まででも、一緒に行動すれば良かったと思っています。ラブちんが赤ちゃんの時からずーっと、ずーっと
もっと一緒に色んな事を楽しめたはずだから。
自分のまわりには、幸せなワン子が沢山います。
人と共に目覚め、団欒に加わり、共に眠る。家族の旅にいつもでかけたり、地域のイベントの常連になっていたり。それはご家族の努力があると思います。

でも、それと同じくらい、もしかしたら、それ以上、
寂しいワン子達がいることも事実です。

ある意味、
犬と暮らすということは覚悟がいると思う

共に生きていく覚悟
いつか見送る覚悟

自分には、まだ
チワワの松とにゃんぱが側にいるので、
覚悟を忘れず、共に歩いて行こうと思います。

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