『エデンより彼方に』(Far from Heaven)これは、笑えるメロドラマなのです。【ウェイン町山のモンドUSA第14回】 | まちおこし (original) (raw)

はい、町山智浩です。いつもの通りですね、僕の住んでいるオークランド、エミリービルって街なんですけど、オークランドとバークレーの間にある町から放送しています。今日はですね、いつも部屋の中で録音してるんでつまんないんで、ちょっと外へ出て、近所を歩きながら録ってるんですけども。

このエミリービルって町は昔、基地があったんですね。米軍の基地が。で、そのあと、米軍の基地が撤退してからですね・・・町になったんです。で、町になったんですが、町になってからですねえ、人口が少なくて警察が無かったんで、軍の保安官が統治していたんですけどそれが完全に腐敗しててですね、カントリーバーがあるんですけども、そこは完全に、麻薬、拳銃、売春の溜まり場になってたっていうとこで、ついこの間までそうだったみたいなんですけど、最近ちょっと新興住宅地が出来て、そこに知らないで住んでみたら、ビックリしたんですねえ。

えーっと、そういう歴史も聞いて、まあ、なんで僕がここに引っ越したかって言うと・・・要するに、頭金出してくれるって言ったんですね、市がね。外国人でも。で・・お金がなかったから、じゃあ、って住んだ・・・あの、家を買ったんですよ。

そうしたらなんと、全米最大の犯罪地帯でですねえ、このウエストオークランドっていう地域なんですけども、エミリービルってのはオークランドにくっついててウエストオークランドって地域と一緒に、なってるんですね。で、そこはですね、去年だけで113人が射殺されたんですね。もう、銃撃戦で。で・・・まあ、あの、全米最大の危険地帯になってて、まあ、ロサンゼルスで60人死んだって言ってるんですけども、ロサンゼルスは人口が800万人ぐらいですからね。こっちは40万人しかいないのに。で、もう、ほとんどウエストオークランドに集中してるんですね、殺人事件は。それでもう、110何人死んでますから、ほとんど、まあなんていうか・・3日にいっぺん銃声が聞こえるっていうねえ・・え、いや、毎日銃声が聞こえて、3日にいっぺん人が死んでるって感じで、まあほとんど子供のギャングなんですけど、まあでも、こうやってお散歩している分にはね、全然、怖くないんですけどね。

夜になると、14歳ぐらいの子供が出てきて13歳ぐらいの子供を撃ってるんですね。・・というね、怖ろしいとこなんですけども、まあでも、見た目がみんな子供なんでねえ、ギャングかどうか全然、わかんないんですよ。まあ、小学生みたいな中学生みたいな顔ツルツルの・・え~・・マシンガンとか持ってるんですね。というところでね、そういう、まあ、全米最大の危険地帯、オークランドからお送りします~。

~Conflict~21世紀にリメークされた50年代風メロドラマの本当の意味

『Far from Heaven』の元ネタ『All That Heaven Allows』

このあいだねえ、『Far from Heaven』ていう映画を見たんですよ。で、その話をちょっとしたいと思うんですが。 これはねえ、ま、子持ちの人妻が、庭師のですねえ、黒人の庭師と恋に落ちるっていう、1950年代のアメリカを舞台にした、まあいわゆるメロドラマですね。で、なんでワタシがそんなものを観たかというとですねえ、なんか予感がしたんですよ。予告編とかを見て。

「これはちょっと変じゃないかな?」

っていうか

「これは何か仕掛けてるな?」

っていう予感させる予告編だったんですね。て言うのは、これですね、実はね、『Far from Heaven』てタイトルで、これ日本語タイトルがねえ、『エデンより彼方に』っていうタイトルになってるんですけど、何がエデンなのかねえ・・エデンなんて何の関係もないんですけどねえ(笑)・・・

え~と、『Far from Heaven』、天国から遠く離れて、ですねえ。これ実はですねえ、別の映画のタイトルのパロディなんですよ。で、ダグラス・サークっていう監督がいまして、その彼が1955年に作った映画で、『All That Heaven Allows』っていうタイトルの映画がありましてですねえ、え~・・・日本語でもたしか・・・・日本でも公開されてると思うんですけど、『天はすべて許し給う』っていうような意味ですね。そういうタイトルだったと思いました。それの・・・パロディなんですね。ただ、一切そういうことを言ってないんですよ。宣伝とかで。

ジュリアン・ムーアが主演でですね、あの・・・50年代風の顔してるでしょ?あの人。なんかクラシックなねえ。で、もう綺麗な50年代の昔のハリウッドの映画ですねえ。昔のハリウッドのカラー映画っていうのは、あんまり作られなかったんですが、テクニカラーっていうその・・

要するに、メロドラマってのが始まったんですけども、その元々の原型っていうのは、そのダグラス・サークが50年代に作ってた、いくつかの映画がありまして、それをねえ、テレビに持っていったと言われてるんですよ。演出が、ダグラス・サークが作った演出なんですね。女の人がビックリするとことか、音楽の盛り上げ方とか、まあそういった形でですね。

・・・でですね、それをこの21世紀にですね、何故リメークしたのかと。『Far from Heaven』はそれを・・もう、ほんとリメークなんですよ。そのダグラス・サークのメロドラマの世界をですね。

ダグラス・サークのメロドラマの世界

そもそもね、メロドラマってのはいったい何なのかってことを言いますと、メロドラマってのは、「チャララ~ン」とか「ジャカジャ~ン」とかいってますけど、そういう音楽がやたらと入ってですね、見てる人の感情をですね、音楽でもってコントロールするような映画ですよね。単純に言うとね。て言うのは、メロディードラマの略なんですよ、メロドラマってのは。それがですね、テレビで展開するようになってからですねえ、まあ、大体昼の1時か2時ぐらいなんですけどね、お昼ごはんを食べた後ですね、主婦がですね、行くとこ無くて、とりあえずそのテレビを観る、っていうね、日課として観るっていうのがあったんですけど、最近はそれをやってる人がいるかどうかわかんないんですけど。

で、アメリカの場合ですね、それはソープ・オペラって言われたんですよ。何故ソープかっていうと、ソープって石鹸ですよねえ?で、その時間帯のドラマってのはコマーシャルが全部、石鹸会社だったんですよ。石鹸ていうか、洗剤とかね。で、日本もそうだったでしょ?日本も最近どうなのか知らないですけど。日本は昔、ライオン奥様劇場ってのがあったじゃないですか。ライオン・・ですよねえ?あと・・そうそう、花王ですねえ、花王。あと・・なんだっけ?・・・まあいくつかありますけど忘れちゃったけど(笑)、そういう、洗剤会社ですよね。昼メロのCMっていうのは。ま、だからソープ・オペラって言うんですけども。

で、ダグラス・サーク監督っていうのは、そういう、日常の中でですね、さっきの庭師じゃないんですけど、不倫であるとかそういうのをですね、描いてたわけですけども。ただ50年代だったんで今のソープ・オペラとか日本の昼メロと違って、全然セックスをしないんですね。あの・・・しそうで、しないっていうね。秘めたる恋心みたいなね。だから燃える、みたいなことをやってるわけですよ。それでまあ、奥様方がですね、その当時はまだテレビが流行り始めだったんで、映画館に行ってたんですね、お昼過ぎぐらいに。で、そういう映画を撮ってたのがダグラス・サークなんですよ。

で、なんでこの人をですね、今更リメークするのかって言いますとですね、ダグラス・サークってのは熱狂的な支持者がいるんですよ。カルト的になってるんですね。見てるとやっぱり、上手いんですよ。「ジャカジャ~ン」みたいな感じがねえ。で、あの・・・ハマるんですねえ。特にそういうのは、主婦がハマるもんですから、日本でもアメリカでも、ダグラス・サークのファンの人ってのは、ゲイの人が多いんですね。ゲイの人がこう・・・ハンカチを噛み締めながらね、

「あ~、カワイソウ!」

とか言いながら観るわけですよ。

ダグラス・サーク マニア列伝① ジョン・ウォーターズ

で、まあ1番有名な、ダグラス・サークのマニアの映画監督といえば、ジョン・ウォーターズっていう監督がいるんですけども、この人は『ピンク・フラミンゴ』(Pink Flamingos)っていう映画で、肛門を丸出しにしたりですね、犬のウンコを食べたりですね、え~と、ゲロを舐めたりですねえ、あの・・・自分の息子のチンチンを舐める母親が出てきたりとかですねえ・・・あの・・・もう、メチャクチャなですねえ、ウンコ、チンコ、マンコ、ゲロ、っていうのをやった監督なんですけれども、その『ピンク・フラミンゴ』の監督が、実は1番好きだったのはダグラス・サークだったって言うんですね。

で、『ポリエステル』(Polyester)っていう映画を作りまして、それはダグラス・サークの、やっぱり、さっき言った『All That Heaven Allows』っていう『天はすべて許し給う』のパロディなんですよ。で、昔のホームドラマなんですけど、ただちょっと変なのは奥さんていうのが、美人でもなんでもなくて、オッサンが演じてるんですね(笑)。オカマのオッサンのディヴァインていう人が奥様を演じててですね、不倫に燃えたりするわけですよ。

あともう一つ困っちゃうのは、『オドラマ』っていうシステムにして、その『ポリエステル』って映画は、例えばそのヒロインのですね、オバサンていうか、オジサンていうか、オカマの、主婦って役になってるんですけど、その人がお花の匂いを嗅ごうとするシーンがあるんですね。そうすると画面に『4』とか出るわけですよ、数字が。すると、入場時に渡された紙っぺらがあって、そこに『4』とか書いてあるんです。その『4』ていうのをこするんですね、観客が。するとお花の匂いがするんですね。でも大抵は、その『4』ていう数字が出てですね、

(お花の匂いだろうな・・・)

と思って、鼻を近づけていくと画面が突然、そのお花をゴミ箱に捨てるシーンに切り替わってるんですよ。それで『4』をこするとゴミの匂いがする、とかね。そういう、くだらないことをやってた人なんですけども・・。それも、元々ダグラス・サークの『天はすべて許し給う』っていう映画のパロディなんですね。

ダグラス・サーク マニア列伝② ファスビンダー

あともう一人ですねえ、ファスビンダーっていうドイツの監督がいるんですよ。そのファスビンダーっていうドイツの監督は有名なんですけども、レザージャケットを着て髭をはやしてですねえ、すごい男らしくてケンカばっかりしてる監督ですけども、ゲイだったんですねえ。ていうか両刀使いだったんですねえ。で、自分がヤッタ男と女ばっかり集めて、劇団みたいな巨大なグループを作って、それで映画を撮ってたんですね。ま。早い話が、つかこうへいとか蜷川幸雄をゲイにしちゃって、ヴィレッジ・ピープルみたいな服を着せたような男がですねえ、ファスビンダーなんですけども。彼もダグラス・サークの大ファンでですねえ、『自由の代償』(Faustrecht der Freiheit)っていう映画を撮ってるんですけども、それはファスビンダー自身が主演なんですよ。ファスビンダー自身がやってる役っていうのは、貧乏な労働者階級のゲイなんですけれども、メソメソした男でねえ(笑)。たまたま知り合った金持ちのボンボンのゲイの人と恋愛をするんですが・・・っていう話なんですね。ただこれですね、完全にダグラス・サーク調で撮ってあるんですね。だから、メロメロのメロドラマなんですよ。あの・・・でも、(笑)どう見ても汚いオッサンなんで、ファスビンダーっていうのは(笑)。それがメロメロのメロドラマをやってる、と。メロドラマのヒロインですねえ。美しき人妻の役をやってるわけですよ。あの・・・だから、ものすごく可笑しいんですけど(笑)、これも実は『天国はすべて許し給う』っていう『All That Heaven Allows』が元になってるんですね。

ま、それぐらいダグラス・サークの映画、特にこの『All That Heaven Allows』ってのは、非常にみんなが面白がって真似をするんですが、それを『Far from Heaven』は、徹底的にやったっていう映画なんですね。

そういう感じでね、ゲイの人に非常に人気があるんですけども、ダグラス・サーク自身はゲイじゃなかったらしいんですけどね。 で、ゲイじゃない人でもね、ダグラス・サークが好きな人っているんですよ。

ダグラス・サーク マニア列伝③ ジョン・ウー

例えばね、ジョン・ウージョン・ウーっていうと男らしい映画ですねえ。『男たちの挽歌』(英雄本色:A Better Tomorrow)ってタイトルに代表されるように、ホントに男らしい映画ばっかり撮ってたんですけども・・・ちょっと、ホモっぽいですよね?(笑)。映画自体はね。男の友情は出てくるけども、恋愛は全然描かれないんでね。ジョン・ウーっていつもそうなんですが(笑)。で、ですね、『狼/男たちの挽歌・最終章』(喋地雙雄)っていうのがありましたねえ。やっぱりチョウ・ユンファが殺し屋をやるんですけども。偶然、殺し屋の銃撃戦に巻き込まれた女の娘を失明させちゃって、目が見えなくなった女の娘の為に罪を償っていく、というドラマだったんですけれども。

それが実はですね、ダグラス・サークの映画で、『心のともしび』(Magnificent Obsession)って映画があるんですよ。これはやっぱり1950年代ですね、54年か。・・の、映画なんですけども、それが元になってるんですね。演出とかですね、そういったものが全部『心のともしび』が元になってて、『心のともしび』も、偶然、女の人を失明させてしまった男が、それを償おうとして頑張ると奇跡が起こる、っていうような話なんですけども、まあ、「泣かせ」ですね。はい。で、それをジョン・ウーは非常に好きでですね、『狼/男たちの挽歌・最終章』で真似してるんですね。

ダグラス・サーク マニア列伝④ クエンティン・タランティーノ

あとですね、ジョン・ウーといえばですね、やっぱりジョン・ウー大好きな、クエンティン・タランティーノっていますね。タランティーノは、『パルプ・フィクション』(Pulp Fiction)て映画で、覚えてますか?あの・・50年代風のレストランに行くじゃないですか。すると、そこではウエイトレスもボーイも、みんな映画の俳優の格好をしてるんですねえ。メニューも全部、映画のタイトルがメニューになってるんですよ。監督名とか。そこを見て、

「『ダグラス・サークステーキ』ってのがあったらどうか?」

みたいな会話をするシーンがあったんですよ。それは、表面はカリカリのように見えて、中はスゴイ血が滴るようなですねえ、燃えたぎってる感じなんだ、ってなことを言うんですねえ。

それは、身分を超えた恋ですねえ、庭師の・・・そういう許されない恋があっても、決して踏み切れないんですねえ、昔の人達だから。ただ、心だけは燃えていくわけですよ。カラダを重ねあえないからこそ燃え上がる、人妻の心。みたいな映画なんですねえ。それを評してですねえ、外側がカリカリだけど、中は真っ赤な血が燃えたぎってるステーキ、っていうふうにタランティーノは表現してるんですよ。

で、タランティーノのですねえ、『ジャッキー・ブラウン』(Jackie Brown)て映画がありましたねえ。あんまり日本ではウケなかったんですけど。ジャッキー・ブラウンていう美人の、中年の女の人、スチュワーデスと、その女の人が密輸をやらされてるんで、それの、「ベイルボンド」っていうんですが、保釈金を貸す仕事ってのがあるんですよ。保釈金ローン。そこに勤めてるロバート・フォスターっていう、やっぱり中年のオジサン。その中年のオジサンと中年のオバサンの恋を描いているんですねえ。

で、最後に事件が解決して、ジャッキー・ブラウンがですねえ、ある程度、大金をつかんで、アタシもうヨーロッパかなんかに行くわ、とか言うんですよ。で、ロバート・フォスターに

「アンタも行く?」

って言うんですよ。でも、その2人は今まで一度も恋愛に関する言葉とか交わしたことがないんですね。ただ、見てるとどうも2人が本当は惹かれ合ってるってことがわかるように演出してあるんですよ。で、ロバート・フォスターが、行くって言うかと思うと、

「いや、いいよ・・オレは」

って言うんですよ。断っちゃうんですねえ。2人ともいい年だから、変に分別ができちゃって、恋愛に飛び込めないんですねえ。で、それを聞いてガッカリして、ジャッキー・ブラウンは・・パム・グリアっていう美人女優さんが演じてるんですが、車に乗って去って行くんですよ。すると、カメラはず~っとですねえ、車をだま~って運転するパム・グリアの顔を映してるんですねえ。ジャッキー・ブラウンの。その顔は、

(どうしてあの人、「私が好きだ」って言ってくれないのかしら・・・)

っていう顔なんですよ。でも、

(追っかけてくるかもしれないわ・・・もしかしたら、私のこの車を追っかけてくるかもしれないわ・・・)

っていう顔でもあるんですねえ。で、次にカメラはですねえ、部屋にいるロバート・フォスターをずっと映すんですよ。でもロバート・フォスターも、

(どうしよう・・断っちゃったけど、やっぱり追っかけて行こうか・・・「好きだ」って言おうか・・・)

って顔をずっとしてるんですねえ。それが何回か続いて・・・映画は終わっちゃうんですねえ。

観ている人は、行けばいいのに、行けばいいのに!って思うわけですよ。好きだ!って言えばいいじゃないか!と。そういうことを狙ったものなんですね。これはダグラス・サーク調なんですよ。ダグラス・サークがやったことなんですね。散々、昔のドラマで。それを90年代のドラマでタランティーノはやったんで、ちょっと違和感があったんですね、やっぱりね。だって、今は、中年のオジサンだって、好きだったら好きって言うでしょ!ねえ。好きなのに好きって言えないっていう、ねえ。ちょっと、言って欲しいな、っていう感じがあるんでねえ。ダグラス・サークをやりたかったから多分、やったと思うんですけどね。

『ジャッキー・ブラウン』て日本でも映画評論家とかの評判が良くなくてですねえ、面白く無い、とか言ってたんですけども。それはねえ、ダグラス・サークの映画のパロディだってことがわかってないから。・・パロディじゃないんですけど、ダグラス・サークへのオマージュですね。ダグラス・サークがスゴイ好きだから、あの燃えたぎるような、心の内側だけで燃えてる炎みたいなものを表現しようと思ったんですね。その辺、全然、誰もわかってあげないから可哀想でしたね、タランティーノは。

トッド・ヘインズ監督が仕込んだゲイの香り

話を、また『Far from Heaven』に戻すと、ま、そういう映画なんですよ。それを、全くあの・・その『天はすべて許し給う』っていうダグラス・サークの映画を、今のコンピューター技術を使って、完璧に現在に再現してるんですね。当時のキレイなカラーとか、50年代風セットとかですね。

ただ、ちょっとだけ変更してあってですね、庭師がただの庭師じゃなくて、黒人になってるんですよ。人種間を越えた、恋愛の話になってるんですね。その未亡人が、庭師がインテリなのを知って、だんだん恋に落ちていくわけですよ。

で、もう一つは、未亡人じゃなくてですね、『天はすべて許し給う』は未亡人だったんですけれども、変更してありましてですねえ、この『Far from Heaven』は。夫、っていうのはゲイになってるんですね。これねえ、監督がトッド・ヘインズっていう男で、やっぱりゲイなんですよ、この人。

『ベルベット・ゴールドマイン』(Velvet Goldmine)て映画を撮りましたけど、あれは、イギー・ポップとデビッド・ボウイの友情を、勝手にゲイ扱いしてですね。本当はゲイじゃ無かったんですけども、ゲイ映画にしちゃったんですよ。あれで結構、イギー・ポップのファンとかみんな、怒ったんですねえ。

「自分がゲイだからって勝手に人のことをゲイ扱いするな!」

って。ま、でもこれは「ヤオイ」っていうやつでねえ。昔からよくあるねえ、男が2人いると必ずそれの恋愛を描いて喜ぶ、っていうゲイ特有の感性があるんですよ。ま、女の人にもそういう人はいますけど。例えば昔流行ったですよねえ?『聖闘士星矢』とかですねえ・・・ああいうのの主人公同士がセックスする話とかを書いてた、ブスな女の子達がいたでしょ?コミケで。あれと同じ事をやったわけですけども。そういう人が監督なんで、この『Far from Heaven』はね、主人公のヒロインのジュリアン・ムーアの旦那っていうのが、ゲイなんですね。

で、途中でゲイが発覚していくわけですも、そこんところがものスゴイ(笑)んですよ。さあ、家に帰ろう、と。仕事が終わってね。デニス・クエイドがやってるんですね。昔、メグ・ライアンの旦那で、メグ・ライアンをラッセル・クロウに寝取られた男で、可哀想ですけど。彼が家に帰ろうかな、と思うと、バーがあるんですね、不思議なバーがね。そこにちょっと・・・行っちゃうんですね。すると、そのバーがなんかおかしいんですよ。・・・男しかいないんですねえ。ま、男しかいないバーってのはいくらでもあるんですけど。そこはなんか、ちょっと雰囲気が不思議なバーなんですねえ。座ってると、ウイスキーかなんかたのむと、カウンターの向こうの方の別の客が、

「オレもあれと同じのを・・・」

とか言うんですよ。それは、サインなんですね。要するに、そのバーは「発展場」ってやつで、ゲイ同士がナンパする場所なんですよ。ただ、その演出がものスゴく重くて(笑)、50年代の映画風のオーセンティックな撮り方をしてるんで、なんか妙にオカシイんですね、ゲイバーをそういうふうに撮るっていうのは(笑)。

あと、これはね、多分もう一つパロディがあってですね、ダグラス・サーク監督の映画にいつも主演してた俳優っていうのはロック・ハドソンなんですよ。ロック・ハドソンていうのは、皆さんご存知なのでは、『ジャイアンツ』(Giant)なんかに主演してる、非常に逞しいハンサムですね。いわゆるハリウッド的ハンサムなんですけれども、それがいつも、大抵、主演なんですね。ダグラス・サークの映画ってのは。そのロック・ハドソンていうのは、結局、エイズで死んだでしょう。偽装結婚してたんですね、女の人とね。で、それ自体をパロディにしてるとも思えるんですね。

あとですね、デニス・クエイドがですね、結局、そこのゲイバーで見つけた男と・・セックスしてるんですけども、お弁当かなんか届けようと思ったジュリアン・ムーアが、オフィスに行っちゃうんですね。旦那のオフィスに。で、アナタ~、って言って旦那のオフィスのドアを開けると、男同士でキスしてるんですねえ。上半身ハダカで。デニス・クエイドが。でも・・・これ、オカシイですよ。シーンとしてね(笑)。でも音楽は、

「ダダダーン!」

みたいになって、ジュリアン・ムーアが昔のハリウッド女優風の驚き方をするんですよ。

「あら!まあ!」

みたいな(笑)。・・・やっぱりこれ、オカシイんですよ。

「メソッドアクティブ」でない可笑しさ

ていうのはねえ、演技がね、昔の映画の人の演技って違うんですね。1950年代の終わり、っていうか60年代ぐらいからですね、「スタニスラフスキー理論」ていう演劇理論が入ってくるんですね、演劇界に。アメリカの。これは元々ロシアの演劇理論なんですけれども、役をやる時に、セリフを言って感情を表現するっていうだけじゃなくて、その役の人の人格であるとか、その人がどういう風に育ってきたかとか、その人がいったいどういうことを普段考えてるのか、どういう服を着てるのか、どういう生活をおくってるのか。そこまでぜ~んぶ考えて、それを完全に自分でシミュレートしてですね、その人になりきるんだ、と。演技をするんじゃなくて、その演じる役の人格に、完全になってしまうんだよ、っていう理論があるんですよ。

それをやるためには、よく言われてる「メソッド」。これ、「メソッド」って言うんですが、「スタニスラフスキー・メソッド」って言われてるもので、メソッドだけが単独で「メソッド」って言われるようになったんですけど、元々「理論」ていう意味なんですけども。その理論だと、例えば、足が不自由な人の演技をする時は、足が不自由な真似だけしても絶体ダメなんだということなんですね。 普段から足が不自由な生活をしてみて、普段から足の不自由なまま人前に出てみて、その人がどう感じるかを知らなければならないんですね。この理論で1番有名なのは、マーロン・ブランドであるとか、ロバート・デ・ニーロっていう俳優達がいますけども、彼ら皆この「メソッド」のアクティブ、「メソッド」の理論なんですね。

例えば、たとえばですけど、もの凄く差別されてきた人の役をやるんだったら、実際にその差別をされてみないとわからない、とか。そういったことがあるわけですよ。それを実際にやって、本当にその人になりきって。そうすると、セリフが、セリフを読むだけじゃなくて、スルスルスルッと自分の心の気持ちとして出てくるだろう、っていう。そういう理論なんですよ。

それが入ってきたのっていうのは、ハリウッドに入ってきたのって1960年代の終わりなんですね。それまでは全然そういうのが無くて、皆、セリフを、ただ読んでるだけだったんですよ!ハリウッド映画ってのは、ほとんど。そうじゃなければ、その俳優自身のキャラクターに近い人しか演じなかったんですね。例えばジョン・ウエインてのはジョン・ウエインみたいな人しか演じないわけですよ。だから演技じゃなくて、ジョン・ウエインはジョン・ウエインとしてセリフを読んでるだけなんですよ。クラーク・ゲーブルはクラーク・ゲーブルとして本を読んでるだけなんですよ。

ところが、「メソッドアクティブ」ってのは全然違って、全く違う人格になる、っていうことをやるわけですよ。一種の自己催眠に近いんですね。で、マリリン・モンローっていうのは、ただセリフを「ハン、ハンハンハ~ン」とか読んでるだけだったんですけど、途中で「メソッドアクティブ」を覚えてですね、『バス停留所』(Bus Stop)って映画で、全然マリリン・モンローとは違う、色気だけでモテモテでって役と全然違う「ちょっと暗い田舎の女の娘」みたいなことをやって、そのあと『荒馬と女』(The Misfits)っていうので、また全然違うですね、馬を捕まえてコンビーフにしてる男がいて、それに対して「それは絶体に嫌だ!」って戦っていく女の役をやってるんですけども、それはもう、ホントにそういうふうな気持ちになってやってるわけですね。それは「メソッドアクティブ」を覚えたからなんですよ。

ダグラス・サークの映画に出てくる人達っていうのは、50年代ですから「メソッドアクティブ」なんか存在しないから、どんなに驚いても、やっぱりセリフを読んでるだけなんですよね(笑)・・・。「あ!驚いたわ!」っていう、驚いたと世間一般で言われてる顔をしてですね、「驚いたわ!」って言うんですよ(笑)。今から考えると演技ではなくて、ただ形をしてるだけなんですけど、まあ、そういった演技なんですね。

歌舞伎なんかがそうですよね。歌舞伎は内面的に入り込まなきゃいけない、って言われてるけど、基本的には形式的演技ですけども、あれに近いんですね。昔のハリウッド映画ってのは。

で、それを今!やってるんですよ。この『Far from Heaven』は。1950年代の演技のフォーマットを、この21世紀にやってるんですよ。だからオカシイんですよ、もの凄く。(笑)・・・なんかヘンなんですよ。

あと、セリフが可笑しいですね。昔のハリウッド映画ってのは、セリフってのは、ちゃんと主語があって述語があって、きっちり終わるんですね。一糸乱れないんですよ。文法的におかしかったり、言い直したりとかですね、言い間違いとかは一切しないんですね。昔のハリウッド映画は。

ところが、「メソッドアクティブ」になってからは、基本的にセリフはアドリブでですね、セリフの大体の概要を自分の心の中で消化して喋る場合が多いんで、自然な言葉になるわけですね。自然な言葉ってのは、言い間違いはあるし、同じ事を繰り返すし、文法的な間違いもあるんですよ。途中でつばを飲んじゃったり、流暢じゃないんですね。でもそれが普通になってくるんです。だから現在のハリウッド映画って、見てもわかるように、言葉が詰まったりする部分とか、そのまま活かしてたりするし、ホントに自然でしょ?

でも、昔のハリウッド映画ってのは、

「私は~だと、思いました。」

とか言うわけですよ。

「そうですか。」

って、相手が喋り終わるまで待ってるんですよ。今のハリウッド映画なんてみんな、相手が喋ってるところにセリフを被せるでしょ。だって普通の会話ってそうじゃないですか。セリフ同士がぶつかったりするじゃないですか。昔のハリウッド映画ってのは絶体にぶつからないんですよ。昔の日本映画もそうですけども。

「わたくしは、出かけようと思います。」

「あら、そうですか。いってらっしゃいませ。」

って言うんですよ。こんな夫婦、いないよ!(笑)・・ねえ。でもその演技を狙ってるんですね、この『Far from Heaven』ていうのは。

「おかあさま。そろそろベッドに行きたいのですが。」

とか言うんですよ、子供が。そんなバカな!そんなガキはいねーよ!っていうねえ・・(笑)。オレは貧乏だからそういう人達の生活を知らないだけかな?とも思うんですけども。ま、それが50年代映画のね、杓子定規なね。それを現在にやってるんで、非常に可笑しい。

っていうのと、あとですね、やっぱり、もの凄く完璧に、50年代のダグラス・サークの映画を再現してるんで、ダグラス・サークの映画を観た人は、なんかモノマネ大会みたいでもの凄く可笑しいんですよ。なんとなく笑っちゃうんですねえ。

これと同じ事をね、昔ねえ、周防正行監督がやったんですね。周防正行監督っていうのは、デビュー作がピンク映画だったんですよ。『変態一家、兄貴の嫁さん』かな?『変態家族、兄貴の嫁さん』か。・・ていうコメディポルノなんですけども。これ実はですね、小津安二郎監督の演出タッチをそのまま使ってるんですね。全編、小津タッチでですね。小津の映画ってのはよく言われてるように、ローアングル、下の方から、皆が座ってご飯食べてるところを撮って、基本的にカメラは動かさないんですね。全部固定。で、皆セリフをゆっくり喋るんですね。

で、それをそのまんまやってるんですよ、ポルノ映画で。だから全然エッチじゃないんですけど、なんか可笑しいんですね。特に小津安二郎の映画を観てきた人にとっては、「なんだこれ?」っていう可笑しさがあるんですよ。で、大杉漣。今、大杉漣てやたらと映画に出てますけど、その頃はピンク映画しか出てなくてですね。大杉漣はまだその頃、30いくつかなのに、笠智衆の役をやるんですね。笠智衆はいつもアレでしょ、

「あ~・・・ホウじゃのお~・・いい、てんきだ~・・・」

とか言うわけですよ。それを大杉漣が30いくつでやってるんで、またそれも可笑しい(笑)っていうねえ。

「そろそろ・・・帰ろうかのぉ~・・」

とか言うんですよ。オマエ若いだろ!コノヤロウ!っていうねえ。・・・あ、でも笠智衆もたしか若くて、40ぐらいであの爺さんの演技をやってたかな?・・・まあ、そういう人達なんですけど。

で、その『変態家族 兄貴の嫁さん』・・・みたいな映画なんですよね、『Far from Heaven』ていうのはね。

~Resolution~たしかに、そんな映画評論家(自称)いっぱいいました。前田某とか・・・

ところがね、これ、解らない人が観ると、ダグラス・サークの真似だとか、そういうのが解らないと、ただの普通のメロドラマなんですよ。オチも何もない。おそらくは・・・、皆ねえ、新聞とか雑誌の映画評論を見てるといいと思いますよ。マヌケな映画評論家がね、全然、ダグラス・サークのパロディだってわからないで、「古臭いメロドラマだ」とかね、逆に「50年代ハリウッド風の感動的なメロドラマ」とかね、書くと思うんですね。そんな映画じゃないですから!パロディですから、これは。オマージュでもあり、パロディでもあるっていう。もの凄く好きで好きで、好きだから、真似しちゃったら、なんとなく可笑しかったっていうような映画で、笑う映画なんですよ。(笑)やっぱり、これは。でも、そういうのを知らない人は何にもわからない、っていうことでね。

まあ・・・そういう話でした。

『Far from Heaven』、ダグラス・サークの映画をビデオで観てから、観ると、もの凄く面白いと思いますよ!

ということで今週も、1つの映画の話をしてるだけで話がどんどん広がって、あっという間に終わってしまいました。次週から、お葉書の紹介をまたしますんで、お葉書をください。映画で見つけたヘンなこととかですね、これはちょっと、オレは可怪しいと思うぞ、と思ったところとかですね。ま、単純に質問でこの映画はどうなんですか?とか、こういうのはありますか?みたいなものでもいいですけれども。ま、映画に関することとかですね、英語とかアメリカに関することはなんでも聞いてください。全米最大の、最悪の犯罪地帯に住んでるような人間ですから、ニューヨークとかのオシャレなとこに暮らしてたり、ロサンゼルスとかのハリウッドのいいところに暮らしてる駐在員とかと全然違ってですね、もう、最低生活を送ってますんで、そういう人しか知らないことがありますから、色々送っていただけるといいと思いますが。

これから私、すぐ近所に預けてあるうちの娘ですけど、3歳の。娘をね、取りに行かなきゃいけないんですよ、保育園なんですけども。これからちょこっとブラブラと行ってね、娘と一緒にお散歩しながら帰ろうと思います。

ということで、カリフォルニア最大の黒人街(笑)。全米最大の犯罪地帯、ウエストオークランドからお送りしました。では、また来週!