有機野菜ってカラダにいいの? ホントが知りたい食の安全 有路昌彦 - 日本経済新聞 (original) (raw)
有機野菜ってカラダにいいの?
ホントが知りたい食の安全 有路昌彦
2013年1月4日 6:30
ますます気になる食の安全。私たちの生活と健康に直接関係するだけでなく、ちょっとした誤解から風評被害が発生、何千億円規模の損失が出ることも珍しくありません。多くの人が幸せに暮らすには、バランス良い世の中であることが大切。そのためには風評被害のようなダメージが発生しないようにすることが必要です。この連載では、食と環境をテーマに、バランスよく持続可能になるにはどうすればよいかを専門に研究している筆者が、毎日の生活から浮かび上がってくる「食の安全」の疑問を解決します。
有機野菜と聞けば、どのようなイメージをもたれますか。ちょっと割高だけど、安全で安心できる、味がよい、というようなイメージでしょうか。
日本にはJAS(日本農林規格)有機認証があり、有機農産物の認証は公的に行っています。世界的にはGAPという認証制度があり、ほかにも多くの有機農産物認証があります。
これらには明確な基準があり、基本的に化学肥料や農薬の使用を控えて生産するので、除草などに手間がかかり収穫量が比較的少ない分、基本的には割高になります。
私もできるだけ農薬を抑えている米を継続的に食べていますし、地域の販売コンサルティングをするときにも有機野菜の生産をお勧めしています。
でも、リスク学の視点で言うと、有機野菜だから安全であるとか、化学肥料や農薬を使った慣行農法であるから危険であるということは、現在はありません。
日本で使用が認められている農薬や化学肥料は厳密な基準で、種類と量が決まっています。口に入れる時点での残留性までを考えたうえで、そのリスクを評価して管理されています。
有機野菜は「天然の農薬」をつくる
では、有機野菜に代表されるこういった有機農産物が持つ、「本当の意義」とは何でしょうか。
有機野菜は、植物が本来もっている天然の化学物質「ファイトケミカル」をたくさん含んでいるので体に良い、という説があります。しかしこれには科学的根拠はありません。
そもそも植物も生物であり、生体防御反応を持っています。いわゆる「天然の農薬」を自分で作ります。野菜に害虫によるストレスを与えるとこの生体防御反応が生じ、いろいろな物質をつくります。こういう物質を抽出し化学的に合成して新薬としての農薬を作ることもあるほどです。
だから有機野菜が体にいい、という理屈にはなりません。有機野菜が体にいいとか、安全だ、というのは本質的には、「プラセボ(偽薬)効果」に近いものであり、心理的な側面のほうが強いでしょう。
環境保全効果に目を
では有機農法には意味がないのでしょうか。そんなことはありません。最も大きいのは「環境保全効果」だと思います。農薬や化学肥料は農地に強い作用を与えます。
特に除草剤は、産業として農作物をつくるには重要な要素ですが、ターゲットになる雑草だけでなく虫や魚、貝にも強い影響を与えます。中には死滅させることもあります。殺虫剤もカメムシやウンカのような害虫だけでなく、トンボやカエルにも強く作用し、一緒に死滅させてしまいます。
このように、特に農薬は、農地中や周辺の生き物の個体数を減らし、また多様性を失わせる原因になります。例えば有機農法の田んぼの側溝にはマシジミがよくわいていますが、慣行農法の田んぼの側溝にはマシジミはほとんど生息していません。
私がよく食べているお米は、琵琶湖の周辺にある田んぼで作っています。フナやコイ、ナマズは琵琶湖から上ってきて水田で産卵し、稚魚のときは田んぼのプランクトンを食べて成長します。
琵琶湖の魚を増やすには、周辺の田んぼの機能がとても重要です。ここで強力な農薬を使うと魚が死んでしまうので、できるだけ使わず、魚に影響を与えない農法をしている米は、生産と同時に生き物を守って増やすことにつながっています。
これを消費者が理解して買わなければ、農家は生産を続けることができません。つまり環境保全、漁業資源の保全という側面で有機農法はとても大切な方法なのです。
一方、有機だから全てよい、というわけでもありません。有機肥料が水を汚濁させたりするのは、化学肥料と特に変わりません。従って過剰利用を避けるとか、排水管理を行うなどは、いずれにせよ必要です。こういったことも含め、環境保全をしている農産物として有機農産物を買うのは、環境効果があるということができるでしょう。
有路昌彦
近畿大学農学部准教授。京都大学農学部卒業。同大学院農学研究科博士課程修了(京都大学博士:生物資源経済学)。UFJ総合研究所、民間企業役員などを経て現職。(株)自然産業研究所取締役を兼務。水産業などの食品産業が、グローバル化の中で持続可能になる方法を、経済学と経営学の手法を用いて研究。経営再生や事業化支援を実践している。著書論文多数。近著に『無添加はかえって危ない』(日経BP社)、『水産業者のための会計・経営技術』(緑書房)など。
[ecomomサイト2012年2月21日掲載記事を基に再構成]
関連記事