「あやつり糸の世界」 (original) (raw)
スタンリー・キューブリック『2001年 宇宙の旅』(1968)、アンドレイ・タルコフスキー『惑星ソラリス』(1972)、リドリー・スコット『ブレードランナー』(1982)など映画史に輝くSF映画の傑作。その歴史に連なる先鋭的なSF作品が70年代初めに西ドイツで作られていた。そこに描かれたヴァーチャルリアリティーによる多層世界は、『マトリックス』『インセプション』に先駆ける。
監督はニュー・ジャーマン・シネマの鬼才ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー。 鏡を多用した画面設計、溢れる電子音と音楽、そして愛と孤独のドラマ……。 ゴダールの異色SF『アルファヴィル』(1965)の主役を演じたエディ・コンスタンティーヌが特別出演していることも注目。 鋭敏な時代感覚と普遍的な主題で社会を挑発し続けたファスビンダーが、「模造の世界」を鮮烈に解き放つ。
物語
サイバネティック未来予測研究所ではスーパーコンピューター<シミュラクロン1>がフォルマー教授によって開発されていた。それは電子空間に仮構の人工的世界を作り上げ、それを元に政治・経済・社会についての厳密な未来予測を行なうことができた。この人工的世界には人間そっくりの個体が生活していた。ただ上部世界との連絡個体だけはこの世界が単なる仮想現実であることを知っていた。
ある日、<シミュラクロン1>の開発者フォルマー教授が謎めいた状況で死んでいるのが発見され、公的には自殺と説明された。フォルマーは死の直前に研究所の同僚ラウゼに対して重大な発見をしたと伝えていた。研究所のワンマン所長ジスキンスはフォルマーの後任にフレッド・シュティラーを任命する。だがジスキンスのパーティー会場で保安課長ラウゼがシュティラーを呼び止めてフォルマーの最期の様子を伝えようとした次の瞬間、ラウゼは忽然と姿を消してしまう。シュティラーはラウゼ失踪を警察に届け、捜査を依頼するが何の手がかりも得られない。それどころかラウゼの存在は皆の記憶から消えてしまい、研究所の所員データベースにもラウゼの名前はなかった。死んだフォルマーの娘エヴァも自分の叔父に当たるはずのラウゼのことを知らないと告げる。シュティラーの見たものは幻だったのだろうか……。
監督紹介
ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
RAINER WERNER FASSBINDER
(1945-1982)
1945年5月31日、南ドイツのバート・ヴェーリスホーフェンに生まれる。高校卒業前に退学し俳優の勉強を始め、この時期ベルリンに新設されたドイツ映画テレビアカデミーの入学試験を受けるが合格しなかった。その頃に数本の短編映画を作っている。67年より劇団「アクション・テアター」に所属。68年には仲間と共に劇団「アンチテアター」を設立し、俳優・演出・作家として活躍した。同時にこのメンバーによる挑発的かつ実験的な長編映画制作が始まる。とりわけ長編第2作『出稼ぎ野郎』は外国人労働者をテーマにして大きな反響を呼んだ。
1971年アンチテアター解散の年、ファスビンダーはダグラス・サークのメロドラマ映画に感銘を受ける。彼は芸術的に様式化されしかも大衆に受ける映画を作ろうと志し、『四季を売る男』等の代表作を生みだした。1978年『マリア・ブラウンの結婚』の成功により新しいドイツ映画をリードする存在として幅広く認められるようになった。そして79年には念願の企画である『ベルリン・アレクサンダー広場』映画化を実現する。その後『リリー・マルレーン』など国際的スターが共演する大作映画を撮り上げる。
ファスビンダーの映画は女性の抑圧、同性愛、ユダヤ人差別、テロリズムなどスキャンダラスなテーマが多い。それゆえドイツ国内では常に激しい論議を巻き起こしてきた。だがそうした厄介なテーマを提示しつつも、観客を飽きさせない娯楽映画の方法論を守り続けた。彼は戦後ドイツにおいて映画産業の外部での活動に徹しながら、元来対抗文化であった「新しいドイツ映画」をメインストリームに押し上げた貴重な存在なのである。だが1982年6月10日に急死、それとともにニュー・ジャーマン・シネマの一時代は終りを告げた。