ほわほわ神社生活 (original) (raw)

私らしくとか自分軸とか言い訳に使われる言葉の氾濫は恐ろしいものです。ただでさえ人生でろくに学ばずに死んで守護霊ガックリな生命体なのに。

突然ですが、ステンレススチールはなぜ長期間輝くのかわかりますか? 鉄は足のすぐ下にも山ほど(内核が巨大鉄球ですし)あります。己の血中にもありますね。この星ではありふれた物質です。

鉄を取り出して放置しておくと真っ赤に錆びてくるのはいちいち書くこともないですね。

人間に当てはめてみるとどうなるでしょうか。

生まれた時は綺麗だった魂(今回はこの表現でいきます)が三次元で汚れて本来あるべきものを失っていくのが、銀色の鉄が錆びるのと非常によく似ています。

定期的に手入れをしていると錆の発生や進行を遅らせることができます。ですが、今回の人生を始めた時点から特に変わらないことになります。これでは生まれた意味がなんだったのか。

私らしくとか自分軸とか(己に楽なように)都合よく解釈しているのがこれに当たるでしょう。

上で書いたことの答えは、ステンレススチールは鉄に他の金属を混ぜた合金ゆえに光り続けるです。では混ぜられた金属は人では何かと言えば、それは他者の意識。正確には他者がもたらしてくれた己の欠点を修正可能な言葉であり行為です。

己の錆びていく欠点をカバーしてくれることもある他者を遠ざけていることを、私らしくなどとつまらない言い訳をしている人間の多さ😑

#書いているようなことは用語の有無は別にしてやってきているのです、7~8年前まで私も。

合金にするにはそれまでの鉄とは異なる状態にしないといけません。人間でいえばそれまでの自己を捨てて変化を受け入れないとダメなのです。そりゃ変わらないで今日一日疲れないで過ごせたら楽ですが、いつ錆びても文句は言わないことです。でも大多数が言うのが現代人だと思います😔

#Xをのぞいてみると間接的に神仏に文句を言っている人間は数えきれないです。これが日々この世に積もっていくのですから、どうなるかは火を見るよりも明らか。

他者から何でも受け入れるのはよくありませんが、光り輝くために必要なものを受け入れて変化するのは調和と呼びます。

この時必要な選択を行うのに肥大した我は邪魔になります。我は己の本質ではないと今までも書いてきました。でも我だけを感じてきた人にはどうしてもそう思えないのでしょう。肥大した部分を捨てるどころか新たに付け加えていくのを目にしない日はありません、正直に言いますと😔

#自己正当化に終始した結果、神々に見放されているのに当人はそれを知りません。哀しい話です。

ステンレススチールは現代文明では特に希少な物ではなく、生活していてお世話にならない日がないくらいあふれている物質。そうした物からもその気になればいくらでも学びはできる。そんな物が周囲に満ちている。その人間の成長度によって、同じものが何通りもの意味を持って個別に対応できている。上手く作られた世界だとは思いませんか?

#ステンレスではどうなるかと考えただけで、普段からそう考えているわけではないです😅 いくらなんでも。

もし思えたら私らしくなどという言い訳はもう不要でしょう。そうした言い訳をしないで生きるのが私らしくです。

その気になって学んだことがあれば、いつか私に見せてください。私はそれを溶かしてさらに強い合金になりたいので🙂

追記

これはかなり前に書いてそのまま下書きとして寝かせていた記事なのです。カビ棚の記事はつい先日の事。だから、怠けてカビのおっさんが何を上から目線で書いているんだ? と言われても何も言い返せません😅 困った困った。

グーグルマップで神社を探していて名前を見る。前記事の稲田神社から近いこともあってお詣りコースに。行ってみたらよいタイミングでした。

目次

【御祭神】

素盞鳴命 五十猛命 他数柱の神々

【御由緒】

上の写真は社頭にある案内板です。鬼神神社そのものの御由緒は拝殿壁に掲げられているのですが写真に撮っても読みにくいと思ったのでありません😅

【鬼神神社への道】

前記事の稲田神社からは北西に2キロほど離れています。国道314号から斐伊川北にある島根県道258号を東へ走ります。258号は分かれてからしばらくは民家の間の細い道ですがやがて広く走りやすい道になります。

国道314号を北から来た場合は自然に分岐していく形で県道258号を走るのがいいかもしれません。南からだと手前で県道15号に入り、すぐに県道107号(左折)を川を越えて突き当りを右へ(ここまで15号から300メートル少々かと)。約3キロで右折して県道108号へ。この交差点からは1キロで神社社頭です。道沿いですので108号まで来れば大丈夫でしょう。

前記事稲田神社からだと県道15号を少し西(200メートルほど)へ戻って県道107号から県道258号、次に県道108号へがわかりやすいように思います。私はこのルートでした。この神社には参詣者用駐車場がないようです(駐車場看板は見当たらず)。

【👨‍🦽車椅子使用の方のための情報】

参詣者駐車場がないのと自動車参道もないことから社殿前に行ってのお詣りはさすがに無理だと思います。

【境内の様子】

鬼神神社社頭

社号標

一段奥から始まる石段参道

石段参道

拝殿正面

葺き替え中の本殿

向って左側

由緒看板は拝殿の壁(写真右下部分)に

拝殿横から前方を

素戔嗚尊の船が岩となったという岩船(大明神)

本殿横から五十猛命御陵地へ

山道(上の写真の続きの道のはずですが不確かです)

道が折れた先にある鳥居

鳥居を振り返る

五十猛尊御陵地1

同2

狛犬(一の鳥居裏)

狛犬(手水鉢横)

狛犬(二の鳥居前)

【おまいりをおえて】

道沿いの一の鳥居周辺の雰囲気はその先にある二の鳥居前で変化します。そこから先、境内はなめらかな空気に覆われていました😌

石段を上がって初めて本殿屋根の葺き替え工事中なのを知りました。写真のように、綺麗な銅板葺きへの工事はほぼ終わっているようでした。他の方が撮られた以前の写真を見ると銅板でも瓦でもなかったのですね。味わいがあるのでそちらも一度見てみたかったです。今だとまだ綺麗な銅の屋根を見られるかも(短期間で輝きがなくなるので)。

多くの神社にお詣りして嬉しいのは工事中の場合はその様子、終わったばかりだと新しいものを見られることです。私は年に一回か二回そうしたことがあります。ネットで情報収集に励めばもう少し多く見られるでしょう🙂

五十猛命御陵地へは距離も短くでこぼこ道ではないので、運動不足な私でもなんとか登れました。登りはそうでもないのですけど下りは滑りやすかったので注意してください。御陵地は一目でそうだとわかることはない気がします。

御陵地は静寂の中にあって、しーんとして何も動きが無いようでいて、緩やかに動くものをなんとなく感じました(が私にはそれ以上はわからず)。

磐座は小さなものですが、地中に残りの部分が埋まっているそうです。近づくと磐座だけに強い気の放射が感じられます。

#上の方で書いたことは全てその日の個人が感じたにすぎないことです。他の方とは違うかもしれません。

式内社の論社としての名前から鬼神神社となって今に至るまで複雑な話があるようです。これは現地の伝承や風土と共に生きる方達の感覚がないと理解しにくいような気がしました。ですので、御由緒の所は岩船大明神がわかりやすいこともあって、こちらの板にしてありますm(__)m

鬼神神社は記紀神話ではわからないものを補ってくれる綺麗ないい神社でした。

今日は恥ずかしい話を。

やっと神棚を触れるようになったので、一日に大喜びで枯れた榊を青々とした榊に取り換えました。酒を供えようとした時にふと、瓶子は一応洗ってあったがもしカビが生えていたらいかんなと思い、紙コップで今回は済ませて15日までに新しい瓶子を買ってくることにしました。

神社のことやその他諸々で忙しく、下げるのを忘れていました。忙しい時はしばらく神棚の前に立たないこともあるのです。

今夜、紙コップをまだそのままだったかと思って見ていたら、何やら下の方が妙な感じに?🙄

酒が底から漏れていました😨 慌てて椅子を持ってきて神棚板を上から見てみたら

神棚のお供え物用八足台がべたべたでカビが見事に生えていました😱 ああああああ!

被害は八足台三つが使用不能。ご眷属様の像一つが酒を吸ってしまっている。神棚板三枚に染み。

一番大きな神棚板は桧(集成材)でこれが痛い😞 他二つは元々桐の集成材でした。これはすぐに交換できますが、桧の方は同じ物はなく、より大きな物をカットしないといけません。あるいはこれも桐にするか。

どの板も私が上に神棚用神具をごちゃごちゃ置くから空きスペースが無い状態でした。榊立の水がこぼれて小さな染みが幾つかありました。板交換の理由ができました。

水をこぼしたくらいでは神棚板は交換しないと思います😅 神棚(宮型)を取り換える時に一緒にくらい?

久しぶりの神棚関係記事がこんな汚いものになって、おっさんちょっとだけ自己嫌悪になりました。

神棚板を汚すのは神社の境内で立小便するみたいなものかもしれない。皆さんは絶対にこうならないようにしてください🙏

初夏に島根(出雲国南部)の神社巡りをしていました。私が住む山陽地方では山の神社で遭遇する危険生物はなんといってもオオスズメバチ🐝です。次が参道でのマムシ🐍。その次がサル🐵。最後がイノシシ🐗です。

#場所と季節によってこの順番は前後すると思われます。

島根県西部(岩見国)はツキノワグマ🐻が出没してかなりの数の報告があるそうです。東部(出雲国)は数はぐっと少なくなるものの、こちらも出るようです。

島根県:クマの被害にあわないために(トップ / しごと・産業 / 農林業 / 鳥獣対策)

西中国山地三県の中でお詣りを計画している島根県のページをリンクしてみました。グーグルで検索するとツキノワグマに関して非常に多くのページがあることがわかります。

今の季節はクマ注意だそうです。

中国山地にはツキノワグマがいるのは知っていましたが山奥のことだと思っていました。最近クマが民家のそばに出たニュースを見て調べた結果、無知だったなあと😔

街中にある神社は大丈夫でしょうけど、山の中の神社は少し気をつけた方がいいでしょうね。私個人は初雪の前に岩見国も一部お詣りをと考えていました。目撃情報が特に多い所に近い神社は対策はするつもりです。

闇雲に恐れることはないのかもしれません。これからはクマについてもしっかり調べてお詣りは楽しく続けていきたいです🙂 皆さんも楽しいお詣りのために自分の住む地方やお詣りしようと考えている地方ではどうかを知っておくことは大事だと思います。

自然(野生動物)は神々の仕組みの元にあるものです。上手くつきあって日々を過ごしていきましょう。

#お詣り時に避けるための準備をすればいい者と違って、林業や農業関係の皆さんの野生動物対策の苦労は本当に大変なものだと思います。その苦労が報われることを願っています。

名前からし出雲神話な神社に胸が高鳴りますね😃 そしてそれは当たったのでした。

目次

【御祭神】

稲田姫命 素盞鳴尊 大山祇命 大国主命 足摩乳命 手摩乳命

#イラストACにある”えんそう”さんの女神イラストです。

【御由緒】

稲田神社 - 神社詳細 | 島根県神社庁

稲田神社 (奥出雲町) - Wikipedia

リンク先は二つとも読んでみてください。

下は境内にある由緒看板です。

【稲田神社への道】

国道314号の奥出雲町横田で島根県道25号へ進みます。ナビが無くてもわかるくらいに白い案内標識(南北どちらからにもあります)がたくさん縦に並んでいる大きなT字路を曲がります。600メートルくらい進んだ所が短い橋になっています。その先150メートルほどで右へ曲がります。200メートルくらい走ると稲田神社の案内標識が道路上空にあります。あとは片側一車線の道を約1キロで稲田神社駐車場に着きます。

駐車場は神社の手前、笹の宮横の舗装された所です。

ですが、ここからだと参道を数百メートル歩くことになりますので、お昼ご飯時でなければ参道をそのまま進むと楽です。車二台ぎりぎりすれ違えるかどうかといった幅です。

この神社は社務所に有名な蕎麦屋(姫のそば ゆかり庵)があります。なので、お昼時は島根ナンバーだけでなく県外の車もやってきています。特に連休等は一杯になるようで、参道脇にもとめたりしているみたいですね。

境内は未舗装なので車がスピードを出して走ると土埃が結構派手に。念のためマスクをして歩いた方がいいでしょう🙂

笹の宮や産湯の池にもお詣りしたい方は最初から手前の駐車場にとめて歩いてまわるのがいいかもしれません。二つともこちらの駐車場からの方が近いです。ほぼ平らな土地ですから歩くのは大変ではないです。

【👩‍🦽車椅子使用の方のための情報】

手前の駐車場は数十台とめられそうな広さがあります。蕎麦目当ての車が少なければ社殿から数十メートル離れた土地に駐車できるでしょう。

境内駐車スペースから緩い傾斜の土地を進むと拝殿は一段高くなっています。石段だけに見えますが、右端がこんな坂になっています。作業用車が通るための道だと思われます。”境内の様子”に拝殿横からこちらを見た写真もあります。

本殿はもう一段高い土地で、玉垣で囲まれています。こちらの写真は全く無いのを見ると完全に無理なのだと思います。

#皐月のことで記憶頼りでははっきりと書けず申し訳ないです。

笹の宮はこんな場所です。

駐車場の端からは30メートルくらいしか離れていませんが、車椅子だと路側帯が狭くて車道にはみ出してしまうと思います。

【境内の様子】

稲田神社鳥居

駐車場から少し歩いた所から見る拝殿

拝殿

出雲国らしい太い注連縄

拝殿横から前方を

拝殿横から本殿を

本殿のある段から見た拝殿裏

本殿遠景

本殿正面

本殿斜めから

神紋

社務所(姫のそば ゆかり庵)

笹の宮

案内板を拡大

素戔嗚尊櫛名田比売の像

素戔嗚尊

稲田姫

由緒看板とイラスト(鳥居の形なのがお洒落)

石灯籠(社殿の屋根を模しているのは珍しいですね)

誕生地の碑

【おまいりをおえて】

私が小さな頃からお世話になってきた神々の中におられる女神が櫛名田比売です。こちらにはどうしても行きたいと思っていました。神話が人々の心の中だけにあるのではなく、現実の場にもあるのは嬉しいことです😊 駐車場にとめてはやる心を抑えながら急ぎました。

鳥居の先80メートル近い距離を進んだ先が駐車場でそこまでは他の土地と大差はなかったかと。そこから拝殿まではじんわりと良い気に変わっていくのを楽しめます。拝殿までは他の神社との違いははっきりわかりませんでした。

拝殿と本殿が繋がっておらず、本殿前でもお詣りができる神社ではそうしています。稲田神社本殿前に行こうと短い石段を上がっていくと日向なのに急激に気温が低下していくように感じる清々しさと威圧感。ありがたさで身の縮むような感覚になれる喜び😌

ゆかり庵駐車場となっている境内からほんの少し離れた奥にこんな場があるとは予想外でした。ここには拝殿に来た人の中でも一部の人だけが来ているのでしょう。拝殿が壁となって聖と俗が分けられているのかも。

#あくまでも当日の本人の感想です。何も証明することはできません。他の方とは感じ方が違っているかもしれません。

大社造の本殿を間近でじっくり見ることができるのはありがたいです。普通は幣殿と繋がっていて瑞垣で囲われて近づけないですよね。他の方が昔撮られた写真を観ると社殿が違う? 拝殿と本殿が妙に離れているのはそのためだったのですね。昔、実業家小林徳一郎氏の多額の私財(寄進)によって整備されたのですが、氏子がいない故に維持が難しくなっていたのだそうです。このあたりの話は下でリンクする”姫のそば ゆかり庵”の公式ページを読むと詳しく書かれています。

拝殿前に櫛のお守りが置いてあってそこでひとついただきました。普通の形のお守りは多くなりすぎるので受けませんが、珍しい物はつい受けてしまいます。同じ物は社務所にもあります。

#櫛が行方不明になってしまって写真がありません😅

笹の宮は小さな竹藪? 道から5メートルくらいしか離れていないのでよく見えます。産湯の池はナビで歩いて向かったのですが、池のほとりへ案内された所で迷った末に引き返しました。池の土手の奥の方にあるらしいのです。けれど、草が伸びていたらマムシやマダニの危険があるだろうからどうするかなと考えて今回はみおくりました😥

最後に……とても素敵な櫛名田比売の神社だっただけに、どうしても気になったことをひとつだけ書かせてください😔

出雲と言えば蕎麦ですよね。神社巡りでいつもぎりぎりまで時間を使ってしまうから現地の物を食べることがなかなかできません。こちらはお詣りと食事を両方すませることができるのです。これはありがたい😊

そして ↓

お詣りもせずに蕎麦だけ食って帰る人々を見た時、この国の未来がこの国の民の手ではっきりと決まった気がしました。

参拝の強制はできませんが、せめて駐車スペースから一礼して食べに行くくらいはしてもいいのではないでしょうか。やってくる人の多くはどうやら認識は蕎麦屋のようですが、そこは神域にあるのです。信仰は各自の自由だとしても、礼儀は自由ではないはずです。人々の心に霊的な豊かな実りがなくなっているのが問題な気がしているのです😥

姫のそば ゆかり庵 奥出雲 稲田神社

寂れてしまった神社に活気をと願われた方々の労に敬意を表して、土地と神と人のムスビを感じられる貴重な蕎麦を美味しくいただいて良い放射をして帰りましょう。

稲田神社は縁ある地に恩返しをした人物が残したものと、その土地で生きて大事なものを守っている人から、その土地その土地で生きる意味を学べる綺麗ないい神社でした。

#蕎麦は評判通り美味かったです😋 松江や出雲といった観光地からは少し離れていますけど交通量と信号の数の点で非常に快適なドライブを楽しめると思います。

山陽側からの出雲国の玄関が奥出雲町。山を越えて入った意外に広めな盆地にある神社巡りの開始は新宮神社です。

目次

【御祭神】

伊弉再尊 速玉男命 事解男命 大歳之神

【御由緒】

新宮神社 - 神社詳細 | 島根県神社庁

【新宮神社への道】

国道314号を広島県から来た場合、広島鳥取との県境近くにある奥出雲おろちループを過ぎて約11キロ北上します。

#三井野大橋と下った後の道との高低差

奥出雲おろちループ - Wikipedia

島根県道270号との交差点(T字路)を示す青い案内標識を見て交差点を通り過ぎたら、そこから100メートルほどの所にある横断歩道で右折。その先の踏切を越えてまた車一台幅くらいの細い道を100メートル(突き当り)で新宮神社社頭です。

北からだと314号が斐伊川から分かれて奥出雲町役場がある市街地に入ってから2キロ少々でしょうか。主に右側に店舗が飛び飛びに現れます。

グーグルマップを見て適当な所でナビを開始すれば問題なく着けると思います🙂

問題は駐車場です。

突き当りのT字路を右へ折れると数十メートル先に自動車参道入り口がありますが、地元の方に伺うと関係車両しか上がらないらしいので、無断で上までは行かない方がいいように思います。

入り口からすぐに左へ分かれて未舗装の土地へ入れます。ですが、急坂から一度向こう側に斜めになってから土地が水平になるので普通の車(特にスプリング交換して車高を下げていると確実)だと車体下部を擦ると思います。幅もそれほど広くなかったので軽トラやジムニー以外の車はさっと入れそうにありません。ストリートビューを見ての検討をおすすめします。

【👨‍🦽車椅子使用の方のための情報】

自動車参道はかなり急な坂道です。これを下から押して上がるのは危険だと感じました。車で登ると車椅子を降ろすために必要なスペースは充分あるように見えます。参道石畳等でわずかな段差がありますが通るには問題ないと思います。社殿横に並ぶ境内社にも行けるでしょう🙂

自動車参道には関係者以外乗り入れ禁止の札も鎖もなく、車で上がること自体はできるようです。ですが、万が一の事故の場合等問題になるでしょうから、事前に宮司さんに連絡して自動車参道を上がってのお詣りの可否について確認をすべきだろうと思います🙂

【境内の様子】

新宮神社社頭

随身

拝殿前からの眺め

新宮神社拝殿

本殿

社殿全景

本殿横から拝殿と社務所

本殿裏

境内社1(左から天満宮、毘沙門社、厄除神、秋葉神社塩釜神社、稲荷社、八幡社

境内社2(荒神社、最明荒神、社日大御神)

絵馬掛けと?

随身

狛犬(参道入り口)

狛犬(石段を上がった所)

連理の榊(神社の榊と聞いてイメージするよりはるかに巨大な樹でした)

【おまいりをおえて】

日当たりのいい爽やかな朝の境内をぐるりとひと回りして思ったのは境内社がとても綺麗に並んで整理されていることでした。複数ある荒神社はわかりやすいようにご神徳がそれぞれ立て札に書かれていて、氏子以外の参詣者も安心しておまいりできました😊

本殿近くではゆっくりでふわっとしたものが周囲にあるのを感じることができました。

#いつも書いていますが、あくまでもその日の個人的感想にすぎません。他の方とは全く違うこともあると思います。

境内に一歩入ったら激変ではなかったように思います(ここはメモってなかったのです)。ですが、息が整ってくると清々しさを感じられたので、段々になった境内にそれぞれにある門や挟むように立つ樹のおかげで清浄さが保たれているのでしょう。

新宮神社は社務所他が更新されていて、次へつないでいく関係者の意志がわかる綺麗ないい神社でした。

妹の声が聴こえないのをいいことに普段怠け放題の私😙 そのためでしょうか、痺れを切らして夢の形でコンタクトしているのだなと思えることは数えきれないのです。頭がおかしいのかなと昔は思ったものですけど、いいことも悪いことも見事にそうなるので、私自身の問題でもなさそうだなと思うようになったのが数年前のこと。

先日見た夢はいい意味もある反面、疲れているという意味もありました。昨日朝見たのは期待していたようにはならないという夢でした😑

#上のイラストがそうした意味だというのではありません。

目が覚めると身体が重くておかしいです。連休に予定していたことはお預けになりました😥 ゆっくり休んで体調を整えて再スタートですね。

サボる→これでもかとやる→サボる→一気に大量にやる→不調で最初に戻る😅 そりゃ見ていて注意したくもなるでしょうね。守護霊に心配させないようにしている人は頻繁に面白い夢は見ないのかもしれませんね。

良い事が起こる夢で期待して浮かれすぎてはダメだし、悪い事が起こる夢で悲観的になってもダメ。守護霊からのありがたいメッセージと思って心を乱さずに生きるのが、夢がなんであれ、堅実に歩んでいくことかと。

#夢と堅実は違うだろうと思う人も多いかな。堅実は霊的な意味でのことです。

夢の内容によって備えても、起こるべくして起こることなので完全に回避とはいきません。ですが、そのことから学べることはたくさんあります。一番大事なのはそこです。成長のために使ってこそ意味があります🙂

#ここまで書いて体温が上がってきた感じ。今回は短めで終わりです。数日コメントなどできないと思います。季節の変わり目ですので、ご自愛ください。

高野山に行くには経済的にも体力的にも余力がないので紀伊国一宮丹生都比売神社にはお詣りできそうにないなと思っていたのです。が、備後国に今高野山というものがあり、そこに丹生(たんじょう)神社があるのを知ってこりゃ近くていいや😙と思いました。それからも他所にお詣りしていて、また長い時間が経ったある時、急に行ってみたくなったのでした。お詣りしたのはクロアゲハ舞う皐月です。

#今高野山の記事ではなく、丹生神社の記事です。

目次

【御祭神】

丹生明神 高野明神

丹生都比売神社 - Wikipedia

丹生都比売神社|紀伊山地の霊場と参詣道の世界文化遺産

総本社についての上のページで御祭神のことがわかります。

【御由緒】

今高野山 - 甲山史跡・名所伝承保全会 - 今高野山開基1200年記念事業

由緒看板があったみたいですが見ていないのです😥 代わりに境内案内看板を。

【丹生神社への道】

国道432号と国道184号の本郷交差点から1キロほど184号を南へ走った辺りにあります。広い国道で世羅町市街地まで来ればいいので、近くになってからナビで案内してもらっても充分かと。

北側からやって来ると、今高野山入口交差点を右折します。弘法大師の像とその下の今高野山の文字が見えるのでわかりやすいです😌🙏 そのまま進んで赤い橋を渡り、突き当りのT字路にあるのが参道入り口です。観光駐車場はそこから右に20メートルで奥へ入るようになっています。自力では参道を上がれない方は左へ曲がって1分くらいの所に上への道があります。車椅子使用の方のための情報を見てください。

南側から国道184号を走ってきたら、こんな案内看板が立っている交差点があります。

拡大

私はこの案内に従って進みました。センターラインはありませんが車が楽にすれ違える幅があるので心配無用です。

地図を見るとここを素通りして184号をそのまま進んで小世良交差点を左折して300メートルほどで上の案内の道へぶつかります。T字路を右折して50メートルも走れば自動車参道看板が立っています。片側一車線の道をできるだけ走りたいならこちらのルートもわかりやすくていいと思います🙂

自分の足で参道を歩いて上がりたいならこのまま進むと約400メートルで観光駐車場です。

高野山は備後の観光情報でも必ずとり上げられるといっていい場所だから、山裾の観光駐車場も30台以上駐車可能です。春の桜と秋の紅葉シーズン以外なら充分に駐車できると思います。

駐車場は道から少し奥に引っ込んでいます。

駐車場からお寺と神社共通の参道まではすぐです。坂道ですが200メートルも歩けばお寺や神社の辺りまで上がれるため、私のような体力に自信がないおっさんでもゆっくり歩いて上がれる道です。

#実は上から半分まで下ってまた戻り、帰る前に下の駐車場に車をとめて入り口を撮ったので下から通して歩いていません😅 境内写真に総門がないのはそれが理由です。

【👩‍🦽車椅子使用の方のための情報】

参道入り口横にある駐車場ではなく、東に少し進んだ所から道が神社裏まで延びています。ストリートビューでどんな道かわかります。

下の写真の橋が見えたら丹生神社はその先です。

社殿裏には十数台は楽にとめられるだろう古城山展望台駐車場(グーグルマップでの表記)がありました😃

この道はすれ違いが難しいと感じましたが、距離も250メートルくらいなのでお詣りに来る人が少ない季節、曜日なら対向車をそれほど気にすることはないように思います🙂

こちらの駐車場からは坂道を下って社殿前に行くことになります。距離そのものは裏からなので短いです。下の土地までおりてしまうと社殿前に石段がありますから、坂の途中で横から入って社殿前へ進んで行く形です。

また、下った先の拝殿右端にはこんな案内があります。

場内トラブルに関する文が書かれていたのでこちらが駐車場でした。

境内案内図によると金剛寺跡だそうです🙏

【境内の様子】

高野山参道入り口

参道(神社手前部分)

神之橋

斜めから

拝殿横から見る丹生神社境内

社殿正面

斜め

丹生明神

高野明神

社殿前を横から

二つ並んだ丹生神社社殿と向かい合う拝殿

拝殿とその前の部分

狛犬(社殿前)

重要文化財を詳しく解説する板があります

【おまいりをおえて】

知ってからお詣りまでの間ずっと”にう”神社だと思っていました😅 神社の名前は他からそうだろうなと思って呼んだら違っていたことが結構あるのでご注意を(私だけ?)。なお、丹生には神社によって複数の読み方があるようです。

またしてもメモをとっていません😓 お詣り時に感じたこと、思ったことがもうわかりません。

神之橋はこれを渡ると禊になるのかなと思いました。通行禁止の札もバーも無いので誰でも歩いて渡れるのかもしれません。

社殿はひと回りできるのでゆっくり歩きました。わずかな位置の違いでも受ける感じが変わってきます。

神社とお寺は一般論ですけど、境内の感じが結構違います。こちらはお寺の中に一部神社があるような場なので、全体としてはお寺のような落ち着いた気が覆っている感じだったように覚えています。

#何か月も前のことなのではっきりこうだったとは言えないです。

丹生神社のあとに、お寺もお参りすると常に自分の周囲にある見えない力を感じる訓練になるので、そうした意味でも神社もお寺も一緒にある時はおまいりするのがいいと思います。写真はありませんが、私もおまいりして帰りました。

#廃寺かどうかわからないくらいかなり荒れていて人気もなく暗い感じを強く受けた場合は除きます。

丹生神社は神社とお寺(僧侶)との関係がわかりにくくなった令和でもかつての形を想像できるものだと思います。高野山までは難しい方も、お寺と神社両方を調べたうえで雰囲気を味わってみるのもいい休日の過ごし方かも😊

丹生神社は綺麗に清掃されていて、日常とは違うゆったりとした空気にひたれるいい神社でした。

7月に念願だった阿波国の神社巡りをしました。阿波国特有の神社もこの機に行きたかったのですが、途中の道の問題や駐車場の有無、体力的に難しい長い石段参道等、諦めた神社も多くありました。以前から書いているように神社の幾つかは指示されるのです。深く調べずに行くことも結構あって後日𠮟られます。今回も最後の神社は下調べ不足のままでした。知っていれば現地で思うことに違いがでます。せっかく遠くまで行くのなら実際に行く労と同じくらい準備に時間をかけるべきです🙂

今回七社(お詣りはその内五社)のうち二社が江戸時代以降に祭神となった人物のいる神社でした。ですが、その祀られた経緯、立場は全く違っていました。国瑞彦神社は大名(と後に有功の士)で下切神社は人を助けて死んだ庄屋。前者は先祖を祀るので氏神的な性格になり、後者は供養的な意味が入っていると思います。この二社を比べることで考えるのが指示された理由(のひとつ)でした。

国瑞彦神社の御祭神である大名の皆さんは生前江戸での暮らしと国元阿波での暮らしの繰り返し。その中で、領民を知る時間はどのくらいあったのかなと思います。後の世で名君と称された大名は日本各地に多くおられますが、生まれながらの身分と環境下では理解は一面的なものでしかなかったでしょう。どうしてもそうなってしまうのが人間です。それを現代の意識で批判することは意味がないのではと考えています。

国瑞彦神社で、「殿様ではなく御祭神となってから民の願い(想い)を数多く聴いてきたと思います。殿様の頃と気持ちは同じですか?」と問いました。反応(私は言葉で聴こえません)は否でした。続けて「今は殿様の時代ではなくなって身分もない時代。自分も民も人として何も変わらなかったと知ったということですか?」と問うと、それには是でした。

祀られれば人より上の存在になるはず。でも実際にはそうではないようです。生前、人であった時には知らなくてよかったことを知らなくてはならなくなる。庶民とは違う人生を生きた時の死後の学び。神になったと喜んではいられないのが実情なのだと感じました。

義人の場合はどうなのでしょうか。

下切神社の谷貞之丞さんは自身の姿を見せてくれました。最初、両目だけがわかりました。これだけだと人間の顔か他の存在か区別できないのです。その上が丸くなっているのが月代なら、下の辺りは顎だなと次第に見えてきました。奇妙なのは、頭部の横に何か細長い物が並んでいることでした。先端は別物のようです。しばらくしてそれが手のひらだと気がつきました。つまり、空中に浮かぶ頭部を両手で支えているのが貞之丞さんの姿だったのです😰 斬首になった辛さからかなとこわごわ問うと、どうやらこれが自分だとわかってもらえる姿だからのようでした。びびりまくりながら遠くから(途中で引き返さずに)やってきたことへの返礼みたいだったと後に知りました。

元々直訴は死罪(で当然)と分かったうえでの結末なので、深い恨みの念などはなく、納得されている感じでした。本当はお詣り時に詳しく話をするべきでした。でも、帰路に対向車が現れる不安でとにかく早く山を下りたかったので簡単なやりとりだけでした😫

彼の場合には、自分が死後も守るから祀ってくれと頼んだのではないが、皆が自分のことを想ってくれるので居続けた形だろうと思います。英霊(赤紙で召集されて戦死した人達)さんに皆で交代でやりましょうと勧めているように、いつかは祀られた義人もどなたかに促されて還る時が来るはずです。それはいつの日でしょうか。

命の恩人を喉元過ぎればなんとかではいけないと思って伝えてきた地元の方々の想いはとても尊いと思います😌🙏 ただ、元々の神々でない存在はあちらとこちらを循環しないといけないものです。過疎化が進行する中、終わりにする時を今から考え準備しなければならない時代になったのが令和だったと後に語られるかもしれません。

人を祀るのは難しいものだなと最近つくづくそう思います。他者を想う心故に祭神となることを一定期間許されている者達、あちらにいるよりも祭神として学び働くことがよかろうとされている者達、皆違うそれぞれの終わりなき魂の旅路での束の間の一仕事。

#”の”が多すぎですね。上手く書けませんでした。

神々から次々に生まれた末の人間という存在は本当に不思議だなと思います😌

精妙な気に満ちた大きな宮から、地元の方の暮らしと想いに密接に結びついた神社まで、阿波国にもその神社数に応じた印象深い神社がたくさんありました(行けなかった社も無数にありますが)。

記紀神話の神々も少し前に生きていた祭神の人達も、その前に立って向き合っているのは参詣者である己自身。人の家にただ飯目当てに行くようなことをしている時間はもうないはずです。どんな環境、立場でも一歩でも人として神々の方へと進むためにあるのが神社です。記事のタイトルは生きている者も器を出た者もとの意味です。

多くのことを学ばせてもらったとよい笑顔であちらへ皆が還れる時が来ることを願います😌

#今回は神社でのやりとりを公開することにしました。これが正しいのかどうか自分でも証明することはできません。自分はそうは思わないという方もおられるでしょう。この人間にはそうだったのだなと思っていただけると助かります。

指示された神社の中にはちょっと行きたくないな(道路的に)という神社があります。こちらはそうした神社でした。それでも行くべき理由がありました。

目次

【御祭神】

猿田彦命 天鈿女命 義人谷貞之丞(神社のある一帯の江戸時代の庄屋)

#谷貞之丞で検索すると何があって祭神となったのかがわかります😢

【御由緒】

不明

【下切神社への道】

吉野川沿いのつるぎ町から剣山までのちょうど中ほどの(南北の)位置にあります。つるぎ町(国道192号)から国道438号を南下します。この辺りの438号はまだ片側一車線の所が多いです。少し距離(約15キロ)はありますが信号の無い山道でまだそれほど急坂ではないので、それほど時間はかかっていなかったと思います。

問題は県道259号です。438号が川に沿って大きく左にカーブした所に赤と白の橋が架かっています。こちらを通って奥へ延びる道が259号です。

下切神社はここから”3.5キロ”も離れています。まず橋を渡った所に通り抜け不可の案内看板が立っているのです。土砂崩れでもあったのかと思い、そばにある県の一宇詰所で看板についてたずねたところ、県道が途中で通れなくなると⁈😲 地図だとこの道で隣町へ抜けられると思う人がいるとのこと……。反対の国道492号側からだとストリートビューで衝撃の光景を目にしますのでぜひ途切れる手前くらいから走って見てください😑

看板は車が行き止まりまで行って困らないようにとのものでした。この上の集落にある神社までは行けますかとの問いに、そこまでは行けますとのお返事🙂

#お仕事中にお邪魔をしてしまいました。その節は大変お世話になりましたm(__)m 無事に帰宅しております。

そこを後にして走り出したら道がどんどん狭くなり、右にぐっと曲がって登りになった辺りからはコンパクトカーだと初めての人は徐行間違いなしの険道に😱 ぎゃあああああああぁぁ……

でも今更引き返せない。意を決してまた走り始めました。山をどんどん登りますが、道に枝や石が散乱して車一台ギリギリです。ヘアピンカーブだと本当にノロノロ運転でないとすぐそこに見えている次のカーブで対向車と正面衝突する恐怖もあって、とてもじゃないが速度は出せません。本当に細くなってからの3キロくらいにどれだけ時間がかかったか。生きた心地がしませんでした😨

対向車をかわせる場所が全くといっていいほど無いのです。車一台ギリギリの曲がった下り坂をどれだけバックすればいいのか。ガードレールも所々ないから、うっかりタイヤを落としたら大変です。

神にひたすら祈り続けながら走り、集落まで来てほんの少しだけ道が広がった時の解放感!😭 神社はここからすぐです。と、こんな感じの土地勘の無い者には怖ろしい道です。神社前は道が広がっています。こちらに車をとめてお詣りしました。

行き止まり故に上から来る車は集落のわずかな人に限られるはず。通勤時間帯を除けば3キロの間でたまたまタイミングがぴったりということはそうそうないでしょう。

一秒でも早く神社に、そして438号にと思っていたので写真を撮る心の余裕がありません。ストリートビューで見るのと走るのは大違いだと思ってください。この日は梅雨で大雨が降って落ち葉と枯れ枝が道のわきに出てきたから余計に狭く感じたのだとは思います。それでもコンパクトカーの方でも覚悟して運転するべきだと。

この神社は特別な想いで訪れる人だけが来るのではないかと思います。そうでない方は車での参詣はおすすめしません😣 べったり両足が地面に着くオフ車(バイク)の125㏄でトコトコ走って向かうのをおススメします。でもそれだと遠方からの参詣に高速が使えないから250㏄で足つきのよいものが一番かもしれません。

【👨‍🦽車椅子使用の方のための情報】

道から見上げた山の斜面にあります。道と平行に延びる石段参道しかありませんから、拝殿前でのおまいりはできません。安全のために道が広がった所から遥拝するしかない神社です。

【境内の様子】

下切神社全景

鳥居と石段参道

拝殿

本殿

境内社

地神塔(五角柱)

狛犬

国道438号徳島県道259号の交差点にある橋から見た貞光川

上流

谷貞之丞ゆかりの地を訪ねる人のための案内看板

【おまいりをおえて】

この神社は多くの村人を己の命と引き換えに救った江戸期の庄屋、義人谷貞之丞を御祭神として祀っています。これが指示の理由だと帰宅して数日してようやく理解できました😔

田舎の集落にある小さな神社です。巨大な磐座とか滝といった所ではありませんから、何か自然の巨大な力に満ちた神社ということはありません(と思います)。翡翠色の川や神社前から観る谷の向こうの山等、道さえもう少しなんとかなったらと思う美しい所でした。

ここは人の想いを知るための場でした。

小さな村の神社ですが、拝殿も本殿もそう昔ではない時に替えられています。下切神社は長い時を経ても命の恩人を忘れていない人々が守るいい神社でした。

#今回の徳島神社巡りの旅の総括記事を書きます。そこで国瑞彦神社と下切神社、つまり人を祀ることについて書こうと思うことがあります。そのためにこの記事内では短い感想で終わります。