2024/5 (original) (raw)

5/1

杉井光『ブックマートの金狼』(Novel 0)

杉井光ぜんぶ読んでますみたいな顔をしておきながらじつは読んでないのが数冊あるのでささっと読んじゃおうキャンペーン実施中です。ガチャのやつとかメガフィストも読んでないです。楽聖少女も途中から読んでない気がするし、夜桜の二巻も読んでない気がする……。漫画の原作やってるやつとかも読んでないが……。けっこう読んでないやつ多いじゃん!
これは杉井が新レーベル立ち上げ請負人をやってたころのやつ。まぁ Novel 0 はけっきょく短命に終わってしまったのだが。悲しいね。
書店のくたびれた店長が出てきてなんか遠海事件みたいだなと思ったらヤクザが出てきて主人公は昔裏社会のフィクサーやっててみたいないつもの手癖がはじまってオイオイオイとなってしまった。なんかかってに本屋さん舞台の日常の謎かと思ってしまっていた。でも本屋さんが舞台の日常の謎はもう無限にあるから、いいか……。
アイドルがストーカー被害の相談を持ち込んできて、警察沙汰にしたくないから昔裏社会で掃除人をしていた主人公に解決してほしいという。なにかほかにも事情があってそれを隠しているみたいだから舐めんじゃねーぞといちど断ると、お兄ちゃんがどうもストーカーを(実力行使で)しばきあげてるらしくて、調べてほしい(表に出せない)のもむしろそっち、とのこと。なんか神メモとかで使わなかったプロットを流用してそうな……導入やね……。
たぶん(Novel 0 の)対象読者層(「大人になった、男達へ――」)もあってややハードボイルドなかんじだが、すごい情報やさんとかがでてきてサクサク解決していくのでやっぱり電撃文庫だ。
琴美をストーカーから守っていたお兄ちゃんというのはじつはお兄ちゃんになりきった琴美で、お兄ちゃんは母から鋏を振り上げられた琴美を守ろうとしてすでに亡くなっていた。というのが真相。コニー・ウィリスとタイタニックの話が伏線になるのが気持ちいい。わたしは航路読んだことあるのにぜんぜん気付きませんでした! でも書店に押しかけてきたときは変装しててもぜんぜん隠しきれてなかったのにお兄ちゃんの恰好するとごまかせるのか? まぁごまかすもなにもシバきあげたストーカーはそれどころではないだろうが……。
あんま鼻つっこんでんじゃねえぞと半グレ(全グレか?)集団にヤキを入れられてそれでも捜査を続けてたら吉村さんを拉致されてカチコミに行くというごくせん展開。ツンデレ男が助けに来てくれて(このへん青春アミーゴすぎる)さいごはお兄ちゃん憑依状態の琴美が金属バットで敵のボスをシバきあげる。主人公が暴力可能人材だといつもの杉井みたいにハッタリだけで状況をひっくり返したりしないのでちょっと残念だ。
エピローグは女子高生アイドルにじつは惚れられててケータイに GPS 仕込まれてたから助けに来てくれたとかなんか吉村さんといいかんじになったりとか男性に都合のいい夢を見せてくれて終わり。いや、ほんもののメンヘラは……困るか。
このままドラマの脚本に使えそうだ。単巻で終わらせるつもりの話を書く時の杉井は歩くブレイクスナイダービートシートかってくらい教科書通りに盛り上げポイントを配置してくれるので勉強になる。でもこの話べつに主人公が書店の店長じゃなくてケーキ屋でも花屋でも神主でも喫茶店でも成立するよな。

5/1

佐々山プラス『家出中の妹ですが、バカな兄貴に保護されました。』(電撃文庫)

なんか結構ガチで終わった家庭環境の不良少女出てきて面食らった。一人称「オレ」だし……なんかちょっと前に増田で家庭環境が終わってる子どもはほかの家の外食についていこうとしたり家に泊まろうとしたりようするにほかの家(の愛情)に寄生しようとすることがあるみたいな記事を読んだが、なんかそんなかんじだ。ガチのクソガキが強烈な駄々を捏ねまくるのでなかなか令和の小説とは思えない。現代の読者はこういうのに耐えられないのではないか。昭和の読者でよかった。
むかしいろいろあって喧嘩してた妹と仲直りして、操縦者の体重の問題で失敗しそうだった飛行機の実験(どういう実験計画してんねん)に小学生を使えばいけんじゃね?(危ないだろ)となる話。飛行機に AI を積んで操縦者の生理的な変化ではなくそこから推論される感情や願望を入力にするってのは面白いアイディアだが、航空機を開発している研究室の学生がこんな高度な AI を開発してたら AI やさんは立場がないだろ。
ところがエヴァーとの適合度がうんぬんみたいなかんじで妹より妹の友だちの方が適性があることがわかってしまう。兄貴の研究の役に立ちたかった樹理がくやしがってるのを察した友だちはわざと喧嘩して出て行ってくれる。やさしいね。
飛行実験は成功し、エディプスコンプレックス太郎がすべての元凶の父親を殺しに行こうとするところを空飛ぶバイクで樹理ちゃんが止めに行く。
あんまり文章が上手い方じゃないし、いいたいことぜんぶ口に出していう系の作風なのでちょっとナという気持ちで読んでたが後半の展開は面白かった。前半のガチのクソガキっぷりがあるからこその和解なんですね。でもお兄ちゃんパパ殺そうとするのはやりすぎだろ。登場人物みんなになんというかリアルな育ちの悪さがある。
良くないのはタイトルで、このタイトルだとなんかロードムービーっぽい軽いラブコメを想像してしまう*1。すれ違ってた兄妹が飛行機を飛ばすひと夏の経験を通じて絆を取り戻すというけっこう直球の青春なので、なんかこういうアホっぽい文章系タイトルは合ってないと思うんですよね。もっと空飛ぶ要素とかを推した方が……。しかしなんかあれだね、これは……電撃じゃなくてメディアワークス文庫じゃない?

5/2

鈴木大輔『おあいにくさま二ノ宮くん 1』(富士見ファンタジア文庫)

短篇集。基本どれもしょうもないが、ドラゴンマガジンとかに載ってる短篇に出来を期待して読むやつがいたらそっちのほうが頭おかしい。
そしてこのシリーズ、ちょっとエッチなラブコメを標榜しているがよくよくみるとぜんぜんそんなにエッチなことしてないし、サキュバスの色香を説明するのに生物学的にそうならざるを得なかったという説明的な描写で済ませることが多いのでなんだか理が勝ってしまっている。もっとエッチなしかたでエッチなことは書いてほしい。

5/3

M. Ageyev "Novel with Cocaine" (Northwestern Univ. Pr.)

ロシア語は読めないので英訳で読みました。
学生編、不倫編、コカイン編、破滅編というかんじの四部構成。学生編がいちばん小説としてはお上手なかんじがする。ほんとうに主人公の人格が矮小なことがひしひしと伝わってくる。
楽しみにしていた(するなよ)不倫編はあんまり響かなかった。ざんねん。いっぽうコカイン編は描写の密度がすごい。ぜったいじっさいにやってるだろ、こいつ……。

5/3

皆藤黒助『ことのはロジック』(講談社文庫タイガ)

えー面白い!! なんでこんな面白い日常の謎があるってことをみんなおれに隠してたんだ。許せねえよ。
むかしは天才書道少年だったが挫折した主人公とか廃部寸前の書道部とかなんかよくあるかんじですなぁお手並み拝見とか油断しながら読み始める。
以下はネタバレありなので(いやこのブログは全部の記事がネタバレありなのだが)ぜったいに未読のひとは読まないでください。というかこんな記事を読んでる暇があったら今すぐ買って読んでください。

一話「四猿の間違い」
誤解された集合場所の謎から見間違い、聞き間違い、言い間違いの三種類の間違いをひねり出すのはコンセプトのシンプルさと労力の過剰さでけっこう素直に感動した。オチのつけ方も無理矢理感はあるけど面白い。

二話「彁」
大傑作。一話が手は込んでるけどパズルとしてよくできてるねくらいの印象だったのでまだ油断しながら読んでたら、二話で背筋がまっすぐになってしまった。
出産のショックで記憶喪失になってしまった知り合いが、名づけノートに赤ちゃんの名前候補と思われるものを残していた。「彁」というその名前の読み方を、出生届の締切より前に当ててくれ――というのがあらすじ。
「彁」はいうまでもなく幽霊文字の代表で、もちろんいろんな学者が頭をひねっても由来が分からなかったんだから「正しい」読みや解釈なんてあるはずもない。それを弓道経験者という前提を入れることでこんなに納得感のある読みを提示できるのはほんとうにすごい。
この小説がほんとうにすごいのはこの読みを思いついただけで傑作なのに、「そうはいっても幽霊文字を名前に付けたりしないだろ」「知り合いというわりに依頼を持ちかけてきたやつは事情に詳しすぎないか?」「出生届までのタイムリミットはもうちょっとあるはずなのになんでそんなに焦ってるんだ?」みたいなもやもやを軒並み解決するところ。出生届の締切は二週間だが、死亡届の締切は一週間であること。死産は戸籍に載らないが、一瞬でも生きていたなら戸籍に残ること。幽霊文字はもちろん名づけに使えないが、戒名には使えること――うう、思い出すだけで泣けてきました。ぜんぶのピースががっちりハマるのが気持ち良すぎるがそんなこといってられないくらい悲しくて、それでも行われる名づけの贈与にことばが出てこなくなる。天才です。

三話「黄昏を消して」
日常の謎で障害者を出すのにもいろいろあって、障害をただ謎解きのオチに使うのではどうにも居心地が悪い。それがオチになるのは、われわれが障害者の存在を無意識に不可視化しているという背景があるからだ。だからこそそれがオチになってしまったことを物語内で反省的に消化しないといけない。めんどくさいけどこれをうまくやってるのが……ネタバレになるからいえないな。まぁ K・N のあれとかです。
ところで本作はさいしょから盲者の女の子と聾唖者の男の子ですよというのは隠すことなく明らかにしていて、そのうえでミステリを成立させているので潔い。暗号はしょうじきしょうもないというかタイトルを見た瞬間にだいたいのひとは気付くだろというかんじがするが、修正液の盛り上がりを点字に見立てるというのは面白い発想だ。でも主人公は点字読めないのになんで濁点も含めて消すとかそういう細かい規則まで一発で当てられたんだ?
あとは聾唖者は盲者のことを五感のうち聴覚を除いたよっつの感覚で知覚できるが、聾唖者がしゃべれない以上盲者は聾唖者のことをみっつの感覚でしか知覚できないという非対称性が指摘されているのがすごい。なにがすごいって触覚と嗅覚と味覚で知覚するつもり満々なのがすごい。この男子中学生いやらしすぎる……。

「月は綺麗ですか?」
留学生だと思っていたアキが、じつは……という話。それに気付くルートがアキのママとアキの発音の違いというのが音声学オタクすぎて笑う。書道やっててことばに関心があるから、では説明付かないだろ。残念ながら主人公は言語学オタクや。
で、これこそまさに障害が謎解きの要素になっているパターンなのだが、そこから主人公がことばを忘れる障害でもことばを視覚芸術にすれば脳が言語とはちがうものを扱う領域で覚えていられるかもしれないとつながるのが美しい。
なんか元気な同級生とかキャラがぶれがちだった書道部の先輩とかがあんまり話に絡んでこないのはじゃっかん寂しかったがそれ以外は大満足だった。でもインターネットでは古典部古典部うるさくてキレそ~になっちゃった。苦みのある青春ミステリが全部古典部に見える人、古典部くらいしか読んだことありませんって全世界にアピールしていったい何がしたいんだ? ジャナ研も読もう読もうと思いながらアホのよねぽファンに苦しめられています。アホがよ。一生いまさら翼といわれてろ。

いや~こんな作家がいたとは存じませんでした。才能があるひとはもっと俺の目に留まるようにアピールしてほしい(どうやって?)。ひとまず皆藤先生のほかの本も買いました。
幽霊文字の扱いに困った挙句ファンタジーをやってしまった詠坂先生とかはこのまじめさを見習ってほしい。

5/3

鈴木大輔『ご愁傷さま二ノ宮くん 5』(富士見ファンタジア文庫)

うーん特に感想がない。このあたりの巻から謎の襲撃者が現れてはその思惑は~~みたいなことを繰り返しており、方向性がぜんぜんちがってしまった。つまらない。

5/4

小川一水『天冥の標 Ⅶ 新世界ハーブ C』(ハヤカワ文庫 JA)

アホすぎてハーブ C の構造がいまいち理解できてない。なんか地下にでかい空間を掘って空とかはうまいかんじにごまかしてるって理解で……いいか。
しかしこういう開拓物は小川一水書いてて楽しそうやな~。かなりおもしろかった。

5/5

鈴木大輔『ご愁傷さま二ノ宮くん 6』(富士見ファンタジア文庫)

修学旅行編。昭和の道徳すぎてさすがについてけないですよ!

5/5

鈴木大輔『ご愁傷さま二ノ宮くん 7』(富士見ファンタジア文庫)

これもまた謎の刺客と戦ってばっかでぜんぜん面白くないのだが、いろりがいいキャラしてたからまぁ……許してやるか。

5/5

鈴木大輔『おあいにくさま二ノ宮くん 2』(富士見ファンタジア文庫)

とくに感想がない。おもしろくなかった。

5/5

鈴木大輔『おあいにくさま二ノ宮くん 3』(富士見ファンタジア文庫)

とくに感想がない。おもしろくなかった。

5/6

鈴木大輔『ご愁傷さま二ノ宮くん 8』(富士見ファンタジア文庫)

とくに感想がない。おもしろくなかった。

5/6

鈴木大輔『おあいにくさま二ノ宮くん 4』(富士見ファンタジア文庫)

「真由、空を舞うのこと」はかなりできがいい。素直に感動しました。かなりふざけたかんじの導入からするっと重ための話題に入って、真由も峻護もかっこいいところを見せて終わる。短篇小説としてかなりできがいい。

5/6

鈴木大輔『おあいにくさま二ノ宮くん 5』(富士見ファンタジア文庫)

とくに感想がない。おもしろくなかった。

5/6

鈴木大輔『おあいにくさま二ノ宮くん 6』(富士見ファンタジア文庫)

とくに感想がない。おもしろくなかった。

5/7

ツカサ『中学生の従妹と、海の見える喫茶店で。』(MF 文庫 J)

両親が遺した喫茶店をつぶしたくないという思いで中学生ながら店を継ぐと言い張る従妹を、すこしやってみることでかえって難しさがわかるだろうということで手伝ってやることにする。カフェ経営ものってなんかこうパソコン用恋愛アドベンチャーゲームみたいだなというかんじ。バイトで雇った子とか沙夜とか唯奈の友だちとかヒロイン候補の配置もいかにもギャルゲーっぽいし……。
甘っちょろいといえば甘っちょろい――カフェ経営はなんやかや上手くいくし、水泳と経営の両立もなんとか模索していこうとなるし――話だけど、エピソードのいちいちが足腰がしっかりしてるので安心して読める。唯奈の母親――主人公からしたら叔母――への淡い恋心を沙夜がいっしょに墓参りして終わらせてくれるところなんかかなりいい。
このいい話ふうに終わった話の続きがあれば年齢差のある恋愛の困難とかけっきょく唯奈は宗介に理想的な王子様を見ていて、欠点までは見えてないのではとか、あるいは唯奈は宗介の叔母への過去の恋心を知って、代替品として扱われてると思ってしまうとか、そういう苦い展開をいくらでも書けそうだが、まぁそういうのは出てこないだろうな。でもツカサ先生の文章でそういう苦いのこそ読みたいよ。

5/7

鈴木大輔『ご愁傷さま二ノ宮くん 9』(富士見ファンタジア文庫)

とくに感想がない。おもしろくなかった。

5/7

鈴木大輔『ご愁傷さま二ノ宮くん 10』(富士見ファンタジア文庫)

なんか算数の問題みたいなかんじでいろいろ決着が付いたのまぁまぁおもしろくて悔しいな。でもおれは真由が正ヒロインだと思ってたのになんかお嬢様もメインヒロインやっててえーというかんじだよ。

5/7

鈴木大輔『おあいにくさま二ノ宮くん 7』(富士見ファンタジア文庫)

なんで最終巻でこんなにヒロインの扱いがひどくなるんだよ。

5/8

石川博品『先生とそのお布団』(ガガガ文庫)

博品……苦労してんだな……。
だれだってライターズライターになりたくて小説家やっとるわけではなかろうが初手不如帰はもうそういう仕草じゃんね。
けっきょくどのシリーズも続いていないことを読者は知ってるのでなんというか布団が新作を出すたびに皮算用してるのをみると悲しくなってしまう。
博品的にはネルリの二巻とメロリリが自信作やったんやね。ていうか星海社がかわいそう。
まぁでも冬にそむくとか面白かったしこれからも頑張ってほしい。博品のファンになってしまいそうだが博品の小説のファンにはまだやっぱりなれそうもない。
そういえば冬そむでも思ったが博品の小説はぜんはんぬらっ……とはじまってぬるっ……と展開してこれが無限に続けばいいのになぁと思ってると後半でまともに小説らしい小説っぽい展開になってしまう。冬そむだとお父さんが出てきたし、これだと猫が死ぬ。もちろんあーちゃんとこれも小説だったんだなというかんじになるし、面白いは面白いのだが、べつにもう小説であることをあきらめて私小説風エッセイとかでもいいような気はするんだよな。
泉鏡花とか尾崎紅葉先生は実在人物がモデルってわけでもなかろうが、PHEW 先生はこれなんかモデルがいるのか? いたら怖いからいないでほしい。メロリリのイラストレーターとか条件に合うようなかんじもするが……。怖いから考えるのはやめておくか。

5/9

氷室冴子『海がきこえる』(徳間文庫)

だはぁ~傑作だ~。問題のある家庭が生み出した境界性人格障が……危うい女にタゲられ体質……純朴な少年が惹かれていくのをみるのはなんでこんなに充足感があるんだ。
とにかく上手なのは前の展開がうしろの展開に自然につながっていくそのなめらかさだ。あらゆるシーンが単純に読んでて面白く、性格の説明にもなっていて、しかも後半の展開の予告や伏線になっている。ベストセラー作家はやっぱり桁違いに小説が上手い。
修学旅行の中止とそれへの反抗を通して主人公の性格と松野との出会いを表現する、それに由来する教師との反目が主人公のバイト生活という設定を自然に導入する、バイトばっかりしてるからお金を持ってることが里伽子に知れて、ハワイで金を貸してくれと言われる。この金の貸し借りが原因で里伽子とのあいだに因縁めいたものが芽生えて、父親に会いに東京へ行くのに同行する羽目になる――前半はとくに流暢だ。
男性読者にとっても女性読者にとっても安易に都合のいい展開にならないのもすごいバランス感覚だ。男性読者向けならもっとじつは最初から里伽子も拓のことがちょっと気になってたみたいな甘っちょろいエクスキューズが入るし、女性読者向けならもっと里伽子の性格や振る舞いは同情の余地があるものになっていただろう。里伽子は(そうなった事情はあるにせよ)マジで自分勝手でいやなやつで、拓が里伽子を許せるのは顔が良いからというのは多分にあるのだが、道徳的に許容可能な登場人物たちが十分な理由に基づいて恋愛をするみたいな安心感のあるフィクションでは書けないものを書こうとしている。たとえば――マジで自分勝手でいやなやつだからこそ気になってしまう、とか、恋愛のそういう次元のこととかだ。

5/10

三月みどり『同い年の妹と、二人一人旅』(MF 文庫 J)

登場人物も書いてる人も対象読者層もぜんいんいい人っぽそうでちょっと面食らう。ていうか栞ちゃんのセリフほとんどぜんぶ!か?が入ってるんだけど……。
しかし令和になってもラノベ作家の考える陽キャはなんかカラオケに誘ってくるやつなのがおもろいな。にしてもなんでライトノベルにはなんかサムズアップしてくるやつが出てくるんだ? サムズアップとかいう行為、日常生活で目にしたこと一度もないが……。まぁカギかっことカギかっこの間で登場人物たちにとりあえず間を持たせるためにやってもらう動作がサムズアップだったら低級な小説で、コーヒーカップの持ち手を親指で神経質そうに撫でたり乱れてもいないスカートのすそを直したり口の端だけで笑いめいたものを作ったりしたら高級な小説ということもなかろう。べつにサムズアップしててもいいです。
話はなんかぜんぜんおもしろくなかったっす笑 妹モクで読んだら義妹ものだったのはいいとしてにしても妹要素がゼロすぎる。ていうかこのタイトルだとなんかロードムービーっぽい軽いラブコメを想像してしまう*2がぜんぜんそうではなかった。おもしろくなかったけどこういう小説を好きな人はたぶんいいやつなんだろうな。

5/11

ソポクレス『ギリシア悲劇 2』(ちくま文庫)

アイスキュロスに比べると各段に読みやすい。なぜなら……あんまり神々が出てこないから。ペロポネソス戦争後に神々の正義とかいっても寒々しく聞こえたんでしょうな。アイスキュロスが道徳的な議論としての悲劇なのに対して、ソポクレスの悲劇は道徳的な色彩もあるものの、運命の皮肉にあらがえない人類の悲劇なのもポイント高い。アイスキュロスは自由意志の悲劇で、ソポクレスは運命(宿命?)論的な悲劇なんですな。あとソポクレスは弔いフェチ。じっさいペスト*3で猖獗を極めたアテネ市内ではじゅうぶんに弔うこともできないまま死体が放置されていたわけだし、人に忍びざるの心の悶々とするところがあったんであろう。

「アイアス」
戦死したアキレウスの遺品である武具をめぐってオデュッセウスと争い、負けたアイアスが激怒してオデュッセウス方を襲う。しかし、かれはアテナによって目をくらまされており、じっさいに襲っているのは牛や羊だった。このことを正気に戻って恥じたアイアスは自害する。アイアスが地面に置いた剣の上に倒れこんで自害するシーンは印象的だが、(現存する)ギリシア悲劇で自害するシーン(というか人が死ぬシーン)そのものが描かれるのはこの作品だけだという(ほかの劇だとだいたいシーンそのものは秘匿され、死体を使者 angelos がみつけることになる)。
途中ではいやーこれからは負け犬らしく分をわきまえて生きていきますワみたいなこといってたアイアスが次のシーンでいきなり自害してるのはびっくりする。いつ心変わりしたんだ(というか殊勝なことをいっていたのが本心ではなかったということなのだろうが)。
アイアスが死んでからの埋葬をめぐっての口論はなんかへんな構成だなというかんじがしなくもないが、これは劇でみるとアイアスの死体*4が舞台上に残ったままひとびとが議論しているというので緊迫感があるらしい。
なんとなく逆上して錯乱して羊を殺しまくるのはメニーメニーシープの咀嚼者化したイサリみたいだな……と思った。

「トラキスの女たち」
悲劇に出てきてもなおなんかアホっぽいヘラクレス。デイアネイラというのはギリシア語で「夫を殺したもの」という意味らしく、そんなネタバレな名前のことある?
毒たっぷり肌着を着て炎上(物理)するヘラクレスは舞台上でどういう演出をしたのかはわからないが、読んでる感じだとおもしろが勝ってしまう。

「アンティゴネ」
ピュシスとノモスの対立だとかよくいわれているがそれって自然法の話をしたいひとが引用に使いやすいからであって、なんというかそこが主眼な話ではない気がする。(けっきょくクレオンも心変わりするわけだし。)
アンティゴネーがほんとうにみずからの正義を確信してそれに殉じようとしていたのであれば彼女が狂っていたとされるわけはない。アンティゴネーは死者の、それも肉親の死者に対する弔いが正義であり、義務だからそうするのではなくて、お兄様の死体が野ざらしになっているのが忍びないから土をかぶせるのだ。それは正しいが狂っていなければできないことだったし、みずからに降りかかる死の運命をアンティゴネーはどうしたって恨んでしまうが、これは構成上の矛盾――人の法に優越する神の法に従ったはずのアンティゴネーがなぜか死に際に後悔している――ではなくて、外からの規範、正解としての法(ノモス・ピュシスのどちらもだ)ではなく*5、みずから苦しんで行為を選択したアンティゴネーを描いているとみるべきであろう。
というのはともかく、アンティゴネーが「夫なら取り替えられる、子どもならまた産める、でもあたしのお兄ちゃんはお兄ちゃんだけだから――」と嘆くシーンはさすが全世界の妹ものの元祖だ……となってしまう。ノーベル妹賞ですね*6
後半の畳みかけるような展開はなんだか現代の小説みたいだ。いや、テイレシアスが出てくるとこだけちょっとテンポ悪いか……。でも二千数百年前の話なのに新鮮な感じがするのはすごいことだ。

「エレクトラ」
話の中身とはあんま関係ないけどもしかしてエレクトラって琥珀のことか?→そうでした。琥珀ちゃん……かわいい名前だね(おじさん)。
アンティゴネーの圧倒的な面白さに比べるとエレクトラがなんでそんなにアガメムノンの仇討ちにこだわってるかよくわからないし、オレステスの死んだふり作戦もあんまり冴えてるかんじしないし。さくっと復讐が成功してしまうのもなんだか性格の悪さが足りない。

「オイディプス王」
うーん傑作だ。史上最古の推理小説の名は伊達ではない。父を殺し母を嫁とする悲劇そのものを見せるのではなくて、すでに起こってしまったそれを知ることを悲劇にするというのは人類にとってかんぜんに新しい発想だったろう。「エレクトラ」後半のエレクトラのセリフのダブルミーニング地帯もそうだが、ソポクレスは劇中人物の知識と観客の知識のずれを使って皮肉をいったりサスペンスを作ったりする。われわれはみんなソポクレスが思いついたあれやこれやの手法をパクってるんすなあ。オイディプスがみずからの目をつぶすのも話だけ聞くといやそんな思い切ったことできひんやろ……と思うのだが、これを読むといや……目をつぶすしかないな……となってしまう。

「ピロクテテス」
デウスエクスマキナやないかい! ヘラクレスがばばんと登場して終わりって現れ出でたる義経公みたいな……さしたる用はあるけれども。ピロクテテスがヘラクレスの愛人のひとりだったことを考えるとなんだか神妙な気分になるオチだ。
ネオプトレモスくんが功名心にはやるも武人としての誇りを取り戻すあたりが読みどころなのかもしれないが、オデュッセウスの人間性のカスさが気になってそっちに集中できない。

「コロノスのオイディプス」
うまくいえないが……晩年の作っぽいかんじ。テーバイ圏の話でアテナイ的正義を称揚するのはかえって落ち目(ソフォクレスもアテナイも)っぽいかんじがひしひしとしてなんだか悲しい。オイディプスには自己弁護なんてしてほしくなかったよ。

5/11

皆藤黒助『ようするに、怪異ではない。』(角川文庫)

だめだぁ。謎がしょうもなさすぎたり実行に難があったりするのはともかく、アホみたいな動機――鎌鼬は同じ女の子を好きになった不良たちが度胸試しで万引きしてただけ、黒髪切は髪フェチの変態――がひどすぎる。

5/12

皆藤黒助『ようするに、怪異ではない。 ある夏の日のがらんどん』(角川文庫)

わりとよくなってきたぁ。謎はあいかわらずしょうもないが、優しさや勇気といった人間の善性から産まれた謎で、そういうのを書く方が向いてる作家なんだろう。メッセージボトルの事件はハウダニットのあとにホワイダニットがにゅるっと出てくるタイプで、日常の謎は人を殺せない代わりにすでに死んでいる人を出すとこのホワイダニットがよく締まる。消えるインクで書かれた手紙が出てきて、まず文章を読む、そのインクが消える、そのあと復活させる、という流れがあったとき、さいしょ読んだ手紙ではすでに一部が消えていたとかにするとさいしょに読んだ人と復活させたものを読んだ人で同じものを読んでると認識しているがじっさいには別の文章を読んでる……みたいなトリックを使えそうだな……と思ったが、おなじような仕掛けをもっとお上品に使っていた。あたしの負け!
鳴き声の事件はモルグ街というかまだらの紐というかだが、これもなんだか感動的なオチでいい話になってる。
がらんどんの事件も個々のネタはあんまりすごいとかそういうのではないが、子どもたちが涸れ川に引き寄せられた理由、足を踏み外すように仕組まれた方法、あの女の子に再会できなかった理由といろいろ組み合わせてるのが楽しい。あと単純に過去の事件を回想して現在にちょっとつながるみたいな構成がわりとすき。

5/13

皆藤黒助『ようするに、怪異ではない。 お祭り百鬼夜行』(角川文庫)

あ~文化祭・予告状・再会ね……。どうしてもアレとかアレを思い出してしまうが……ままええわ……。
なんでもかんでも古典部扱いすんなハゲ派のおれもさすがにこれは……と思ってしまったが、古典部にはハル先輩みたいに力業ですべてを解決してくれる陽キャいないからな。ていうかハル先輩の出番が少ないとやや寂しいのでもしかして単純接触効果で好きになっていたのか……?
ていうかじいちゃんの手の目の話とかハル先輩にがらんどんは俺ですよって伝えるくだりとかまだやってないんですけどこれで打ち切りなんですか? 世知辛いなぁ。

5/13

乙一『さみしさの周波数』(角川スニーカー文庫)

乙一ってじつは読んだことないんですよねぇ。なんか黒いのと白いのがあるらしいのは聞いたことあります。

「未来予報」
主人公の挫折とかいうても乙一さん 17 歳デビューの超エリートだしな……というのはさておきストレートな泣かせだ。そつなく切ないというか……。
「おまえたち二人、どちらかが死ななければ、いつか結婚するぜ」と予言された相手とその予言のせいでかえって距離感がわからなくなり、けっきょく女の方が病に倒れてしまうというのはひねりがないといえばひねりがないが、さいきんギリシア悲劇を読んだばかりなので「これって予言が『どちらも死ぬがあの世で結婚する』と解釈されるみたいなオチではないよな……」と疑ってしまった。おれのつまらない疑いが当たらなくてほんとうによかった。

「手を握る泥棒の物語」
これはめっぽうおもしろかった。壁に穴をあけて泥棒しようと思ったら中から手を掴み返されてしまうっていう状況が変すぎる。へんな小説はいい小説だ。
悪人になり切れない悪人が意図せずよい結果をもたらしてしまうというすっとぼけた展開もよい。社会正義からしたら彼女はこの泥棒を警察に突き出すべきだったかもしれないが、この泥棒にとっては「得意げな表情でふふんと」浮かべた笑みのほうがよっぽどきついおしおきになったことだろう。

「フィルムの中の少女」
うーん……。先生を父親と誤認させるみたいなことがやりたかったのか? よくわからない。話し言葉を再現した語り口はよいとしても三点リーダ多すぎて読みづらい。

「さみしさの周波数」
事故でほぼ全身の感覚を失い、右手の触覚だけが残った男の話。指先をわずかに動かすことしかできないかれはどうやって自殺したのか?
面白かったが、献身的に介護してくれる妻をすら愛ゆえに切捨ててコミュニケーション不能な孤独に閉じ込められることを選んだ男の「内心」を小説で読んでるというのはなんだかズルをしているような気になってしまった。

5/14

ひたき『双子探偵ムツキの先廻り』(電撃文庫)

周囲の人間がタブーを犯しやすくなるという体質のせいで死を誘発してしまう双子が主人公の話。犯罪を誘発するのはわかってるので事前に備えをして監視カメラを仕掛けたりなんだりで裏口から謎を解いてしまう。ロジックはないが直観で犯人を当ててしまう動機専門の妹とロジック担当の兄らしい。なんというか……ピエタとトランジというか THANATOS シリーズというか猫柳十一弦というか探偵が早すぎるというかノキドアというか君解きというか……ままええわ。
変格ミステリかと思って読んだら水戸黄門だったみたいなかんじでまぁこれはこれでよいのだがなんかお兄ちゃんのキャラが(さいご印象変わる前提の設定とはいえ)あんまり好感持てなくてな。双子の兄妹のかけあいがもっと萌えだったらよかったです。みかんより。

5/14

小川一水『天冥の標Ⅷ ジャイアント・アーク part 1』(ハヤカワ文庫 JA)

メニメニの裏側でイサリがなにやってたのかの話。あのイサリってこのイサリだったのか問題は解決したけどよく考えるとイサリはアイネイアからカドムにわりとさっさと鞍替えしてたんだな。いや鞍替えというと各方面にかわいそうだけど……。
フェオドール~がんばれ~。

5/15

倉本一宏『平安京の下級官人』(講談社現代新書)

われわれが平安京として知ってるあの図は設計図であって、ほんとうの平安京はあんなかんじではなかったかもしれないらしい。そうなんだ。右京(西側)はもはや京都じゃないくらいの扱いだ。
当時の偉い人たちの日記から下級官人やさらにその下で使われてる下っ端たちの生活を垣間見る本。そもそもなんで偉い人たちがまめまめしく日記を書いていたかというと儀式の先例を蓄積しておいてあとあと儀式のやり方でけんかになったときマウントを取るためらしい。日頃クリップの止め方とか判子の押し方とかメールの同報の入れ方で争っているあたしたちブルシットジョブ太郎としてもかなりみぞおちが痛くなるような話だ。
カスみたいな仕事なのでとうぜん役人たちも仕事をさぼりまくる。さすがに現代人のわれわれはあんまり仕事をさぼったりしないので納得いきがたい――とおもったがたしかに現代人でも九時から五時まで働いてるのは年半分くらいでそれ以外は休んだり早退したりしてる人、いるな。余剰が大事なのだなぁ(?)。そしてやっぱり陰陽師の占いの結果はさぼりにも使われていたっぽい。すぐ意見書を出してくれる産業医みたいなもんかもしれん。
平安京ガバガバ伝説が続々出てくるが、じゃあ鎌倉の幕府や江戸の幕府はもっとしゃんとしてたのか?というのは気になる。
平安京の治安についても書かれている。おおむね平和で、平和だからこそたまの事件について記録が残っているのだが、という注釈付きだがなかなかプッツンしてしまったひとたちの記録はおもろい。というか後妻打ち(前妻が予告して後妻の家を襲撃する謎の風習)ってこのころはじまったんだね。後妻打ち、石川博品が小説の題材に使いそうすぎる。
ほかにも平安京に住んでた人たちがじっさい勿怪や物怪をどう捉えていたかみたいな心性もやってくれる。でも現代人からしたらアホやってるようにみえるかもしんないけど当時のひとはあれはあれで合理的に怪異に対して原因を究明して解決しようとしてたんだからかれらを劣ったものとしてバカにするのは現代人の思い上がりであるみたいなよくあるやつなんかあんま腑に落ちないんだよな。
かれらが現代人と同じく原因と結果の観念とその原因への対処という枠組みを持っていたというふうに同じ土俵に上げてしまったら、かれらのほうが「劣って」いることは間違いないだろう。たとえば地震は天子の不徳が原因であるとするならば因果の分析が端的に誤っているのだから。いっぽう、因果の認識については成立していなかったが、結果として現代の合理的な判断と一致する場合――たとえば、死穢を避けるために死体を遠ざけることが病原菌の回避につながっていたとか――も、かれらがそれを防疫の観点からしていたのでなかったら現代人と同等の賢さを持っていたと評価するのはおかしなことだろう。
かれらの天変地異や怪異に対するものの考え方が現代人と同様だったがその適用がまだ未熟だったという方針でも、考え方はちがったが結果的に現代人と似たような対処をしていたという方針でも、かれらを十分に擁護することはできないと思われる。けっきょくそれは現代に比べて劣った考え方や劣った対処しかかれらが持っていなかったということになるのだから。むしろ、宇宙に対する説明は存在するモノとそれにはたらく例外のない法則で尽きるという世界観を持っていながら、にもかかわらずそれを超越する怪異におびえたり占いに頼ったりする現代人のいわば自己矛盾的な愚かさを、そもそもそういう世界観が存在しない平安時代人に投影するのは間違っているとそうかんたんにいったほうがいい。

5/16

上野修『スピノザ考』(青土社)

いままで発表してきてデ・ホ・スとか読むとかに入ってなかったスピノザ論を集めた本。
アルチュセールとかネグリとか一行も読んだことない人たちの話が続くので後半はよくわからなかった。

5/16

高木敦史『鉢町あかねは壁がある カメラ小僧と暗室探偵』(角川文庫)

いいかんじのラストで読後感はよいが個々の短編はあんまり素直に頷けない感じ。

「〇〇×〇」
うーん、なんか無茶がある話だ。煙草やってたのを隠す+恋心のために意味不明な隠し立てをするという、日常の謎で状況を不可解にするために登場人物たちが取ったおかしな行動を正当化するために出てくると興ざめな要素二つが同時に出てきたのでいきなりシラケてしまった。だいたい大会前なのに煙草吸ってるようなやつはこれまでどれだけ好きでもそれだけで嫌いになっちゃうだろ。

「平面誘拐犯」
うーん、なんか無茶がある話だ。複雑なあやつりの構図を作っておいてそれが露見しないのが「A にも B にも後ろ暗いところがあるからだれの指図とはいい出せないだろう」という希望的観測に基づくというのが現実味がない。これだけ周到な悪い奴ならもっと悪いことをすると思う。そもそも悪意の質じたいが安っぽいかんじであんまり面白くないのだが。

「アフリカン・シンフォニー」
うーん、なんか無茶がある話だ。というか図景くんが調子を崩さなかったらどうするつもりだったんだ?
調べてみると CIC 補聴器は十万円弱~数十万円するものらしく、そんなものが盗まれたならこんな成功するかどうかわからない作戦を考案するよりふつうに学校や警察に訴えかけると思うのだが……。話を大事にしたくなかったのかもしれないが、こんなふうに犯人候補と直接掛け合うやり方をしたらかえって推定ストーカー氏とのつながりを強めることになってしまって危険だろうし。

大々的に犯人捜しが行われた結果、犯人が皆の知るところとなれば、逆恨みされたかも知れない。だから山田にしてみれば、今回の行為は個人規模で犯人を突き止めるための練りに練った作戦だったのだろう。

ぜんぜん納得できな~い。犯人を罠にかけるようなことするほうが逆恨みされるじゃん。世の中そう簡単に小佐内ゆきみたいな女ばっかりいてたまるか。でもこんなふうに罠にはめてくる後輩の女の子がいたらキュンとしちゃうだろうな……(するか?)

「WAND」
熊倉と和智の喧嘩がなんかみょうに高校生らしい自分勝手さとわけわからんさでリアルで……いいね!
ユリカのほうの動機はぜんぜん面白くなかったし(というか理解不能だし)過去の熊倉が悪いやつすぎてびっくりしてしまうが、それ以外の構図は無茶がすくなくていちばん首をひねらずに読めた。
有我くんが主人公なのかと思いきや、お話全体としてはあかねから有我への視点が中心だったので、ミステリ部分で視点人物をやってる有我が急に最終章で一気に後景に引いていくかんじはある。主人公だと思ってた人物がヒロインでした!っていうひねりなのはわかるのだが、このひねりをやるために有我はあまり事情に詳しくあってはならないし、最後の瞬間まで気付いてはならないみたいな制約が産まれてしまい、結果としてただの視点人物、個性のない観察者としての一人称の語り手になってしまう。全編あかねの一人称のほうがかえってよかったようなきもするんですよね。
まぁでもあんまん置き忘れるシーンはすがすがしくてよかったね。ていうか有我くんはなんでまた盗撮やってんだよ。お前ひとの写真勝手に撮ったのが問題になったの反省してたんちゃうんか。

5/17

皆藤黒助『あやかし民宿の愉怪なおもてなし』(角川文庫)

もしかしてこれ……ミステリじゃないな!?
世界観はよう怪のシリーズとつながってるっぽいがこっちはほんとの妖怪が出てくる。毎話特定の妖怪をモチーフにしながらミステリをちゃんとやるのはやっぱり難しいというかめんどくさいのか、人情噺に振り切ったこっちのほうがよう怪より読みやすいかもしれない。百目様のウインクは五十の目を瞑るんだね……。
傘化けの話がけっこうよかった。あたし SCP-548-JP が好きだから傘のお化けが全体に好きなのかもしれん。多々良小傘さんも好きだった。なんか傘の妖怪っていっぱんに人懐っこいと思われてるな。なんでだろう?
ところで傘化けはわれわれに重要なことを教えてくれる。妖怪といえば超自然の存在で、自然法則に反することをするところが本質だと思ってしまいがちだが、そうではない。妖怪の本質は「やりたいことがある」ことなのだ。
人間では実存が本質に先立っているのに対し、妖怪は、

やりたいことがあるからという理由だけで存在している。それは例えば枕を裏返すことであり、人の背中におぶさることであり、こっそりリモコンを隠したりすることである。

人間からしたら理解しがたい「やりたいこと」ではあるが、ぎゃくにいえばかれらからしたらこれらの「やりたいこと」がみずからの全存在のすべてなのであって、それをさせてくれないというのは、死ぬよりもつらい否定なのだろう。集が、せっかく友だちになれた傘化けがおそらくそろそろバラバラになって壊れてしまうと知りながら知らない人の手にわたってゆくのを受け容れたのは、深いレベルでの異質なものとの相互理解だ。本質なき存在としての人間と、存在に先行する本質的な欲望としての妖怪が出会っていて美しかった。
あとは赤べこのエピソードもいい。霊感が皆無な人間があやかしと対話するためのトリックだ。
どうでもいいけど「屋根付きの濡れ縁」ってトゲナシトゲトゲみたいだな。そらまぁ濡れ縁に庇が付いてるのはぜんぜんおかしいことではないのだが。

5/17

越村勲『アドリア海の海賊ウスコク:難民・略奪者・英雄』(彩流社)

校正がなかなかひどいのと文章が下手すぎる――というか推敲してなさそうなかんじで、とにかく読みづらかった。ウスコクとそれをとりまくオスマンとオーストリアとヴェネツィアのみっつの大国という主要なプレイヤーが四つあってそもそもややこしいのだが、一文ごとに、あるいは文のなかでも節ごとに主語が切り替わったりするので、この分野に関してこの本で初めて触れる人(大半はそうだろう、あたしはそうだった)は戸惑わずに読むことはできないだろう。
オスマンから亡命した難民たちが生活に困って海賊行為を働くようになり、国境防衛に役に立つ限りでそれを国家が追認したり治安を乱す限りで締め付けたというそれだけ聞けばまぁどこでもありそうな話かなというかんじだが、聖戦イデオロギーで彩られているのがウスコクの特異なところだろう。そして聖戦イデオロギーが名実ともに貫徹されたわけでもなく、ウスコクだってキリスト教徒を襲ったりするわけである。クロアチアン任侠だ。

5/18

野村美月『幼なじみが妹だった景山北斗の、哀と愛。』(ガガガ文庫)

うむむ。具体的なイベントよりももっぱら会話や心理表現が多く、会話が直接話法なのにカギかっこで括られていなくてダッシュで表わされたりする上に回想が多く、そのため現実味があんまりなく夢のなかみたいなぼんやりしたかんじの文体になっている。場合によっては(たとえば幻想文学ふうの話を書くのなら)長所なのかもしれないが、今回はべつに利点になっていなかった。文学少女シリーズしか読んだことないけど前からこんな文体だったっけ?
このタイトルとあらすじなら幼なじみが妹だったことは明らかなのにとちゅうまでそれを隠して進むからいやもったいぶらんといてやと思っていたらじつは妹も血のつながりを知っていたというのが読者に対して隠されていた。なるほどね。桜乃はじつは血がつながっていなかったことを知っていたがその逆パターンというわけだ。
しかし結局そうなると春はじぶんが妹であることを知っていながらそうとは知らないふりをして幼なじみとしてアプローチを続け、しかもそれが北斗を悩ませていると知っていて、状況が悪化すると心中を持ちかけてくるヤバい自己中な女ということになってしまう。うむむ。そもそもの性格がめちゃくちゃ依存体質でそういうの好きな人は好きだろうけど小説のキャラクターとしてあんまり魅力的とはいいがたいところにこれなので北斗くんはなんだかちょっとかわいそうだ。
万葉集のシーンもゆさぶりに使われているのはわかるのだが、そもそも万葉集は(異母兄妹の)近親婚に否定的ではない*7ので、使いづらかったのだろう、なんだか話の流れが無理のある感じになっている。だって但馬皇女からしたら、夫(?)の高市皇子も異母兄で、浮気相手の穂積皇子も異母兄だ。但馬がやらかしたとしたらそれは不倫であって近親相姦ではない。日本の古代でタブーだったのは同母兄妹の恋愛なのだが、天智天皇と間人皇女の関係は定かではないし、軽皇子の話はもはや伝説だから話に組み込みづらいし。うーん。

5/20

青木健『ペルシア帝国』(講談社現代新書)

取り扱うのはアケメネス朝とササン朝の話。ほかにもペルシア人による国家はいろいろあったけれども世界帝国となったのはこのふたつ。各種固有名詞はギリシア語読みではなくペルシア語読みされているが、わかりづらいというかあたし自身なじみがないので以下ではよく通用している(おもに)ギリシア語読みにした。
ところでペルシアといえばイスラーム化したあとの時代の文学・酒・女・バラに溺れながら神秘主義をやってるアレをイメージしがちだが、古代のペルシアはどうも雰囲気がちがう。思想的には貧困だが、実務に優れ、組織力と現実主義で周囲に覇を唱えたようだ。青木はメソポタミアに対するペルシアをギリシャに対するローマに準えている。
いわゆるアケメネス朝はキュロス二世⇒カンビュセス二世⇒(バルディヤ)⇒ダレイオス一世……と続いていくが、カンビュセスとダレイオスの間に王朝交代があった。前者はエラム文化の影響下にあったティシュピシュ王家で、後者がハカーマニシュ(アケメネス)家である。ダレイオスはその連続性を主張するためにいや俺が殺したのはバルディヤじゃなくてバルディヤを僭称した偽物だよとかじつはティシュピシュ家とハカーマニシュ家はずっとさかのぼると祖先がおんなじでえとかいろいろやったみたいだ。
ところでカンビュセス二世は姉と妹を両方嫁にしているが*8、王朝を乗っ取ったダレイオス一世に両方寝取られた。悲しいね。でもカンビュセスの姉にして妻のアトッサ*9とダレイオスの子がクセルクセスなのでその後のアケメネス朝はティシュピシュ王家の血も継いだことになる。というかアケメネス朝の女たちは相当個性が強かったようで、アトッサも夫の仇の妻にさせられたというよりは次の権力者にうまく取り入って実権を乗っ取ったろうくらいの勢いだったんだろうな。なんにせよティシュピシュ家のひとたちがやった領土拡大をさらに進めてその安定を図り(いわゆるサトラップ制とか王の目、王の耳)、国号や王号が世界帝国らしい自覚をもって整ってきたのもこのへんになる。ダレイオスはアフラマズダに祈りを捧げているが、このアフラマズダがどういうアフラマズダなのかはよくわからないし、神や前任に祈るのも当たり前なのでこれだけでアケメネス朝がゾロアスター教を国教にしていたとはいいがたい。ダレイオスは貨幣を作ったり王の道を作ったりしたが、貨幣はアナトリアでしか流通せず、王の道はスサまでしか到達していない。中心地であるはずのペルシア州は交易活動からは取り残された格好になったようだ。
けっきょく西アジアが経済的に優越するなか、西アジアから吸い上げた税は帝国東方の後進地域に還元されていたが、国家の拡大路線が止まると軍隊への俸給という使い道もなくなり金銀は退蔵されるようになった。こうして経済へ悪影響が及び、西方で反乱が起こるようになったという。それでシリアやアナトリアはなんとか抑えたがエジプトに独立されてしまう。
あとはもうお定まりの流れで、王妃スタテイラと、次男(王弟)推しの母后パリュサティスが喧嘩して内戦になる。アルタクセルクセス二世と弟キュロスの会戦はクテシアスとクセノポンが参加していて、資料が豊富に残っている。アナバシスですな。
けっきょくキュロスが負けるのだが、キュロスを推してた母のパリュサティスはなぜかまだまだ現役でキュロスを討ち取った将軍を処刑したり王妃スタテイラを毒殺したりやりたい放題である。スタテイラを殺されたアルタクセルクセス二世はスタテイラとの間の子、アトッサを正妻とした。ペルシア帝国はここで姉弟婚、兄妹婚、従妹婚に続いて父娘婚の実績を解除する。すごいぜ*10
とはいえアルタクセルクセス二世はエジプトを再征服できず、地方が土着政権化してくのを横目に没する。代わって即位したアルタクセルクセス三世は父の未亡人となったアトッサ――じぶんの同腹の姉で、かつ義理の母――と結婚する。家系図こわれる。先王には 115 人もの子がいたので後継者争いが激化しないようにアルタクセルクセス三世は天才的な一手を思いつく。全員殺すのである。ついでに従兄弟や姉妹も皆殺しにした。すごいぜ。
殺しすぎたので宦官を用いるようになり、このアルタクセルクセス四世はこの宦官の傀儡となってしまう。混乱した帝国にアレクサンドロスが侵入してきてジエンドにゃんというのは教科書にある通りである。
というかんじでめっぽうおもしろい。ササン朝の話までまとめてしまうと営業妨害っぽいのでこのへんでやめておくか。ササン朝の滅亡はカヴァード一世とホスロー一世の諸改革で確定的になったという視点がちょっと物珍しいかんじだ。
でも『マニ教』でも思ったことだが、歴史上の人物の振る舞いに皮肉めいた小粋な寸評を加えるのはあんまり好きじゃない。そういうのは無責任な読者がやるので。
こういう本を受験生時代に読みたかったが、受験生はこういう本を読んでる暇がない。かなしいね。しかし蒙塵とか宝算とか……なんか語彙が高級というか中国史みたいだな。

5/22

サイトウケンジ『魔女の怪談は手をつないで 星見星子が語るゴーストシステム』(MF 文庫 J)

魔女の語る怪談を聞いてその真相を考えるミステリのようなホラーのようなかんじの話。怪談を聞くといってもただの音声として聞くのではなく、その恐怖がまさに起こっているシーンを目の当たりにするようにして体験する。ハリポタの憂いの篩みたいなあれですね。体験したあとは検証のためにもう一回その光景をみられるというのがなんかおもろい。ホラー動画をみて考察するノリを文章でやってる感じだ。
ていうことでちょっと変わったフォーマットでライトなオカルトミステリをやるのねようするに角川ホラー文庫みたいなかんじやなと思って油断しながら読んでたらなんかミステリ部分に違和感が残るしオカルト部分でも不穏な伏線らしきものがどんどん貼られるしでなんかぞわぞわしてるところに後半でいきなりぐにゃっと世界が歪んでそこからはもうかなり予想外でよかった。なんかノベルゲーっぽいギミックが多いなと思ってたらシナリオライターだったのね。feng のゲームは……積んでます。すいません。小説らしい小説っぽいこなれ感はなかったのでそこはちょっと惜しい感じもするが、でもおもしろかった。大満足です。MF って意外とこういうちょっとへんな話を出させてくれるよな。

5/22

マルセル・プルースト『失われた時を求めて 6 ゲルマントのほうⅡ』(岩波文庫)

プルーストの人間観察って口ではこう言ってたり表面上はこうふるまってるけど心ではその反対のことを思っているのだって「私」が勝手に断定するみたいなの多いけどそれだけだとさすがにそんなにお~深い人間観察だとはならないんだよな。というわけで前半の社交界描写はあいかわらず無限の苦痛だった。でも後半の看取りのくだりからやっぱり(一般の読者の俗情に寄り添ってくれるので)面白くて、フランソワーズの描写は使用人なんて使ったことのないあたしでもものすごいリアルに感じられる。祖母の死はさすがに美しい。布団が勝手によれていくのを沖積土に例えるところなんかはさすがにノーベル文学賞だ。

5/23

眞田天佑『多元宇宙的青春の破れ、唯一の君がいる扉』(MF 文庫 J)

事故にあったのがきっかけで目をつぶれば平行世界間を移動できるようになった……ってなめ敵ってもうオマージュされるくらい古典になったの!? なんかあまりにもストレートにパクってるので許せるかと思いきややっぱりなんかちょっと愉快ではないなぁ。オマージュ元を明記すればなにをやってもいいというわけではない。べつにおれは伴名練のファンでもなんでもないのだが……。まぁでも死に戻りとか結論だけわかるけど推論ができない探偵とかもそうだけど……さいしょに堂々とパクったやつは叩かれるが次第にこうやって新定番になっていくんだろう*11
とかなんとかいって序盤はもやもやしていたが諸並行世界が混ざってひとつになるあたりから急激にわちゃわちゃしはじめてなんかちょっといにしえのラノベのノリっぽくておもろいなとなってしまう。あたしは……単純だ……。
しかしなんだか紙幅が足りず、ろくろくキャラのことを好きになれないままにシュタゲの後半みたいなかんじになってしまう。うーん、やっぱりこういうのこそ無限の文字数が許されるノベルゲーでやるべきなのか?
「ホットミルクは作るっていわないよ!」はめちゃくちゃ良かったので、短くても印象に残るような名エピソードで密度が挙がっていれば良かったのかしら。面白かったけどなんか惜しいかんじがしました。ストーリーがつまらないというより多世界ものは特定のヒロインに愛着を持たせるのが難しいがそこをあんまり上手に処理しようとはしてないかんじ。まぁでも令和に学校を出よう!みたいなのを書いてくれるだけでありがたいよ。

5/23

眞田天佑『多元宇宙的青春の破れ、無二の君が待つ未来』(MF 文庫 J)

続くんか~いって思ったらなんか渡橋泰水みたいなの出てきた。
アドホックなルールやガジェットがいっぱいでてきてガハハというかんじだが人間関係の焦点は絞り込まれててかえって読みやすい。というかめちゃくちゃ面白い。ええやん……ええやん!! やっぱり剛腕ハッピーエンドだとたいていのことは許せてしまうな。死者を蘇らせる魔法に説得力を持たせるのがハッピーエンドのお仕事。ゼロ年代生まれゼロ年代育ちの SF 小僧なので大盛り上がりしてしまいました。
そして樹里ちゃんのセリフで泣いてしまう。眞田先生! つぎは直球の義妹もの書いてみないか?

5/25

ジョン・グリーン『ペーパータウン』(岩波書店)

気の利いた表現ばっかり出てくるので読んでて楽しい。内省的な主人公をエキセントリックなヒロインが振り回し、スケベだが決めるときは決めるチビと成績優秀なウィキペディアンのギークの黒人という友人が脇を固め、ヒロインが失踪し、みんなで探しに行くという……アメリカの青春もののイデアみたいなお話だ。
浮気した元カレへの復讐編、失踪したマーゴ探索編は文句なく面白いのに対し、マーゴを見つけてからうじうじが最高潮に達してしまう。もちろんマーゴを見つけました、マーゴ大喜び、脱衣、ファックみたいな流れになってしまっては興ざめだというので苦くしてるのはわかるんだけど、そうはいってもいくらなんでもマーゴが視野狭窄的に自己中心的すぎないかとか思っちゃう。そらまぁ Q が一生懸命になったからといってそれでマーゴが手に入るというのもおかしい話ではあるのだが。なんかもっとマーゴの失踪に意外な事情とかがあればよかったんだけどね、ほんとに限界家庭環境メンヘラ少女のただの家出だから……。
やっぱり失踪するのは姉の方がよかったんじゃないか? すみません、源にふれろが好きすぎて……。
失踪ものってヒロイン不在で話を進めるわけだから失踪する前に仲良しシーンを描くか捜索中に回想を何回か挟むかの二択になるわけだが、前者で賭け金を釣り上げすぎるとなかなか納得のいくオチを付けるのが難しいですね。後者であればけっきょくひとり相撲みたいにみえる*12から捜索の末に死体や不在を発見してもちゃんと寂寥感が残るのでお得だ。

5/26

弥生小夜子『風よ僕らの前髪を』(東京創元社)

冒頭の叔母の描写からおっもしかしたらこれはすごい作家かもしれない……と思って読み始めたが、なんかすぐに貼らなきゃいけない伏線や起こさなきゃいけない事件の重みに文章が押しつぶされて行ってしまった。
悪い大人に食い物にされるかわいそうな美少年二人が復讐を誓い合うもそのためにかえって関係を断たねばらないという関係性*13に萌えてくださいという作者の大声の主張は耳に届いたけど率直に言ってそういう属性がなかったので萌えませんでした……というかんじ。だいたいなんやねん頭良くてピアノが上手くて義理の父親にいびられてる美少年と母親の再婚相手から性的虐待を受けてるホステスとアラブの王族のハーフて。韓流ドラマか*14? そういえばあたしは服部まゆみの『シメール』もぜんぜんぴんとこなかった。いや、あたしのほうに属性がないのもさることながら、世界観がシンプルすぎて受け容れがたかったのかな。とにかく大人たちは悪いやつで、いっぽう子どもたちは美しく気高い、みたいな(素朴すぎる)構図がまったく崩れることなく、素人探偵の主人公は「だからといって殺すなんて手段をとるのは間違ってる」みたいな正論ひとついわずにこの二人の殺人者の心情に寄り添い続ける。作者が本気でふたりの美少年に惚れこんでるせいで、登場人物も物語の構造もぜんぶがこのふたりを盛り立てるための道具になっちゃってるのだ。作者はこのふたりに読者がすっかり共感してくれてると思い込んでるから、とつぜんさいごに謎の思い込みすごいおじさんがでてきて悲劇的なかんじで理都が刺されるわけだが、べつにだからなにというかんじで(だって色黒の子を弄んだくだりはべつだん事件とは何の関係もないし(いやまぁ傷つけられた傷つけられたってめそめそやってるイケメンがいやお前もちゃんと人傷つけられてるやないかい笑みたいな話なのか?))、お涙頂戴にお涙を差し上げることができなかった。魍魎の匣の耽美な百合要素は幻想が破壊されるしそれでもちゃんと美しいのでよかったのにな。
トリック自体は交換殺人であることはすぐにわかるとはいえ、セーターのとことかは若干凝ってる。でも警察はもうちょっとちゃんと捜査すると思いますよ……靴のすり減り具合とかも、どれくらいすり減ってるかじゃなくてどのようにすり減ってるかを下足痕と見比べると思うんですよね。まぁ……うまくいってよかったねみたいな計画だ。
ずっと関係者へのアポ取り→聞き込み→新事実の発覚という退屈でひねりのない展開が続くのとけっきょく主人公がガチの傍観者で作中とくに役割がない(あのメンヘラの教え子なんだったの?)とか元雇い主の探偵って T-TXT のこと教えてくれるためだけにでてきたの?とかなんかもろもろ不格好なところもありあんまり楽しめなかった。でも殺人計画を七年間待たなきゃいけなかった理由はなぜ?という部分はよかった。しかしほぼ偽装婚で親族優先提供って……認められるのか……? というかこんなドデカい cui bono があったら警察はまっさきにその辺を調べまくるだろ。風呂場で溺死といっても酔っぱらって寝入ってしまったり足を滑らせて気絶したりして溺死とかそういう自然な事故死としての溺死と、無理矢理お湯に頭を突っ込まされての溺死では肺への水の入り方とか外傷の残り方とかぜんぜんちがってすぐばれると思うし……。運よく司法解剖されないなんてことあるのか? ぶつぶつ……ぶつぶつ……。風呂場の溺死事件はコナンの「暗闇の中の死角」が好きなんですよね。ちゃんと事故死っぽく偽装できてるしちゃんと犯人のわずかな(いうほどわずかか?)ミスをコナンが見抜いてるし、さいごにコナンが残酷な真実を隠そうとするのもいい。初期(いうほど初期か?)の傑作のひとつです。

5/27

佐藤賢一『カペー朝』(講談社現代新書)

カロリング朝の栄光は彼方、初期のカペー朝は地方領主たちに囲まれて第一人者でもなんでもなかった。とはいえカペー朝の王たちはみんな(ルイ八世とか短いのもいるけど、おおむね)長生きしたし、男子を産ませるのが得意だったので血統は安定した。ルイ六世あたりから徐々に国家経営も上手くいき始め、ルイ七世がアンジュー帝国をうまくいなし、満を持してフィリップ二世の登場というわけだ。さすが小説家だけあって読みやすい。ふつうの歴史家だとやっぱり通史といっても(それぞれの専門とかがあるから)ちょっと欲が出て、同時代の文化とか庶民の生活とか書きたくなっちゃうものだが、割り切ってそのときどきの王がだれと喧嘩したかと王がだれと結婚したかに記述を絞っているから。といっても佐藤賢一の小説はカルチェ・ラタンしか読んだことないのだが。カルチェ・ラタンは面白い一方なんか饒舌で奇妙な文体だな……とか解説が多くて話にのめりこめないな……とか思った。あたしが中世史の学生だったからうるせーとなっただけで、そうでもないひとはあれくらい解説ないと読めないだろうが。
あたしはいままでカペー朝の王だとやっぱりルイ九世がいちばん好きだったのだが、これを読むとなかなかルイ六世もかっこええやんというかんじになった。パパが不倫したせいで前妻の子であったルイ六世は冷遇され、毛布もないからマントにくるまって寝る生活だったという。とはいえフィリップ一世が後妻に骨抜きにされ半隠居状態になってるからルイは実務で重用され、継母にいびられながらも頑張る。パパが死ぬとなんとか王座は継がせてもらったものの、王とは名ばかりのちっぽけな領土で即位式には欠席者が目立つしでなんとも情けない有様であったが、サン・ドニ時代からの友人であったシュジェ(院長をやっていた)や従兄弟のラウル(隻眼)に助けられながら周囲の生意気な領主貴族たちをシバき上げて実力を伸長させていく。ついでに継母も修道院に幽閉する。私生活もとくに爛れたところはなく、むしろ教会によしよししてもらえるくらい。うーん、なろう系キングだ。なにより側近二人のキャラができすぎだよ。サン・ドニの大修道院長と隻眼の戦士が味方って。シュジェが歴史書を書いてるのもいい。ルイ本人が激デブでさえなければアニメ化決定していた。

5/27

小川一水『天冥の標Ⅷ ジャイアント・アーク part 2』(ハヤカワ文庫 JA)

まぁさすがに衝撃の新事実みたいな展開は減ってきた。みょうに RPG っぽい描写だ。対咀嚼者戦闘は面白いっちゃ面白いけどこのシリーズもっと面白い戦争がいっぱいあるんだよな。

5/28

高野史緒『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』(ハヤカワ文庫 JA)

いままで読んだ高野史緒(といっても『ヴェネツィアの恋人』以降のは読んでないのだが)ってどれもかなり気合の入った歴史改変もので、でもこれはなんか表紙からしてセーシュンエスエフっぽいし帯にも乙野とか伴名練の名前が出ていて*15、あーそういう系なのねでも高野のことだしどうせもっと変態なんだろとか思いながら読んだところ……セーシュンエスエフだった。
宇宙開発は進んでいるがインターネット技術は未発達な世界と量子コンピュータが実用されているが宇宙開発はぜんぜんな世界の平行と対比は面白いしわくわくする。ワープロレベルのパソコンにひーこら初期設定したメールアドレスに並行世界からのメールが届くのもロマンチックだ。でもけっきょくふたつの世界の技術力の発展の程度の違いはただの舞台装置で、話の流れに大きくかかわってくるわけじゃないし、登志夫が生理のことを全く理解してなくてキレ散らかした夏紀がなんやかやで命を捨ててまで歴史を修正するようになるのも理解しがたい。いちばんよくないのは自己犠牲とかそういう陳腐なことを書いておきながら、陳腐な紋切型なのは理解してますよと登場人物にいわせてしまうことで、自覚があったところで陳腐な紋切型であることにはかわりがないし、陳腐な紋切型そのものが小説にとって悪いわけではない。小説なんてけっきょく陳腐な紋切型が八割で構成されてるんだから、恥ずかしがらずに陳腐な紋切型を読者に力業で受け容れさせる努力をしてほしかった。
この長篇は短篇をもとに作られたらしく、追加されたのは主に前半のそれぞれの青春描写らしい。なるほどなぁ。
舞台づくりは魅力的でも風呂敷の畳みかたがなんともいえないのはいつもの高野であっていまさらというかんじもする(『ラー』とかさぁ…………)し、だからこそ舞台づくりで勝ち点を取りきる短・中篇がめちゃくちゃ好きなのだが(「白鳥の騎士」と「空忘の鉢」はマジモンの傑作だ)、これも後半部分だけならけっきょくなんで夏紀はそんなふうに自己犠牲に走ったの?という疑問を抱かせなかったかもしれない。そういうお話しなのねで済んじゃうから。
この小説でいちばん美しいのって夏紀がマックじゃないハンバーガー屋さんで友だちとポテト食ったり、任意参加の英会話教室で世界の広がりを感じたりするところであって、でもそうやって夏紀の世界や人生をしっかり書いてしまったせいで後半いきなりそんな行動をとるのかわかんなくなっちゃうというアレがあり、なんかもうエスエフじゃなくてただの青春小説書いてほしいな。

5/28

佐藤賢一『ヴァロワ朝』(講談社現代新書)

カペー朝からヴァロワ朝への交代といってもヴァロワ朝初代の王フィリップ六世はカペー朝最後の王シャルル四世の従兄弟(シャルル四世の父王フィリップ四世の弟ヴァロワ伯シャルルの子がフィリップ六世)であって、そもそも王朝が交代しとるんかこれ?というかんじで、これを交代というなら当のヴァロワ朝の方が実子への継承ができてないパターンが多い。というかそもそも五日で死んだ甥のジャン一世のあとを襲ったフィリップ五世で王朝が交代したという見方もできるはずだ。でもそうじゃなくてなんでフィリップ六世のときに王朝が交代したとみられたのか? それはフィリップ四世の孫でイングランド王をやっとるエドワード三世が俺にも権利があるだろと口をはさんできて喧嘩になったからだ。百年戦争の濫觴である。
というような話は受験で勉強したはずなんですけどねえ。ぜんぶ忘れてしまっていることだなぁ。エドワードはイザベル(フィリップ四世の娘)を通じた女系でカペー家につながってるから相続権がないというフランスの論理は、フィリップ五世がサリカ法に基づいて王位継承法を定めたことに由来するが、けっきょくはパワーバランスでことを決める羽目になる。戦場嫌いのフィリップ四世の御世に、ヴァロワ伯シャルルが王弟としてブイブイいわせていたのもあってその子であるフィリップ六世も地盤を受け継いでいたというわけ。
まぁしかし百年戦争の緒戦ではフランスはあまり振るわない。クレシーの戦いで大敗北する。さぞや反省しただろう……と思いきやフィリップの息子ジャン二世もポワティエの戦いで似たような大敗を喫する。捕虜になったときのジャン二世がいうことには、

朕の身柄を巡って、喧嘩するのは止めたまえ。というのも朕は貴殿ら皆を、揃って金持ちにしてあげられるくらいの大物なのだから

うーん、たぶんアホなんだな。そしてジャン二世はじぶんを解放するかわりに人質になってイングランドにわたった息子のルイが脱走すると、人質が逃げたならわしが戻るしかあるまいといってイングランドにわたりふたたび捕虜となる。うーん、ガチのアホなんだな。
というのは現代人の見方であって、騎士道とはそういうものであったのだ……といってしまえばそれまでであるが、たぶん同時代人もアホだと思っていたことであろう。
国内はぼろぼろだからジャン二世の後を襲ったシャルル五世がもろもろ立て直しを図る。ただの地方領主の中の一人者に過ぎなかった国王が王国全体にシステマチックに課税するようになったのだ。十四世紀にもなってやっと人頭税を取るなんて遅れたはりますなぁと東アジア人としては思ってしまうのだが……。
シャルル五世の治世は賢い王と強い将軍のおかげで安心していられるがシャルル六世が(文字通り)狂っていたせいで国内は内紛まみれに。シャルル七世のころになっても状況はあまりかわらず、イングランドの人とかも出てきて話がややこしくなってきたな~というところでジャンヌ・ダルクが登場するので眠気が覚める。
まぁあたしは遍在する蜘蛛が一番好きなのだが……。アンリ二世とディアーヌ・ド・ポワティエのカップルが萌えだね。しかしイタリア戦争は難しすぎてむかしから一度もよくわかったことがない。ちゃんとわかれ!

5/29

門田充宏『ウィンズテイル・テイルズ 時不知の魔女と刻印の子』(集英社文庫)

えっ!? 令和六年にもなってゲートの向こうからやってくる人類と敵対する謎の存在との戦いを通して少年が成長したりボーイミーツガールしたりする話を!? エヴァーがまぁこれ系の根っこなんだろうけど根っこの根っこはエンダーのゲームとかなんかな*16
なんというか色気を出してこない文体と展開でどの要素で読者をひきつけようとしているのかよくわからない。とくに内省的でも短絡的でもないものわかりのよい主人公、そろいもそろって思いやりのある町の人たち(徘徊者が来て逃げなきゃいけないときにすら焦りながらも割と親切なおじさん、笑っちゃうだろ)、反面うすっぺらいイブスランをはじめとする南の町の敵のひとたち、いまのとこ状況に振り回されるだけで存在感が薄いヒロイン……まぁアニメでいうと三話か四話くらいのかんじですからな。こっから主人公が徘徊者になれることがわかったり*17徘徊者が月から追い出された元人類であることがわかったり*18そういう設定が明らかになるんだろう。いまのとこ既視感と退屈とかわいい犬だけです。ニーの記憶が奪われてロリババアがロリになるのかと思ったらオリジナルの記憶は保存されててあ、そう……というかんじ……。

5/30

森博嗣『女王の百年密室』(講談社文庫)

ねむすぎ。こういうキノの旅みたいな雰囲気がそもそも激苦手なんだよな~詠坂の『人ノ町』でも思ったけど。あたしはひろしは黒猫の三角しか読んだことない。
中身のない会話――相手のいったことをまるまる繰り返す行すらある――と主人公が情緒不安定になるたび挟まる改行ばっかりのページでめちゃくちゃイライラする。宮部みゆきがステップファザーステップで双子にそれぞれ同じこと言わせて行数を稼ぐテクニックをメタ的に自虐していたやつだ。どうせ面白くなくてもファンが一定数買うからページ数を水増ししてすこしでも印税を稼ごうという姑息な動機が透けて見える。
書き割りめいた舞台に能面めいた登場人物たちが出てきていまどき哲学科の一年生でもやらないような刑法論や自由意志論*19を聞かされてカスみたいなトリック*20をご開陳させられるのは今年一番の苦痛だった。マイケル・ジャクソンとビル・ゲイツとかさぁ……なんか、読者を小バカにしてるのか森博嗣が小バカなのかよくわからないが構造から細部まで隅から隅までなんかあほくさい小説だ。乱鴉の島のホリエモンもそうだが、このころのミステリ作家は著名人を作品中でこういう使い方をすることをためらわないな。単純に下品だと思うしなにも面白くないからすぐにやめたほうがいい。
冷凍保存装置のおかげで人は死ななくなり(「永い眠り」)、殺人者は冷凍保存させてもらえなくなる(「果てる」)ので、殺人者と被害者のメリットとデメリットが逆転する羽目になり、殺人という概念が成立しなくなるみたいなのもまったく意味が分からない話だ。かれらは傷つけられた人を見ると「正しい処置」がすぐに行われることを望む、というのも、放置したら冷凍保存が間に合わない=死ぬことを知っているからだ。あるいは殺人者が遺体を損壊したり隠したりしたらどうする? 殺人者が冷凍保存されなくなるのは報復の一種だ。ならこの設定のもとでも殺人という概念が成立しないのも犯人捜しをしないのも理解できない。犯人捜しをしなければ冷凍保存をしないという処置を取れないではないか? そういう無理があるから、みんなが犯人を捜さないのはそれが神だったから、みたいなもっと無理な設定を入れる羽目になるが、これは苦し紛れの策だから話の前半部分のテーマと全くかみ合っていないし、怒られただけでいうことを聞くようになる人間ばっかり集めたはずなんだからまず怒ればいいのにそうしないで殺す神という矛盾したプロットがついでに生まれてしまう。
ミチルとロイディの設定だけは面白かった。むかしの事件でミチルは体がダメになり脳が生きていたけどアキラは脳が死んで体が助かった。それでミチルはアキラの体を使い、入りきらなかった脳はロイディに入れて、そこから無線で操作してる。

5/30

佐藤賢一『ブルボン朝』(講談社現代新書)

アンリ四世はやっぱり面白い。というかジャンヌ・ダルブレ(アンリのママ)がしたたかすぎてウケるし、そのしたたかさをアンリもかんぜんに相続しているのがウケる。そしてカトリーヌ・ド・メディシスはあいかわらずいつまでも手ごわすぎるし、マルグリットはエロすぎる。
ルイ十三世あたりからは王個人の人格や性格がどうのというよりもう国家理性の時代であって、王や宰相たちにもそれぞれ人生いろいろあるとはいっても総体としてはフランス王の歴代誌からフランスの歴史になってしまう。
でもルイ十四世はさすがにすごい個性で、ものすごい気合の入った文弱化を見せつけられる。あんなに生意気だった貴族たちが……こぞってヴェルサイユで尻尾を振り振りするのに夢中になるなんて……。
十四世のころから地元や宗教ではないフランスという抽象概念をよりどころとするフランスが作られてくるわけだが、それには戦争と文化の両輪の勝利が必要だった。ところが文化を称揚すると啓蒙思想みたいなのの発生も許容せざるを得ないわけで……その危険性に気づかず十五世はポンパドゥール夫人をよしよししてしまった。
第三身分がにょきにょきしてくるのにももちろん歴史の流れはあるのだが、王の目線で書かれてるからかえってルイ十六世が右往左往してしまったのもわかりやすい。佐藤は十六世もむしろ革命相手にようやっとる派らしい。
ルイ十七世かわいそ伝説についてはあんまり知らなかったので読んでてかわいそう泣になってしまいました。ゆるせねえよフランス人。

5/30

弥生小夜子『蝶の墓標』(東京創元社)

なんかこの人の書く本は悪役らしい悪役がいて、しかもそれがうすっぺらいもんだからなんだか情けなく感じるな。いやミステリの登場人物なんてうすっぺらい悪役でいいじゃんねという気もしなくはないが、もっぱらこんな悪いやつにいじめられてるこのキャラはいいやつで美しいんですよ的な用いられ方をしているのがなんだか苦しい。いやじぶん本格ミステリとはちがって文学派なんで!みたいな文体をしておきながら中身がスカッとジャパンスカッと抜きではお話にならない。
というような前作と同じ不満もありつつ、前作より格段に読みやすいし面白くもなっている。前作がキャラ薄い素人探偵のなぜかめちゃくちゃスムーズに進む関係者へのインタビューの連続で話が展開するかなり険しい作りだったのに対し、今作(の大半のぶぶん)は女子高生ふたりが主人公なので、容疑者への聞き込み一つとってもいろいろ工夫が必要になる。小学校の頃の先生の隠し撮りが家に届いたり切り取られた耳が届いたりと続きが気になる展開が続くのもよい。一作目から自殺に見せかける話ばっかりしているが、こんかいは生体反応をはじめいろいろの物証に対する気配りもちゃんとしてた。
久岡及び大橋殺しの真相を探る話と心中に至る話はミステリ的な連関はないので実質中篇二つの連結になっているのはちょっとアレだが、復讐というテーマの枠内でゆるやかにつながっているのでまぁいいか。加えて、けっきょく過去の話の主要な登場人物は全員死んでしまうのでその謎を探るのはあんまり事件と関係ないシングルマザーの主人公なのだが、この枠物語部分はあんまりよくなかった。暗号はしょぼすぎて一目で解けてしまうし(が出てきた時点で普通の人間なら IQ サプリの合体漢字クイズを脳内で開始するだろう)、謎のロマンスっぽい展開をさいごにねじ込んできたのも容易には理解しがたい。
いろいろ書いたがこの本でいちばんいいのは瑞葉が犯した をめぐる描写であって、この部分だけでほかの軽微な瑕疵はおつりがくる。でも最期のシーンだけ種明かしのために夏野に視点が移ってしまうのは小説的にもミステリ的にも不格好にも思えた。あくまでも瑞葉の視点を貫いて、最期の瞬間に「私があんなことをしたのを夏野は許せなかったからこんなことをしたんでしょう?」と気付かせるとかのほうがよかった。いやべつにそんな気の利いたことをしなくてもよいのだが、とにかくミステリの種明かしみたいな実務上の都合のために夏野から神秘的な他者性をはぎとっていきなりぺらぺらしゃべる主人公にしてほしくなかった。