『ブルージャスミン』 心にいつもブルームーン (original) (raw)
ウディ・アレン監督、ケイト・ブランシェット、サリー・ホーキンス、アレック・ボールドウィン、ボビー・カナヴェイル、アンドリュー・ダイス・クレイ、ピーター・サースガード出演の『ブルージャスミン』。2013年作品。
第86回アカデミー賞主演女優賞(ケイト・ブランシェット)受賞。
Conal Fowkes - Blue Moon
ニューヨークで実業家の夫ハル(アレック・ボールドウィン)が詐欺で捕まり無一文になったジャネット(ケイト・ブランシェット)は、妹のジンジャー(サリー・ホーキンス)が住むサンフランシスコのアパートに居候することになる。パソコンの使い方を覚えてインテリア・デザイナーの資格を取ろうと勉強を始めるが、長らく夫の稼ぎで悠々自適な生活を満喫してきた彼女は学歴も職歴もなく莫大な借金だけが残っており、その理想の生活と現実の間には容赦ない溝が横たわっていた。
ここ2作ほどウディ・アレンの映画を劇場で観てきて、「傑作!」とか「すごく好き」みたいなことはないものの、メインディッシュというよりはちょうど食前酒のような軽いノリで楽しんできたんですが、今回の最新作はどうもこれまでの“ヨーロッパを舞台にした観光映画”というのでもコメディでもない様子だったんで、ちょっと躊躇していました。
主演のケイト・ブランシェットが今年のアカデミー賞主演女優賞を受賞したので、気にはなっていたんだけど。
でも、ぶっちゃけ今週はどうも「観たい映画」が他になくて(一部で評価が高い作品が何本か公開中なのは知ってるんだけど、どうも食指が動かなくて)、でもせっかくの休みに映画観ずに過ごすのがもったいないんで、結局いつものシネコンに向かったのでした。
観終ってドヨ~ンとしちゃったらイヤだなー、と思っていたんですが、そしてたしかに愉快な気分で劇場をあとにするような内容ではないんだけど、なんだろう、鑑賞後に妙な清涼感があったんですね。
ほろ苦い、などというにはあまりにビターなラストだけど、でも絶望感で打ちひしがれるというほどではない。
なんともいえない痛々しさととともに、それでもどこか可笑しさもあって、それこそが人生だ、と。
コメディとして観られなくもないけど、誇張された笑いではなく演出も出演者たちの演技もシリアスなドラマのそれなので(音楽の使い方が若干皮肉っぽいけど)、お洒落なデートムーヴィーみたいなつもりでカップルで観に行くとかえって困惑するかも。
なぜか後ろの席でリクルートスーツ姿の若い男女の一団が観てて、終わったあとエレヴェーターの中で「…誰々は途中で寝てた」とか「でも最後の方は笑ってた」とか喋ってた。
何の集団だったんだろ。
ケイト・ブランシェットは全篇を通して大真面目にお芝居していて、彼女が演じるジャネットは映画の中でつねに思い詰めた顔をしている。
彼女が笑顔を見せるのは、過去の華やかな生活を思いだしている時だけなのだ。
パソコン教室で、講義があまりにチンプンカンプンで憔悴しきった表情のジャネットにはちょっと笑ってしまった。
観る前は「セレブおばさんの話とか、俺に全然関係ないし興味もねーなぁ」と思ってたけど、意外と心に沁みる作品でしたよ。
実話が基になっている(バーナード・マドフ事件)とか、ヴィヴィアン・リー主演の『欲望という名の電車』との類似が指摘されてたりしますが、僕はその辺の知識は皆無なので割愛。
ようするに、金持ちの家の奥さんで自分では何一つできない人が、旦那がパクられて刑務所で自殺、一人残されて没落していく様子を追ったもの。
金持ちで調子がよかった頃とダメになってからが交互に描かれる『ブルーバレンタイン』方式。
ちょっと編集が雑で(わざとなんでしょうが)、最初の方では時々時間が往ったり来たりしてるのがわからずに少々戸惑ったりもした。
まぁ、観てるうちに慣れてきますが。
正直なところ、ケイト・ブランシェットの演技がアカデミー賞級だったかどうかは僕にはよくわかりませんでしたが(アカデミー賞級ってなんだ)、顔の表情だけでジャネットの心境が伝わるその演技はお見事。
安心して彼女の「残念な女性」演技を堪能できました。
興味深かったのは、この手の話だと主人公の女性はキーキーギャアギャアとわめき散らしたりここぞとばかりに大芝居をしそうなんだけど、ケイト・ブランシェットは大声で泣き叫ぶようなことはなくて、暴れたりもしない。
人前で独り言は言いますが。
何しろよく目立つ顔立ちの女優さんだからその表情を見てるだけでも退屈しないんだけど、彼女が演じる“ジャスミン”ことジャネットは不安に駆られるとしばしば呼吸困難になって抗うつ剤をウォッカで飲み下していて、騒がしいのも嫌いで妹のジンジャーの彼氏であるチリ(ボビー・カナヴェイル)たちがTVを観ながら騒いでいるのをたしなめたりする。
夫の浮気が判明して言い合う場面でも、泣きはらした顔で責め立てていても金切り声を上げることはない。
だから困った女の人を描いているのに、映画を観ていても意外と不快感がないのだ。
この映画のブランシェットは、なんだか顔(特に据わった目の表情)が『フェイシズ』とか『こわれゆく女』の時のジーナ・ローランズにそっくり。あえて似せてるのかもしれないけど。
あいにく不勉強なので、ウディ・アレンとジョン・カサヴェテスの作品に“ニューヨーク”以外の共通点があるのかどうかよく知りませんが。
さて、以降は一応ストーリーについて言及するので、未見のかたはご注意ください。
てっきりセレブ崩れの勘違いおばさんの転落ぶりをあざ笑う、ちょうどアメリカのリアリティ番組で取り上げられるような「お騒がせセレブ」の映画だと思っていたら、微妙に違っていた。
いやまぁ、笑えもするんだけれど、自分とは住む世界の違う金持ちのことを「ざまぁみろ」ってな感じでコケにして溜飲を下げるというよりも、けっこう身につまされちゃうところもあったりして。
もちろんジャネットみたいな境遇を経験したことなんかないですが、世間知らずで重要なことは人任せ、自分の力では何一つできやしないのに実力の伴わない“夢”だけは捨てきれないようなイタい人、というのは別に彼女のような元・金持ちでなくても現実の世の中にいくらでもいるわけで。
途中、歯医者の受付の仕事をしながら彼女なりに頑張る場面もあるけど、結局はいい男をみつけて結婚する、というこれまでの生き方、価値観から一歩も出ていないところは、彼女が失敗から何も学んでいないことがわかってため息が出る。
ジャネットには立ち直るチャンスもあった。
心配してくれる妹がいるんだし、まわりに出会いの機会もある。
わずかではあっても収入を得られる場所もみつかった。
現実をしっかりとみつめて着実に生活の基盤を固めていくことは可能だったはずだ。
しかし、彼女はしくじる。
以前の生活が忘れられなかったために。
劇中でジャネットは意外とモテる。
彼女は夫が死んでこれからの生活のことで頭が一杯で恋愛どころではないのだが、あんなふうに何人もの男性から言い寄られるのはそれはそれで彼女に魅力があるからだろう。
もしも彼女が男たちから気にも留められないようなタイプの女性だったら、あるいはもっと地に足のついた生き方をしていたかもしれない。
なまじ男の目を引いてしまうからこそ、いつまでも玉の輿幻想が拭えないのだ。
いきなり歯医者に迫られるくだりはあまりにとってつけたようで、観ていて「そんなわけあるかよ」と思ったりしたんだけど。
もうちょっとリアルな職場の人間模様を描けなかったのかな。
あの辺りは別にジャネットのせいじゃなくて、パソコン教室で一緒になった女性も言ってたようにれっきとしたセクハラなんだから、訴えれば正当な理由で賠償金せしめられたかもしれないのにね。
彼女には、そういうがめつさ、きっかけがあればどっからでも金を引っぱってきてやる、というハングリーさも欠けている。
ジャネットにとっては歯医者での仕事もジンジャーの家での居候も「何かの間違い」か「悪い夢」で、自分が本来いるべき世界からのつかの間の離脱に過ぎないという気持ちなのだろう。
「一体私は何をやってるの」という彼女の呟きも、現実をちゃんと把握できていない証拠。
いまだに死んだハルが生きていた頃のことをことあるごとに話題にするのも、彼女にとっては心の支えとなるものがそれしかないから。
しかしそんなかつての優雅な生活は、夫が大勢の人々から騙し取った金でまかなわれていた。
実はジャネットには「たしかなもの」など何もない。
彼女にとって忘れられない過去の素晴らしい生活さえも、嘘と偽りで塗り固めたものだった。
夫のハル役のアレック・ボールドウィンは前作『ローマでアモーレ』に続いての出演だけど、見た目は端正なマスクの立派な紳士で絵に描いたような金持ちなのに実は詐欺師、という男を説得力抜群に演じている。
このおっさんならきっと浮気するだろーな、と思うもの。
ジャネットの妹ジンジャーを演じているサリー・ホーキンスの、特別美人というわけではないのに男にはわりとモテる女性の感じなんかも、「あぁ、こういう人いるいる」と。
ジャネットやハルからは嫌われていたけど、ジンジャーとはとてもお似合いの旦那に見えたオーギー(アンドリュー・ダイス・クレイ)は、ハルに金を騙し取られて愛する妻と離婚することに。
ところがそのオーギーがその後、“偽りの幸せ”を手に入れる寸前だったジャネットに引導を渡す。
オーギーは察しがいい男でジンジャーのこともよく理解しているようで、ニューヨークにいかにも「おのぼりさん」といった体で観光に来た二人のホテルでのやりとりなど夫婦らしさが実によく出ていてよかっただけに、姉夫婦のせいで彼らが別れたことはなんとも釈然としなかった。
どんなにお似合いで愛しあっているように見えた男女も、何がきっかけでその絆が断たれるかわからない。
しかも、再びジャネットの前に現われたオーギーの態度からしても彼はおそらくジンジャーに未練があったんだろうけど(それ以上にジャネットに対する恨みが強いんだろうが)、彼女の方は新しい恋人チリに夢中ですでにオーギーなど過去の人。
この男女の温度差も観ていてなんともツラい。
考えてみればジンジャーはこの映画の中で姉同様にモテモテで、3人の男たちとそれぞれ結婚したり付き合ったりエッチしたりしている。
なんとも奔放というか、でも憎めない女性ではある。
少なくとも彼女は毎日堅実に働き、姉と違って現実味のない夢は見ない。
男を見る目には大いに疑問があるが。
パーティで意気投合した男性との情事が突然ご破算になってもいちいち引きずらずに、ケンカ別れしていたチリとあっけなくヨリを戻す。
この辺のたくましさというか節操のなさはけっして尊敬はできないんだけど、姉のジャネットよりは本人は生きやすいんじゃないかとは思う。
ジンジャーとくっついたり離れたりしてるチリにしてもたしかにDV野郎の気は大いにあるが、彼がジャネットに語りかける言葉などは一概に粗野なだけではなくて、ジャネットに聞く耳さえあれば人生を生きやすくするためのいいアドヴァイスになったかもしれない。
ジンジャーとイイ仲になりながらも実は妻帯者だったことが発覚するサウンド・エンジニアのアルを演じているのは、『アメリカン・ハッスル』でブラッドリー・クーパーにコケにされ続ける上司を演じていたルイス・C・K。
『アメリカン・ハッスル』じゃ冴えないおっさんだったけど、今回はハゲたオヤジのくせして仕事の休憩時間にカーセックスとかカマしやがってます。
この映画に登場する男たちは、ハルの息子で父の死後に家を出て楽器屋で働くダニー(オールデン・エアエンライク )、そしてパーティでジャネットと出会ってやがて結婚の約束をするエリート外交官のドワイト(ピーター・サースガード)を除けばほとんどがろくでもなくて、そこは男性作家であるウディ・アレンの視点が入ってるんだろうけど、それでもそんな男たちでさえもけっしてほんとのクズには描かれていない。
オーギーもチリもどこか憎めないところがあるし、時々含蓄のあることも言う。
人間には欠陥もあれば、善良な部分だってある。
この映画を観ていて僕が不愉快な気分にならずに済んだのは、このアレンの人を描く時のさじ加減による。
もっともっと容赦なく人間の醜さやどうしようもなさ、最低最悪の状況を描くことだって可能だろうけど、ウディ・アレンはそこまで踏み込まない。
だから「現実の厳しさ」をわざわざ映画で確認することに虚しさを感じてしまう僕のような者にも、この『ブルージャスミン』はイイ塩梅で楽しめたのでしょう。
後半、これまでどんどん落ちる一方だったジャネットの前に白馬の王子ドワイトが現われて、逆にジンジャーはアルとの一件でチリと揉めてアルにもヤリ逃げされて、姉妹の形勢は一時完全に逆転する。
このまま映画が終わったら逆にウディ・アレンの底意地の悪さみたいなものが浮き彫りになったかもしれないが、そこは意外と古典的な教訓モノのように物語はジャネットの嘘が露見して彼女はすべてを失なうことになる。
それは金持ちとの結婚だけでなく、唯一彼女の身内であった妹との縁の切れ目でもあった。
もっともジャネットのせいで借金まで背負わされたにもかかわらず姉を見捨てなかったジンジャーのことだから、時が経てばまた仲直りできるかもしれない。
そういうところも、この映画が完全な絶望で終わっていない理由の一つでもある。
最悪の状況でも、人には立ち直るチャンスがある。
そう信じて生きていくしかないのだろう。
ジャネットがこの先どのような人生を歩むのかはわからない。
ベンチに座って独り言をブツブツと呟いて周囲の人に引かれながらやがて完全に狂って無残な余生を送るのか、それとも我に返って挽回するのか。
唐突だけど、僕はこれ、ちょっと堀北真希主演の『麦子さんと』を思いだしました。
あの映画を僕はボロカスに貶しましたが、同じようにイタいヒロインを描いていながらもこの『ブルージャスミン』には惹かれるところがあったのは、作り手が主人公を甘やかしすぎず、でも完全に突き放してるわけでもない(いや、それは見方によるが)、その絶妙な距離の取り方にある。
もちろん、主演女優の圧倒的な演技力の差もありますが。
あと、もう1本思いだしたのがシャーリーズ・セロン主演の『ヤング≒アダルト』。
勘違い女ということでは『ヤング~』の方がさらに救いようがなくて、この映画も僕は『麦子さんと』同様に嫌いなんですが、人によっては主人公に感情移入したりそのイタさや壊れっぷりに逆に清々しさを感じたりもするようで。
でも『ブルージャスミン』の方がもうちょっとヒロインを「哀れな人」として描いてる分、僕は入り込めたんですね。
ジャネットが義理の息子ダニーと再会する場面で、夫の詐欺をFBIに密告したのは実は彼の浮気で頭に血が上ったジャネット自身だったことが判明する。
彼女がチクらなければ夫は捕まらず、自殺することもなかったかもしれない。
取り返しのつかないことをしてしまったジャネットだが、彼女は「見たくないモノは見ないフリをする」人なので、そんな事実にさえ蓋をしてさらに自分に都合のいい夢を見ようとしたのだった。
いつだって彼女の頭の中では「ブルームーン」が流れている。
僕には、これは単なるセレブ崩れの女性の話には思えませんでした。
彼女を鼻で笑える人は、現実の世の中でイタい失敗をしていない「強い人」なんだろうな。
この『ブルージャスミン』には、かつて私生活で家族を苦しめ家庭を崩壊させてもいるウディ・アレン自身の経験が重ねられているところがあって、ジャネットやその夫ハルはアレンのことでもある。
ジャネットが最後に会いに行って息子に拒絶されるくだりは、アレンと血の繋がらない息子や娘たちとの確執を思わせる。
そういう自分自身の恥部を作品に盛り込んでしまう作家の性。
これはもう、映画監督という特殊な人種の“業”としかいいようがない。
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