読んだ本のメモ:コンサルタントの源流を辿る ケイトリン・ローゼンタール『奴隷会計――支配とマネジメント』 (original) (raw)

コンサルタントの皆さん、マネージャーの皆さん。今日もスプレッドシートで曖昧なガントチャートを管理していますか?

2023年に読んで一番面白かった本は『綿の帝国』だった。

(「綿」の歴史を通して奴隷制植民地主義、強制労働…と、グローバル経済の成立過程を描いたとてつもない労作。「暴力と強制は資本主義の例外ではなく核心」というのがコアメッセージになりそうな勢いで、人々が暴力と強制によって『綿の帝国』と呼ぶべきグローバル経済に回収されていく様が、600Pくらい続く。)

綿の帝国――グローバル資本主義はいかに生まれたか

ここのあたりのテーマに関心が出たので、奴隷会計を手に取ってみた。

奴隷会計――支配とマネジメント

HPでの紹介はこんな感じ。

「現代マネジメント技術は、カリブ海アメリカ南部のプランテーションではなく、イングランドや工業化したアメリカ北部の工場で発達したと通常は語られる…ローゼンタールによればそれは誤りだ。アメリカ南部とカリブ海の奴隷所有者は、北部よりずっと以前に、先進的なマネジメントと会計技術を用いていた。その技術は今でも現代ビジネスで用いられている」
(marketplace.org)

「マネジメント、データ、現代的会計手法の暗黒史に関心をもつ万人が読むべき書」
W・ケイレブ・マクダニエル(ライス大学)

「自由市場経済についての常識的なナラティブを、一挙に打ち砕く」
マーティン・マイアズ(『タイムズ・ハイアー・エデュケーション』)

「資本主義は自由市場を本質とするだけではない。それは奴隷の背のうえに築かれたものでもあるのだ」
(『フォーブズ』誌)

奴隷制と会計技術の、わかちがたい関係を、豊富な帳簿史料で実証した画期的研究をついに邦訳。

「私たちはモノをつくる労働者がなかなか見えない世界経済に生きている。距離と定量的な経営がこの流れを助長し、資本主義と自由という前提はこれを隠すのに一役買っている。「自由」貿易にしても「自由」市場にしても、人間の自由とのあいだに必然的な関係はない。それどころか、プランテーション奴隷制の歴史は、その逆が真実でありうることを示している」
「快適な会計室に身を置く者にとって、人間の数を単に紙の上の数字と見なし、男、女、子供をただの労働力と考えるのは、恐ろしくなるほど簡単なのである」
――本文より

www.msz.co.jp

これまた物凄く面白い。読んでよかった。

書かれたきっかけも面白い。著者は、マッキンゼー経営コンサルタントであったという。

膨大なスプレッドシートを通して生産性を上げる仕事をしながら、いつから人間をスプレッドシートのセルとして扱うようになったか、という疑問が、研究に着手するきっかけだったらしい。

その疑問の答えが、奴隷制度(とりわけ綿花農園)において発達した帳簿とマネジメント手法と語られている。

本書では、奴隷制度が資本主義の確立に大きな役割を果たし、奴隷の管理が現代の科学的管理法の先駆的なものであったことに焦点を当てている。また、奴隷制の合理的側面が現代の経営にもつながる部分がある、としている。

本書では、奴隷制度が単に野蛮で非人道的な制度として語られるだけでなく、資本主義と現代の「科学的管理法(コンサルの歴史を語る際必ず出てくる、いわゆるテイラー・システム。)」の先駆けとして役割を果たした、という視点を提供する。

奴隷を単なる労働力としてではなく、資産として帳簿に記載し、効率的に管理する手法がいかに発展していったかが詳細に描かれている。「ニグロ勘定」により、奴隷の在庫が管理され、その価値が複式簿記減価償却法で計測され、帳簿に記載されていたという事実は、奴隷制度が単なる抑圧の手段ではなく、極めて高度に組織化された生産システムの一部であったことを示している。本書の表紙は、まさにこの帳簿だ。自由を奪われた人間が計算可能な単位として組み込まれるグロテスクさを、端的に物語る表紙だと思う。

自由人労働者を雇う工場の帳簿が標準化されておらず、生産性の管理が行き届いていなかった点と対照的に、プランテーション経営者の用いる帳簿は業界全体で標準化されていた。労働者(奴隷)の自由が制限され、労働力が固定化されていたからこそ、プランテーション経営者は生産性向上に専念し、データに基づいた科学的な管理を推し進めることができたのだという。

この議論については、自由人を労働に投入するためにいかに法と暴力を駆使したか、という点について語っていた『綿の帝国』がいい補完になるだろう。

もちろん、単に奴隷制度の合理性を称賛するわけではない。むしろ、奴隷制がもたらした残虐な管理手法とその背後にある冷酷な経営論理を描くことで、資本主義と科学的管理の発展が必ずしも人道的であったわけではないことを強調している。奴隷解放後も、元奴隷たちは依然として厳しい労働条件下に置かれ、経営者は旧奴隷を債務によって縛り続けたという。解放奴隷の苦境についても、『綿の帝国』に詳しい。

本書は、資本主義と経営史について新たな視点を提供するだけでなく、奴隷制とその歴史的影響について再考を促す貴重な一冊とも言えると思う。

特に、会計という視点から奴隷制を捉えることで、資本主義の発展にどのように寄与したかを明確にし、その冷徹な合理性を明らかにするポイントは新鮮だ。どのような立場の人であれ、持ち帰るものの多い本ではないでしょうか。

逆にこの本読んだ人は、『綿の帝国』を読んでおいて間違いはないと思う。

余談:現代のプロジェクトマネジメントでも重要なツール、「ガントチャート」を作ったヘンリー・ガントは、南北戦争最中のメリーランド州プランテーション農園経営者の家庭に生まれた、という話も興味深い。「最低限のタスク」を切り分け、その超過達成を賞与に反映していくマネジメント手法は、奴隷解放後の農園で検討された給与制度から着想をえているのでは?と著者は指摘している。

関連書籍

これも良かった

ハイチ革命の世界史 奴隷たちがきりひらいた近代 (岩波新書 新赤版 1984)

砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書)