椿ノ恋文 (original) (raw)

著者:小川 糸 出版社:幻冬舎 2023年10月刊 1,760円(税込) 339P

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記録的な猛暑も終わり、やっと秋が来た。
読書の秋を先取りするように、「ああ、こういうおだやかな小説っていいなぁ……」と思わせてくれた1冊を取り上げる。

『椿ノ恋文』は、2016年に発売された『ツバキ文具店』の続編の続編。
シリーズ第3作だ。

「代書屋」という珍しい仕事をしている女性が主人公で、さまざまな事情を抱える依頼人が登場する。
それぞれの事情に主人公が立ち入り、分け入り、依頼人の気持ちに寄り添いながら、相手に気持ちを伝えられるように工夫した文体と書体の手紙を書き上げていく。

シリーズの始まりとなった『ツバキ文具店』では、代書屋を営んでいた「先代」である祖母と主人公の確執を縦軸に、舞台である鎌倉の季節がすぎゆく様子が描かれていた。
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シリーズ第2作の『キラキラ共和国』は翌2017年の出版。
シングルファザーのミツローさんと結婚した主人公が、ミツローさんの娘のQPちゃんと少しずつ家族になっていく過程を描きながら、やはりさまざまな事情を抱える依頼人が登場して、「こう来たか」と関心する代書が披露されていた。

それから6年後に出版されたのが本作『椿ノ恋文』。
主人公の鳩子は、ミツローさんとの間に小梅という女の子と蓮太郎という男の子を授かって育児に追われていた。

子どもたちが小学校に入学したのを機に、(物語の上では8年ぶりに)代書屋を再開することにした。

ミツローさんとのほのかな恋は遠い昔のできごととなり、可愛かったQPちゃんも中学生になって反抗期の真っ盛り。
しとやかな印象だった鳩子は、忙しさのあまり、イライラすることの多い日々を送っている。

そんな中、亡き先代(鳩子の祖母)が若かりしころ妻子ある男性と恋文を交わしていた、という手紙が届く。
知らせてくれたのは恋の相手だった男性の親戚で、伊豆大島に住む中年男性。
夫のミツローに事情を伝える訳にもいかず、鎌倉まで来てくれた中年男性と喫茶店で会って話を聞いたところ、亡き祖母は妻子ある男性と深い仲だったことが分かった。

大島で恋文を「手紙供養」してあげることにした鳩子だが、家族にどう言って大島へ一泊旅行に行けばいいのか……。

先代の恋の始末に悩み、娘の反抗期に悩みながらも、深刻な事情をかかえる人々が代書の依頼にやってくる。

自分の悩みも依頼人の悩みも、簡単に解決できないことばかり。
それでも鳩子は、相手の気持ちに寄り添うことによって、納得のいく答えと、満足してもらえる代書の手紙を書き上げていく。

こういう、人の気持ちを大切にする小説っていいなぁ……。