大森兄弟著「ウナノハテノガタ」感想(ネタバレ含む) (original) (raw)
この広告は、90日以上更新していないブログに表示しています。
~はじめに~
本日ご紹介するのは大森兄弟著「ウナノハテノガタ」である。前記事に続き、本作も「螺旋プロジェクト」という8作家による「共通のルール」によって繋がった作品を一斉に作るという新たな試みの中の一作である。
以下、ネタバレを含みます。
未読の方はご注意下さい。
~あらすじ~
太古の昔。海のそばで暮らす海の民・イソベリの少年オトガイは父カリガイとともに村で重要な役割を務めながら平和に暮らしていた。そこにある日、言葉が通じず目の色も異なるが見た目はイソベリにそっくりな山の民・ヤマノベの少女・マダラコが逃げ込んできたことをきっかけに平穏な暮らしに変化が起き始める。
~おもしろいポイント~
①独特な名詞
本作を読んでいて多くの方がまず思うであろうことは、原始の時代という設定ゆえに現代とは物の名前が異なり、それらが詳しい説明もないまま文中にカタカナで記されていることだろう。例えばサメは「フカ」、ハエは「ブンブン」、海鳥は「ウナドリ」、太陽は「オオキボシ」といった具合だ。タイトルもそうだ(海の果の方という意味?)。さらにこれに加えて、聞きなじみのない人名や役職名がカタカナで記されるため、慣れるまでは正直読みにくいのだが、不思議なことに読んでいくうちに自然に理解できるようになっていくのである。こういった独特な名詞たちが古代という時代設定をうまく醸し出しており、物語の味になっている。
②海族と山族の対立
「螺旋プロジェクト」では、どの作品でも海族と山族の対立が描かれており、本作は年代的に最も古く、海族と山族の対立の始まりのようなものが描かれる(実際はこの物語の前から両者は対立していたことが作中で語られているが)。海族と山族はまさしく海のそばに住むイソベリと山に住むヤマノベであり、両者は以前争いが絶えなかったため、中立の審判であるウェレカセリが両者を分け、出会わないようにしていた。しかし、ヤマノベの生贄の儀式から逃げ出してきたマダラコや地震?によって多くの者がケガをしたヤマノベをイソベリが助けたことをきっかけに両者が出会ってしまう。はじめこそ仲良くしていたものの、宗教的背景や生活習慣の違い(そしてなにより本能的な敵対心?)から両者は対立するようになる。対立の先に待つのがどちらかの滅亡や支配なのか和解なのかは明記されていないが、最後にはある大きな危機を前に一時休戦する場面も描かれており、たとえ分かり合えない者同士であっても傷つけあうことしかできないわけではないという希望を垣間見させてくれる。
③考えの違い
物語は海の民・イソベリ側から主に描かれるが、イソベリには大けがをしたり死んでしまっても「島」に連れていくことでケガが治り痛みはなくなり、魚のような?別の生き物になって生きていくことができると信じられており、主人公の少年の一家が、ケガした者や死に瀕した者を島に運ぶ役割を負っていた。もちろん少年一家はそれが嘘だとは知っていたがそのことは秘密にされ、村の人々には「生」と「死」という概念が存在していないのだった。この特殊な設定が海族と山族の対立を生み、また主人公の少年の葛藤を生み、物語を面白くしていく。
④他の螺旋プロジェクト作品との関わり
他の螺旋プロジェクトの作品は「シーソーモンスター/スピンモンスター」しか読み終わっていないが、多くの共通点が見られた。例えば中立の審判として登場する老人の名は「ウェレカセリ」といい、スピンモンスターに登場する人工知能と同じ名前だ。また、作中に登場するウェレカセリが描いた壁画はシーソーモンスターの中で壁画発見のニュースが意味ありげにラジオから流れるシーンがある。他にもいくつかハッとさせられるシーンがあり、おそらくほかの作品を読んだ後に再読することでさらに多くのシーンに共通点を見出すことができると期待している。
~最後に~
本作は比較的短く一気に読み終えることができたが、他の螺旋プロジェクトを読み終えた後に再度読んでみたいと思う。最初にどの作品を読むか、次にどの作品を読むか悩みどころだが、最も古い時代を描いているため最初に読んでみてもいいかもしれない(私は適当に気になったものから読んでいますが)。