【愛の◯◯】弱キャラ脇本くん (original) (raw)
えーどうも、脇本浩平です。
大学2年生になりました。
所属している『漫研ときどきソフトボールの会』にも、新入生が入ってきました。
ふたり、定着しそうです。
いずれも男子。
幸拳矢(みゆき けんや)と和田成清(わだ なりきよ)。
幸拳矢は声優ファンで、声優にとっても詳しく、
和田成清はアニメソング好きなようで、バンドでボーカルを担当していたこともあるそうな。
ふたりとも、個性的。
男子の比率が…増えるなあ。
× × ×
午前中で講義が終わり、キャンパス近辺の店で昼食をとってから、学生会館に入った。
『漫研ときどきソフト』のサークル部屋に入室したのは、3限目の講義がちょうど始まるころだった。
サークル部屋には、羽田愛さんひとりだけ。
…彼女、ドイツ語の本を読んでいるではないか。
とてつもない語学力だな…。
僕の入室に気づいて、
「あっ、おはよう!! 脇本くん」
と、輝かしい美人顔で、挨拶してくれる……。
「おはよう羽田さん。きみの他に、だれか来てた?」
「昼休憩に何人か居たけど、みんな講義に行っちゃった」
「そうなんだ」
「水曜のこの時間帯にフリーなのは、わたしと脇本くんぐらいなのかもしれないわね」
「えっマジか」
ふふっ、と微笑む羽田さん。
強烈な微笑みだ。
……とりあえず、羽田さんの向かい側の席に座る。
「んーっと……羽田さん、きみ、ひとり暮らしになったんだよね」
「まだなりたてのホヤホヤ」
「どう? ……寂しくない??」
彼氏のアツマさんがいるのに、どうして居候のお邸(やしき)を出たんだろう……という疑問があった。
彼女は、
「寂しくはないかな。寂しいよりも、慌ただしい」
「生活が?」
「生活が。あれもこれも、じぶんでやらないといけないし」
苦笑いしながら、
「キッチンが狭いの。手の込んだ料理が作りにくいのが、不満といえば不満」
そうか。
寂しいよりも、慌ただしい……。
「お菓子が、作りたいんだけどなー。わたし、お菓子作るの大好きだし」
と言ってから、少し身を乗り出して、
「脇本くん。もし、わたしが、お菓子を作ってこのお部屋に持ってきたら、食べてくれるわよね!?」
「そ……そりゃあ、もちろん、食べるさ」
食べてあげないわけがない。
羽田さんは、ルンルンな顔。
× × ×
特技が多くて、ほんとうにうらやましい。
両手の指で数え切れないぐらい、スキル豊富なんだろう……羽田さんは。
対して、僕はどうだろう。
取り柄なんか……あった試しが、あるだろうか??
中高生時代の学業成績が、少しだけ優秀だったぐらいしか……取り柄が思い浮かばない。
ソフトボールでは、羽田さんの投げる豪速球を空振りしてばっかりだし。
自己肯定感が、どんどん低下している気がする。
× × ×
しょんぼりと肩を落としながら、アルバイト先の古書店に向かった。
× × ×
書棚整理の能率が上がらない。
お給料が下がってしまいそうな勢いで……仕事にならない。
書棚のトーマス・マン全集に向かって、嘆きのため息をついていると、
「脇本くん」
と、後ろから呼びかけられた。
呼びかけてきたのは、バイト仲間の市井光夢(いちい みゆ)さんだ。
市井さんのほうから声をかけてくるなんて、珍しい。
「調子悪いの? きょう」
穏やかな、いたわり。
気にかけてくれているのが、くすぐったくも、嬉しい。
僕は彼女に、
「ちょっと……打ちのめされてて」
「……打ちのめされる?」
「じぶんに自信が持てないんだ。きょうは特に、深刻な自信不足で……」
「――そっか。
同じだね、わたしと。
じぶんに自信が持てないこと、わたしも多くて。
例えば、コミュニケーション能力。――あんまりしゃべらないでしょ? わたし」
「……いや、しゃべれてるじゃんか、いまは。まったく話せないわけじゃ、ないじゃんか」
「例外なの。いまは」
「例外??」
「わたし――チョコレートを食べると、とたんにおしゃべりになるの」