【コラム㉟】 フェラーリとナイキに学ぶ:希少性バイアスの成功と失敗 (original) (raw)

皆さん、こんにちは。
本ブログは行動経済学を実際のビジネスに適用していくことを主目的としています。

行動経済学の理論を中心に、行動心理学や認知心理学などの要素も交え、ビジネスの様々なシーンやプロセス、フレームワークに適用し、実践に役立てていきたいと思っています。

昨日のブログ記事で、フェラーリがどのようにして希少性バイアスを成功裏に活用し、ブランド価値を維持しているかについて解説しました。

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フェラーリは、限定された生産台数や厳格な購入基準を通じて、顧客に特別感と所有欲を提供し続けていることで、そのブランドの地位を強固にしています。

ところが、同じくプレミアムブランドとして希少性を訴求していたナイキが、ここ数年で戦略的な失敗を重ね、特に2024年10月1日の決算発表では、2四半期連続の売上減少が報じられました。

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ナイキは「エアジョーダン」などの限定モデルを多く投入し、希少性を利用した販売手法を取り入れていましたが、なぜこの戦略がうまくいかなかったのでしょうか。そして、彼らは今後どのようにして立て直そうとしているのか。その背景を、フェラーリの成功と比較しながら掘り下げていきたいと思います。

フェラーリの成功とナイキの失敗:希少性バイアス活用法の差異

フェラーリの希少性バイアス活用とナイキの誤用(DALL・Eで作成)

フェラーリは、希少性バイアスを巧みに利用しているブランドの典型です。彼らの戦略は、限定的な生産台数と厳格な購入資格に基づきます。これにより、消費者は「自分が特別な商品を所有している」という強い満足感を得ることができ、他のどのブランドにも負けないほどのブランド価値を維持しています。希少性バイアスとは、手に入りにくいものほど価値が高いと感じる心理であり、フェラーリはこの原則に忠実です。

一方で、ナイキはこの希少性バイアスを活用しようとしながらも、矛盾した戦略を取ったことが失敗の原因となりました。ナイキは「エアジョーダン」などの限定モデルを次々と市場に投入しましたが、これにより「限定」の概念そのものが希薄になり、消費者にとっての特別感が損なわれました。希少性が価値を高めるためには、商品が実際に希少である必要があります。しかし、ナイキは「限定モデルを多数投入」という矛盾した戦略を取ってしまい、希少性が失われたことで商品の魅力が低下しました。

また、パンデミックの終息によって、消費者のニーズがファッション性よりも機能性を重視する方向に移行したことも影響していますが、これは、選好の変動という現象です。人々の価値観や選好は時間や状況によって変わるため、ナイキがファッション性に過度に依存した時期には効果があった限定商品戦略も、消費者がより実用的で機能性を求めるようになると次第に効果を失っていったのです。

さらに、この矛盾した戦略は消費者の社会的比較に影響を与えました。限定モデルが大量に流通すると、所有することによる特別感や優越感が薄れ、他者との差別化が困難になります。これにより、消費者はナイキの商品を通じて得られる社会的地位や満足感を失い、ブランドに対する忠誠心が揺らいだのです。

消費者行動と戦略ミスの分析

ナイキ失敗の最大の原因は繰り返しにもなりますが、希少性バイアスの誤用です。ナイキが目指したのは、限定商品によって消費者に「この商品は特別だ」と思わせることでしたが、限定商品の多数投入により、その希少性は失われてしまいました。これは、確率加重効果という概念とも関連しており、消費者は低確率で手に入るものに高い価値を見出します。しかし、多数投入されることで、商品の入手確率が高まると、消費者はその価値を過小評価するようになります。

一方、ナイキの戦略は認知的不協和を引き起こしてもいました。消費者は「限定モデル」という言葉に引かれて購入しようとしますが、実際には市場に多くの同様の商品が出回っていると、期待と現実のギャップを感じます。このギャップは不満や失望を生み、ブランドへの信頼を損なう結果となります。

今後のナイキの原点回帰戦略

ナイキは今後、スポーツブランドとしての原点に立ち返る戦略を打ち出しています。具体的には、機能性を重視した商品ラインの強化や、従来の量販店チャネルを再度活用する方針を発表しています。消費者の選好がファッション性から機能性へと移行している中で、ナイキが機能性の高い商品を提供することで、消費者のニーズに応えようとしているのです。

また、当然ながら、消費者との信頼関係の再構築も重要です。限定商品を多く投入しすぎたことによる信頼の低下を補うためには、コミュニティの再構築や、信頼性のある一貫したメッセージを消費者に伝えることが求められます。

まとめ:ナイキが学ぶべき教訓

フェラーリとナイキの希少性バイアス戦略を比較することで、ナイキが抱える問題点と今後の課題が明確になります。フェラーリが希少性戦略を成功させた最大の理由は、一貫した希少性の提供にあります。生産台数や購入条件を厳格に管理し、消費者に「特別な商品を所有している」という確固たる価値を提供し続けています。この一貫性が、フェラーリのブランド価値を維持し、顧客に強い所有欲を抱かせています。

一方、ナイキは限定商品を多数投入するという矛盾した戦略により、希少性の価値を自ら損ないました。消費者に「限定」というメッセージを送りながらも、市場に商品が溢れることで、特別感が失われ、結果的にブランドへの信頼が低下しました。さらに、消費者の選好がファッション性から機能性へと変わる中で、ナイキはそのトレンドに適応しきれなかった面もあります。希少性バイアスが正しく機能するためには、供給の少なさとメッセージの一貫性が不可欠です。

ナイキが今後再成長を遂げるためには、フェラーリのように明確な希少性戦略を取り戻すことが重要です。機能性を重視した製品ラインの展開や、信頼回復のための一貫したコミュニケーションが、ナイキにとっての次の成功へのカギとなるでしょう。

次回も、ビジネスに役立つ行動経済学の理論を紹介します。お楽しみに!