ジブリ隠れた名作『海がきこえる』──青春の瑞々しさと心揺さぶる物語 (original) (raw)

海がきこえる

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月刊アニメージュ」に連載された氷室冴子の小説を、「魔女の宅急便」「おもひでぽろぽろ」のスタジオジブリがアニメ化した青春ストーリー。

高知県に暮らす高校生の杜崎拓。2年生のある時、東京から武藤里伽子という転校生がやってくる。勉強もスポーツも万能で美人の彼女は、瞬く間に学校中で知られた存在となるが、里伽子自身は周囲になじもうとしなかった。拓の中学以来の親友である松野は里伽子にひかれていたが、拓にとっての里伽子は、松野の片思い相手という、それだけの存在だった。しかし、高校3年のハワイの修学旅行で起こったあることをきっかけに、拓は里伽子が抱えている家庭の問題を知り、それによって2人の距離は縮まっていくようにみえたが……。

日本テレビ開局40周年記念番組として製作されたテレビ向けのスペシャルアニメ。「きまぐれオレンジ★ロード あの日にかえりたい」「ここはグリーン・ウッド」などの青春劇を手がけてきた望月智充を監督に迎え、スタジオジブリの若手スタッフが中心となって手がけた。1993年5月5日にテレビ初放送。同年内にいくつかの劇場で公開もされた。

濃密な映画体験と心象風景。

エイリアンどハマりからの流れの下、レンタルでしか見れないのをついでに借りようと思って借りたのがこちら。

まさかここまで心打たれるとは思いませんでした。

ジブリ作品の中でもトップクラスに躍り出るようなインパクト。

瑞々しさと余韻を残す清々しさ。

カラーグレーディングや作画のトーンなど、今見ても色褪せない良さが滲み出ており、なぜこの作品を見てこなかったのかと思わされるほど。

スタジオジブリ制作の長編作品の中、唯一、劇場用ではなくスペシャル番組用のテレビアニメとして制作された作品のようで、72分という短い時間ながらも非常に濃密な画面構成と彩りが散りばめられており、満足感は十二分にある。

むしろこれを72分間で良く収めたなと思う部分もあり、無駄のない、それでいて十分過ぎる青春の果てへ連れて行ってくれる。

とにかく個人的な好きが詰まっている作品で、まず画作りのトーンなんかが抜群に好みなんですよね。

淡いカラーに、日常の適度に乾いた空気感を纏った風景描写。

日常を日常的でなく、ファンタジックに見せつつも、やはり日常でもあるということを感じさせてくれるようなこのバランス。

登場人物たちも最小限ながら、十分に機能する適材適所での交わりが心地良い。

構図なんかも余白の使い方が良いですよね。

教室での光の入り方、影の出方、広く取った構図の端に人を配置することで空間の雰囲気や質感そのものを表現するような懐かしさ。

それらが伝わってくるように配置された環境音などとも調和し、塊として訴えかけてくる。

終盤での杜崎と松野が海辺で話す際、船のサイドをクローズで画面いっぱいにしたあとでの二人を登場させるところも切り替えの美しさ、視覚としての面白さ、抜けの良さを感じ、ハッとさせられました。

あと絶対的なのが音楽。

永田茂さんというかたが音楽を担当しているようですが、調べても情報があまり出てこない。

この音楽というのがとにかく印象的で、繊細な旋律と感情を表現するようなサウンドが耳に残り、情景との調和が素晴らしすぎる。

美しく、そして儚く、映像とともに刺激してくる感情へのアプローチが印象的。

特にシンセの使い方が際立っており、全体の瑞々しさとフレッシュさに寄与する独特なテンポ感は一度聴いたら忘れられない。

『ファーストインプレッション』などはちょいちょい挿入されるんですが、良いんですよ。癖になる。

これは絶対にサントラマストですよ。

そんな風でディティールにばかり目が行きがちではあるんですが、物語自体も良いんですよ。

青春ものにありがちなストーリーではありつつ、一筋縄ではいかない恋愛についての表現と内包している潜在的認識の絶妙なズレを程よく刺激してくる。

自分が男性ということもあるわけで、当然に男性目線にはなってしまうわけですが、女性の気持ちというわからなさが見事に表現されているように感じさせられる。

単に異性だからということを抜きにした、生物としての違いにも似たような、ある種の差異性、頭でわかっても感覚的に理解はできないといったようなところも含めて。

そこに友情という別のベクトルも加わってきて、揺さぶられる展開というのは、見ていても落ち着かなく、人を理解するという過程に生じる当然のこととして感じられるような感覚を見事に表現しているなと。

”好き”という感情は若い頃の方が芳醇に満ちており、年齢とともに軽減されていく、それを思い出させ、同時に、それがどういった感情だったのかと体感させてくれるというのは非常に有意義な体験に満ちているなと思うわけです。

杜崎が里伽子を好きだったんだと気付かせてくれる演出として、里伽子のこれまでの言葉をリフレインのように重ねるところなんかも好きでしたね。

感情の重なりは、よりその感情への思いを高め、思いを喚起させ、それ自体は風化しない。当たり前を本当にエモーショナルに描いている良き表現でした。

肌感覚にある感情のテクスチャをこうも刺激してくるというのはなぜなのか。

実写ではなく、アニメーションという枠組みの中で、詰められた表現の重なりからくるものが大きいからなんでしょうね。

すぐに何かが伝わる時代でなかったから、すぐに何かが出来る時代じゃなかったから。

様々な今じゃないを乗り越えた本質的な美しい感情と人間同士の関係性の交錯、失ってしまったものを取り戻す良いきっかけになるんじゃないでしょうか。

では。

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余談ですがビジュアルブックも出たようで、こちらも気になるところではあります。

海がきこえる THE VISUAL COLLECTION