賛否両論の問題作『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』 (original) (raw)

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慌ただしい日常から一瞬で別世界へと誘ってくれる映画。毎月たくさんの作品が世に送り出される中で、BRUDERの読者にぜひ観てほしい良作を映画ライターの圷 滋夫(あくつしげお)さんに選んでいただきました。

『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』/ 10月11日公開

2019年のベネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞、翌年のアカデミー賞では主演男優賞を受賞し、世界中に衝撃を与え社会現象となったトッド・フィリップス監督の『ジョーカー』。ラストシーンで主人公のアーサー(ホアキン・フェニックス)は、鳴り響くクリームの名曲「ホワイト・ルーム」が指し示すかのように、閉鎖病棟を思わせる白い部屋から脱走を図ります。

続編となる『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』は、閉鎖病棟に収監されているアーサーの描写から始まり、彼の“その後”が描かれています(まず、前作よりさらに痩せ細ったアーサーの姿に驚かされるでしょう)。本作には監督、主演をはじめ、脚本、撮影、編集、音楽など、前作の主要スタッフが再び集結しています。

タイトルの“フォリ・ア・ドゥ”とはフランス語で「二人の狂気」、つまり「同じ狂気や妄想を共有する二人の人物」という意味で、本作はラブストーリーになっています。アーサーは「僕はもう一人じゃない」と初めて思わせてくれたリー(レディー・ガガ)と出会い、惹かれ合います。しかし、リーにはどこか謎めいた雰囲気が漂い、愛の対象がジョーカーだということが、黒い影のようにアーサーに付きまとうことになるのです。

同時に本作はアーサーが前作で犯した重大な罪にどんな罰が下されるかを裁く法廷劇でもあります。裁判の焦点は、アーサーがジョーカーという別人格と共存する精神疾患(解離性同一障害)かどうかに絞られ、彼の幼少期の体験や母親との関係が掘り下げられています。これは前作で明かされた「ジョーカーはどのように生まれたのか?」という謎解きの答えの、さらなる追求でもあります。法廷劇の展開はやや躍動感に欠ける部分もありますが、それでも終盤にはまさかの衝撃が待ち受けています。

二人の愛と裁判の行方が並行して描かれる中で、重要な役割を果たすのが音楽です。アーサーとリーは、音楽療法のプログラムに同席して出会います。二人はその後(多くはアーサーの妄想の中で)、心情を歌に託して何度も歌います。その歌詞は物語や二人の想いに寄り添うように流れ、時には歌の中で性別が変わったり、本作を背景とした文脈によって全く別の意味に聴こえたり、会話の中で提示された疑問が解かれることもあります。その巧妙な音楽の使い方に思わず唸らされます。

ホアキン・フェニックスは決して歌は上手くはないですが、ハスキーな声に味があり、心情が率直に伝わり胸を打ちます(日本で言えば今は亡き原田芳雄や松田優作のような存在でしょうか)。特に、精神の病に苦しみながら愛を歌い続け亡くなったダニエル・ジョンストン「True Love Will Find You in the End(最後には本当の愛に出会える)」をひねりなく歌い上げたのは、監督とホアキンがそこに真実を見出したからでしょう。一方、レディー・ガガは現実の場面では抑え気味に歌い、アーサーの妄想の中では圧倒的なパフォーマンスで歌い上げるという、見事な歌い分けを披露しており、エンタテイナーとしての力量はさすがとしか言いようがありません。

先ほど「音楽が重要」と書きましたが、実は個人的に最も心を揺さぶられたのは、アーサーがリーに「もっとちゃんと話をしよう」とかけた何気ない言葉です。前作と本作を通じて、誰も気に留めなかった事件前のアーサーの人生を知れば、このシンプルな言葉が、実は彼にとって切実で、孤独な魂の叫びだと分かるでしょう。深い孤独と、ジョーカーを象徴する口角を無理やり上げた笑顔の裏に隠された哀しみが全編にわたって通奏低音のように響くことで、気に障る引きつった笑いや突き動かされたような怒り、人の命を奪う爆発的な狂気と、虚構のカリスマに心酔する大衆の空虚な狂騒のすべてが名付けようもない感情の黒い塊となって、観る者の胸の奥深くに沈澱していくのです。

最後に、映画の冒頭について。本作には物語のプロローグとして短いアニメーションが映し出されます。ジョーカーとその影が繰り広げるドタバタ喜劇のエピソードで、自由に動きまわる影は別人格を象徴しています。また、廊下に貼られた50年代のミュージカル映画のポスターや、楽屋の鏡に書かれた前作でも印象的だった言葉の落書き、演奏されるバート・バカラックの楽曲、耳に残るアーサーのギャグの常套句など、その後の本編に関連するさまざまな要素が伏線として提示される大切な導入部です。軽快で楽しい雰囲気に流されずに、注意深くしっかりと記憶に留めておけば、作品をより堪能できるはずです。

本作は先月開催されたベネチア国際映画祭でのプレミア上映や先週から一般公開が始まった世界各地で、賛否両論の物議を醸しています。一つ言えるのは、本作はラブストーリーや法廷劇、ミュージカル、アメコミ映画でありながら、それらのジャンルを軽々と超えた、世界の残酷さを前に狂気を生み出さざるを得なかった男の、深淵な人間ドラマだということです。読者の皆さんには、まず前作『ジョーカー』を観てから(すでに観た人もぜひもう一度!)劇場に足を運び、自分の目と耳でその真偽を確かめてください。

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『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』https://wwws.warnerbros.co.jp/jokermovie/

圷 滋夫(あくつ・しげお)/映画・音楽ライター

映画配給会社に20年以上勤務して宣伝を担当。その後フリーランスになり主に映画と音楽のライターとして活動。鑑賞マニアで映画とライブの他に、演劇や落語、現代美術、コンテンポラリーダンス、サッカーなどにも通じている。

Edit : Yu Sakamoto