中国・計画出産関連機構の撤廃、出産自由化か (original) (raw)

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世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」

中国・計画出産関連機構の撤廃、出産自由化か

9400万人が超過出産を監視

中国は一人っ子政策を転換したが、出生人口減少に歯止めはかかっていない

中国は一人っ子政策を転換したが、出生人口減少に歯止めはかかっていない

中国は1980年代初頭から1組の夫婦に子供を1人に限定する“独生子女政策(一人っ子政策)”を30年以上にわたって継続してきたが、少子化の進行を懸念して政策転換を行い、2016年1月1日から1組の夫婦に子供を2人まで容認する“全面二孩政策(全面二人っ子政策)”に舵を切った。しかし、2016年の出生人口は1786万人と前年比131万人の増大を示したものの、その効果はわずか1年間しか持続せず、翌2017年の出生人口は1723万人と前年比で63万人減少した。2018年の出生人口はさらに減少することが予想され、何らかの方策で歯止めを掛けない限り、出生人口の減少は今後も継続するものと考えられている。

9月10日、中国政府“国務院”は、“国家衛生和計劃生育委員会(国家衛生・計画出産委員会)”に21ある内部機構のうち計画出産に関連する3機構を撤廃すると発表した。撤廃されるのは、“計劃生育基層指導司(計画出産末端指導局)”、“計劃生育家庭発展司(計画出産家庭発展局)”、“流動人口計劃生育服務管理司(流動人口計劃出産サービス管理局)”の3機構である。上述したように、出生人口の減少が深刻な問題となっている状況下で、計画出産関連の3機構が撤廃されることは何を意味するのか。

人々は現在の“全面二孩政策”から待望の出産自由化へ移行するための準備段階に入ったものと考えたが、たとえ中央政府の計画出産関連機構が撤廃されようとも、地方政府の計画出産関連機構が撤廃される動きはなく、それらは依然として存続される模様である。メディアの記者が、この点を四川省“成都市”の「衛生・計画出産委員会」に打診したところ、彼らの回答は、「確かに第2子までの出産は自由化されたが、第3子や第4子の出産が自由化された訳ではないので、現時点で計画出産関連の機構が撤廃される予定はない。それは中央政府が撤廃を決めただけで、地方政府とは関係ない」とのことだった。

前述したように、中国の一人っ子政策は1980年代初頭に始まったが、これと並行する形で1980年5月に設立されたのが全国的な非営利団体(NPO)の“中国計劃育成協会(中国計画出産協会)”であった。同協会は人々に計画出産と受胎調節を提唱することを目的として設立されたものであるが、建前は「政府の支配に属さない」ことを前提とするNPOだが、それは中国式NPOで、実態は国家衛生・計画委員会(旧:国家計画出産委員会)の計画出産関連機構の下部組織であると言って良い。

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中国計画出産協会(本部:北京市)が2018年5月に公式サイト上に示した組織図には次の内容が記載されていた。すなわち、傘下の協会数は91万3593カ所ある。その内訳は、省級レベル:31カ所、“地級(市級レベル)”:390カ所、県級レベル:3324カ所、郷級レベル:5万2444カ所、村落協会:74万7122カ所、事業組織:9万9158カ所、企業および流動人口協会:1万1124カ所。現時点における全国の総会員数は9400万人である。

2017年末時点における中国の総人口は13.9億人であるから、9400万人は総人口の6.8%に相当する。総人口から16歳未満の人口(2.5億人)を除けば11.4億人であるから、9400万人は11.4億人の8.2%になり、16歳以上の国民の12.2人に1人が計画出産委員会の会員であるという計算になる。

過去30年以上にわたって、彼らは住民に受胎調節の方法を指導する傍ら、常に住民を監視し、超過出産の可能性があれば強制的に堕胎させて来た。そして、夫婦が第2子を出産すれば、超過出産として摘発し、その報告を受けた地方政府は当該夫婦に超過出産の罰金を科してきたのである。2016年1月1日からは「二人っ子政策」に転換したことから、第2子出産までは自由化されたが、第3子以上は依然として超過出産となるので、これを摘発するのが計画出産協会の会員である彼らの役目なのである。

夫婦が超過出産した場合の罰金

それでは、夫婦が超過出産した場合の罰金とは何なのか、またその金額はどれ程なのか。一人っ子政策が始まった1980年代初頭には、1人以上の子供を出産した場合に支払いを要求されるのは“超産罰款(超過出産罰金)”であった。それが1992年に“計劃外生育費(計画外出産費)”に改称された。しかし、1996年に『行政処罰法』が制定されると、計画外出産に対して罰金を科すことは禁止されたが、計画外出産費の徴収は公式に可能となった。2000年3月に中国共産党と国務院は連名で『人口と計画出産の任務を強化して、低出産率を安定的に維持することに関する決定』を公布した。そこには下記の内容が明記されていた。

計画出産政策に違反した家庭に対しては、“社会撫養費(社会扶養費)”を徴収して必要な経済的制約を与える。社会扶養費の徴収基準は、各省、自治区、直轄市で統一的に制定するものとし、徴収した社会扶養費は国家財政へ上納する。

なお、社会扶養費とは、自然資源の利用を調節し、環境を保護するために、政府の公共社会事業に投入される経費を適宜補填する費用と定義されるが、これはあくまで建前で、実態は超過出産の罰金である。上記の『決定』が公布された後に、「計画外出産費」は「社会扶養費」に改称され、2001年に制定された『人口と計画出産法』にも社会扶養費は明確に規定された。また、2001年に公布された『社会扶養費徴収管理規則』には、明確に「計画外で子供を出産した国民に対して社会扶養費を徴収する。社会扶養費の徴収基準を決定する権限を省政府に与え、それを直接徴収する権限を下部の“郷(鎮)人民政府”あるいは“街道辦事処(区政府出張所)”にまで与える」と記載された。

要するに、一人っ子政策に違反して2人以上の子供を出産した家庭から社会扶養費と名前を変えた超過出産の罰金を徴収することを法律で規定し、中央政府は社会扶養費の徴収基準を決定する権限を各一級行政区(省・自治区・直轄市)政府に与え、その社会扶養費を直接徴収する権限を市・県・郷・鎮の各政府に与えたのである。

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社会扶養費の徴収基準

前述の通り、社会扶養費の徴収基準は各一級行政区政府が決定するので、全国的な統一基準はなく、一級行政区毎に異なる。広東省が2002年9月1日から実施した『広東省人口と計画出産条例』第55条の規定を翻訳すると以下の通り。

(1)都市住民で子供1人を超過出産した場合には、夫婦双方に対し、地元の県(市、区)の前年における都市住民1人当たり平均の可処分所得額を基準値として、一括で3倍から6倍の社会扶養費を徴収する。本人の前年における実際の収入が地元の前年における都市住民1人当たり平均の可処分所得よりも高い場合は、超過部分に対しては1倍以上2倍以下の社会扶養費を追加徴収する。超過出産した子供が2人以上であれば、子供1人を超過出産した場合の社会扶養費を基準値として、子供数を掛けた金額を社会扶養費として徴収する。

(2)農村住民で子供1人を超過出産した場合には、夫婦双方に対し、地元の郷、民族郷、鎮の前年における農民1人当たり平均の純収入額を基準値として、一括で3倍から6倍の社会扶養費を徴収する。本人の前年における実際の収入が地元の郷、民族郷、鎮の農民の前年における農民1人当たり平均の純収入よりも高い場合は、超過部分に対して1倍以上2倍以下の社会扶養費を追加徴収する。

(3)出産間隔(4年間)が不十分で出産した場合は、本条第(1)項あるいは第(2)項規定の計算基準値に基づき、1倍以上2倍以下の社会扶養費を徴収する。

(4)未婚で1人目の子供を出産した場合は、本条第(1)項あるいは第(2)項規定の計算基準値に基づき、2倍の社会扶養費を徴収する。未婚で出産した子供が2人以上の場合は、本条第(1)項あるいは第(2)項規定の計算基準値に基づき、3倍以上6倍以下の社会扶養費を徴収する。重婚で出産した場合は、本条第(1)項あるいは第(2)項規定の計算基準値に基づき、6倍から9倍の社会扶養費を徴収する。

これを2004年の広東省“広州市”に当てはめてみると、超過出産で2人目の子供を出産した都市部と農村部の夫婦が徴収される社会扶養費は以下のような金額となる。

【都市部の夫婦】
A) 2003年の都市部住民1人当たり平均可処分所得:1万5003元
B) 徴収される社会扶養費:(A×3倍)4万5009元 ~(A×6倍)9万0018元
C) 夫婦2人の合計:(3倍)9万0018元 ~ (6倍)18万0036元

【農村部の夫婦】
a) 2003年の農村部住民1人当たり平均の純収入:6130元
b) 徴収される社会扶養費:(a×3倍)1万8390元 ~ (a×6倍)3万6780元
c) 夫婦2人の合計:(3倍)3万6780元 ~ (6倍)7万3560元

上記から分かるように、いずれの場合も夫婦2人が年収の3倍から6倍の金額を社会扶養費として徴収されては、よほど裕福な家庭でないと生活に困窮することは間違いない。

それを覚悟しても子供(特に跡継ぎとなる男児)が欲しい夫婦は、2人目の子供を得るために生活を犠牲にして過大な社会扶養費を支払って来たのである。

広東省衛生・計画出産委員会が2013年12月4日に発表した、2012年における広東省の社会扶養費徴収額は14.56億元(約240億円)であった。また、この時までに社会扶養費の徴収額を公表していた24の一級行政区合計の徴収総額は200億元(約3300億円)近い金額であり、その中の最高は江西省の33.86億元(約559億円)であり、最低は青海省の350万元(約5775万円)であった。

続きを読む 巨額な社会扶養費はどこに?

中国の超過出産に関する社会学の研究論文には、1980年から2010年までの30年間に、中国の超過出産で生れた人口は3億人を上回ったと書かれている。この数字が正しいとして、超過出産1人につき社会扶養費が1万元(約16.7万円)支払われたとすれば、その総額は「3億人×1万元」で、3兆元(約49.5兆円)となる。3億人という数字も正確かどうかは不明ながら、子供1人当たり1万元というのは極めて保守的な数字であり、上述した24の一般行政区の徴収総額から考えても、実際の金額は莫大なものと思われる。

巨額な社会扶養費はどこに?

ところで、これら巨額な社会扶養費はどこに消えたのか。全てが国家財政へ上納されたのか。2009年4月下旬発行の雑誌『半月談』に掲載された記事には次のような話が報じられていた。すなわち、某地区の“郷”に所在する「計画出産事務所」には職員が6人いるが、その業務経費は毎年50~60万元(約825~990万円)以上に上っている。当該事務所は業務に使用する目的で⼩型乗⽤⾞を1台所有していたが、業務用とは名ばかりで、周辺地域の巡回に使われることはほとんどなく、もっぱら事務所主任の専用車として使われ、その経費だけで年間3万元(約50万円)を費やしていた。

2009年当時における中国の物価水準から考えると、北京市や上海市のような大都市の職員年収が3~4万元(約50~66万円)であるから、地方の郷では年収が2万元(約33万円)程度だったと思われる。従い、6人いる職員の合計年収は多く見積もっても15万元(約250万円)で十分なはずで、彼らの給与を含めても年間の業務経費が50~60万元になるはずがなく、どう考えても当該計画出産事務所は経費の無駄遣いを行っていたものと考えられる。

こうした計画出産事務所は上述した中国計画出産協会の傘下であり、彼らの運営費は超過出産の罰金として徴収された社会扶養費によりまかなわれているものと思われる。上述したように30年間の社会扶養費の総計が3兆元なら、この3兆元は中国計画出産協会に属する9400万人の会員によって食い潰された可能性が高い。2016年1月1日から始まった二人っ子政策によって、中国計画出産協会傘下の協会や会員の業務は3人目以上の超過出産に対する監視および取締りとなり、彼らの業務は大幅に減少したはずである。

今後、中国政府が出産の自由化に舵を切ることになれば、中国計画出産協会は解散を余儀なくされるだろうが、その傘下の91万3593カ所ある協会とそこに連なる9400万人の会員は仕事を失い、路頭に迷うことになる。9400万人の会員のうち専従者がどれほどいるかは不明だが、恐らく5000万人近い人々が失業するものと思われる。中国政府が容易には出産自由化に踏み切れない理由はここにあるが、人間が営む出産という自然の摂理を人為的に抑制した付けを、中国政府が清算する日はそう遠くない将来に到来するはずである。

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