IT企業「農業ビジネスで人生充実」の大真面目 (original) (raw)

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ニッポン農業生き残りのヒント

セラクが目指す1次産業の流通改革

IT活用で農業の流通革命を目指すセラクの宮崎龍己社長(東京都新宿区)

IT活用で農業の流通革命を目指すセラクの宮崎龍己社長(東京都新宿区)

農業の世界で情報化に向けた地殻変動が始まったと言ってもけして大げさではないだろう。大手メーカーからベンチャー企業にいたるまで、栽培環境や農作業を「見える化」するためのサービスを次々に開発し、それを利用する生産者も着実に増えている。東証1部上場のIT企業のセラクが2016年から本格販売している遠隔モニタリングシステムの「みどりクラウド」もその1つだ。今年1月で導入件数はすでに1150件に達している。

みどりクラウドは、温室内にセンサーを設置し、栽培環境を自動で計測するシステムだ。温度や湿度、日射量、CO2、土壌水分などを2分おきに測り、クラウドにデータを送信する。データはカラーのグラフなどの見やすい形に加工され、生産者はそれをリアルタイムで自分のスマホやタブレットで確認することができる。

栽培環境の異常を検知することができるのも特徴の1つ。気温や湿度、CO2濃度などで上下限を設定しておけば、環境の急変などで正常値の範囲を超えたときに警報を発し、生産者に異変を知らせる。センサーが壊れたりして、温室内の環境を正しく計測できなくなったときも警報を出す。

カメラ機能をつけたのは、農家目線で開発した結果だ。いくらデータで示されてもそれだけでは満足できず、実際の状態を目で確認したいと思うのが農家の常。使い方は様々で、温室内の全体を見渡せるように画像を撮る人もいれば、植物の状態を定点観測する人もいる。天窓が開いているかどうかを確認するために画像情報を利用している農家もいる。セラクは一連のシステムを開発するため、約100人のモニター農家から意見を聞いた。

こう書いてくると、「そういうシステムは他にもありそうだ」と思う読者が多いだろう。ここでみどりクラウドの特色に触れておくと、「使える機能を絞った」という点にある。セラクによると、「ITでできることは大きく分けて4つある」という。計測と記録と、それをもとにした判断と環境制御だ。このうち、同社のサービスは計測と記録にほぼ絞った。「判断と制御にまで踏み込むとシステムが複雑になり、高価になってしまう」と考えたからだ。つまり、みどりクラウドは「農作業」はしない。

セラクの「みどりクラウド」のセンサーボックス(東京都新宿区)

セラクの「みどりクラウド」のセンサーボックス(東京都新宿区)

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先端技術でなくてもいい

ここでも、読者の評価は分かれるかもしれない。どうせITなどの先端技術を使うなら、「完全自動」を目指すべきだと考える人もいると思われるからだ。だが、筆者はむしろ、農業のIT化はどこまでを自動化し、どこから先を農家に委ねるかの線引きが現時点では大事だと思っている。

もっと言えば、何も先端技術である必要もない。例えば、セラクの担当者はみどりクラウドで使うコンピューターボードについて「他産業で使われている枯れた技術」と説明する。「枯れている」からと言って、機能に問題があるわけではない。追求したのは、値段を安くすることだ。コンピューターボードについては「ゼロから作れば1万円かかるものを、3000円くらいで済ませた」という。セラクがサービス料金を低く抑えた背景にはもっと中期的な戦略があるのだが、それはトップインタビューの中で触れよう。

話を戻そう。どこまで自動化するか線引きが必要と書いた理由は2つある。1つは、農業はとかく補助金が出るため、機器が過剰スペックになりやすいという傾向があるからだ。その結果、必ずしも必要のない機能が増え、農業機械の値段が跳ね上がってきた。もう1つは、遠い将来の完全自動化を視野に入れるとしても、当面は「人のノウハウの向上」に依存せざるを得ない部分が栽培で相当残る。それが農業のリアルな現実だ。

もちろん、引くべき線は1本ではない。連載で何回か取り上げたルートレック・ネットワークス(川崎市)の自動灌水システム「ゼロアグリ」のように、AI(人工知能)を使って水やりを制御するシステムもある。だが一方で、栽培環境をグラフなどでビジュアルに見ることができるようにするだけでも、生産者にとっては多くの「気づき」がある。肝心なのは「費用対効果」、つまりサービスの値段と成果との見合いだ。

ではセラクは、どんな発想でみどりクラウドを開発したのか。そもそもなぜ、IT企業が農業関連ビジネスに進出したのか。今回は、セラクの宮崎龍己社長へのインタビューをお伝えしたい。

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若い社員が農業に興味を持つ理由

なぜ農業関連のシステムを開発しようと思ったのですか。

宮崎 自分たちの取り組んでいる仕事はITだが、目的は社会の問題を解決することだと思ってます。まあ、ビジネスというものはみな社会の問題を解決するためのものですが、そういう考え方でいけば、今の日本にとって一番大きいのは地方問題であり、地方の人口減少や疲弊です。

そこで地方活性化や地方創生をしようとすると、1次産業の活性化や再生なしには実現することができない。地方に工場を誘致して雇用を産み出す時代はもう終わりました。そこで農業を見ると、IT化が相当遅れているし、しかも必ずIT化が起きるわけです。地方のIT化のことを考えたとき、「これからは農業だろう」というふうに大きくモチベーションが働きました。

私自身に関して言えば、田舎の出身で、母方の実家は農家でした。兼業農家で、今はもう田畑はありませんが、稲刈りなどの農作業をした経験はあります。その思いに、賛同してくれる社員が周りにいました。問題を解決し、お互いが役に立ち、会社が成長する。これほどモチベーションが働くことはありません。ただ会社が成長し、利益が出るだけでは満足できないんです。

私は61歳ですが、当社の若く優秀な研究者の中には「そういう仕事をしたい」という人が大勢います。農業にITを活かしたいと思っているんです。そういう社員たちの協力で今日までやってきました。

なぜ若い社員が農業に興味を持つのでしょう。

宮崎 生き物に関わりたいという人が増えてきてるんでしょうか。土や空や海や川、生き物。何らかの自分の能力をそういうところで活かすことで満たされる。持続可能な社会ということが世界でも言われ始めてますし、我々もビジョンの中でそういうことをうたってます。自分たちのような世代だけでなく、若い社員にもそういうふうに思っている人が多いということですね。

セラクの「みどりクラウド」で栽培向上を目指す渋谷秀夫さん。詳細は日を改めて(神奈川県藤沢市)

セラクの「みどりクラウド」で栽培向上を目指す渋谷秀夫さん。詳細は日を改めて(神奈川県藤沢市)

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目指すは、プラットフォーム作り

バブル時代はそういう価値観は希薄だったように思います。

宮崎 当時はあまりなかったですね。変わりましたね。生きることと言うか、金品とは違うもので自分の人生を満たす。生きるとはどういうことかを以前よりも考える時代になったんじゃないでしょうか。

様々な企業が農業関連ビジネスに参入しています。

宮崎 みどりクラウドの登場は、IT機器を農家に提供している先発組からすれば「とんでもない会社が出てきた。破壊者がやってきた」というふうに映ったかもしれません。1カ月の利用料は今1000円ちょっと。100分の1とまでは言いませんが、値段が断然に安いわけですから。

IT化と言ったって、年齢の高い農家が多い中で、値段の高いものを提供しても普及しません。50代くらいまでは楽に使いこなせるシステムにすると同時に、もっと年齢が上の人にも使ってもらえるようにガラケーでも使えるようにしました。ただ一番大事なのは値段の安さです。

農家の立場からすると、農業はもうかってないわけですから、ITだからと言っていくら高いサービスを提供しても応援することにはなりません。だから、我々はみどりクラウドという機器でもうけようとは思ってません。農業は人手不足が深刻になる一方、施設園芸が全国的に盛んになっています。その環境を離れた場所で計測できる仕組みを安く提供し、普及を促す。

目指しているのは、プラットフォーム作りです。みどりクラウドで毎月少しの金額を受け取ることができる仕組みを作りながら、その結果できた農家との接点を活用します。農家が今解決したいと思っているのは、自分たちの作物をもっと高く売りたいということです。流通が多段階になっているのであまりもうかっていませんが、その改善を我々がお手伝いする。

単純に分かりやすく言うと、レストランなどの実需者や消費者と農家をつなぐ。両者のマッチングです。農家は今より高く売り、消費者は安く買うことができるようになるのが理想です。そこで我々も利益の出る構造を作ることができれば、将来的にはシステムと両輪で回せるようになる。IT機器の提供で短期的な利益を追う多くの既存のものとは考え方が全然違います。

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生産履歴のデータがインフラ

生産者と消費者をネットでつなぐサービスはすでにあります。

宮崎 既存のサービスとどう違いを出し、役に立つものを作れるかです。無農薬や有機栽培で売り先を広げているサービスがすでにありますが、我々はそこに特化した流通のマッチングをしようとは思っていません。

我々にあるのは、生産履歴のデータです。それがインフラとしてあります。そういう情報を利用すれば、「生産者の顔が見える」など特徴を出すことができるはずです。誰がどういう思いを込め、どんな場所で、どうやって作り、最終製品になったのかを含めた情報を「物語」として付けて売りたいと思ってます。農場の画像情報も活かせるかもしれません。そうやってブランディングした商品を消費者に届けることができたらいいと思ってます。


今回の内容は、語り手が誰かによって受け止め方が大きく異なるだろう。もし若いベンチャー企業の経営者の発言なら、独創的なアイデアで投資家を募るプレゼンテーションに聞こえるかもしれない。

だが、セラクは1987年が設立の30年の歴史がある企業で、しかも2017年には東証1部に株式を上場している。宮崎社長が「社会の問題解決」と「会社の成長」の両立を強調しているように、中長期的な経営判断を踏まえ、農業関連ビジネスの追求にゴーサインを出した。

ちなみに、流通への進出は飛躍があるように見えるかもしれないが、必ずしも突飛な戦略ではない。農業の世界では農薬や肥料の販売会社が栽培指導を通して農産物を買い取り、卸や小売りに売るケースは珍しくない。それを制度的に大々的にやっているのが農協だ。セラクの場合は資材ではなく、「情報」を結び目にネットワークを作ろうとしている点で新しいが、経済全体がネットの登場で変革を起こしていることを考えれば、当然の動きだろう。

今回はここまで。ただし、サービスを提供する側の声だけを紹介して終わるのは、この連載の本意ではない。日を改めて、みどりクラウドを活用している生産者の「率直な声」もお届けしたいと思う。

砂上の飽食ニッポン、「三人に一人が餓死」の明日 三つのキーワードから読み解く「異端の農業再興論」

これは「誰かの課題」ではない。
今、日本に生きる「私たちの課題」だ。

【小泉進次郎】「負けて勝つ」農政改革の真相 【植物工場3.0】「赤字六割の悪夢」越え、大躍進へ 【異企業参入】「お試し」の苦い教訓と成功の要件

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