【15〜ハワイ🇺🇸前世旅① 】楽園のスピリチュアル旅 (original) (raw)

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▶︎ハワイのアロハ💓スピリットに出逢うまでの道

キラウエア火山の溶岩流で埋まってしまったヒロ側の海岸線

様々な場所にいざなわれるのが人生だとしたら、どんなきっかけだったとしても最初に訪れた場所って、結構人生に大きな影響を与えるのかもしれない。

・家族と行った夏の海

・一人旅で自分と向き合った小さな島

・女子旅で行った神社仏閣

・彼氏や彼女と行ったスキーリゾート

などなど様々なケースがあると思うけれど、わたしの場合は、その後の人生において大きな影響を与えた旅は2つ。

・高校生の頃の一人夜行列車の旅

・ひょんなきっかけで行けたハワイの島々

▶︎ 夜行列車で朝陽を見たい!

高校生の頃、家は田んぼのど真ん中の里山だけれど、冬の間だけブラバン吹奏楽部の朝練の為に高校がある街のアパート(母の実家経営の一室)に親から住まわせてもらっていた。

そんな冬のある日の夜、趣味だった?笑

JRの分厚い全国版の時刻表を眺めていたら、急に「あ〜常磐線に乗って太平洋から登る真っ赤な朝陽🌅を見てみてみたいなぁ〜」

と思ったら、とにかくそれを見たくなって眠気も飛んでしまった。

お小遣いが入っている小さなお財布の中身をみたら、

「うふふ、このお金があれば、逗子のおじさんちまで行けるわ!」

と夜行列車に乗るために、冬の暗い街中を通学用自転車🚲で駅まで走って行った...(笑)財布の他何を持っていたのか、どんな格好だったのかも全く記憶がない。

この行動パターンって、前世で何回も経験していた中東の遊牧民の記憶のなせるワザなのかもしれない(笑)

とにかく移動が好き😊

今思い出すと、とにかく夜道や夜行列車が怖いとかという気持ちが全くなかったのと、どうして夜行列車に乗れば朝陽が見えるというにを知っていたんだろう?

東京駅から横須賀線に乗り、逗子駅からバスに乗っておじさんちに着いてから両親に電話したら、怒られて、その日のうちに父が迎えに来た... けれど、実はその後ももう1回同じことをした時は、「自分で帰って来なさい」で終わり。

この時は恐らく16〜17歳だったと思う。今のような携帯時代とはかけ離れた時代。

我ながら行動力があり過ぎた高校生⁉︎ (苦笑) 後年このパターンで海外にも出掛けて行くようになり、父からは

「もう好きなようにどこへでも行って」 笑

今思うに、当時から閃きは降りていたんだなぁ、ということ(苦笑)

ちなみに、念願かなって東京の美大生になった時のお気に入りのバイトは、外人観光バスの通訳ガイドのアシスタント。

片言の英語で、英語ガイドさんのお手伝いで人数を数えたり、バス🚌内の掃除ととか。有名観光地にも行けて楽しいバイトだったなぁ〜^^

▶︎ 最初の海外は、バイトでハワイの島々へ!

そんなわたしの大きな次の転機は、20 代半ば前、美大を出て勤めていたTV局のデザイン室を「才能がないので辞めよう」とやめて、何か海外がらみのキャリアをつくりたいと思いながら、アルバイトで何とか生きていた時代

「ある有名ラジオパーソナリティの人のハワイツアーがあるけれどスタッフが足りないので、行ってみない?」

と先輩から声をかけられた。

間髪入れずに、

「行きます!行きます!」

と即答して、当時はまだパスポートをもっていなかったので、大急ぎでパスポートを取り、

「一人でコツコツ勉強していた英語を使うチャンスがやってきたわ!」

このツアーは、その有名男性パーソナリティのファンの方々のツアーで、ワイキキのあるオアフ島とカウアイ島、マウイ島を周った記憶がある。

このツアーですっかりハワイの魅力〜南国の青い空とビーチにハマり、「海外がらみのキャリア云々」という目標もちょっとどこかに置いて、お金が貯まったらハワイへというお気楽な生活を2〜3年続けていた。

当時、ハワイのママと呼んでいた日本女性の家にホームステイさせてもらい1カ月程ホノルルのカイムキの住宅地に暮らしたこともある。⇨ 毎日ビーチとワイキキをぶらぶら😅 ハワイっていうだけで、テンションMAXだった若き日々。

温泉が湧き出る美しい湾もキラウエア火山の溶岩流で埋まってしまった

この時期は、ハワイの古代の歴史とかスピリチュアルにも全く関心もなく、ただ楽しんでいただけ。⇦ フツーのハワイ好き(苦笑)

この流れで、帰国後、湘南の海でマイボードも買ってウィンドサーフィンを楽しんでいたこともあった遊び盛りの20 代(笑) ⇨ この後、トルコとのご縁が生まれ、ビジネスの方が遊ぶよりずっと楽しかったので、お気楽遊び時代は卒業!

トルコとのビジネスに関わっている間もハワイにも惹かれるものがあり、夫と共に主にハワイ島へよく通っていた。

カハラの素敵なコロニアル風インテリア

ワイ島では不思議なエネルギーが画像に写り込むことも多々あったので、きっとハワイでの前世もあったのだろうなぁ〜て思っていたけれど、何故かリーディングは最近までしていなかった。

ワイ島ヒロ側のホテルで素晴らしい夕焼けに遭遇

ワイ島には特別なエネルギーに満ちているパワースポットが何ヶ所もあり、その中でも最大のパワースポットは、聖なる山、マウナケア。

▶︎ マウナケア山とネイティブ・ハワイアンの聖地

ハワイアンの聖地でもあるハワイ島マウナケア山は、ハワイ語でマウナケアとは「白い山」の意味で、冬には雪が降り「白い山」となる。ハワイ諸島の最高峰で標高4,205メートル。富士山より高いが、山頂まで車で行ける。

天体観測所の右側小山にネイティブ・ハワイアンの聖地がある

その山頂には、世界各国の天体観測施設があり、日本の昴望遠鏡もそこにあるが、実はそこはネイティブ・ハワイアンが特別なパワーがあると崇めている聖地でもある。

山頂の天体観測エリアから少し離れた小山エリアがネイティブ・ハワイアンの聖地だけれどもハワイアン以外は足を踏み入れることができない。

わたしは、ハワイで聖地を訪れる時は、スーパーのレイ売り場でピンとくる色合いのレイを用意して、《 お参りさせていただいたことへの感謝 》の気持ちとして聖地にレイを捧げる。

でも、残念なことにマウナケアの聖地には外国人は入れないので、山頂に行く途中にある体の高度調整をするためのオニズカセンター(チャレンジャー事故で亡くなった日系の宇宙飛行士オニズカ氏のお名前から)に停車した際に、

そこから1〜2分のところに聖地に入れない人用の祠があると聞き、そこでお参りさせていただきレイを捧げてきました。

ネイティブ・ハワイアンの祠

マウナケア山頂は空気が薄いので軽い高山病みたいにちょっとふらっとしたりするので、帰りのバスの中ではみんな爆睡になる。

でも、わたしは標高が上がり始めると、いつもあくび🥱が出始めるので

「あっ、体の調整が始まったのね」

山頂でも全くふらふらしないし問題は全くなし。かえって体の大きい夫の方がちょっと不安定になる。

山頂まで自家用車でも行けるけれど、高度過ぎて運転に支障がでたら怖いので、我が家はいつもツアーに入って行く。

そんなツアーの帰路で私みたいに起きている人に出逢ったことはない。みんな高標高疲れか爆睡しているのがいつものパターン^^;

また、マウナケアは、あまりの星空の美しさから「宇宙に一番近い場所」と言われているみたいだけれど、実は今暮らしている東北の里山の夜空もマウナケアに負けないほど素晴らしいと暮らし始めてから気づいた。

わたしの座右の銘の一つは、人生は「ひょんなきっかけ」!

当時は、円が今よりずっと安くて、LCCも飛んでおらず、海外旅行は今よりずっとハードルが高かった時代、先輩が私を思い出してくれ声をかけてくれたことでハワイの島々を周れたことに感謝!

こんな出来事も人生の「ひょんなきっかけ」 この先輩からは、今思うと超簡単アルバイトで旅行グループを取り敢えずエジプトのカイロ空港まで連れ行くとかの美味しいバイト話しを何回かいただけて本当に有り難かったですね^^

自分の夢に向かってリスクをとり、もがきながらも動いていると、いつの時代でも「ひょんなきっかけ」は、突然目の前に現れるということです^^

楽園ハワイのお話しは、次に続きます

これからの投稿予定は、カテゴリーをご覧くださいね。閃いた時に追記しています。