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鼠と伝統工芸~輪島塗とドブネズミの歌

2024年 09月 22日

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少し前から、先の地震の被災地であることもあって「輪島塗り」のことが気になっていて、検索して以下のサイトを見つけて記事を読んだ。

(このときチコが捕獲してきたのは、農地の中の傾斜地に出て来ていたハツカネズミでドブネズミではない。)

"輪島塗の蒔絵の行程(器に漆を塗る)使う筆にクマネズミの毛を使ったものが使われてきたが、その材料の毛は、葦原のような自然の中で育ったクマネズミの毛しか使えない。自然環境の変化の影響を受け、平成元年頃からクマネズミの毛の入手が困難になり、筆がつくれなくなってきている。現代でも、クマネズミそのものは都会でも繁殖しているが、都会で生活しているコンクリートの間を走り回るために毛先の先端の「水毛」と言われる部分が痛んでいるため使えない。"

ちなみに蒔絵ではなく、漆自体を塗る刷毛には、人毛としての髪の毛が使われるのも有名な話で、学生時代、私は、そっち方面の人から髪の毛の束が「直径3cm以上、長さ30cm以上だったら売れるけど、君のは使えるね」と言われた記憶があるが、まあ、本気で売り先は探さなかった。からかわれたのだろうとは思っている。

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ネズミの話なら、チコもそうだったけれど、私の専門分野の一つだって思って興味を持った。

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中でも細く長い線を描く筆には、ねずみの毛が使われています。
ねずみの中でも、特に米を輸送する船にいるねずみ、または、琵琶湖の葦の生えているところに住んでいるねずみ、の毛が一番良いらしいです。なぜなら、コンクリートなどの硬い地面をはい回るねずみの毛は毛先が擦れてしまっていて、船の中や葦の生えているような湿地に生息しているねずみは毛先が痛んでいないから、なのだそうです。
漆は粘度が高いので、細く長い線をひくのは、途中で漆が擦れたり途切れたりしてなかなか難しいのですが、毛先が擦れていないねずみの毛には毛先に「水毛」が残っていて、水毛は適度に漆を含むので、途中で擦れずに細く長い線を引けるのです。

質問
京都でネズミの毛を使った筆を製作していると聞いたが,どんなものか知りたい。

回答
筆先にネズミの毛を用いた筆を“根朱(ねじ)筆”と呼びます。漆器に蒔絵を施す際に使用される,蒔絵筆の1つです。根朱筆の筆先の材料には,クマネズミの背中の毛が適しています。粘性の強い漆で細い線を描くには,毛足の長さや腰の強さが必要なためです。以前は滋賀県の琵琶湖畔にいるクマネズミの毛を使用していたのですが,近年では原料の入手が極めて困難な状況です。【資料2~7】
江戸期の京都地誌『明和新増京羽二重大全』には,“蒔絵筆 村田九郎兵衛”とあります。代々村田九郎兵衛を名乗り,八代目・村田繁三氏,九代目・村田重行氏にその技術が受け継がれました。
無形文化財である漆芸の製作や修繕には欠かせない特殊な筆の製作技術者として,村田繁三氏は昭和62年(1987)に,村田重行氏は平成22年(2010)に,国が指定する「蒔絵筆製作」の選定保存技術の保持者に認定されました。【資料1・5~10】【ウェブサイト1】

いくつかの書籍が参照資料としてここで提示されていたが、さてこういうのは生物学的なアプローチで検証されているか、確認が必要だと思った。最初に感じた違和感は、まず「クマネズミの背中側の体毛」を使うような記述があるが、輪島塗のクマネズミの毛の筆で検索して、いくつか画像で「クマネズミの毛を用いた筆」を確認したのだが、クマネズミの体毛がそのような筆に使えるほど十分な長さがあるかということだ。どれだけ体躯の大きなネズミを使うのか。そりゃ、マックス級、超レア個体でも無理なんじゃないかっていう部分だ。

もう一点、頼りにしている産地の環境が芦原ということであれば、wetlandなのだが、もともとクマネズミは原初的には森林性だ。それで日本家屋にはいりこんで、立体空間利用に長けたところで、うまく適応したわけだ。本来森林のあった場所に人が入り込んできて切り開いて水田を作り、人が住み始めた故に、人家も含めてそこに住み着いた日本の古くから生息していた。元々「クマネズミ」は複数の種からなる種複合体 the Rattus rattus species complex だ。_Rattus tanezumi_(2n=42)とそれより日本に侵入した時代が後にずれるインド地域が起源の _R. rattus_(2n=38)からなる。前者がいわゆる先行して史前移入種として入り込んできた「田鼠」だ。

元は森林性だが、奄美大島の個体群は、人家侵入もしているが、原初的な森林性の生息場所を基本としている。半樹上性のまま暮らしているので樹上営巣なども普通にやってる。ケナガネズミやトゲネズミの調査のために森林内にセンサーカメラトラップを仕掛けると、クマネズミの方が圧倒的に常在度、生息密度が高いのが普通だ。

それで最初に考えたのは、クマネズミであれば、伝統的な技法に使われた種であるなら、Rattus tanezumiなのじゃないかなということ。それなら奄美大島に捕獲に行けば、手に入るのか。

以下の論文に、遺伝子解析の結果、日本のクマネズミの地域個体群がどのように二種に分けられるのかを分析したものだ。日本のネズミの分類学的なしごとに関しては、解析用の試料サンプリングに多くの研究者が寄与している。名前を見て、ああ、と思う名前も載っている。

神戸 嘉一, 鈴木 莊介, 矢部 辰男, 中田 勝士, 前園 泰徳, 阿部 愼太郎, 石田 健, 谷川 力, 橋本 琢磨, 武田 美加子, 土屋 公幸, 吉松 組子, 鈴木 仁 (2013) Mc1r変異に基づくクマネズミ外来系統の日本列島における移入と浸透交雑の把握. 哺乳類科学. 53(2)

クマネズミであれば、チコがお隣のニワトリ小屋か母屋の天井裏で捕獲してきて持って帰ってきて、飽きて放りだしてあったのにジョウカイボンの幼虫がたかっていた写真を撮っていたのを思い出した。ちなみにジョウカイボンって幼虫も成虫も肉食で、特に成虫はカミキリモドキっぽいひ弱な姿をしているが、テントウムシや同じくらいの大きさのハムシ襲ったりして捕食性昆虫として、興味深いものがあった。

骨格はラボに持っていったけど、それも含めて毛皮はどうしたろう。いや、クマネズミの捕獲はちょくちょくしているけど、筆に使えるような長さの体毛というのはピンとこない。奄美産の田鼠だと体毛少し長かったっけ?ひょっとして先行分布した種と後から入ってきた首都の交雑問題とか絡んだ結果、使える個体が少なくなってる?などといろいろ考えたりしていたが、科学論文検索を一旦止めて別の視点から検索したら、あっさり答えを見つけた。以下のサイトのもの。

さて, このネズミはクマネズミであると関係者のあいだで信じられてきたが,これに疑問を抱いた新聞記者の 依頼で,筆と,毛の採取に用いる毛皮とを調べた.その結果,クマネズミではなくドブネズミであることがわかった. 実は,筆を見ただけでは,クマネズミかドブネズミのものであるということは推定できても,そのどちらであるか 区別がつかなかった.毛皮を見たところ,体長が30cmほどあり,耳介は小さく腹面は灰白色であった.クマネズミ ならば体長は一般に20cm以下であるし,耳介は大きく,腹面には黄褐色部分がある.したがってドブネズミと判定 されたのである.四肢や尾の色や形態も同定のよい指標になるが,これらは切除されていて観察できなかった. ドブネズミは外来種であるが,日本への移入歴は古く,縄文遺跡からも化石が発見されているのであるから,伝統工芸 に使われていても矛盾はない.ドブネズミならば都会の植え込みや水路周辺などでごく普通に見られる.それが不潔 だというのであれば実験動物のラットでもよいはずである.

この矢部先生の端的に書かれているテキストを拝読できた結果、ああ、やっぱりとなった。クマネズミの遺伝的な個体群の違いとか文献探して確認したりしていたのが、全部意味がなかったのが分かった。関係された研究者や関係者の方々は、既に奄美産のクマネズミも含む様々な地域クマネズミの毛皮も輪島塗の筆の材料検証に含められていて、違うって話になっていたようだ。

ここで私が、矢部先生がどのような研究者であるか、その研究者ネットワークや関係者の仕事も知っているから、求めた答えの終着点として、「ネットにこんなんありました」として答えにたどり着けたわけだが、これがAIだとどうなるかというのも、普通に想像できた。ちょっとやってみたら見事に罠にハマっていて、誤回答の「クマネズミ」を提示してきた。これも資料ページの多さや自己参照が繰り返されるから、簡単には修正されないかも。はい、下の通り見事に間違えてます。かなりレベルの低いコピペしか出来ない人みたいです。クマネズミではなくドブネズミの毛だとちゃんと答えを見つけてこられるよう調教できたら大したものです。

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上述の資料、おそらくその部分はすべて同じ資料からの引用だろうけれど、頻繁に出てくる「理想的な筆の材料となるネズミの住処としての葦原」と云う生息場所の話も、ドブネズミなら矛盾がない。彼らは、錦江湾の海に浮かんでる養殖生け簀の餌を狙って泳いできたりする能力がある。ヌートリアには及ばないが、水場への適応はもともと高い。ひょっとしてその辺りの生態も、毛の特性に良い影響があるのかもしれない。

なんにしろ、材料としての元の毛皮が残っていて矢部先生に確認していただいてよかった。

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チコは今の住まい周辺のネズミの調査を手伝ってくれたわけで、私の記録写真の中にもちゃんとドブネズミが残っていた。こいつの背中の毛なら、見た感じでも十分だろう。使い物になる。これも「チコの遺産」の一つだ。

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現在石川県の広い範囲が台風14号からのリバウンド急襲による低気圧、前線により豪雨災害を受けている。特に輪島市~能登が、大変なことになっている映像が流れてくる。以下は昨日の大気の状況。東シナ海からの湿った空気が、急襲西を北上し能登まで届いていることがわかる。元旦に未曾有の地震による被害を受けた被災地の方々に、更に石を積むようななんとも言えない状況になっている。

被害は、SNSなどでも伝えられているが、たとえこれまで大きな災害が度々起きていても、構造的に水害対策もしていく必要があるが、今の状況、限界はある。自分の住んでいる街も、30年以上前から記録的な集中豪雨により大きな被害を受けてきた。30年前に一旦かなりのテコ入れが行われたが、それらのハードウェア的な対策も、賞味期限に達するという見方もある。

記録にない豪雨となれば、日本全国どこであっても、と思う。現地に速やかな支援が届くことを願う。自分も以下のところに、ささやかだが入れることにした。

この現在進行系の豪雨災害についても、支援の動きがあった。ここは外部評価も高いし、動きがはやいようだ。

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