D-Shan’s blog (original) (raw)

最近1日の作業時間がせいぜい2.3時間な気がする。毎日8時間作業している人と自分の人生の時間を比べたとき、自分は24時間だが8時間作業の人は1日96時間を生きていることになる。これはあまりに差が大きすぎる。

自分の作業は割とめっちゃ考えてある程度道筋が立ってから動き出すが見切り発車で手をどんどん動かしていかないと作業時間が増えない。とにかく考えるよりも手を動かそう。考える時間をなるべく少なくして、手を動かして作ったものを改善するときに考えたほうがいいものができるし、きっと効率が良くなる。

1日8時間は急には無理だから1日5時間を継続していきたい。1日を頑張るよりも毎日継続できるほうが多分強い。

今日から10月になってびっくりしている、統計検定そろそろ予約してしっかりやらねばとは思っている。

マッチングアプリに時間が取られすぎていて、よくない。マッチングアプリは割とちゃんと写真をすればマッチするようになるはずだが写真がないため超不利な状況になっていて全然マッチせず時間だけが奪われるということがわかった。今の写真でこれ以上続けるのはあまりに非効率だから一旦いい写真を作ってからまたやった方が絶対いい。

統計検定準1級を近いうちに取得したいが、まとめるのがしんどくなってきた。まとめるのは制限時間を設けたほうがだらけずに済むから良さそう。単純に集中できる体力みたいなのがとても小さいのだが、これはモチベ次第でどうにでもなりそう。現状は成長要素が感じられていないが、適切にまとめる能力、集中力など、実は見えないだけで注意すれば鍛えられる要素が複数存在している。勉強しながらどのようにしたら成長できるかを考えると良さそう。

あと完璧を目指しすぎないということも重要、これは時間制限を設ければ必然的に解決できるかもしれないが、とりあえず一通りやってみる、Done is better than perfect の精神を持って取り組みたい。

昼は友人とインドカレー屋で食べた、やっぱり健康的な生活が一番大事だと感じた。やることはいくつかあるけど、健康に勝るものはないな。どんなに忙しくても健康を最優先して生きていきたい。

返答待ちがずっと気になって、とてもだらだらと過ごしてしまっている。アプリを始めてマッチしたのはいいが返答が気になってしまうし、申し込んだインターンのメールが1週間はもうたっているのに一向に帰ってこなくて何度もメールを開いてしまっている。

自分の人生に集中したいはずなのに、誰かの返答を待っている時間の方が圧倒的に長い。

もう一つ、何かをやるということは何かを失うということで、何かをやり始めるときに優先順位をつけられなくて結局何も始められないというのがある。最近朝起きたらとりあえず30分勉強する週間がついて、それに関しては脳死で進められていていいことではあるが、それ以降何をすべきか、本当にそれをやっていていいのかという気持ちが芽生えて、結局何もできていない。根底にあるのは極度の優柔不断だと思う。

何かに迎合しようとして、何を進めるのが一番いいのかに悩み、自分の興味を追求できないのはとても苦しいことだ。何かwebアプリを作ってみたいという気持ちもあるし、競プロで強くなりたいという気持ちもある。

別に今の時点でインターンが通らなかったとしても自分のやりたいことは多くあるし、自分の興味を追求することの方が大事だ。自分のやりたいことのためなら他人を待たせてもいいし、むしろ待たせた方がいい。

自分が待つんじゃなくて、待ってもらう側になろう、自分のやりたいことがあるうちはそれでいい気がする。

フィッシャーの正確検定と言うのが、なぜこれで検定できるのかがわからなくてめっちゃ時間が経ってしまった。競プロもそうだけどわからないことにぶつかるとずっと考えて時間が経って進捗はなし、ということが自分はよくある。時間が無限にあるならそれでいいんだけど、実際は他のタスクを抱えた状態でこの状態に陥ると自己肯定感が下がるだけである。

こういうことの適切な対処法はわからないということをまとめておいて、のちに見返せるようにしておくことである。そうすると何気ない時間に考えることもできるし、とりあえず時間がかかりそうなのは、その事実だけまとめて後回しにすべき。

自分が強くなって、他の人に学びを提供したり、有意義な自己発信をして誰かの役に立つ、というのが直近の目標でありこれは見失いたくない。その過程で同じ興味を持っていたり自分より強い人ととのつながりを作っていきたい。

なんか最近アプリをまた始めて時間が少し奪われていたり相手からの返信を無意味に待つ時間があって、こういう時間があるなら自分の興味をできるだけ追求した方が絶対にいい。ただ全くやらないというのも違うから去るもの追わず、来るもの拒まずの精神を持って、依存しすぎなようにすることが絶対に必要。