高橋英樹とは 映画の人気・最新記事を集めました - はてな (original) (raw)

高橋英樹

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スポーツ

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たかはしひでき

プロ野球、広島東洋カープの選手。
右投右打、ポジションは投手。背番号は45番。
1972年10月4日生まれ。鹿児島県出身。

1991年、ドラフト3位で喜界高校から広島東洋カープに入団。

鬼が島の由来といわれる喜界島出身初のプロ野球選手で、俳優・高橋英樹と同姓同名であることで話題になった。

一軍登板機会がほとんど無く、1999年、現役引退。

2000年、広島東洋カープの打撃投手に就任。

高橋英樹

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スポーツ

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たかはしひでき

元全日本プロレス取締役。
2006年、「キングスロード」旗揚げ。

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高橋英樹

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アニメ

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たかはしひでき

アニメーター。天地無用シリーズの作画監督など。

リスト::アニメーションスタッフ

高橋英樹

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映画

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たかはしひでき

Hideki Takahashi

日本の俳優。TV、映画、舞台などで活躍。
1944年2月10日生まれ。
千葉県出身。日本大学芸術学部卒。
株式会社アイウエオ企画所属。
桃太郎侍として一世を風靡した時代劇俳優の大御所である。また、近年ではバラエティー番組への露出も積極的であり、幅広い年齢層に支持されている俳優である。同期には、あの中尾彬。
教職員であった父親の影響を受けて育った英樹だったが、父親の反対を押し切り1961年日活ニューフェイスとして中尾彬らと共に日活に入社*1。父親には勘当されてしまうが、映画『高原児』でデビューする。
その後も映画を中心に活動。1963年の『伊豆の踊子』では吉永小百合の相手役を務め、同年公開された、日活初の任侠映画『男の紋章』では、日活唯一の任侠スターとして活躍し、シリーズ化された。
1970年代までは映画を中心に活動するが、同時進行でテレビの世界、特に時代劇の世界へと活躍の場を移していく。
1969年の『鞍馬天狗』を皮切りに、『旗本退屈男』『おらんだ左近事件帖』『隼人が来る』『ぶらり信兵衛−道場破り−』『編笠十兵衛』といった時代劇に主役として出演。迫力のある顔と美しい殺陣により、時代劇の顔としてテレビ界に君臨する。
中でも、1976年に始まった時代劇『桃太郎侍』は、1981年の最終回までに延べ258話に上る大ロングランとなり、国民的時代劇俳優としてのイメージが確立するに至った*2
その後、時代劇は藤田まことが出演する『必殺仕事人』を中心とした必殺ブームを迎えるが、その裏で『遠山の金さん』に出演したり、現代劇に出演するなどの活躍を続け、常に第一線の活躍を見せた。
そして、1987年に始まった時代劇シリーズ『三匹が斬る!』では、『桃太郎侍』で見せた豪快な殺陣と、頼りがいのあるキャラクター、そして脚本の面白さもかみ合って、『桃太郎侍』に続く第二の代表作として、広く知られるようになった。
現在では、バラエティー番組にも数多く出演。また、クイズ番組にも登場し、豊かな人生経験と冴える頭脳を見せている。
2004年からスタートするドラマ『サラリーマン金太郎4』では、金太郎をサポートする「桃太郎」役で出演することで話題となった。
デビュー当時は「君にささやくナイスガイ」がキャッチフレーズ。
たわしで全身を磨き、顔が赤くなるまで叩き続けるのが日課。
最近では時代劇の決めセリフが着信ボイスになっていたりする。
長女は2004年4月にフジテレビにアナウンサーとして入社した高橋真麻。その親バカぶりは相変わらず。

映画

TVドラマ

バラエティー

CM

舞台

CD

*1:きっかけは、芸能界入りに反対していた父親が、英樹を懲らしめようと思い、日活に送った願書だった。

*2:『桃太郎侍』には数々のエピソードがあり、「一つ、人の世……」のフレーズは最初「十」まであった、殺陣が終わった後の「ふぅ〜」という溜息は高橋英樹氏が殺陣が終わったときにアドリブで出したものがきっかけとなった、などがある。

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