奈良と言えばやっぱり鹿か(家族で修学旅行part6) (original) (raw)
前回の家族で修学旅行part5の続き。
旅行最終日の3日目、京都駅から50分、到着したのは近鉄奈良駅。奈良と言えばきもかわキャラのせんとくん。改札を出ると、鹿と共に出迎えてくれます。
以前奈良を尋ねたのは25年以上前、こじんまりしていた近鉄奈良駅の前もだいぶ変わっていました。
駅傍の東向商店街アーケードを南に進むと見えるのが南都銀行本店。こちらは旧六十八銀行奈良支店で1926年に竣工、有形文化財の建物です。うちの祖母と同い年ですね。南都とは奈良の別称。北の京都に対して南の奈良と言うことですね。平城京遷都の710年を覚えるための語呂合わせ「何と見事な(立派な)平城京」の「何と」は「南都」の掛詞でもあったんですね。50過ぎてから知った新事実です。
そこから三条通りを東に少し進むと見えるのが猿沢池。奈良市を代表する風景のひとつ。今はないみたいですが、中学時代、この猿沢池のほとりの旅館が修学旅行の宿泊先でした。赤い縁の安いハムと組み合わせた目玉焼きの朝食を思い出しますね。
猿沢池に隣接してある大きな敷地の寺は興福寺です。
大化の改新でお馴染みの藤原鎌足の妻「鏡王女」が夫の病気平癒を願って669年に建てた興福寺の前身となる山階寺で、その鎌足の息子で平城京遷都の立役者である辣腕政治家の藤原不比等(ふひと)が遷都年の710年にこの地に移して「興福寺」という名になったそうです。それにしても福を興すという都の発展を願ってこの名を付けたんでしょうね。それにしても不比等って「夜露死苦」っぽいヤンキー的な名前ですよね。
こちらは南円堂。八角円堂と呼ばれれるこの形は法隆寺の夢殿が有名ですが、東京近辺だとあまり見ないので自分的にはかなりレアですね。
中金堂。こんな建物あったかなと思ったら老朽化を理由に2000年解体し、18年かけて調査、再建したものですね。
こちらは五重塔
約50mの高さを誇るこの塔は奈良市のシンボルとして市民に愛されているようですね。7月から改修工事が始まるということでその前に見れたのはラッキーでした。
東金堂は聖武天皇が叔母の元正太上天皇の病気全快を願って建立したものです。
当時の医療水準だとやれることが限られるので重い病気は祈祷に頼るしかなかったのでしょうね。
興福寺の絵馬です。この後、国宝館で有名な阿修羅像を見てきました。奈良に来ると必ず見に来てますが今回展示方法が変わったのか結構近くで見れたのが嬉しかったですね。
国宝館の横からバス停のある奈良県庁のある方角へ進むと見かけるのがこちら、鹿せんべい売り場。この辺りはもう奈良公園の一部ですね。
鹿せんべいを持っているとワラワラやってきます。
あまりの勢いに息子もちょっとビビっているようです。
手水舎も鹿ですね。
こちらが御本殿。中に入るためには料金500円必要ですが、外から中が少し見える参拝所までは無料です。自分は折角なので中に入りました。
前回来たのは中学の修学旅行、ほとんど覚えていなかったので新鮮でした。
こちらの絵馬は鹿の顔形。みなさん、顔を描いていましたね。
こちらは若宮。
その隣の夫婦大国社はその名の通り縁結びの神。
ベタなピンクのハートデザインの絵馬です。
それにしても、ここは森が深いです。境内を散歩するだけで森林浴ですね。
日差しは無かったのですが蒸し暑かったので、国宝殿横のショップでソフトクリームを購入。他の商品はショップ内で飲食できたのですがこちらはNG。店の外で食べていると
彼らが近寄ってくるので中々大変です。美味しかったですがご注意を。