『FGO』の衝撃とゲームシナリオ業界の激変。名前のないゲームコラム【電撃PS】 (original) (raw)

『僕と彼女のゲーム戦争』などで知られる作家・師走トオル氏によるコラム“名前のないゲームコラム”。今回は“『Fate/GrandOrder』とゲームシナリオ業界”をテーマにお送りします。

『師走トオル』

『FGO』の衝撃とゲームシナリオ業界の激変

はじめまして、作家をしております師走トオルと申します。

先月まで電撃PlayStation誌にて丸5年間ゲームコラムを連載しておりましたが、今回からこの電撃オンラインの方にお引っ越しとなりました。電撃PlayStationと言えば私が高校生のころむさぼり読んでいたゲーム誌でして、そこでコラムを連載させて頂けることは大変光栄だったのですが、読者という観点で言えばオンラインの方が多いよねということで、果たしてこれが出世なのか左遷なのかは怖くて聞けません(※最下部に編集注あり!)。

そんな怖い話は置いておくとしても、「作家とゲームに関係があるのか」と疑問に思われる方もいらっしゃると思います。ただ私事ながら幼少のころからゲームが大好きだったことは間違いなく、『僕と彼女のゲーム戦争』という実在のゲームが登場するライトノベルを書いたり、また作家となる前はセガでゲーム製作のお仕事に携わらせて頂いたり、現在もゲームシナリオのお仕事をちょくちょくやらせて頂いたりしております。

これは余談のように見えて今回の本題でもあります。実は私のようにゲームシナリオを製作している小説家というのはここ数年で大激増しています。ご存じのように昨今はいわゆる“ソシャゲー、スマホゲー”が大流行しており、ゲームシナリオの需要が急激に増えたためです。

特にここ10年ほどのゲームシナリオ業界の変遷は凄まじいものがあります。たとえば一昔前、いわゆるガラケーで動くことを前提としたゲームでは、シナリオはあまり重視されていませんでした。ガラケーでは凝ったグラフィックの表示や演出に限界があり、シナリオを重視したゲームとは相性が悪かったのがその一因とされています。それに多くのユーザーはゲームがしたいのであって、ぽちぽちとボタンを押してシナリオを延々見させられることは、ユーザー離れに繋がる悪い要素と見なされることもありました。

その結果として「ユーザーに一シーンで見せるシナリオ量は10クリック(10タップ)以内で」といった方針が開発現場に広まりました。もちろん統計や根拠に基づく“10クリック”“10タップ”だったわけですし、たとえばシナリオよりバトルを重視するゲームであれば当然シナリオは短く抑えられて然るべきでしょう。

ただ、この方針は明らかな悪影響も残しました。ガラケーからスマホに舞台が移り、ゲームの演出・表現の幅が飛躍的に増し、シナリオを重視するゲームが登場し始めても、タップ数が多くなることは敬遠される風潮があったんです。

個人的にこの現象を“タップ数の呪い”と呼んでいます。この“タップ数の呪い”はかなり根強くスマホゲームの開発現場に残り、結果として「会話の流れが突然ぶった切られる」、「必要なタップ数を確保しようとした結果、シナリオが間延びしてる」といった本末転倒な状況も生じてしまいました。

ところがその状態に風穴を開けたゲームがあります。皆さんご存じの『Fate/GrandOrder』こと『FGO』です。

最初に申し上げておくと、“タップ数の呪い”は『FGO』にも間違いなく影響を及ぼしていました。「話の途中だがワイバーンだ」という有名な『FGO』ネタがあります。『FGO』では基本的に各シーンが“シナリオ+戦闘”という構成でゲームが進むのですが、ゲーム序盤ではある程度タップ数がかさむと戦闘に入るという流れが基本になっていました。結果的にキャラクターが会話していると、脈絡なく「話の途中だがワイバーンが襲ってきたぞ!」と戦闘に入ってしまうことがあり、多くのユーザーの印象に残ることとなります(最近は『FGO』のゲーム内でネタにされてますが)。

しかし『FGO』は自ら“タップ数の呪い”を打ち破ることとなります。ご存じの方も多いと思いますが、『FGO』が爆発的な人気となるきっかけの一つは、2016年に配信された第六章のストーリー配信と言われています。あの六章というのは極めて画期的でした。たとえば、一シーンのシナリオのタップ数が戦闘なしで100を越えることも珍しくありませんでした。ですが、そのシナリオが信じられないぐらい面白い。タップ数がどれだけ多いシナリオであろうが、面白ければ受け入れられるということが世に示されたわけですね。

当時からスマホ用ゲームのシナリオを重視する雰囲気はできあがりつつあったとは思いますが、その状況に最後の一押しをしたのが、2016年の『FGO』大ヒットだったと個人的には思います。その結果、翌2017年から現在に至るまで、ゲームシナリオ業界にはある大きな変化が生じました。“シナリオに投資する動き”が出てきたのです。

たとえば純粋にシナリオ量の多いゲームが増えましたし、運営途中からシナリオの質やキャラクターの描写が明らかに向上したゲームも出てきました(私見ですが)。10タップで終わるシナリオであっても、短い文章の中にしっかりとムードやコンセプトを追求した独特なゲームが登場したりもしました。

シナリオに投資するということは、当然ながらシナリオライターに投資するということでもあります。実績のある作家やシナリオライターを正社員として募集する会社も急増しました。シナリオライターといえばフリーランスが当たり前だったのですが、ついに福利厚生付きで働けるとあって一部では大きな話題になりました。その人材獲得競争たるや凄まじいもので、たとえばA社が「ゲームシナリオライター募集! 年俸は300万~600万で!」と言い出したと思えばB社が「300万~800万!」、するとC社が「300万~1000万で!」と声を上げるほど。

ゲームシナリオ製作を専門に受注する会社も増えています。昨今は作家やライターが集まって会社を作るといったケースも多く、この数年で何倍になったのか分からないほどで、その市場規模は一個人ではとても把握できません。

もともとゲームシナリオというものは作るのが簡単なようで難しくもあります。一昔前はゲームシナリオを作る人と言えば専門家でもなんでもなく「社内でシナリオをやりたがってる人」でした。その結果、名作が生まれることもあれば、「キャラが崩壊している」「展開が意味不明」といった評価を受けてしまうこともありました。しかも厄介なことに、シナリオのデキってゲーム部分が面白いと気にならないことも少なくないんですよね……。

しかし、今の業界では高いレベルで安定したシナリオを長期にわたって量産することが求められる上に、多くの場合シナリオライターを一から養成する時間もありません。

そんな状況の解決策の一つとして、物語製作の実績を積んでいる小説家を正社員として雇うという動きが多く見られるようになったわけです。余談ながら、私の知り合いの作家さん――それも新人賞の大賞を受賞したような方に「今どうしてる?」と聞いたら某社の正社員になっててビックリしたことがあります。しかも似たような話を聞いたことは一度や二度ではありません。

この状況がいつまで続くかはわかりません。需要が増えて供給が増えすぎれば、次に来るのが淘汰であることはどの業界にも共通していることですし、実際、景気のいい話もあれば悪い話を耳にするようにもなってきました。

ただ、こういった事例ができたのは、少なくとも小説家やシナリオライターを目指している方にとっては朗報と言えると思います。前述しましたがゲームシナリオライターは基本的にフリーランスで、安定した収入や福利厚生というものに縁がありませんでした。同様に小説家というのも福利厚生がない上に不安定な職種で、よほど大きな実績でもなければ転職に活かすこともできませんでした。こういった諸問題に改善の事例が出てきたわけですから。

また、タップ数に制限を加えることが悪いと言うつもりはありませんが、過去の因習から生まれた“タップ数の呪い”で表現の幅そのものが狭まってしまうのは大変残念なことです。その呪いがなくなりつつあるということは、面白いシナリオを求めている多くのゲーマーにとっても大変素晴らしいことではないでしょうか。

師走トオル氏 プロフィール

ゲームをこよなく愛する作家。主な著作に『火の国、風の国物語』『僕と彼女のゲーム戦争』『無法の弁護人』『バイオハザード7 レジデントイービル ドキュメントファイル』等。最新作『ファイフステル・サーガ 再臨の魔王と聖女の傭兵団』は富士見ファンタジア文庫より発売中。

※編集部注:左遷ではありません!