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映画

白い喪服

2024年 10月 16日

白い喪服_f0169598_06454541.png

導師様のご入場です。

どんよりとした空に暗い雲が立ち込める陰鬱なその日、桂蔵はうらぶれた地方の山奥にある葬儀場にいた。

部屋へ入ってきた土着宗教の2人の導師が吟じる言葉がその部屋に居並ぶ人たちへと届き始めた時、桂蔵はふと「この言葉は以前もどこかで耳にした事がある」と感じた。

カーン

鐘音の余韻に重なるように2人の導師は同じ言葉を違う音程と音色で唱え出した。

幾度となく同じ言葉が繰り返されるものの、それは「7文字を8回→5文字を1回→7文字を8回」という決まったパターンの時もあれば「7文字を7回→7文字を8回」という違ったパターンの時もあった。

何か規則的なものがある筈と思い桂蔵は瞑目したまま密かに無言でカウントしてみたが、途中からあまりに複雑なパターンとなったため探る事をあっさり諦めた。

もしかすると導師たちがその日の気まぐれでセッションしている可能性すらあるのかもしれない。

30分ほどで2人の導師たちのお勤めは終わり、意外なほど早く別れの儀式は終わりを告げた。

部屋の四隅にまだ少し鐘音が消え残っているその部屋を出た時、桂蔵はふと壁にかかっている1枚の古い写真に目を止めた。

そこには約120年ほど前にこの地で行われたと思われる大がかりな葬儀の様子があった。

大勢の人々が巨大な社の前に集まり一斉に写真機の方に視線を投げかけていた。

その人々は誰もが「白い喪服」を身に着けていた。

ああ、そう言えば・・・。

桂蔵は若い頃に親戚の老人からこんな話を聞いた事があったのを唐突に思い出していた。

今では喪服と言えば"黒"が一般的じゃが、わしらの頃は"白い喪服"が当たり前だったわいさ。

"白"という清冽で穢れなき色を身に着けるのは、もちろん亡き者への慰霊の念もあるが、何より己の心を研ぎ澄ませるという意味が深い。

そもそも「喪服」の色が"黒"なのは718年に出された「養老喪葬令」において皇が薄墨色の衣を着用した事に由来しておる。

墨色じゃから今で言う真っ黒ではない。

しかし、平安の時代を迎える頃には貴族たち上流階級の者どもが少しずつ「より黒い喪服」を志向するようになってきた。

どうもわしらの民族は"黒"という色に高貴さを感じるものらしいのじゃ。

もっとも明日香の時代に定められた十二階では"黒"は低位の象徴じゃったがの。

武士勢力の台頭で貴族らが没落する中、室町の頃には再び"白"の喪服が主流となってくる。

こうした流れががらっと変わったのは、異国との交流が激しくなってきた明治からじゃ。

重要人物の葬儀に異国人が参列するようになったため、異国人が着用している"黒い喪服"に合わせようとしたのじゃろう。

これがトレンドとなり上流階級の世界では"喪服は黒"が常識となっていった。

しかし一般大衆の間では"白の喪服"が当たり前じゃった。

そして先の大戦が起こる。

すさまじい数の戦死者を前に同数の葬儀が執り行われる事となったが、戦時の一般大衆は自前の喪服を持つ割合が低く「貸衣装屋」でレンタルする者が多かった。

頻繁に貸し出され着用される"白い喪服"は汚れや染みが目立ちやすいため、次第に「貸衣装屋」には"黒い喪服"のストックが増えた事になる。

こうした風潮から今なお「喪服は"黒"」が常識として定着したわけじゃな。

酒に酔うといつも桂蔵をからかっていたあの爺さんの葬儀に何色の喪服を着ていたか、すでに桂蔵は覚えていない。

葬儀場の外はすでに暗闇の世界であり、麓の宿まで辿る山路をゆっくり歩く桂蔵は、いつしか自分の葬儀の事を考えていた。

黒がいいかな・・・白がいいかな・・・

参列者は白い喪服でお願いします。

遺言にこう記したら迷惑がられるであろうなと少し可笑しい気持ちになった桂蔵の足取りは少し早くなっていた。

白い喪服_f0169598_06454834.png

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by django32002 | 2024-10-16 06:56 | 映画 |Comments(0)

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