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新映画原理主義・第12回「プロパガンダからネオレアリズモまで~アウグスト・ジェニーナ」

第一章 イタリア修行時代

アウグスト・ジェニーナは1892年1月28日、イタリア王国ラツィオ州ローマ生まれ。良家の出身で大学の工学部に学ぶ傍ら、劇作家の伯父の紹介で雑誌「イル・モンド」に劇評を書く文才も見せる。戯曲にも手を染め、友人の紹介で映画の原案も書き、その一つが採用され映画界の扉を開ける。第一次世界大戦前のイタリア映画界は、スペクタクル史劇が隆盛で、ハリウッドに先駆けて長編映画も製作していた。ジェニーナは脚本を書く一方で監督に転じて、12年短篇『ベアトリス・デステ』で監督デビューを果たす。14年『人を殺す言葉』で初の長編を手掛けるが、15年半ばぐらいまでは、長編と短篇を併用して監督する。ジェニーナがイタリア映画界に入った時期は、『クォ・ヴァディス』(12年・エンリコ・グァッツオー二監督)、『カビリア』(14年・ジョヴァンニ・パストローネ監督)などのスペクタクル史劇で国内のみならず世界を席捲していた時代である。特に『カビリア』は当時としては破格の2時間を超える超大作で、これを観て刺激を受けたデヴィッド・ウォーク・グリフィス監督が『イントレランス』(16年)を製作したという。

第二章 ディーヴァの時代と『さらば青春』

10年代半ばになると、隆盛を誇ったスペクタクル史劇もさすがに陰りを見せていた。代わって頭角を表して来たのは作家ガズリエール・ダヌンツィオ原作による現代を舞台にしたロマンティックなメロドラマで“ダヌンツィオ映画”と言われた一連の作品である。嚆矢はダヌンツィオ原作ではないが13年の『されどわが愛は死なず』(マリオ・ガゼリーに監督)で、有名舞台女優のリダ・ボレッリの演技が話題になり映画は大ヒットした。これにより、このジャンルの映画が盛んに製作されることになり、主演女優は“ディーヴァ”と呼ばれスター・システムのはしりとも評され、リダ・ボレッリ、フランチェスカベルティーニ、マリア・ヤコビーニ、ピナ・メニケッリ、イタリア・マルミランテ・マンツィーニなどのディーヴァを輩出した。ビナ・メニケッリ主演『火』(14年・ピエロ・フォスコ監督)、マリオ・ヤコビーニ主演『過去からの呼び声』(22年・ジェンナロ・リゲルリ監督)などが代表作として挙げられる。

ジェニーナはイタリア・アルミランテ・マンツィーニ主演『女』(18年)、マリア・ヤコビーニ主演『さらば青春』(18年)、カルリオーぺ・サンプチーニ主演『火鉢』(20年)を発表した。中でも『さらば青春』は世界中で話題を呼び日本でも大ヒットした。アンドレ・カマジオとニーノ・オクシリアの原作の映画化で、本作に先立つ1913年に原作者たちが映画化しているのでリメイクとなるが、脚色はジェニーナが行っているので彼の色合いがより強い内容となっている。田舎から大都会トリノに来た法律学生マリオ(リード・マネッティ)は下宿屋の娘ドリーナ(マリア・ヤコビーニ)と若者らしい無邪気な恋をする。だが妖艶な人妻エレナ(エレナ・マコウスカ)に心を奪われ下宿を去る。だが結局マリオは捨てられ勉学に勤しみ、優等で大学を卒業する。マリオは晴れて田舎へ凱旋することになるが、それを知ったドリーナは彼の下宿を訪ねる。久しぶりに再会した二人は、かたく抱き合う。だがマリオは老いた両親の待つ田舎へ帰らねばならない。二人は思いを残しながらも別れなければならなかった。陸橋の上からドリーナがマリオの乗った列車の屋根に花束を投げ、列車の煙が彼女を包むラストシーンは有名である。ロマンティズム一辺倒のダヌンツィオ映画からヒロインの生活描写にリアリズム臭を加えて、より深みのある作品に仕上げている。カルリオーぺ・サンプチ―ニ主演『火鉢』(20年)は、ピランデルロ原作ということもありよりリアリスティックに運命の皮肉が描かれており、ロマンティックなメロドラマというよりも戦後のネオレアリズモに近い内容となっている。これは第一世界大戦終結後の世相を反映しているように思える。

第三章 プロパガンダ映画への道

20年代以降のジェニーナは本国イタリアは勿論のこと、フランス、ドイツを股にかけた売れっ子ぶりでジャンルを問わぬアルチザンとしての仕事ぶりであった。24年には同郷の女優カルメン・ボニと結婚し、彼女主演で『最後の殿様』(26年)、『さらば青春(リメイク版)』(27年)、『ピッコラ・パリの物語』『スカンボロ』『姫君は文士がお好き』(以上28年)『男の中の女』『嫉妬しないで』(以上32年)などを監督した。因みにボニとは34年に離婚。この間で重要な作品はハリウッドスターながらG・W・パブスト監督に招かれ『パンドラの箱』『淪落女の日記』(以上29年)に出演したルイーズ・ブルックス主演のフランス映画『ミス・ヨーロッパ』(30年)である。これはルネ・クレールが脚本を書いた小洒落たコメディで、ジェニーナが職人ぶりを見せて大ヒットした。本作によりジェニーナの名は高まり益々売れっ子監督となった。

イタリアでは22年にベニート・ムッソリーニがローマへの進軍を行い彼の率いるファシスト党が政権を握った。ムッソリーニは映画好きとしても知られ、32年にヴェネチア国際映画祭を立ち上げ、37年にはヨーロッパ最大の撮影所チネチッタを建設した。ジェニーナにもムッソリーニよりプロパガンダ映画の御鉢が回って来る。最初の国策映画は36年の『リビヤ白騎隊』で、リビヤ砂漠に駐屯するイタリア部隊の活躍を描きヴェネチア映画祭で最高賞となるムッソリーニ杯を受賞した。巨大な砂漠とちっぽけな人間の対比をそれとなく見せる演出の隠し味はジェニーナの名人芸といえよう。『アルカサル包囲戦』(40年)『ベンガジ』(42年)はジェニーナのプロパガンダ映画三部作で、何れもムッソリーニ杯を受賞しているが、内容は戦意高揚よりも戦時下の人々の苦悩の描写がより勝っているように感ぜられる。『ベンガジ』はジェニーナにとって、戦前最後の作品となった。

第四章 ネオレアリズモへの接近

ジェニーナの戦後第一作は、聖人マリア・ゴレッティを描いた50年の『沼の上の空』であった。イタリア貧農の生活がネオレアリズモタッチで描かれているが、終盤はかなりメロドラマチックになって統一を欠いた印象ながら、中々の力作であった。当時はネオレアリズモの時代であり、戦前派の巨匠たるジェニーナと言えども影響を受けざる得なかったのだろう。だがこの後はネオレアリズモを進化させることもなく寡作ながらマイペースで作品を作り続けた。最後の作品は55年のフランス・イタリア合作によるカラーシネマスコープの大作『フルフル』である。20世紀初頭から40年に渡りパリに生きた花売り娘の物語。当時大人気のダニー・ロバンが花売り娘に扮して、16歳から50歳までを演じた。生きのいいロバンに感化されたかのようなジェニーナの若々しい演出にも注目したい。この後もいくつか企画があったようだが、1957年9月18日にまだまだ働き盛りの65歳で死去した。

ジェニーナは戦前派の巨匠ゆえ失われた作品や未見作が多いため、完全な評価がまだまだ見い出せないが、ディーヴァの時代、売れっ子のアルチザン時代、プロパガンダ映画、ネオレアリズモへの挑戦とその果敢な好奇心は十分評価されるべきであろう。

(フイルモグラフィ)

ベアトリス・デステ、遅すぎる!(以上12年・短篇)、閣下の夫人、壊れた鎖(以上13年・短篇)、人を殺す言葉(14年・初長編)、ルル、小さな燭台、無実の叫び、若者の勝利!、モンロー城の謎(以上14年・短篇)、ダイヤモンドの逃走、大晦日が終わってから、ダイヤモンドの征服、恋人たちの逃避行、シヴァの指輪(以上14年)、コモのお花屋さん、13馬力エンジン(以上短篇)、真夜中、嫉妬(短篇)、黄金の羽を持つ蝶、二重の傷、究極の変装、百馬力(以上15年)、ある日の夢、ミス・サイクロン、生存者、王冠のドラマ(以上16年)、ほたる、おてんば娘、カリーダ・ミイラの物語、不滅の血族(以上17年)、うそ、王座の椅子、女、さらば青春、移民、半生の紅涙(以上18年)、感激は何処に、仮面と素顔、ノリス(ユゲニオ・ペレゴ共同監督)、ビジューの冒険、ルクレチア・ボルジア、素敵なアミ(以上19)、二つの十字架、月光の曲、暗を行く影、悪徳の輪、火鉢、神の冒険(以上20年)、痛いこと、三人の感傷主義者、悪魔たち、黒い点、危機、鎖に繋がれたもの、夫・妻・そして・・・(以上21年)、通りがかった女性、憂鬱の城、ルシード・取れクール(カミロ・デ・リン共同監督)、罪のない罪人(以上22年)、ジャーメイン、シラノ・ド・ベルジュラック、コルセア(短篇・カルミネ・ガローネ共同監督)(以上23年)、美しい妻(24年)暖灯が消えた(25年)、最後の殿様(26年)、さらば青春!、白人の奴隷、上海の囚人(ゲザ・フォン・ボルヴァリイ共同監督)(以上27年)、ピッコラ・パリの物語、スカンボロ、姫君は文士がお好き(以上28年)、ラテン街の屋根裏、16才のドラマ(以上29年)、ミス・ヨーロッパ(30年*初トーキ)、真夜中の恋(マルク・アレグレ共同監督、仏版)、真夜中の恋(カール・フレーリッヒ共同監督、独版)、パリー恋人(以上31年)、男の中の女、嫉妬しないで(以上32年)、私たちはもう子供じゃない(34年)、私を忘れないで(独版)、私を忘れないで(伊版)(以上35年)、キメラゴンドラ、リヴィア白騎隊、ニースからの花(以上36年)、女の愛、女の苦しみ、ナポリと火の口づけ(以上37年)、空中の城(39年)、アルカサル包囲戦(40年)、ベンガジ(42年)、沼の上の空(49年)、つた(50年)、三つの禁断の物語(52年)、マドレーナ(54年)、フルフル(55年*遺作)

*日本未公開作品は伊・仏・独語の直訳題名