むかごは昆虫でも特定植物でもありません (original) (raw)
秋が深まると、むかごを思い出す。
「むかごが採れたよ」
竹編みの籠を抱えて、ばあさんが畑から戻ってくる。
むかごは、平たくいえば、いくつかの特定種の茎にできる小さい球根だ。俺(幼稚園生)はそのことがよくわからなくて、「むかごってなあに」って何度も訊いていた。
「へんなの」「でもおばあちゃんの作るむかごは、おいしい」
俺の科白のむかごのところには、トウモロコシでも栗でも里芋でもアスパラガスでも好きなだけ森羅万象をはめてくれ。感性やものごころというのは正直なもので、季節の風物詩、などというまえに、日ごろは忘れていたむかごさんのことを、11月にはちゃんと思い出す。
「赤ちゃんじゃがいも」
指さして、そんなふうに呼んでいたことも、いま思い出した。
ヤマイモのほかにオニユリ、ノビル、タマブキなど、むかごを形作る植物はある程度限られていて、もちろん、俺(幼稚園生)はそんなことは知らねえけど、俺が世界で好きな食い物の筆頭は里芋の煮っ転がしであり、ユリ根であり、蕗の煮しめである。したがって、むかごのランクは必然的にかなり高くなる。俺の中では。考えてもみてくれ。5歳6歳でユリ根の味を知ってしまったらそりゃやさぐれるさ。ほかに、鯉こくとかな。
炊きたいと思って、昼間、シャポーに行って、むかごありませんかと訊いてみた。(会社はサボったんだよ)さすがの澤光青果さんもわからないらしい。もちろん、むかごは知っているが、食材として、いつ、どんなふうに入ってくるのかはわからない(商品作物になっていない)という風だった。
そりゃそうである。ありゃ売り買いするものじゃねえ。(むしろ大正昭和前期には救荒食物の1つだったんじゃねえか)
そんなわけで、俺はいま、昔の食い物について愚痴をいいたい。そんなときには、西のほうを拝んで先生をお呼びするに限る。
読み返してみたら、ホマレ姉さんは、図らずしも、俺と同じ「赤ちゃん」という形容をしてくれていた。知っている人にとってはそうとしか形容のしようのないものなのだ。そして塩と少しの酒で炊くと思いのほかにうまい。ホマレ姉さんも同じことを書いていた。参るね(笑)。
ときに、船橋では、ノビルまでは見つかった。むかごは、もうちょっと里山のほうに歩かないと、たぶん見つからないのだろう。俺が子供のころには、それこそ、子供でも見つけられるくらいに(北関東の郊外には)生えていた。id:coconoo 先生のところには(突然話を振ってすまないが)、何となくだけど、まだ生えてそうな気がする。