✏️ 「No War」8月を考える。 (original) (raw)
皆さんは、修学旅行の出来事を覚えておいでだろうか?
アタシは、中学・高校の修学旅行よりも、小学6年生の時に行った「長崎」が忘れられない。
長崎市内にある「長崎原爆資料館」は、あの頃のアタシにとって倒れそうなくらいにインパクトが強かった。
真っ黒の御遺体の写真
同学年くらいの子供の焼きタダレた皮膚
半裸状態で、剥がれた皮膚を引き摺りながら彷徨う被爆者たちの絵
この施設なりに色々と配慮のある展示物だったはずだが、子供のアタシにとっては目を開けていられない程に強烈なものだった。
~原爆について~
広島と長崎の爆弾の核燃料が違う。
広島:ウラン
長崎:プルトニウム
破壊力は、長崎のプルトニウムの方が強い。しかし、爆心地が山に囲まれていたため、爆風が山を越えず、被害が広がらなかった。
逆に、広島は平野であったため、熱線・爆風が行き渡り被害が広がってしまった。
イメージ的には、弾が地上にドンと落ちて破裂するというように思っていたが、
原爆は、地上数百メートルの上空で炸裂して、熱線・爆風・放射線が地上を襲う。
原爆の直下では3000~4000度にも達したとのこと。
こうなったら一瞬で死に至る。
そしてアタシは大人になり、添乗で長崎を訪ねることになるが、平和公園へ行くとなぜか急に涙がホロホロ流れてしまうのには参った。
平和公園の「平和の泉」には、
『のどが乾いてたまりませんでした。水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました。どうしても水が欲しくてとうとうあぶらの浮いたまま飲みました』と、少女が書いたといわれる石碑がある。
この少女の希望も、夢も、将来も何もかもなくなってしまった。どれほど無念だっただろう。
戦争は繰り返さない、この国ではそう願う人がほとんどなのに、他の国は違う。
この惨状を世界中に伝える事を止めてはいけない。
戦争は、絶対反対である。
8月6日、8月9日に合唱