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『現代短歌パスポート3』藤枝大編(書肆侃侃房2024)より抜粋

ひえびえと言葉は思惟を梳きながら夜を垂れているビニールの紐

夢の中から現実へ投げ上げるコインに君の横顔うつる

金色のひかりの腕を振りまわし一度だけ炎えてみせて、シンバル

(服部真里子/すべての雪に新しい名を)

胸倉にしまわれている万国旗こわれてからがこころだけれど

はりぼてのような冬晴れせりあがる凧の向こうへ奥行は増す

三叉路のいずれもいやなしばらくを靴に枯葉はこすれてよぎる

円卓はちいさく皿に占められて話題はゆれる蠟燭の火よ

対岸の火ならばむしろ燃えうつる咳をするたび季節はかわる

(山階基/髪は煤ける)

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現代短歌パスポート3 おかえりはタックル号

服真里子、木下龍也、橋爪志保、川村有史、菅原百合絵、山川藍、山下翔、山階基、上坂あゆ美、青松輝

偏愛極まる抜粋で申し訳ない…想像上の闇を作り上げ、覗き込む感覚。

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新美南吉の詩と童話』谷悦子(和泉書院2023)より抜粋

「去りゆく人に」 新美南吉

お前と二人で建てた

丘の上の二人の家を

壊してしまはう

美しい台所も

心地よい居間も

陽のあたるテラスも

壊してしまはう

二人の椅子は

つぶして燃してしまはう

二人の寝台は

どこかの海に

流してしまはう

二人で植ゑた花壇は

ひつこぬいて

捨ててしまはう

二人で飼つた小鳥は

扉をあけて逃してやらう

二人の子供は

どこかの森や

どこかの街へ

旅に出してやらう

子供につけた名前は

可愛いあの名前は

拭つて忘れてしまはう

おお、みんな

お前と二人で描いてゐたすべてを

捨ててしまはう

そして最後に

二人で長い間保つて来た

二人の間の小さな灯を──

お前の掌とわたしの掌で

囲つて来たこのなつかしい一つの灯を

そつと吹きけさう

そつと吹きけしてしまはう。

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谷悦子氏による学術的研究書。物語性についての考察は、最近のナラティブ化ブームを嘲笑うようで面白かった。

私の中で、新美南吉八木重吉がしばしば混線していたのだが、これからは大丈夫!南吉は所謂イケメン、甘えん坊の放蕩息子で、長生きしてもロクなことがなかった可能性が高い。そして放蕩の結果、数多くの海外文学に触れ、それが下敷きになってあの傑作童話たちが生まれたのである。

上記のような大人向けの詩もいくつか紹介されており、人物像を知ってから読むとより理解が深まる。Wikipediaにも載るといいのに。

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『落雷はすべてキス』最果タヒ(新潮社2024)より抜粋

きみのことを好きだと思うとき、

遠くのろうそくの炎がひとつ、不意に消える、

その繰り返しで、

いつかまっくらの夜が遠くの街にやってきて、

満天の星を知らない誰かが見上げている。

「愛している」が誰かを救うことなんてないのかもしれないが、

それは誰のことも愛さない理由にはならないから、

ぼくはいつまでもきみが好きで、いつまでも寂しい。

こいぬ座の詩

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愛、愛する、愛してる、愛している…

愛について、こんなにも考え続けるなんて、詩人とはなんて窮屈な職業なんだろう。詩人であり続ける為の詩集。気の毒に思えてきた。

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『永遠よりも少し短い日常』荻原裕幸(書肆侃侃房2022)より抜粋

春をすすむ二人の駒のおもてうら書体は花のやうにくづれて

秋の空の底にてひとはひとりづつ誰かとなつてひたすら動く

十薬匂ふ湯の沸きはじめの音がするこの世の時間しづかに進む

妻よりもやや硬くひろがる輪郭をなぞりつつ夜食に梨を剥く

ゆふやみが来て声がとぎれて友人が夾竹桃のすがたにもどる

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荻原裕幸氏の第7歌集。

私、わたし、わたくし、時折り妻、身の回り手の届く範囲を静かに描写していく。何もないと言えば何もない、無理をしない、日常。

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『沼の夢』工藤吉生(左右社2024)より抜粋

ボールペン薄くなりゆく 私もう元の世界に戻らなくては

スイッチを入れれば笑う人形を手に取るすでにほほえみながら

洗っても落ちない自分だと思う拭いても濡れた自分と思う

六台の黒い車がつらなって予感うまれる育たず消える

ミュージック 底のやぶれることもなく夜は鏡に映りもしない

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工藤吉生氏の第二歌集。バリエーション豊富でもれなく面白い。が、web版では駄目なのか?紙本にする必要がある?どこが境目なのだろうね。

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『前川佐美雄歌集』三枝昂之編(書肆侃侃房2023)より抜粋

「春の日」抄

おのづから眼はわが前を見つめしに人の眼がおどろきにけり

神々のいのちをいくつ殺めしと思ふ暗闇のとき過ぎたるに

「植物祭」完本

床の間に祭られてあるわが首をうつつならねば泣いて見てゐし

幾千の鹿がしづかに生きてゐる森のちかくに住まふたのしさ

ついにわれも石にさかなを彫りきざみ山上の沼にふかくしづむる

なにゆえに室は四角でならぬかときちがひのやうに室を見まはす

覗いてゐると掌はだんだんに大きくなり魔もののやうに顔襲ひくる

ふらふらとうちたふれたる我をめぐり六月の野のくろい蝶のむれ

暗いかげがわれのからだをおほひゐてまう分裂もしなくなつてる

野の草がみな目玉もちて見るゆゑにとても獨で此處にをられぬ

ひじやうなる白痴の僕は自轉車屋にかうもり傘を修繕にやる

砂濱に目も鼻もないにんげんがいつごろからか捨てられてあり

「白鳳」抄

いよいよに身體が白く透きとほりあでやかな空の鳥らを映す

脚をきり手をきり頸きり胴のまま限りなし暗き冬に墜ちゆく

「大和」完本

崖の裂目に壓しつぶれ死ぬ夏の日の炎天の花は顫へさせてみよ

三軍を叱咤する將のこゑ聞きぬ金雀枝咲ける春のさかりも

炎天を朱き埴輪の人馬らが音なく過ぎしいつの夢にあらむ

窓そとへぶらさがりたるは斷末魔師走の空のげにうつくしき

落日のひととき赫と照りしとき樹にのぼりゆく白猫を見つ

松のかげいまくきやかに澄みたれば手に兇器なし炎天に立つ

白く冴えたる牙うち鳴らし消えゆけりはや何もかも命のみなる

おぼろめく春の夜中を泡立ちて生れくるもの數かぎりなし

野いばらの咲き匂ふ土のまがなしく生きものは皆そこを動くな

春がすみいよよ濃くなる眞晝間のなにも見えねば大和と思へ

天平雲」抄

「日本し美し」抄

「金剛」抄

「紅梅」抄

「積日」抄

鳥取抄」抄

「捜神」抄

伸びやうとしをるか暗い大き芽よ床下の辺こゑのあらぬに

かくなれば鬼でも蛇でも一色の朱に塗りつぶすほか勝目なき

いつせいにサイレンが鳴り午後の澄み水底の砂少し動きつ

岩のごと朱黒き雲の低くある夜をいつぱいに泣いて支へゐる

岩よそこに平たくゐよと命じけり天の柱の暗くおりて来て

「松杉」抄

「白木黒木」抄

「天上紅葉」抄

この朝け用あるごとく家出でて連翹に降る春雨見をる

うしろより誰ぞや従き来と思へどもふりかへらねば松風の道

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解説/三枝昂之

栞/石川美南、菅原百合絵、永井祐

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岡井隆の百首』大辻隆弘(ふらんす堂2023)

より抜粋

號泣をして済むならばよからむに花群るるくらき外に挿されて

葉擦れ雨音ふたたび生きて何せむと病む声は告ぐ吾もしか思ふ

からたちの萌黄といへどその暗くしづめるいろに花は順ふ

泣き喚ぶ手紙を読みてのぼり来し屋上は闇さなきだに闇

生きがたき此の生のはてに桃植ゑて死も明かうせむそのはなざかり

くらがりになほ闇と呼ぶぬばたまの生きものが居て芝の上うごく

あをあをと馬群らがりて夏の夜のやさしき耳を噛みあひにけり

やや遠く熱源生るる家内の、いまさらどうしやうもないさ、さみだれ

樹の上で鳴くこほろぎの声きこゆ水のふかさを生きねばならぬ

ああこんなことつてあるか死はこちらをむいてほしいと阿婆世といへど

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