【10分で聴く源氏物語 第12帖 須磨3〈すま〉】良妻賢母の誉の高い花散里も、心細がっている。源氏は花散里姉妹の屋敷を訪ねる。常磐木のようにいつも穏やかな花散里も女人としての心もあるんだよ‥by😿 (original) (raw)
🌊【源氏物語277 第12帖 須磨11】これまで門前に多かった馬や車はもとより影もないのである。人生とはこんなに寂しいものであったのだと源氏は思った。
〜源氏が二条の院へ帰って見ると、
ここでも女房は宵からずっと歎《なげ》き明かしたふうで、
所々にかたまって世の成り行きを悲しんでいた。
家職の詰め所を見ると、
親しい侍臣は源氏について行くはずで、その用意と、
家族たちとの別れを惜しむために各自が
家のほうへ行っていてだれもいない。
家職以外の者も始終集まって来ていたものであるが、
訪《たず》ねて来ることは官辺の目が恐ろしくて
だれもできないのである。
これまで門前に多かった馬や車はもとより影もないのである。
人生とはこんなに寂しいものであったのだと源氏は思った。
食堂の大食卓なども使用する人数が少なくて、
半分ほどは塵《ちり》を積もらせていた。
畳は所々裏向けにしてあった。
自分がいるうちにすでにこうである、
まして去ってしまったあとの家は
どんなに荒涼たるものになるだろうと源氏は思った。
🌊【源氏物語278 第12帖 須磨12】「貴方のことがこうなった以外のくやしいことなどは私にない」とだけ言っている夫人の様子に深い悲しみが見える。
〜西の対《たい》へ行くと、
格子《こうし》を宵のままおろさせないで、
物思いをする夫人が夜通し起きていたあとであったから、
縁側の所々に寝ていた童女などが、
この時刻にやっと皆起き出して、
夜の姿のままで往来するのも趣のあることであったが、
気の弱くなっている源氏はこんな時にも、
何年かの留守の間にはこうした人たちも
散り散りにほかへ移って行ってしまうだろうと、
そんなはずのないことまでも想像されて心細くなるのであった。
源氏は夫人に、左大臣家を別れに訪《たず》ねて、
夜がふけて一泊したことを言った。
「それをあなたはほかの事に疑って、
くやしがっていませんでしたか。
もうわずかしかない私の京の時間だけは、
せめてあなたといっしょにいたいと
私は望んでいるのだけれど、
いよいよ遠くへ行くことになると、
ここにもかしこにも行っておかねばならない家が多いのですよ。
人間はだれがいつ死ぬかもしれませんから、
恨めしいなどと思わせたままになっては悪いと思うのですよ」
「あなたのことがこうなった以外のくやしいことなどは私にない」
とだけ言っている夫人の様子にも、
他のだれよりも深い悲しみの見えるのを、
源氏はもっともであると思った。
🌊【源氏物語279 第12帖 須磨13】紫の上の父の兵部卿の宮は、源氏の失脚後、皇太后派をはばかってよそよそしい態度をおとりになる。
〜父の親王は初めからこの女王《にょおう》に、
手もとで育てておいでになる姫君ほどの深い愛を
持っておいでにならなかったし、
また現在では皇太后派をはばかって、
よそよそしい態度をおとりになり、
源氏の不幸も見舞いにおいでにならないのを、
夫人は人聞きも恥ずかしいことであると思って、
存在を知られないままでいたほうがかえってよかったとも
悔やんでいた。
継母である宮の夫人が、ある人に、
「あの人が突然幸福な女になって出現したかと思うと、
すぐにもうその夢は消えてしまうじゃないか。
お母《かあ》さん、お祖母《ばあ》さん、
今度は良人《おっと》という順に
だれにも短い縁よりない人らしい」
と言った言葉を、
宮のお邸《やしき》の事情をよく知っている人があって話したので、
女王は情けなく恨めしく思って、
こちらからも音信をしない絶交状態であって、
そのほかに
はだれ一人たよりになる人を持たない孤独の女王であった。
🌊【源氏物語280 第12帖 須磨14】源氏は、愛妻と一緒に配所に行くことは、迫害をする口実を与えるようなものだからと紫の上に言う。
〜「私がいつまでも現状に置かれるのだったら、
どんなひどい侘び住居《ずまい》であってもあなたを迎えます。
今それを実行することは人聞きが穏やかでないから、
私は遠慮してしないだけです。
勅勘の人というものは、
明るい日月の下へ出ることも許されていませんからね。
のんきになっていては罪を重ねることになるのです。
私は犯した罪のないことは自信しているが、
前生の因縁か何かでこんなことにされているのだから、
まして愛妻といっしょに配所へ行ったりすることは
例のないことだから、
常識では考えることもできないようなことをする政府に
また私を迫害する口実を与えるようなものですからね」
などと源氏は語っていた。
🌊【源氏物語281 第12帖 須磨15】帥の宮と中将が来てくれた。自分は無為の人間だからと無地の直衣にしたが、それが帰って美しかった。
〜昼に近いころまで源氏は寝室にいたが、
そのうちに帥《そつ》の宮がおいでになり、
三位中将も来邸した。
面会をするために源氏は着がえをするのであったが、
「私は無位の人間だから」
と言って、無地の直衣《のうし》にした。
それでかえって艶《えん》な姿になったようである。
鬢《びん》を掻《か》くために鏡台に向かった源氏は、
痩《や》せの見える顔が我ながらきれいに思われた。
「ずいぶん衰えたものだ。こんなに痩せているのが哀れですね」
と源氏が言うと、
女王は目に涙を浮かべて鏡のほうを見た。
源氏の心は悲しみに暗くなるばかりである。
身はかくて さすらへぬとも 君があたり
去らぬ鏡のかげ ははなれじ
と源氏が言うと、
別れても 影だにとまる ものならば
鏡を見ても なぐさめてまし
言うともなくこう言いながら、
柱に隠されるようにして涙を紛らしている若紫の優雅な美は、
なおだれよりもすぐれた恋人であると源氏にも認めさせた。
親王と三位中将は身にしむ話をして夕方帰った。
🌊【源氏物語282 第12帖 須磨16】花散里は心細がって、今度のことが決まって以来 始終手紙をよこす。源氏は花散里の姉妹の屋敷を訪ねる。
〜花散里《はなちるさと》が心細がって、
今度のことが決まって以来始終手紙をよこすのも、
源氏にはもっともなことと思われて、
あの人ももう一度逢いに行ってやらねば
恨めしく思うであろうという気がして、
今夜もまたそこへ行くために家を出るのを、
源氏は自身ながらも物足らず寂しく思われて、
気が進まなかったために、ずっとふけてから来たのを、
「ここまでも別れにお歩きになる所の一つにして
お寄りくださいましたとは」
こんなことを言って喜んだ女御のことなどは
少し省略して置く。
この心細い女兄弟は源氏の同情によって
わずかに生活の体面を保っているのであるから、
今後はどうなって行くかというような不安が、
寂しい家の中に漂っているように源氏は見た。