ヘブライ語旧約聖書翻訳研究 (original) (raw)
ヘブル人への手紙4章9節
それゆえ、神の民には安息日の休息が残されているのです。
それゆえ、神の民には休息が残されている
{安息日の休息 意味: 安息日を守ること、安息日の休息。
語源: 語源は「安息日」を意味する σάββατον (sabbaton) です。
対応するギリシャ語 / ヘブライ語のエントリ: ヘブライ語の同義語は שַׁבָּת (shabbat) で、Strong のヘブライ語 #7676 で、安息日、休息と礼拝の日を指します。
使用法: 「sabbatismos」という用語は、安息日の休息、つまり精神的な休息と労働の停止の概念を指します。新約聖書では、神の民が得る休息を説明するために使用され、キリストへの信仰を通じて信者が得るより深い精神的な休息を象徴しています。
文化的および歴史的背景: ユダヤの伝統では、安息日は週の 7 日目に守られる休息日であり、創造後の神の休息を記念するものでした (創世記 2:2-3)。安息日は神とイスラエルの間の契約のしるしであり、礼拝と仕事の休止のために定められた日でした (出エジプト記 20:8-11)。新約聖書では、安息日の概念は、律法を成就し、信者に永遠の休息を与えるキリストに見出される精神的な休息を意味するように拡張されています。
語源:サバトンの派生語
定義;安息日休息:安息日休息 (1)。
セイヤーのギリシャ語辞典
STRONGS NT 4520: σαββατισμός
σαββατισμός、σαββατισμου、ὁ (σαββατίζω 安息日を守る)。
1. 安息日を守ること。
2. 神の真の崇拝者と真のキリスト教徒が来世に期待する労苦と苦難からの祝福された休息 (R. V. 安息日休息): ヘブル人への手紙 4:9。 (プルタルコス、de superstit。3 世紀、教会の著作。)
ストロングの完全訳
休息。サバトンの派生語、つまり「安息主義」、すなわち (比喩的に) キリスト教の安息 (天国の一種) -- 休息。ギリシャ語のサバトンを参照}
There remaineth therefore a rest to the people of God
9 したがって、安息日の休みは、神の民のためにまだ残っているのです。
ヘブル人への手紙4章5節
それゆえ、そこに入るべき人々がまだ残っているのです。
そして、最初に良い知らせを聞かされた人々は不従順のゆえに入らなかったのです。
それゆえ、そこに入るべき人々が残っているのである。そして、最初に良い知らせを聞かされた人々は不信仰のゆえに入らなかった。
Seeing therefore it remaineth that some must enter therein __ and they to whom it was first preached entered not in because of unbelief
6 こういうわけで、その安息に入る人々がまだ残っており、前に福音を説き聞かされた人々は、不従順のゆえに入れなかったのですから、
ヘブル人への手紙4章5節
また、この箇所では、
「彼らはわたしの安息に入ってはならない。」
と言われたのです。
And in this place again If they shall enter into my rest
5 そして、ここでは、「決して彼らをわたしの安息に入らせない」と言われたのです。
ヘブル人への手紙4章
ですから、神の安息に入るという約束が私達に残されているのに、あなたがたのうちの誰かがそれに届かないように、恐れるべきです。
1 こういうわけで、神の安息に入るための約束はまだ残っているのですから、あなたがたのうちのひとりでも、万が一にもこれに入れないようなことのないように、私達は恐れる心を持とうではありませんか。
福音は、私達にも彼らにも宣べ伝えられました。しかし、宣べ伝えられた御言葉は、それを聞いた人々の信仰と結びつかず、彼らには役立ちませんでした。
2 福音を説き聞かされていることは、私達も彼らと同じなのです。ところが、その聞いたみことばも、彼らには益になりませんでした。みことばが、それを聞いた人達に、信仰によって、結びつけられなかったからです。
信じた私達は、神が言われたとおり、安息に入るのです。
「わたしは怒って誓ったとおり、彼らはわたしの安息に入るであろう。」
しかし、御業は世の初めから完成されていました。
3 信じた私達は安息に入るのです。「わたしは、怒りをもって誓ったように、決して彼らをわたしの安息に入らせない。」と神が言われたとおりです。みわざは創世の初めから、もう終わっているのです。
神は第七日目のことを、ある箇所でこう言われました。
「神は第七日目に、そのすべてのみわざを終えて休まれた。」
4 というのは、神は七日目について、ある個所で、
「そして、神は、すべてのみわざを終えて七日目に休まれた」と言われました。
また、この箇所では、「彼らはわたしの安息に入るだろう。」 と言われたのです。
5 そして、ここでは、「決して彼らをわたしの安息に入らせない」と言われたのです。
ですから、そこに入るべき人々がまだ残っているのです。
しかも、最初に宣べ伝えられた人々は不信仰のゆえに入らなかったのです。
6 こういうわけで、その安息に入る人々がまだ残っており、前に福音を説き聞かされた人々は、不従順のゆえに入れなかったのですから、
また、神はダビデを通して、長い年月を経て、今日と決めて、その日を定めておられます。「今日、御声を聞くならば、心をかたくなにしてはならない」とあるとおりです。
7 神は再びある日を「きょう」と定めて、長い年月の後に、前に言われたと同じように、ダビデを通して、「きょう、もし御声を聞くならば、あなたがたの心をかたくなにしてはならない。」と語られたのです。
もし、イエスが彼らに休息を与えたのなら、その後、別の日のことを語られたはずです。
8 もしヨシュアが彼らに安息を与えたのであったら、神はそのあとで別の日のことを話されることはなかったでしょう。
ですから、神の民には休息が残っているのです。
9 したがって、安息日の休みは、神の民のためにまだ残っているのです。
神の休息に入った人は、神が御自分のわざをやめられたように、自分のわざをやめたのです。
10 神の安息に入った者ならば、神がご自分のわざを終えて休まれたように、自分のわざを終えて休んだはずです。
ですから、私達もその休息に入るよう努めましょう。
そうしないと、同じ不信仰の例に倣って倒れる人が出てしまいます。
11 ですから、私達は、この安息に入るように力を尽くして努め、あの不従順の例にならって落後する者が、ひとりもいないようにしようではありませんか。
神の言葉は生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、魂と霊、関節と骨髄の分かれ目さえ刺し通し、心の思いと志を判別することができます。
12 神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。
神の目に明らかでない被造物はありません。すべてのものは、神の目には裸であり、明らかにされており、私達は神と関わっています。
13 造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私達はこの神に対して弁明をするのです。
私達には、天に上げられた偉大な大祭司、神の子イエスがおられるのですから、私達は信仰を堅く保とうではありませんか。
14 さて、私達のためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の子イエスがおられるのですから、私達の信仰の告白を堅く保とうではありませんか。
私達には、私達の弱さに共感できないような大祭司はおられません。
すべての点で、このお方は私達と同じように試みに会われましたが、罪は犯されませんでした。
15 私達の大祭司は、私達の弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私達と同じように、試みに会われたのです。
ですから、私達は、憐みを受け、また、恵みを受けて、時宜にかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。
16 ですから、私達は、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。
1 こういうわけで、神の安息に入るための約束はまだ残っているのですから、あなたがたのうちのひとりでも、万が一にもこれに入れないようなことのないように、私達は恐れる心を持とうではありませんか。
2 福音を説き聞かされていることは、私達も彼らと同じなのです。ところが、その聞いたみことばも、彼らには益になりませんでした。みことばが、それを聞いた人達に、信仰によって、結びつけられなかったからです。
3 信じた私達は安息に入るのです。「わたしは、怒りをもって誓ったように、決して彼らをわたしの安息に入らせない。」と神が言われたとおりです。みわざは創世の初めから、もう終わっているのです。
4 というのは、神は七日目について、ある個所で、「そして、神は、すべてのみわざを終えて七日目に休まれた」と言われました。
5 そして、ここでは、「決して彼らをわたしの安息に入らせない」と言われたのです。
6 こういうわけで、その安息に入る人々がまだ残っており、前に福音を説き聞かされた人々は、不従順のゆえに入れなかったのですから、
7 神は再びある日を「きょう」と定めて、長い年月の後に、前に言われたと同じように、ダビデを通して、「きょう、もし御声を聞くならば、あなたがたの心をかたくなにしてはならない。」と語られたのです。
8 もしヨシュアが彼らに安息を与えたのであったら、神はそのあとで別の日のことを話されることはなかったでしょう。
9 したがって、安息日の休みは、神の民のためにまだ残っているのです。
10 神の安息に入った者ならば、神がご自分のわざを終えて休まれたように、自分のわざを終えて休んだはずです。
11 ですから、私達は、この安息に入るように力を尽くして努め、あの不従順の例にならって落後する者が、ひとりもいないようにしようではありませんか。
12 神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。
13 造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私達はこの神に対して弁明をするのです。
14 さて、私達のためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の子イエスがおられるのですから、私達の信仰の告白を堅く保とうではありませんか。
15 私達の大祭司は、私達の弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私達と同じように、試みに会われたのです。
16 ですから、私達は、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。
1Let us therefore fear, lest, a promise being left [us] of entering into his rest, any of you should seem to come short of it.
2For unto us was the gospel preached, as well as unto them: but the word preached did not profit them, not being mixed with faith in them that heard [it].
3For we which have believed do enter into rest, as he said, As I have sworn in my wrath, if they shall enter into my rest: although the works were finished from the foundation of the world.
4For he spake in a certain place of the seventh [day] on this wise, And God did rest the seventh day from all his works.
5And in this [place] again, If they shall enter into my rest.
6Seeing therefore it remaineth that some must enter therein, and they to whom it was first preached entered not in because of unbelief:
7Again, he limiteth a certain day, saying in David, To day, after so long a time; as it is said, To day if ye will hear his voice, harden not your hearts.
8For if Jesus had given them rest, then would he not afterward have spoken of another day.
9There remaineth therefore a rest to the people of God. 10For he that is entered into his rest, he also hath ceased from his own works, as God [did] from his.
11Let us labour therefore to enter into that rest, lest any man fall after the same example of unbelief.
12For the word of God [is] quick, and powerful, and sharper than any twoedged sword, piercing even to the dividing asunder of soul and spirit, and of the joints and marrow, and [is] a discerner of the thoughts and intents of the heart.
13Neither is there any creature that is not manifest in his sight: but all things [are] naked and opened unto the eyes of him with whom we have to do.
14Seeing then that we have a great high priest, that is passed into the heavens, Jesus the Son of God, let us hold fast [our] profession.
15For we have not an high priest which cannot be touched with the feeling of our infirmities; but was in all points tempted {5625;3987:5772} like as [we are, yet] without sin.
16Let us therefore come boldly unto the throne of grace, that we may obtain mercy, and find grace to help in time of need.
ヘブル人への手紙3章
ですから、聖なる兄弟達!天の召しにあずかる者達よ!
私達の告白する信仰の使徒であり大祭司であるキリスト・イエスのことを考えなさい!
1 そういうわけですから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟達。私達の告白する信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。
イエスは、任命した方に忠実でした。モーセもその家すべてにおいて忠実でした。
2 モーセが神の家全体のために忠実であったのと同様に、イエスはご自分を立てた方に対して忠実なのです。
このお方はモーセよりも栄光にふさわしいとみなされました。
家を建てた者が家よりも誉れを受けるのと同じです。
3 家よりも、家を建てる者が大きな栄誉を持つのと同様に、イエスはモーセよりも大きな栄光を受けるのにふさわしいとされました。
家はすべて人によって建てられますが、すべてを建てたのは神です。
4 家はそれぞれ、だれかが建てるのですが、すべてのものを造られた方は、神です。
モーセは、僕としてその家すべてにおいて忠実でした。それは、後に語られるべきことの証しとなるためです。
5 モーセは、僕として神の家全体のために忠実でした。それは、後に語られる事をあかしするためでした。
ヘブル人への手紙3章6節 要研究
しかし、キリストは、御自分の家の息子として、その家を治められました。
もし、私達が確信と希望の喜びを最後まで堅く保つならば、私達はその家なのです。
But Christ as a son over his own house whose house are we if we hold fast the confidence and the rejoicing of the hope firm unto the end
6 しかし、キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。もし私達が、確信と、希望による埃とを、終わりまでしっかりと持ち続けるならば、私達が神の家なのです。
※難解な箇所です。
それゆえ、聖霊がこう言っています。「今日、もし御声を聞くならば、
7 ですから、聖霊が言われるとおりです。「きょう、もし御声を聞くならば、
荒野で試練を受けた時の挑発のように、心をかたくなにしてはならない!
8 荒野での試みの日に御怒りを引き起こした時のように、心をかたくなにしてはならない。
あなたがたの先祖はわたしを試し、わたしを試み、四十年の間、わたしのわざを見た。
9 あなたがたの父祖達は、そこで私を試みて証拠を求め、四十年の間、私のわざを見た。
それゆえ、わたしはその世代を憂えて言った。
「彼らはいつも心の中で迷い、私の道を知らなかった。」
10 だから、私はその時代を憤って言った。彼らは常に心が迷い、私の道を悟らなかった。
それで、わたしは怒りのうちに誓った。
「彼らはわたしの安息に入ることはない。」
11 私は、怒りをもって誓ったように、決して彼らを私の安息に入らせない。」
兄弟達よ!あなたがたのうちに、不信仰の悪い心を持つ者が、生ける神から離れることがないように気をつけなさい!
12 兄弟達。あなたがたの中では、だれも悪い不信仰の心になって生ける神から離れる者がないように気をつけなさい。
しかし、今日と呼ばれる間に、日々互いに勧め合いなさい!
あなたがたのうちに、罪の惑わしによってかたくなになる者が、一人もいないだろうから。
13 「きょう」と言われている間に、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされてかたくなにならないようにしなさい。
わたしたちが初めの確信を最後まで堅く保つならば、わたしたちはキリストにあずかる者とされるのです。
For we are made partakers of Christ if __ we hold the beginning of our confidence stedfast unto the end
14 もし最初の確信を終わりまでしっかり保ちさえすれば、私達は、キリストにあずかる者となるのです。
こう言われています。
「今日、御声を聞くなら、御怒りを引き起こした時のように、心をかたくなにしてはならない。」
15 「きょう、もし御声を聞くならば、御怒りを引き起こした時のように、心をかたくなにしてはならない。」と言われているからです。
ヘブル人への手紙3章16節 要研究
モーセによってエジプトから出てきた者達すべてではありませんが、
聞いて御怒りを引き起こしたのは誰ですか?
いくつかのために、それにもかかわらず、彼らが聞いた時が、モーゼによってエジプトから出てきたすべてを引き起こすというわけではありませんでした
For some when they had heard did provoke howbeit not all that came out of Egypt by Moses
16 聞いていながら、御怒りを引き起こしたのはだれでしたか。モーセに率いられてエジプトを出た人々の全部ではありませんか。
ヘブル人への手紙3章17節 要研究
四十年の間、神は誰を悲しんで憤慨しておられましたか?
罪を犯しその死体を荒野に倒れさせた者達ではありませんか。
四十年の間、神は誰を悲しんで憤慨しておられましたか?{アオリスト形・指示}
罪を犯しその死体を荒野に倒れさせた者達ではありませんか。
But with whom was he grieved forty years was it not with them that had sinned whose carcases fell in the wilderness
17 神は四十年の間だれを怒っておられたのですか。罪を犯した人々、しかばねを荒野にさらした、あの人達ではありませんか。
ヘブル人への手紙3章18節 要研究
神の安息に入ってはならないと神が誓われたのは、従おうとしなかった者達にではありませんか?
神の安息に入ってはならない{未来形・不定詞}と神が誓われたのは、従おうとしなかった者達にではありませんか?
そして、彼は、彼らが神の安息に入ることはできないと誓ったが、信じなかった者たちには
And to whom sware he that they should not enter into his rest but to them that believed not
18 また、私の安息に入らせないと神が誓われたのは、ほかでもない、従おうとしなかった人達のことではありませんか。
彼らが不信仰のゆえに入ることができなかったことがわかります。
19 それゆえ、彼らが安息に入れなかったのは、不信仰のためであったことがわかります。
1 そういうわけですから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟達。私達の告白する信仰の使徒であり、大祭司であるイエスのことを考えなさい。
2 モーセが神の家全体のために忠実であったのと同様に、イエスはご自分を立てた方に対して忠実なのです。
3 家よりも、家を建てる者が大きな栄誉を持つのと同様に、イエスはモーセよりも大きな栄光を受けるのにふさわしいとされました。
4 家はそれぞれ、だれかが建てるのですが、すべてのものを造られた方は、神です。
5 モーセは、僕として神の家全体のために忠実でした。それは、後に語られる事をあかしするためでした。
6 しかし、キリストは御子として神の家を忠実に治められるのです。もし私達が、確信と、希望による埃とを、終わりまでしっかりと持ち続けるならば、私達が神の家なのです。
7 ですから、聖霊が言われるとおりです。「きょう、もし御声を聞くならば、
8 荒野での試みの日に御怒りを引き起こした時のように、心をかたくなにしてはならない。
9 あなたがたの父祖達は、そこで私を試みて証拠を求め、四十年の間、私のわざを見た。
10 だから、私はその時代を憤って言った。彼らは常に心が迷い、私の道を悟らなかった。
11 私は、怒りをもって誓ったように、決して彼らを私の安息に入らせない。」
12 兄弟達。あなたがたの中では、だれも悪い不信仰の心になって生ける神から離れる者がないように気をつけなさい。
13 「きょう」と言われている間に、日々互いに励まし合って、だれも罪に惑わされてかたくなにならないようにしなさい。
14 もし最初の確信を終わりまでしっかり保ちさえすれば、私達は、キリストにあずかる者となるのです。
15 「きょう、もし御声を聞くならば、御怒りを引き起こした時のように、心をかたくなにしてはならない。」と言われているからです。
16 聞いていながら、御怒りを引き起こしたのはだれでしたか。モーセに率いられてエジプトを出た人々の全部ではありませんか。
17 神は四十年の間だれを怒っておられたのですか。罪を犯した人々、しかばねを荒野にさらした、あの人達ではありませんか。
18 また、私の安息に入らせないと神が誓われたのは、ほかでもない、従おうとしなかった人達のことではありませんか。
19 それゆえ、彼らが安息に入れなかったのは、不信仰のためであったことがわかります。
1Wherefore, holy brethren, partakers of the heavenly calling, consider the Apostle and High Priest of our profession, Christ Jesus;
2Who was faithful to him that appointed him, as also Moses [was faithful] in all his house. 3For this [man] was counted worthy of more glory than Moses, inasmuch as he who hath builded the house hath more honour than the house.
4For every house is builded by some [man]; but he that built all things [is] God.
5And Moses verily [was] faithful in all his house, as a servant, for a testimony of those things which were to be spoken after;
6But Christ as a son over his own house; whose house are we, if we hold fast the confidence and the rejoicing of the hope firm unto the end.
Do Not Harden Your Hearts
7Wherefore (as the Holy Ghost saith, To day if ye will hear his voice,
8Harden not your hearts, as in the provocation, in the day of temptation in the wilderness:
9When your fathers tempted me, proved me, and saw my works forty years.
10Wherefore I was grieved with that generation, and said, They do alway err in [their] heart; and they have not known my ways.
11So I sware in my wrath, They shall not enter into my rest. )
12Take heed, brethren, lest there be in any of you an evil heart of unbelief, in departing from the living God.
13But exhort one another daily, while it is called To day; lest any of you be hardened through the deceitfulness of sin.
14For we are made partakers of Christ, if we hold the beginning of our confidence stedfast unto the end;
15While it is said, To day if ye will hear his voice, harden not your hearts, as in the provocation.
16For some, when they had heard, did provoke: howbeit not all that came out of Egypt by Moses.
17But with whom was he grieved forty years? [was it] not with them that had sinned, whose carcases fell in the wilderness?
18And to whom sware he that they should not enter into his rest, but to them that believed not?
19So we see that they could not enter in because of unbelief.
ヘブル人への手紙3章18節 要研究
神の安息に入ってはならないと神が誓われたのは、従おうとしなかった者達にではありませんか?
神の安息に入ってはならない{未来形・不定詞}と神が誓われたのは、従おうとしなかった者達にではありませんか?
そして、彼は、彼らが神の安息に入ることはできないと誓ったが、信じなかった者たちには
And to whom sware he that they should not enter into his rest but to them that believed not
18 また、私の安息に入らせないと神が誓われたのは、ほかでもない、従おうとしなかった人達のことではありませんか。
ヘブル人への手紙3章17節 要研究
四十年の間、神は誰を悲しんで憤慨しておられましたか?
罪を犯しその死体を荒野に倒れさせた者達ではありませんか。
四十年の間、神は誰を悲しんで憤慨しておられましたか?{アオリスト形・指示}
罪を犯しその死体を荒野に倒れさせた者達ではありませんか。
But with whom was he grieved forty years was it not with them that had sinned whose carcases fell in the wilderness
17 神は四十年の間だれを怒っておられたのですか。罪を犯した人々、しかばねを荒野にさらした、あの人達ではありませんか。