文珍師匠の雁風呂 圓生百席の雁風呂 感想文 (original) (raw)

先日NHK日本の話芸」で桂文珍師匠の「雁風呂」を見たらとても面白かったので、文珍師匠が話をされていた三遊亭圓生師匠のものも聴いてみた。

聴いた音源は「圓生百席」に収められたもの。

圓生百席(12)雁風呂/岸柳島/紀州/肝潰し

圓生百席(12)雁風呂/岸柳島/紀州/肝潰し

上方へ向かう水戸の御老公一行が東海道 掛川宿の飯屋に立寄る。飯屋に置かれた屏風の題がわからない所にやってきた上方言葉の町人が屏風の話をしている。絵解きを頼むと「雁風呂」というものだという。よく聞いてみれば、大阪で財を築き淀屋橋を掛けたという淀屋辰五郎の息子。その後のことで家がお取り潰し、なんとか大名へ貸した金をなんとか返してもらえるよう頼むため江戸に向かう旅の途中だというので光圀公が一計を案じるという話。

文珍師匠は上方のやわらかさが、圓生師匠の江戸の粋が如実に出ていて、同じ筋なのに話の運びも印象がかなり違って興味深かった。圓生師匠の上方言葉は江戸向きのように感じたし、光圀公への見解も違う。聴き比べるには映像と音声では少し足りない所もあるかもしれない。とはいえ、好みが分かれそうだ。

他にも桂米朝師匠のものもサゲが違ったり、東の現役落語家さんでは小満ん師匠、雲助師匠の他、やる人がいないわけではないらしい。光圀公の話、寄席で聞き覚えがあるので私の場合楽しかった健忘症の可能性は否めない。

CDで落語を聴く機会は割とあったと思っていたけれど、意外にも「圓生百席」をじっくり聴く機会がなかったらしい。以前から間が開いて忘れたのかもしれない。

出囃子「鹿踊り」もきっちり入り、サゲの後には送り囃子「行列」も入る。
その後に圓生師匠自ら「雁風呂」について釈種(講釈ネタ)ではないかとか、得意ネタとしていてよく教わった五代目の馬生師匠ではなく二代目桂三木助から教わったとか、言葉の間違いについてなどの芸談が話される。ジャケットは篠山紀信撮影のバチッとキメた圓生師匠だ。

圓生師匠の芸談は芯を突いているのだけれど、威厳があり過ぎて言葉の間違いなどただの客なのに身につまされる。落語を崇高な芸能として気を引き締め、客も教養を持って聴かなければならないなんて気分になる。落語の入口に立つ人には酷だ。それこそ師匠が中で語っているように、「初心の人には向かない」と言われているような気分になる。

今聴くなら文珍師匠のくすぐり満載の「雁風呂」が聴き易く心解けて好きだ。
圓生師匠の録音は50年程前。今師匠がいらしたらもっとやわらかく演ってくださろうか、と思ったりする。

この圓生百席シリーズの音源は圓生師匠が70代のものだというから恐れ入る。当時は落語協会会長を務め、御前口演をされた頃。国立演芸場設立に関わり、8代目文楽亡き後のTBS落語研究会の主力演者の時期でもある。真打昇進の方針への考えの違いから落語協会脱退、という激動の時期だったらしい。脂がのった時期と称されることもある。

TBSの落語研究会に昭和の名人達が揃っていた時代にこの音源。その時期に落語を聴いてきた世代やその時代の姿勢が好みの人であれば、言葉の間違いやら今時の落語家にあれやこれやと言いたくなるのはよくわかる気がする。教材がこれだもの。

圓生より小さんといったアンチはいるだろうけれど、ブックレットに書かれている監修の宇野信夫氏や圓生師匠の言葉など、配信文化になって文章に馴染まない今よりも評論や芸談が一緒にあった文化を感じる。

そして当時が江戸落語上方落語と明確に区分されていた時代なのだろうとも想像する。今のように大阪の芸人さんが全国中を席巻している時期までいかない。そういう意味でも「雁風呂」は面白い。

ちょっと芸に厳しい姿が見える圓生師匠。
その側面が記録を残す姿勢としては見習いたいと感じる所。
音源も、書籍でも、資料収集も、知る限り相当に実践していた人だ。
意識してかはわからないけれど、三遊亭圓朝が口演速記で出版を進めたように、圓生師匠は本も多く残し、録音も精力的にした。これまで読んだ他の著者の本でも圓生師匠に資料提供を受けたと書かれているのを見たことがあるし、国立劇場の収蔵品にも圓生師匠のものが入っている。もちろん、圓生師匠だけのことではないと思うけれど。

楽しさが表立つ時代もあれば、残していく価値を伝えなくてはならない時期もくる。

近頃アーカイブ資料に触れる機会が増えて、口伝で残されていくもの同様に価値のある記録が残って欲しいと思うようになった。できればたくさんの人が振り返って見たり読んだりすることができることが望ましい。

いつもの通り話は脱線したけれど、生の落語を楽しんで聴きつつ、たまに手厳しい先人の記録も聴いたり読んだり聴き比べるのもいいかもしれない。

どちらが上手いか名人かといった目線ではなく、かつての名人がどう演っていたのか気になったらの好奇心で。

高座で笑わせてくれている今の落語家さんがここまでの芸談を音源でリリースすることは想像がつかない。代わりに楽屋や舞台裏を配信などで楽しく見せてくれるようになった。芸については読み物で静かに知れる。一観客はできる時に感想文を書いて残すのみ。

昔の記録を探ると、案外に新聞や雑誌への投稿という形で寄席を見た感想が残されている。それら演芸記事をまとめて本にしている先人もいるし、圓生師匠が書籍で紹介していたこともあった。東京かわら版の読者のおたよりあたりも現代版といえるかもしれない。

軽い気持ちで書いたはずが硬い感じになってしまった。少しまだ少し配信期間が数日ある文珍師匠の「雁風呂」でもう一度笑って解してもらおう。

日本の話芸 桂文珍 落語「雁風呂」
10/20(日) 午後2:00-午後2:30放送 配信期限 :10/27(日) 午後2:29 まで

www.nhk.jp