30代ニートのブログ | ひきこもりを脱出して自立するぞ!! (original) (raw)

さっきYouTubeで元引きこもりの人のドキュメント動画を見ていたのだが、あれだな、思うに、引きこもりを脱出できるかどうかってのは遺伝と運だな。ちなみにその人は「死にたい死にたいと思っていた」とか言ってたが、根底には死にたいじゃなくて『引きこもりを脱出したい』という闘志があったんだろう。それすらも完全に消えていたら無理だと思うな。あと、元々それを成し遂げるだけの知能とメンタルがあったんだろう。まあこれについては各々が試してみないと分からないがな。だからまあ根底に闘志があるかどうかが第一条件だろう。微かにでも、今にも消えそうでも、いいから。

参考:【徹底取材】“ひきこもり”約146万人の衝撃「私が死んだら子どもは・・・」年金生活で26年ひきこもりの息子を支える母親 計9年ひきこもりの男性が抜け出せたきっかけは・・・【#ウラドリ】

少し話は変わるんだけどさ、引きこもりを脱出できた切っ掛けみたいなのを思い出した。いや、俺は今これで、引きこもり脱出できてんのか?みたいな疑問は残るんだけどさ。まあ日雇いでもいいから、就労に漕ぎ着けれた切っ掛けだな。6月21日に8年ぶりに一歩踏み出せた一つの切っ掛けというか、要因というか、あれがけっこう効いていたなというのがある。

あれだ、6月8日に車が動かなくなっちゃってJAFを呼んだんだよな。たしか夜けっこう遅めの時間だったな。そのときにJAFの人が気さくに話しかけてきたんだよな。50歳ぐらいのおっちゃんだったと思う。べつに修理だけやってサクッと帰ればいいんだけど、なんかけっこう話しかけてきた。

で、俺もけっこうそれに対して気さくというか、それなりに愛想よく対応できたんだよな。もともとそういうの苦手なタイプで、引きこもる前からテンパることが多かったんだけどさ。だからさ、8年も引きこもってたわけだから、俺はもうそういう会話は一切できないぐらいにコミュ障が重症になってんだろうな、って思ってたわけよ。でも、それなりに会話ができた。

それに、そもそも、まあ、おっちゃんも暇というか夜間一人でロードサービスに走り回ってるので、ここで一休みして話し相手がほしかったのかもしれん、あるいはそういう愛想も含めたサービスなのかもしれんが、しかし思うに、たぶん俺がマトモそうだから、気さくに話しかけてきたんだと思うんだよな。ちなみにJAFが到着したとき、俺は走ってその場まで行った、息を切らしながら、どうもよく来てくれましたー、みたいな感じで。そこで、ああこいつはいい奴そうだな、と思ってくれて、そうやって気さくに話してくれたのかもしれん。

それで、俺は、ああ大丈夫かもしれん、と思った。もう人とマトモに、相手を不快にさせず、特段不審にも思われず、普通のコミュニケーションをとることが俺には無理だと思っていた、ところが、ある程度できたのだ。それで“いけるかも”と思えた。

まあ、実際には今通ってる日雇い現場では、コミュ障発揮しまくりで、パートさんや社員さんに気を遣わせちゃってるんだけどな。

しかしまあ、このときのJAFのおっちゃんが気さくに話しかけてくれたこと、たぶんこれは俺がマトモそうに見えたからだろう、そしてある程度それに対応できたこと、これが自信になって、踏み出すための力になったのはあると思う。

1時ごろ布団に入った。が寝れない。夜中何度も階段を下りたり上がったりガサゴソ台所で酒を飲んでる父親。さらに目が冴えてきてトイレに何度も降りる俺。けっきょく朝まで寝れず。7時ごろ綿谷湊のSHOWROOMが始まったのでそれを聴いて、ようやく寝た。

14時ごろ起床。今日は一日なにもないので整理などしたい。しかし体調はすぐれない。どうもやる気が起きないので散歩に出かけた。ホームセンターに寄って服を見るなりした。秋服がないんだよな。引きこもりだった8年間は寝巻みたいな服装だったわけだが、引きこもりになる前のころに着ていた服はキツクて着れない。ここ数ヶ月でけっこう痩せたんだけどな。まだまだ入らない。これから東京遠征や日雇い、仕事に着ていく服を買わなきゃだな。

家に帰るとダラダラとした。父親とは相変わらず険悪、というか常にこちらが気を張っていないと、またいいようにされる、だから家の中に居るときが一番しんどい。今時間は22時26分。今から晩飯。

ブログ毎日更新をしたほうが一日の区切りになるというか、なんか(いい意味で)日々が過ぎるのが遅く感じるというか、噛みしめてる感がある気がする。

昨日はたしか2時半ごろ布団に入った。寝るのにけっこう時間がかかってしまった。Falling Into Infinityの11曲目まで聴いてしまった。寝れたのは4時半をまわっていたと思われる。なんというか、父親が頻繁に起きて明かりを点けるのでその都度目が覚めるんだよな。あーダル!

7時半ごろ布団から出て、70代半ばの母親を職場へと送った。

家に帰ると再び寝た。体が異様にだるいんだよな。70代半ばの母親が頑張ってるのに情けがない。母親に何かあったらどうすればいい。父親はトイレに入っても手を洗わないわ、痰を絡ませた如何にもウイルスをたくさん含んでそうな咳をしているわ、ベタベタ物触るわ、また再感染しそうな気がしてならない。てかコロナは家族全員が同時に治らないと何度も再感染するのかな?俺と母親は一応ほぼ完治してるんだけどな。それとも会得免疫があるから父親のが移るってことはもうないのかな?

10時半ごろいったん起きて日雇い現場に“今日も行きます”の電話をした。

そこからまた14時ごろまで寝て、用意をして、家を出た。やはり体が異様にだるい。コロナがまだ体内に残ってるからなのか、後遺症なのか、ただのストレスや疲れなのか。何だこれ。

しかしまあ、もう仕事は慣れた。そつなくこなすことができた。お盆をひっくり返すこともなかった。

家に帰ると、急いでシャワーを浴びて、綿谷湊と満月咲莉花のSHOWROOMを視聴した。

そして今これを書いている。

しかしまあ父親の存在だけが枷だわ。疲れる。あのまま入院してくれればよかったのに。