【7,700円を徴収】三重県松阪市の救急車有料化について (original) (raw)
三重県松阪市が救急車の有料化を開始
今、消防職員の間で大変話題になっているのが、三重県の松阪市が救急車の利用を有料化を決定したというニュースです。
実際には完全に有料化するのではなく、病院が診察費用とは別に選定医療費を求めるというもので、民間救急車のように全ての救急要請に対して費用が発生するものではありません。
選定医療費とは、2016年の健康保険法改正によって、200床以上の地域医療支援病院が他の医療機関の紹介状を持たない初診の方から診療費の他に医療費の徴収を義務化されたことによってできたものです。
しかし、この選定医療費は全てのケースでかかるわけではありません。
・受診後、そのまま入院した場合
・生活保護法による医療扶助の対象
・公費負担制度受給対象(特定疾患や障害等)
・労働災害、公務災害、交通事故
このようなケースであれば、選定医療費は徴収対象外となります。そして、ここには含まれていませんが、救急車で病院受診したケースも徴収対象となっていないことは多々あります。(これは病院によって異なります)
そして、松阪市が今回打ち出した救急車の有料化というのは、松阪市が今回指定した3つの病院では、救急車で搬送された方であっても、徴収対象外でなければ選定医療費として、7,700円を診察料金とは別に支払いが求められるということです。
この松阪市の救急車有料化には様々な声が挙がっています。
・救急車が有料化されるのは仕方がない(肯定的意見)
・必要な時にお金が無ければ呼ぶことができなくなる可能性がある(やや否定的な意見)
・そもそも税や社会保険料負担をしているのでさらに利用料を取るのはおかしいのでは(否定的意見)
意見をざっくりとまとめると、このようになり、肯定的意見と否定的意見は半々というのが私の印象です。
私自身、救急隊員として15年以上働いており、救急車の有料化については思うことが様々あります。
・松阪市の消防組織の状況
・松阪市の救急車有料化の概要
・救急隊員は救急車有料化をどのように捉えているか
今回は、この3点を中心に救急車の有料化について考えてみたいと思います。
松阪市の消防組織の状況
三重県の松阪市の消防組織は松阪地区広域消防組合として松阪市・多気町・昭和町の1市2町で構成されています。
・管轄人口 19.4万人
・管轄世帯数 約9万世帯
・管轄面積 約767㎡
松阪地区広域消防組合の2023年消防年報によると、松阪地区広域消防組織の管轄はこのようになっています。
・消防職員数 292名(条例定数280名)
・高規格救急自動車 14台
・救急隊員資格所有者 188名(うち救急救命士は82名)
松阪地区広域消防組合はこれだけの人員と救急体制を消防力として有しています。そして、この消防力で2023年は年間15,539件の救急出動に対応しています。
この消防職員数292名、高規格救急自動車を14台保有しているというのは、消防組織としては非常に大規模です。
そして、消防職員数が条例定数(280名)を上回っていることから、松阪地区広域消防組合が消防に対して力を入れていることがわかります。
松阪市の救急車有料化の概要
このような消防組織を管轄する松阪市が救急車の有料化を打ち出した主な理由のひとつが「緊急性の低い救急出動の増加している」ということへの対応です。
・緊急度、重症度が高く救急車が必要な方が利用できない
・救急件数の増加による隊員の負担増加
緊急性の低い救急出動が増加すれば、このような事態が慢性化し、それを減少させるための取り組みとして、救急車利用の有料化を打ち出したということです。
しかし、松阪市としては、救急車を呼ぶことを止めるのもではないことをしっかりと広報しています。
・急病の際は迷わず119番通報してください
・救急車を呼ぶという判断は迷わないようにしてください
消防組織としてこのようなスタンスに変わりはないということです。
一定の効果が出ることに間違いはないが・・・
YOHの考え
松阪市が行う救急車利用の有料化は2016年の健康保険法改正によって義務化された選定医療費に基づくものです。
救急車を利用すれば必ず7,700円を支払わなければならない、というものではありません。
指定された救急医療を24時間提供している市内の病院に救急搬送された際に、選定医療費の徴収対象外でなければ、費用負担をする必要があるということです。
この松阪市の取り組みの目的は主に2つだと私は感じています。
・軽症な方の救急車利用を控えてもらう
・救急隊員の負担軽減
この2つが松阪市の狙いだと感じています。順番に触れていきます。
ひとつは、軽症な方の救急車利用を控えてもらい、重症な方がすぐに救急車を利用できる体制を整えることです。
軽症な方の救急要請で管轄区域の救急車が全て出動している時に、心肺停止などの緊急度、重症度がともに高い方が救急要請をした場合、管轄外から救急車が出動するため、救急車が到着するのは通常よりも時間を要します。
これを無くす方法のひとつが、軽症な方の救急要請を減らすことです。その取り組みとして、選定医療費負担による救急車利用の有料化に踏み切ったということがひとつです。
2つ目は「救急隊員の負担軽減」ですね。
松阪市の2023年度の救急件数は15,539件でそれに対する消防力として14台の救急車を保有しています。
しかし、この14台は全てが常時稼働して救急出動の対応に当たっているわけではありません。
稼働している救急車の車検や予備車、職員数などを考えると、松阪市で常時稼働している救急車は10台ほどでしょう。
10台で年間15,539件の救急出動に対応しているのであれば、1台あたり年間1,500件以上出動していることになります。
これは、救急隊員にとってかなりの負担となる救急件数です。救急車の有料化はこれを少しでも減らすための取り組みだということです。
私自身、この松阪市の取り組みは「軽症な方の救急車利用を控えてもらう」ということに関しては一定の成果が出るだろうと考えています。
・お金がかかるのであれば利用を控える
・自分自身で病院受診する
症状が軽ければこのように考える方が増加するからですね。
しかし、「救急隊員の負担軽減」にはそれほど期待ができないと考えています。
松阪市の消防年報を確認すると、令和4年の救急件数は過去最高を記録していますが、ここ10年で大きく増加しているわけではありません。概ねどの年も15,000件前後で推移しています。
しかし、救急隊員の負担は確実に増しているでしょう。
その理由は、「救急出動以外の業務が増加している」からですね。
・報告書の作成
・データ入力
このような救急出動に付随する事務作業というのが年々複雑化しており、それにかける時間が増加しています。
そのため、救急出動件数がそれほど増加していなくとも、仕事に取られる時間が増加しているということです。
そして、最も負担が増加する原因として挙げられるのが「形骸化している無駄な仕事をしなければならない」ということです。
これは、消防組織だけに限ったことではありませんが、仕事において確実に無駄だと言ってよい業務は確実に存在します。
・データ管理しているものを紙ベースでも作成して保存する
・口頭で報告するので十分な内容を書面で作成するように求められる
・内部で使うだけの資料に外部に提出するものと同様のクオリティが求められる
このような無駄な仕事が積み重なることによって、隊員の負担が増加しているということです。
私が救急隊員として働いていて思うことは、「救急出動だけに専念できるような環境で仕事がしたい」ということです。
しかし、それができないのが多くの消防組織の現状です。
そのようなことが松阪市でも起こっているのであれば、救急車の有料化が隊員の負担軽減には必ずしも繋がらないということです。
救急出動が減った分、新たな仕事を求められることになるからですね。
もちろん、新たな仕事を求められることが問題なのではありません。そこで求められる仕事が必要性のない仕事であるケースが問題だということです。
隊員の負担軽減を提唱するのであれば、消防組織が救急車の有料化以外に組織のあり方を変化させる方へのアプローチが求められるということです。
とはいえ、救急車の有料化の取り組みというのは本当に救急車を必要としている方にとっては、非常に有意義で素晴らしい取り組みだと感じます。
これが全国に波及していくかはわかりませんが、本当に救急車を必要としている人が使いたい時に使えるようになればよいと私は考えています。
ご覧いただきありがとうございました。
※読者の中で消防組織で働いておられる方がいれば、記事の内容についてどのように考えているのかコメントをいただければ助かります。もちろん、消防組織で働いていない方からのコメントも大歓迎です。
以前に挙げた救急車の有料化の記事はこちらです。
救急車の到着時間は年々遅くなっています。しかし、それは悪いことではないですね。
以前にあった救急車の横転事故について思うことはこちらで記事にしています。