花の本棚 (original) (raw)
夏原エヰジ 「ぜんぶ、あなたのためだから」
あらすじを読んで面白そうだったので買ってみました。
ある夫婦の結婚披露宴にて、新婦が余興の最中に吐血して倒れてしまう。カメラマンの男性がその式で撮った写真を整理していると、珍しい青色のシャンパンが振舞われたシーンで新婦のシャンパンだけ色が違うことに気づく。新郎は自分の撮る写真を気に入って懇意にしてくれていたため、そのことを報告しに行くとシャンパンに毒を入れた犯人を探すと新郎は言い始める。容疑者は式の参列者である友人たちや親族であるため、カメラマンであり容疑から外れる彼も犯人探しに協力することとなる。
まずは新婦席の近くに席があった新婦の友人と母に話を聴きに行くと、彼女たちから新郎が知らない新婦の黒い過去が次々と暴露しはじめる。本人が話していない過去を勝手に言うのは失礼だと指摘しても、そういった悪い部分も知るのが夫婦二人のためであると言い彼女たちは悪びれる様子すらない、というお話。
善意をテーマにした作品となります。
本作の見所は登場人物たちの言動と心情の描写がリアルで面白い点になります。本作のテーマは「あなたのためを思って」であり、その建前の裏にどんな心理が隠れているのか、見破られたときにどのような醜い言い訳をするのか、という描写が非常に上手く描かれています。保身、嫉妬、プライド、承認欲求など様々な起点から発生する「あなたのためを思って」がたくさん登場するのですが、有難いと思えるものは一個も無いというが本当にリアルでした。
出版社の紹介ではミステリー作品とされているのですが、ミステリー部分はそれほど深くありません。物語を面白くするために添えてある程度の認識で良いでしょう。
作中にて精神的に弱く不幸気質な新婦のために犯人探しに躍起になる新郎のことを「理解ある彼くん」だとカメラマンが分類しているシーンがありました。
本書の説明では「自分より格下のパートナーを支える自分に酔いしれる男性」というなんとも辛辣な評価でした。「理解ある彼くん」という言葉は初めて聞いたので調べてみると、「生きづらさのある女性をありのまま受け止めてくれる男性」という評価もあるようで、悪い面ばかりではなさそうです。
私としては「理解ある彼くん」は現代のトレンドにも合っていて良さそう、と思いました。なぜかというと、こういった女性の生きづらい点を支える、というのは昔からずっと存在しているからです。かつて女性は男性よりも労働による収入がはるかに低かったので、経済面を支えるために男性が女性と結婚するというのはよくあった話です。だからこそ最近、夫が定年退職して収入というアドバンテージを無くした瞬間に離婚する「熟年離婚」が流行っているのでしょう。経済的に困窮しているキャバクラ嬢に同情して経済的支援を申し出る、とかもこれに該当しますね。「理解ある彼くん」は支える対象が「精神疾患を持つ女性」などに入れ替わっただけで、本質的にはこれと同じです。こうして考えると、精神疾患という現代社会の一大問題に対して貢献しようとする素晴らしい男性たち、と私は思ったのでむしろ良い傾向でしょう。
自分が「理解ある彼くん」みたいになる or 「理解ある彼くん」をパートナーにする か、と言われるとそれはやりたくないですがね。
人間関係のドロドロ系が好きな方は楽しめると思いますので、気になる方はチェックしてみてください。
安達裕哉 「仕事で必要な「本当のコミュニケーション能力」はどう身につければいいのか?」
部署の年度初めのキックオフにて「リモートワークが当たり前になってきたので、丁寧なコミュニケーションを心掛けましょう」というお話がありました。これ自体は大賛成なのですが、致命的にコミュニケーション下手な我々SW開発者が「心掛ける」ことで「丁寧なコミュニケーション」などできるはずがありません。であればコミュニケーションに関する勉強をしてみようかと思い立ち、こちらを読んでみました。
コミュニケーション能力が必要とはよく聞くけど、具体的にどんな能力のことを指すのかを説明した書籍となります。仕事においては「話すのが上手い」というだけがコミュニケーション能力ではないと主張しています。
大項目と一言まとめは以下となります。
①コミュニケーション能力の正体
自身のアウトプット(成果物、情報、etc.)を誰かにインプットとして利用してもらうために、それらを使い易くする能力のこと。端的に言うと「気が利くかどうか」
②コミュニケーション能力が求められる理由
仕事の規模が巨大化した結果、役割分担をするようになったから。一人ですべて担当せず分担するということは、誰かに自身のアウトプットを渡す作業が必ず発生する。
③コミュニケーション能力の身に着け方、高め方
「人にアドバイスするときの注意点」「質問をするコツ」などちょっとしたテクニックを紹介している。ポイントはどのテクニックも「話し方」ではなくて「行動や心がけ」が重要だということ。
④コミュニケーション能力にまつわる事例集
筆者にとって印象的だったコミュニケーションの事例と考え方を紹介している。以下は私が面白いと思った事例。
・「代案なしの反対」に存在価値はあるか
提案を出す能力と不満を言う能力は別物なので無価値ではない。これは案を出した側の心がけであり、案を出さないことへの免罪符に使ってはいけない。
・知的に優れているのにコミュニケーション能力が低い人が一番残念
コミュニケーション能力が低い=アウトプットを誰も使ってくれない、となるため、コミュニケーション能力が低いままの人は仕事しづらくなるだろう、と著者は予見している(2017年時点)
といった内容になります。
仕事では理論的や論破などの話術のテクニックではなく、行動と心がけでコミュニケーション能力を発揮しましょうという内容でした。軽い気持ちで読んでみた割には良いことがたくさん紹介されており、すぐ実践できそうな行動や心がけもありためになりました。全体を通して難しい解説やテクニックは書かれていないので、コミュニケーションについて勉強したことが無くても気軽に読める点も良いでしょう。
①の考え方は面白くて、「後に使う人のために、使ったものを決まった場所にきちんと戻す」といった整理整頓もコミュニケーション能力に含まれるのだそうです。会話が苦手な我々SW開発者であってもコミュニケーション能力をきちんと発揮できると分かりました。一方で整理整頓を軽く見てはいけないなとあらためて感じました。
コミュニケーション能力について勉強し始める取っ掛かりとして向いている書籍ですので、気になる方はチェックしてみてください。
遠坂八重 「死んだら永遠に休めます」
あらすじを読んで面白そうだったので買ってみました。
主人公の女性はブラック企業にて長時間残業とパワハラ上司から苦痛を受けながら毎日生きていていた。いつか殺してやると毎晩思っていたがその威勢に見合う行動を起こす気力すら湧かない日々であった。あるとき、パワハラ上司が失踪することを宣言したメールを送り、行方不明となった。パワハラ上司が消えたことを部署のメンバー全員で大喜びしていたのだが、その後上司から部署のメンバーの誰かに殺されたとしてメンバー全員の名前が書かれたメールが届く。
容疑を晴らすためには失踪した上司の行方を探すしかないということになり、死んでいて遺体として見つかって欲しいと願いながら上司の足取りを探り始める、というお話。
ブラック企業を舞台にしたミステリー作品となります。
本作の見所はブラック企業の実情がリアルに描かれている点となります。毎日終電or始発帰りという過労死一直線な状況で働いている人々の実情がリアルに描かれています。どんな風に壊れてしまうのか、現状が悲惨だと分かっていながら辞めるなど状況を抜け出す行動がなぜ取れないのか、といった心情が上手く描かれており、読んでいて面白い部分でした。ただ読む人によっては自身の経験と重なって嫌な気分になるかもしれませんので、そこだけ注意が必要です。
ミステリーとしてみると独自の雰囲気があって面白いです。生きていても誰も喜ばない人間を探すので周囲は協力的でない、などの本作特有の設定が上手く使われていて他の作品にはない謎や伏線が用意されているのも本作の見所となるでしょう。
そして最後に、結末そのものも面白い展開なのですが、読者のバックグラウンドによって感じ方が大きく変わりそうという面白さがあります。私としてはその結末になったことに驚きましたが、現実的に考えると実は一番妥当な結末だった、という印象でした。具体的なことはネタバレになってしまうので控えておきますので、気になる方は読んでみると良いでしょう。
作中にて、失踪した上司が実はいなくても問題ない程度の仕事しかしていなくて、仮に死んでいたとしても問題が無く仕事が回るのを知って、主人公が寂しい気持ちになっている描写がありました。社会人をしていると「この仕事はあなたにしか出来ません」「あなたがいないと仕事まわりません」という立ち位置に拘る人がいるのをしばしば目にします。「あの人を経由しなくても成果物の品質には問題ないし、むしろ話が早い」と判断して飛ばした人に後から激昂された、という経験は私も何度かあります。
上記二つのような立ち位置を確立するのは実は簡単だと私は思っています。特定の仕事を自身に属人化して、他の人に情報を出さなければいいだけです。現代社会のトレンドですと属人化は避けるべき状況なのですが、優越感など個人的欲望を満たす点では属人化が非常に有効です。こうした組織と個人の欲求が一致しない点の課題は解消するのが非常に難しいです。
しかも「他の人に情報を出さない」を徹底することで実は非常に簡単な業務を「自分にしかできない高度な仕事」と騙せるのも属人化の魅力です。去年、私のチームでも精神疾患を理由に休職した方がいました。私がその方の業務を引き継いで確認した結果、病気になるほどの忙しさは無く非常に簡単な仕事しか上司は回してなかったことが判明した、ということがありました。おそらく自分だけ簡単な仕事しかしていないことを同僚に知られるのが嫌で、属人化して隠していたのでしょう。
なので仕事で自己肯定感を上げたい方はバレたときの代償が大きくなり過ぎないように気を付けつつ、属人化を上手く使うと良いでしょう。
遠坂さんの作品は本作が初だったので、他の作品も見てみようと思います。
気になる方はぜひチェックしてみてください。