花の本棚 (original) (raw)
献鹿狸太郎 「地ごく」
この作品が面白いという話を聴いたので買ってみました。
弱者をテーマとした作品になります。
本作は2つの章があり、一つ目は俗にいう弱者男性が自分よりもみすぼらしい老人を見下して日々の鬱屈を晴らして暮らしている物語。
二つ目は他の子よりすべてが劣る息子に何か障害があると期待していたら何もないと診断されてしまった母親を主人公とした物語となっています。
本書の見所は弱者たちの心理描写の上手さとリアルさにあります。自身の苦しい状況が自業自得だという事実に目を向けたくない、劣悪な存在でいてもいい理由になる言い訳や病名が欲しい、といった心情が非常に上手く描かれています。その描写はあまりにリアルで読んでいて心苦しさを感じるほどでした。
一点気を付けたいのは読後感が良くないことです。上記の心理描写がリアルすぎるためか、少なくとも読んでみて良い感情は湧いて来ない気がします。全部で130ページほどの作品なのに妙に長く感じるくらいでした。人によっては怒りや憎しみなど悪い感情が湧いてくる可能性もありそうという印象だったので、その点だけ注意した方が良いでしょう。
作中にて自分が不幸である原因が存在しなかった時、自業自得と見なされるという考えが描かれていました。本作のテーマにしている弱者にとってはそれが最も恐ろしいとのことです
自業自得は私にとっては大歓迎な考え方です。理由としては他人に原因があるのに比べたらいくらでも改善できるからです。仮に「今の職場で働くのが苦痛」の原因が同僚にあるとしましょうか。苦痛の原因が自分だったときは勉強したり、上司に相談してどういった改善をしていくと上手くいきそうかアドバイスをもらったりと、本当に改善されるかはさておいて施策は無数に出せます。私としてはこういった状況はゲームとして攻略しているような感覚になるので、問題を表面化するために会社の役員に相談したり、せっかくなので波風が派手に立つ施策を試してみたりと色々やってみるのを楽しみいい機会になっています。
対して他人に原因があったときに出来る施策は、私の経験上0です。他人の考え方や人間性を変えるほどのインパクトを与えるのはよほどの天性の才がない限り不可能でしょう。そんな天文学的な確率にかけるくらいならその場から脱してしまうか、いっそのことその人ごと除去してしまった方が手っ取り早いです。
最近の世間のトレンドでは個人の問題の原因を自業自得とするのを毛嫌いする傾向にあるようですが、他責にして状況が良くなった場面を私は見たことがありません。
あまり気持ちの良い作品ではありませんが、内容自体は面白いので気になる方はチェックしてみてください。
小林由香 「魔者」
小林さんの新刊が出ていたので買ってみました。
主人公の週刊誌記者はある覆面作家の新刊の内容が自分の幼少のエピソードとそっくりであることは発見する。その作品の刊行日が事故死した姉の命日であることも偶然とは思えず、自分の兄が殺人犯であることもこの作家によって世間に暴かれてしまうのではと考え始める。
作中に書かれたエピソードを知っている人物は限られるため、覆面作家の正体を探り始めると兄が殺人犯であることを暴露する脅迫状や電話が勤め先や親族の家に届くようになる。調べを進めるうちに姉は事故死ではなく自殺の可能性が浮上し、自身も関わった過去の真相を調べ始める、というお話。
被害者家族と加害者家族をテーマにした作品となります。
心理描写のリアリティと上手いところが本作の見所となるでしょう。加害者家族と被害者家族になる前までは仲が良かったという設定であるため、事件を境にどのように心境が変化し関係が変わっていくのかという描写が非常に上手くて面白い。印象的なの加害者家族の少年が夢の中で「加害者家族と被害者家族どちらになりたかった?」と問われて「被害者家族」と答えるシーン。これほど残酷な選択を迫られることは現実にはまずないと思いますが、自分ならどう答えるか?と考えながら読むとより本作を楽しめるかと思います。
帯にはミステリーと紹介されていますが、ミステリー部分はそれほど深く描かれていませんでした。なので推理したりする必要は特になく、話を面白くするために添えてある程度という認識でOKです。
作中にて「被害者家族と加害者家族どちらになりたいか?」という問いに登場キャラが答えるシーンがありました。これは意見が分かれる面白い問いだと思うので、現在の家族においてという前提で私も考えてみました。
私は加害者家族になる方を選びます。この問いは「家族のうちの誰かが殺される」と「家族のうちの誰かが犯罪者になり、一生攻撃される人生になる」のどちらを取るかだと私は捉えました。私の家族の場合、後者になるより殺されてくれた方が良いと見なせる家族がいなかったのが理由です。あまり迷うような点も無かったのですんなり決まってしまい自分でも驚きました。
加害者家族を選んだ理由はもう一つあって、それは「一生攻撃される」が案外大した事なさそうだからです。本作において加害者家族が周囲からどんな攻撃をされるかを非常にリアルに描写されていました。しかし非常に残念なことに、それを読んだ私の率直な感想は「大した事ない」でした。はっきり言って、私が今の会社で最初の部署で自殺を強要されたときの方がよほど凄惨で残酷な攻撃を毎日受けていました。この程度の攻撃であれば既に何千回も経験済みで恐るるに足らないので、犯罪者になったとしても大切な家族が生きていてくれる方を私は選びます。
作中では「家族に殺人犯がいる」人間を「魔物」と呼んでいたのですが、それよりも激しい攻撃を受けた「今まで一度も苦労したことがない顔をしている」私は魔物よりも罪深くおぞましい生き物ということになりますね。残念ではありますがそれが現実だと再認識しました。
心理描写が見所になるため、そういった作品が好きな方はぜひチェックしてみてください。
真門浩平 「僕らは回収しない」
あらすじを読んで面白そうだったので買ってみました。
ミステリー系の短編集となります。
本書の見所は犯行動機が特殊な考えから来ている章が多くあって面白い点です。そんな理由で?と思ってしまうような動機が多く登場するのですが良く考えると現代人がしがちな考え方と非常に似ていて、そういった思想の危うさを書いているような印象でした。こういった内容なのでミステリー部分よりも心理描写の上手さの方が本作の見所になるというのが読んだ印象でした。
私は見所とみなしましたが、読む人によっては動機に納得がいかず奇を衒っているだけに感じるかもしれません。このあたりは少し人を選びそうです。
ミステリー部分についても使用されているトリックは小規模ながらも質の高い内容になっています。こちらについては上記のような奇を衒ったようなものは感じではなく、閃きで謎解きに近いようなものになっているので挑戦しながら読んでも楽しめるでしょう。
作中に手にしたものを大切に出来ないなら、壊してしまえば取り戻せない状態にすればその大事さに気づける、と考えて行動するシーンがありました。俗に言う「失ってから気づく大切なもの」を無理やり引き起こす行動ですね。「失ってから気づく大切なもの」に遭遇したことは、私は今まで一度もありません。古くから言われているのに未だにこのパターンになって後悔する人が絶えないのはなぜだろう?というのを想像してみました。
一つ思い至ったのは大切なものを全部持とうとしてパンクするからだろうというものです。物でも人間関係でも管理できるキャパシティが誰にでもあります。キャパシティを超えてしまったときに「要らないもの」を捨てるのは比較的簡単ですが、「大切なもの」である物事だけにしてもキャパシティを超える時が問題です。そういったときに「大切なもの」の下位を捨てられるかは、人間性によるところが強く出そうです。「失ってから気づく大切なもの」はこれが出来なかったがために下位の「大切なもの」にかまけた結果、最上位の「大切なもの」を失ったときに起きるのではないか、というのが私の考えです。
私の場合、物も人間関係も定期的に優先順位決めを見直すようにしています。自分で下位と決めて捨てているので、持っていれば良かったと後悔した経験は今のところないです。皆さんも下位の「大切なもの」に時間を使い過ぎないように気を付けましょう
変わった内容の短編集なので、気になる方はチェックしてみてください。