馬二匹 (original) (raw)

数年前の夏、アウトレットでポロのシャツを買った。胸元に刺繍が入ったボタンシャツは、鮮やかなブルーの生地にオレンジ色のワンポイントがよく映える、お気に入りの一枚だった。

そのシャツを着て実家に帰省すると、兄に「それ本物?」と聞かれた。アウトレットで買ったから確かに安かったけど、逆にアウトレットで偽物は売らないだろう…とは思いつつ、不安になってタグを見る。

「U.S. POLO ASSN.」

知らないブランドだ。ユーエス・ポロ・アッスン???

どういうことだ。ポロのマークといえば「POLO RALPH LAUREN(ポロ・ラルフローレン)」のはずであるが。もう一度、目を凝らして胸元のワンポイントを見る。騎手を乗せた馬が、一匹、二匹……

馬二匹!!!!

馬が二匹いる。騎手も二人いる。どうなってんだ。偽物じゃないか。動揺と羞恥心でざわめく心を落ち着かせ、ひとまずスマホで検索する。どうやらU.S. POLO ASSN.は若者向けのカジュアルブランドで、ZOZOTOWNにも出店しているらしい。そもそも「ポロ」というのは馬に乗って行う団体球技の一種であり、ポロの競技者が着る服が元となってポロシャツが生まれたとされる。ポロ競技を行う選手をロゴモチーフとした洋服ブランドもラルフローレン等多数存在し、それらが「ポロ」と略して呼ばれることも一般的となっている。(Wikipedia)とのことだった。

騎手が持っているのも鞭ではなく球を打つためのスティックらしい。知らなかった。それにポロのマークはラルフローレンの専売特許だとばかり思っていた。ユーエス・ポロ・アッスンが偽物ではないことはわかったが、もう恥ずかしくて着れなくなった。

その年の夏、出張先での暇つぶしとして「Tシャツ選手権」なるものを開催した。出張先では大体いつもみんなで外食チェーンに夜ご飯を食べに行くのだが、そのときに着る私服のTシャツのセンスを競う。という趣旨の大会である。

ルール

勝負するTシャツは出張期間中であれば何日目に着ても良い
勝負するTシャツの枚数に制限はない
参加はあくまで任意であり、強制するものではない
ここで重要なのは「センス」であって、「誰が一番おしゃれなTシャツか」や「誰が一番ふざけたTシャツか」を決めるわけではない。

そもそも「センス」とは何か。今読んでいる本『センスの哲学』の中で、著者の千葉雅也は「センスとはリズムである。リズムとはうねりとビートを連続的に並び替えたものである」(意訳)と定義している。また「センスとはものごとを意味や目的でまとめようとせず、ただそれをリズムとして楽しむことである」とも述べている。

Tシャツ選手権におけるセンスもまた、そこに意味を求めてはならない。どうしてそれが「センス」なのか説明はいらない。 Don’t think, Feel. NO MORE RULES. KATE…そのTシャツが持つリズム、あるいは光。それを感じ、楽しむ。それがTシャツ選手権なのだ。

Tシャツ選手権の意義が後づけでだいぶ壮大に膨れ上がった。さて、参加者全員が勝負Tシャツで挑んだ出張初日の夜。Tシャツ選手権の結果はというと、実にほのぼのとした泥仕合であった。ぬるい。これは事前に説明したはずだけど、ヴィレッジヴァンガードや観光地のお土産屋で買えるようなTシャツは「センス」とは言えんのです。ウケ狙いではなく、もっと内側から湧き上がってくる熱いパトスを見せてほしかった。互いのTシャツにああだこうだ言い合いながらTシャツ選手権はそこそこ盛り上がり、出張先の暇つぶしとしてはこんなもんでしょうという感触を残し初日を終えた。

2日目の夜。初日で燃え尽きた参加者たちは皆、普通の私服で夜のファミレスに集まった。ドリンクバーへ飲み物を取りに後輩が立ち上がる。その背中には、

横向きの馬!!!!

また見たことのない馬だ。左から右に走っている。新種の馬。嬉しい〜。席に戻ってきた後輩に背中のプリントを見せてもらう。横向きの馬。騎手はスティックを持っている。その下に、

「BEVERLY HILLS POLO CLUB」

のロゴ。ビバリーヒルズ・ポロクラブ???

すごい。声に出して読みたいカタカナだ。ビバリーヒルズ・ポロクラブ。

後輩は以前私が話した馬二匹のことを覚えていてくれて、Tシャツ選手権に横向きの馬を当ててきたのだった。ありがとう。感動した。これこそがセンス。あなたがセンスです。

インスタグラムを見ていると、知らないブランドの服やアクセサリーの広告が無限に流れてくる。良いデザインだな〜と思っても、それが別のブランドの意匠の盗用ではないか事前に確認することがマストになりつつある。ユーエス・ポロ・アッスンやビバリーヒルズ・ポロクラブはポロの亜種であって偽物ではない。とはいえ、それがラルフローレンであると勘違いしたまま着るのと、ラルフローレンではないことをわかった上で着るのとではわけが違ってくる。気がする。わかりません。まとめると、ファッションって難しい。ってこと…?完全に着地点を見失いました。

Tシャツ選手権は横向きの馬の後輩が優勝した

寄稿 GAMEBOYZ様

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