夢路紀行抄 ―冷蔵庫と氷壁と― (original) (raw)
夢を見た。
とっちらかった夢である。
思い起こせる限りに於いて、始まりはそう、冷蔵庫を診察しているところから。私は耳に聴診器を装備して、あの先端の丸くなってる例の部分を冷蔵庫の扉へと、細心の注意を払いながら押し当てて、微かな異音も聞き逃すまいと神経を尖らせきっていた。
(Wikipediaより、汎用聴診器)
患者役たる冷蔵庫氏は、別に業務用でない、どこの家庭にもありそうな3ドア式の直方体のヤツだった。
スリムなボディに、冷え冷えとしたメタリックな色彩である。
ところがだ。次の瞬間、冷蔵庫は**氷壁**と化し。私の両手は聴診器にあらずして、アイスアックス保持のため固く握り締められていた。
この時点でオイおかしいぞなんだこりゃあと気が付いてもよかろうに、我ながらだらしない脳みそで、私は一切疑念を持たず、提示された新たな目的を果たすため、今度は手足に集中力を注ぎ込む。
(『Rise of the Tomb Raider』より)
チリ雪崩に嬲られつつもなんとか登頂し遂げると、感慨に耽るより先に、腕時計に視線を落とす。
新年まであと15秒。よかった、ギリギリ間に合った。
満悦の態でカウントダウンを開始して――「3」のあたりで目が覚めた。
なんだ、今は九月じゃないか。夢とはいえ、どうして大晦日と錯覚したりしたのであろう。執念深く夏が居残る、こんな蒸し暑い夜に――。
(土井利位著『雪華図説』)
繰り言になるが、これほどまでにとっちらかった、わけのわからぬ夢模様は久方ぶりのことである。
ちなみに昨晩読んだ本には、こんなことが書かれてた。
「去勢すれば性欲が無くなる事は誰でも考へられるが、併し少年時代に或疾患に罹り、去勢を余儀なくされた者を観るに、其多くは性欲には余り変化がない。無論多少は減ずるが、多大の影響は蒙らぬのである」
九州帝国大学教授、榊保三郎の意見であった。
医学博士と文学博士、両方の肩書きを併せ持つ、ちょっと高田義一郎を彷彿とする人物だ。
榊の観察が正しいならば、**「第二天使ケルビムの声」の持ち主たち**も、中身はどうして、なかなか天使どころではない。法王領を中心として、十八世紀、流行りに流行った、美声を保つ目的で第二次性徴到達以前に睾丸(タマ)を抜かれたあの子らも――。
(フリーゲーム『ママにあいたい』より)
雄の雄たる由縁とやらは、ずいぶん根深いものらしい。
業の深さに慄くべきか、人体の神秘に心打たれるべきなのか。
そんなことを考えながら布団に入った筈だった。