次世代MSXプロジェクト第1弾「MSX0」とは何なのか? (original) (raw)
次世代MSXプロジェクトとは、1983年に発売されたホビーパソコンMSXの生みの親であり、アスキー(現KADOKAWA)の創業者としても知られている西和彦氏が、数年前から推進しているプロジェクトであり、一般的にはMSXの後継となるMSX3の開発だと捉えられている。実際にはMSX3(エムエスエックススリー)だけでなく、MSX0(エムエスエックスゼロ)やMSX turbo(エムエスエックスターボ)という別のプロダクトも一緒に開発しており、それらを全て含むプロジェクトを総称して次世代MSXプロジェクトと呼んでいる。昨年、2022年9月時点で西氏から公開された情報をまとめた記事を掲載したところ、かなりの反響があった。
約4ヶ月が経過した現在、次世代MSXプロジェクトはどうなったのだろうか? 実はMSX0のクラウドファンディングが決定するという、大きな進捗があったのだ。次世代MSXプロジェクトの最新情報をお届けしたい。
前回の記事から2022年末までに新たに明らかになった情報の中でも大きなものが、MSXの新ロゴが決まったことと、「MSX0」(詳しくは後述)のクラウドファンディング開始が決定したことだ。前者については、2022年9月21日に「MSX3」のロゴが、2022年9月22日に「MSX turbo」のロゴが西氏のツイートで公開された。新MSXロゴは旧MSXロゴに比べると、文字の線が細くスマートになっている。
なお、MSX3ロゴは3つあるが、白地に黒文字で「MSX」と書かれているのはマルウェアチェック済みのホワイトソフト、ライトグレーのロゴはマルウェアチェックなしのソフト、黒地に白文字で「MSX」と書かれているのがハード向けのロゴとなっている。MSX turboロゴは、中央のアルファベットが搭載CPUの種類を表し、右の数字がコア数を表す。2022年9月22日の時点では、Aがarm、XがXMOS、NがAMD Threadripper PROを表すことが決定しており、F(富士通製CPU)、M(Preffered Networks製MN4)、S(PEZY製SC2/SC3)については検討中とのことだったが、2022年12月17日の西氏のツイートで、PEZY-SC3の4096コアCPUを使う許可が得られたとの発言があり、4096コアのモジュール「MSX turbo S 4096」の試作品の写真も公開された。
MSX3のロゴ。一番上がマルウェアチェック済みのホワイトソフト用のロゴ、中央がマルウェアチェックなしのソフト用のロゴ、一番下がハードウェア向けのロゴ
MSX turboのロゴ。中央のアルファベットが搭載CPUの種類、右の数字がコア数を表す
CPUの種類を表すアルファベットも全て用意されている
また、西氏はブラジルの人を対象とする次世代MSXプロジェクトに関する講演会を2022年12月10日に行っており、その様子がYouTubeで公開されている。この講演会は、西氏が日本語で観衆に話しかけ、それをポルトガル語に通訳するという形で行われたため、日本人が見ても内容はちゃんと分かる。MSX0、MSX3、MSX turboに関して丁寧に説明が行われていたので、次世代MSXプロジェクトに関心がある人は、一度動画を見てみることをおすすめする。
ブラジルの人向けの講演会での西氏(YouTubeから切り出し)
【MSXSP 2022 - Live com Kazuhiko Nishi - MSX0 MSX3 MSX Turbo】
MSX0のクラウドファンディングについては、2022年12月23日の西氏のツイートで明らかになった。それによると、「CAMPFIRE」を利用して、2023年1月15日にクラウドファンディングを開始、締め切りは2023年3月31日で、2023年4月20日から製品を発送開始する予定とのことだ。このクラウドファンディングでは、MSX0が実装された「M5Stack Core2」とキーボード、ゲームパッド、充電ベース、バッテリー、ストラップ、ケース、USBケーブルがセットになったものが、出資者へのリターンとして提供されるとのことだ。肝心の価格はまだ見積中で公表されていないが、2万円~3万円程度になりそうだ。なお、目標台数は3,000台で、3,000台に到達しない場合はプロジェクトが中止となる。
MSX0の試作機。M5StackにMSXエミュレータを実装したもの
MSX2のBASICが起動している
このようにミニキーボードと合体して使える
ゲームパッドを合体させてMSXのゲームを動作させているところ
M5Stackの公式アカウントが公開したMSX0の最新試作機。クラウドファンディングで頒布されるものとほぼ同じものだと思われる。ボディカラーは1chipMSXなどと同じ透明なMSXブルーだ
同じくMSX0の最新試作機。右がゲームパッド、中央が充電ベースの背面。左がM5Stack Core2本体+Facesの背面で、バッテリーも透けて見える。なかなか魅力的な外観だ
次世代MSX構想の3つの柱「MSX3」「MSX0」「MSX turbo」の現状
以前の記事でも概要を伝えたが、西氏が推進している次世代MSX構想は、ホビーパソコン「MSX3」、IoT向けの「MSX0」、パーソナルスーパーコンピュータ「MSX turbo」という3つのコンセプトに大別できる。同じMSXという名前が付いているため混同しやすいが、これらは目的や価格、ターゲットが異なる、全く別のプロダクトである。ここでもう一度、その3つを整理し、その現状を紹介する。
MSX3は、従来のMSX→MSX2→MSX2+→MSXturboRの系譜に繋がるホビーパソコンであり、西氏はMSX3について、「今までのコンピュータの延長線上にLinuxの動く安価なワンボードシステムを作る。ディスプレイは2Kと4Kと8K。光学ディスクを繋ぐとCD、DVD、BD、UHDBDがかかる。インターネットに繋げば映像・音声が再生できる」と公式サイトで説明している。
MSX3は、さまざまなモジュールを積み重ねて(スタック)、性能や機能を向上できることが特徴だ。MSX3のモジュールはMSXMと呼ばれ、以下に挙げる5種類のMSXMが発表されている。
・MSX engine 3
・MSX engine 4
・MSX engine 6
・MSX Video engine
・MSX Audio engine
これらのモジュールを組み合わせたものがMSX3システムであり、32bitの「MSX3」、64bitの「MSX3.1」、64bitの「MSX3.14」の3つのシステムが発表されている。MSX engine 3がMSX3の最小構成であり、32bit ARMが2つとFPGAを搭載する。FPGAはプログラムによって内部の回路構成を変更できることが特徴であり、MSX3ではMSXturboRに搭載されていた16bit CPU「R800」と描画用チップ「V9998」や「V9999」と同等のハードウェアをFPGAによって実現している。
MSX Video engineは、NVIDIAのGPU「Jetson Orin Nano」や「Jetson Orin NX」を搭載したモジュールであり、描画性能を高めるためのモジュールだ。MSX Audio engineは、アナログ・デバイセズの「SHARC DSP」を搭載し、1枚で8チャンネルのデジタルオーディオ出力が可能である。MSX Audio engineは最大3枚までスタックでき、24チャンネルの立体音響を実現できるとのことだ。西氏は、今後はメタバースの重要性が増すと考えており、MSX Video EngineやMSX Audio engineは、4K解像度や8K解像度でのメタバースのためだとツイートしている。
MSX engine 3の試作モデル。32bit ARM×2とFPGAを内蔵したチップが搭載されている
MSX engine 6の試作モデル。64bit ARMとFPGAを内蔵したチップが搭載されている
MSX Video engineの試作モデル。NVIDIAのJetsonシリーズが搭載されている
MSX Audio engineの試作モデル。8チャンネルのデジタルオーディオ出力が可能
MSXMのスタックイメージ。このように積み重ねて拡張できる
MSX0は、前述したように2023年1月15日からCAMPFIREでのクラウドファンディングを予定しているプロダクトである。もともと、MSX0は、IoTをターゲットにしており、Groveの数百種類のセンサーを繋げて使うことを想定していたもので、MSX3とは別々に開発が進められていた。MSX3は、ソフトウェアを開発するためのSDKのリリースが予定より遅れており、先にMSX0を世界中に販売したいというのが、西氏の意向だ。
最初にリリースされるMSX0は、ハードウェアとして中国深センのスタートアップであるM5Stackが開発した超小型コンピューター「M5Stack」を採用している。M5Stackは、54×54×16mmという、マッチ箱サイズの超小型コンピューターだが、320×240ドット表示の2型液晶を搭載し、Wi-FiやBluetoothにも対応するなど機能が充実しているため、さまざまな分野で利用されている。MSX0で採用されるM5Stackは、第2世代のM5Stack Core2と呼ばれるものであり、液晶がタッチスクリーンに変更されたほか、マイクや6軸センサー、振動モーターが新たに追加された。
【MSX0のハードウェア「M5Stack Core2」】
タッチスクリーン搭載のM5Stack Core2
MSX0は、M5Stack Core2にMSX2+エミュレータを実装したもので、MSX/MSX2/MSX2+のソフトがそのまま動作する。クラウドファンディングで頒布される製品は、M5Stack Core2に、Facesと呼ばれる拡張ユニットが追加されたもので、用途に応じてキーボードやゲームパッドを下部に装着できる。もちろん、キーボードやゲームパッドも付属する。MSX0は、M5Stackの開発元と共同で開発が進められており、FacesもMSX0専用デザインとなる。西氏の2023年1月5日のツイートによって、その姿も明らかにされた。
また、MSX0も、MSX3と同様にスタックで機能を拡張できることが特徴である。MSX0というか、M5Stack Core2そのものにはHDMI出力は用意されていないため、外部モニターへの出力は基本的にはできないが、MSX0の上位製品としてMSX0 proと呼ばれる製品も開発中とのことだ。MSX0 proには、ザイリンクスの「Zynq 7010」というチップが搭載されるが、Zynq 7010は、32bit ARM×2とFPGAを集積したチップであり、MSX3と同様にFPGAによってR800とV9958に相当するハードウェアを実現し、HDMI出力が可能になる。MSX0では、MSX2+までのソフトしか利用できないが、MSX0 proではMSXturboR互換環境を実現できる。MSX0 Proも、MSX0の次の製品として量産したいとのことだ。また、製品化は未定だが、電子ペーパーとMSX0を組み合わせた試作機も製作したようだ。
MSX0の拡張モジュール。左からMSX0、MSX0 pro、Groveコネクタモジュール、バッテリーベース
MSX0に拡張モジュールをスタックしたところ。MSX0 proは、MSXturboRの100倍の速度を持つとのこと
MSX0 proの基板が到着し、組立を開始したそうだ。左から2番目がMSX0 proの基板で、HDMI端子も用意されている
中国から届いたばかりのMSX0用新Faces。こちらが背面となる
電子ペーパー搭載MSX0
もちろん、MSX BASICも動作する
MSX0には、以下のソフトウェア開発環境が付属する。
・MSX DOS
・MSX BASIC INTERPRETER
・MSX BASIC COMPILER
・MSX C+
・MSX C Utilities
・TCP/IP Stack
・MSX0 Remote Desktop for Windows
・MSX0 Control panel for Windows
MSX0単体でソフトウェアを開発することもできるが、240×320ドット2型液晶でソフトウェアを開発するのはかなり辛いと思われる。そのために用意されているのが、MSX0 Remote Desktop for Windowsである。このツールを使うことで、Windows PCからMSX0をリモートコントロールすることが可能になり、PCの広い画面と使いやすいキーボードを使ってソフトウェアの開発などが可能になる。また、MSX0本体はとても小さいため、腕にバンドでとめて腕時計のようにして利用することもできる。
バンドをつければ腕に装着できる
アナログ時計を表示するソフトを動作させたところ
さらに、D4エンタープライズの「プロジェクトEGG」が、MSX0のサポートを決定しており、EGGで公開されているMSX/MSX2/MSX2+用ゲームをMSX0でプレイできるようになる。
また、MSX3、MSX0ともに、MSXカートリッジタイプの製品も開発中である。これらを、実機のMSX/MSX2/MSX2+/MSXturboRのカートリッジスロットに装着することで、それらのMSX実機をMSX3やMSX0として利用できるようになる。
MSXカートリッジタイプのMSX3
MSXカートリッジタイプのMSX0
3つめのMSX turboについては、個人でも使えるスーパーコンピューターというコンセプトであり、本誌のターゲットからは外れるため、詳しくは触れないが、日本のPEZYが開発したメニーコアCPU「PEZY-SC3」を使う許可が得られたとのことで、PEZY-SC3の4096コアCPUを搭載した試作基板や、512コアCPUを搭載したノート型PCのモックアップなどの写真が公開された。こちらは1コア1000円を目指すとのことで、512コアなら50万円程度ということになるが、128コアで15万円を切るような製品も検討中とのことだ。
4096コアのPEZY-SC3を搭載したMSX turboの試作基板
512コアのPEZY-SC3を搭載したMSX turboの試作基板
512コアCPUを搭載したノートPC型MSX turboのモックアップ
ただし、MSX turboの実機が発売されるのはまだかなり先になりそうだ。リリースは、MSX0のクラウドファンディング(終了後はAmazonなどで販売予定)、MSX0 Pro、MSX3、MSX turboという順番になると予想される。
今後の次世代MSX構想のスケジュールだが、2023年1月28日にスペインで開発者向け講演会「MSX DEVCON 2」が開催予定で、MSX3 SDKの完成を待って2023年2月末にZOOMでの開発者向け講演会「MSX DEVCON 3 ZOOM」を開催する予定とのことであり、多少の遅れはあったものの順調に進んでいるようだ。
往年のホビーパソコンユーザー心をくすぐるMSX0に期待
MSX0は発表当初、IoT向けという性格が強く感じられたので、筆者もそれほど興味を持っていなかったのだが、ここ数ヶ月の西氏のツイートを見て、その考えを改めた。もちろん、IoT向けという立ち位置自体が大きく変わったわけではないが、Facesのゲームパッドと合体させた外観は、昔の縦型のゲームボーイを彷彿させる。また、キーボードと組み合わせた状態は、やはり昔のプログラム電卓(カシオFX-502Pとか)やポケコン(ポケコンは横長だが)を思い起こさせる。当時小中学生だった筆者は、小さいコンピュータに憧れていたのだ。もちろん、初代MSXの登場も強く印象に残っている。クラウドファンディングで頒布されるMSX0は、8bit時代のホビーパソコンと共に育ってきた筆者にはとても魅力的に思える。MSX0のクラウドファンディングが始まったら、すぐに申し込むつもりだ。もちろん、本命ともいうべきMSX3についても期待して待っている。
往年のホビーパソコンの復活といえば、瑞起の「X68000 Z」も話題を集めている。X68000 Zは、1980年代末から1990年代前半にかけてシャープが販売していたX68000シリーズの名前を冠する製品で、初代X68000の筐体をそのまま40%程度に縮小した筐体を採用している。X68000 Zは、2022年9月14日に正式発表され、2022年9月15日から9月18日まで開催された東京ゲームショウでモックアップが展示された。当初、仕様については10月8日に発表される予定だったが、直前で延期になり、2022年11月15日からモニタリング参加者の募集を開始した。モニタリング参加者は基本的に開発者に限られていたが、2022年12月3日から「kibindago」による「X68000 Z EARLY ACCESS KIT」のクラウドファンディングが1口4万9,500円で開始され、あっという間に目標の3,300万円を突破、2023年1月上旬時点でのサポーター数は5,000人を超え、金額も2億8,000万円近くに到達している。瑞起は、これまで「メガドライブミニ」や「PCエンジンmini」などのミニレトロゲーム機の開発に携わってきており、X68000 Zも、当初はエミュレーターによってX68000のミニ版を作ろうというものであったが、X68000ユーザーの期待は大きく、それ以上のものになることを目指して開発が続けられている。2023年3月末からの発送が予定されているEARLY ACCESS KITには、X68000の代名詞的なソフトであるKONAMIの「グラディウス」と同人ソフトの「超連射68K」が付属し、届いたらすぐに遊ぶことができる。正式販売モデルは、EARLY ACCESS KITの後に登場することになり、現時点ではその日程は未定だ。
X68000 Zと次世代MSXプロジェクトは、目指しているものや製品コンセプトはかなり違うが、どちらも野心的な試みであり、ほぼ同時期にこうしたプロジェクトが立ち上がったことは興味深い。それらの根底にあるのは、単なる懐古趣味とは違うモチベーションだと筆者は考えており、プロジェクトが成功することを願っている。
MSX turbo 8Aの試作機