浜田宏一内閣官房参与は本当に「変節」したのか? (original) (raw)

数秒で理解できる知識に価値はない

筆者は、他の論者が何を言っているかとか、最近の経済に関する論争には全く関心がない。だが、いくつかの大手メディアが浜田宏一内閣官房参与(イェール大学名誉教授)の「変節」を大々的に取り上げているのを偶然みかけて大きな違和感を持った。

米国在住の浜田参与はだいたい2~3ヵ月に1回程度のペースで来日されているが、筆者は、ほぼ毎回、何らかの機会をみつけて色々な議論をさせていただいている。とはいっても、筆者が仕事としている現実の経済の話というよりも、むしろ、筆者が必ずしも明るくはない理論的な話をすることの方が多く勉強になる。

浜田参与と同年代に活躍された経済学者の多くは既に引退されているが、浜田参与は、今でも積極的にセミナーに参加されたり、最新の経済学の論文などをフォローされており、その探究心の深さは本当に敬服に値する。本題とはずれるが、最近では、収益率の分布が正規分布に従わない場合の資産価格のモデリングについて、経済物理学の発展などを絡めて色々と教えていただいた。

この問題も非常に興味深いのだが、浜田参与が最近強く関心を寄せられているのが、「FTPL」と呼ばれる理論である。

「FTPL」とは、「物価の財政理論(Fiscal Theory of Price Level)」の略称である。アメリカでは、スタンフォード大学のジョン・コクラン教授、インディアナ大学のエリック・リーパー教授、プリンストン大学のクリストファー・シムズ教授、マイケル・ウッドフォード教授らが主な研究者である。

この理論の内容を一言でいってしまえば、「財政政策が物価を決める」というものである。それゆえ、「浜田参与がFTPLに傾倒している」となると、現状のリフレ政策に不満を抱く声の大きな論者が「浜田参与はリフレ理論を放棄した」とか、「日銀の金融政策は崩壊した」などと脊髄反射して、大騒ぎしてしまうのであろう。

このように、FTPLを「財政政策が物価を決める理論」と数秒で理解できる程度に単純化してしまうと、まるで「金融政策が全く効かない」という「金融政策無効論」のような錯覚に陥る。

今の日本のマスメディアは、難解な経済や政治の話題を極端に単純化して素人にも数秒でわかるように説明することに大きな価値を置いているが、数秒で理解できるような知識にはほとんど価値はないだろう。このFTPLの話も同様ではなかろうか。

また、FTPLは、2000年代初めに話題になったことがあり、この頃に「財政政策が物価を決める理論」と紹介されたが、その後は話題にならなくなった。最近のFTPLの議論はその頃とは大きく異なっている側面もあるが、日本での議論はこの初期段階の議論に基づいていることが多く、そこも問題だろう。

浜田参与は、クリストファー・シムズ教授に実際にFTPLについての話を伺い、感銘を受けられたということだが、理論家ではない筆者にとって、シムズ教授の論文は難解でよく理解できなかった。そこで、以下では、リーパー教授の「FTPL入門」的な論文とコクラン教授の論文をもとに、筆者なりの見解を述べたいと思う。