ロバート、アメリカは病んでるかい? (original) (raw)
今晩は仕事か。まああれを仕事と言うのも語弊があるが、とにかくお金をもらっている以上仕事と言うほかあるまい。私は大学から家に帰ると急いでシャワーをしてトースト1枚の軽い夕食を摂ってから仕事場に向かった。白のシャツに薄緑のジャケットを羽織る。下は黒のスリムのジーンズにした。誰が見ても嫌味な感じがしない服だ。伊達眼鏡もかけてみた。何も音楽をかけないで車を運転して目的地に向かった。
店に着いた。まだ18時過ぎなのに客はもうだいぶ入っている。今日の客は30代くらいの男女だ。一人で来ている女もいれば、団体で来ている男女のグループもいる。マスターに軽く挨拶をすると手招きされた。何だ、早速仕事させられるのか?カウンターに行くと隅っこに30代後半と思われる女が一人で酒を飲んでいる。マスターは予想通りその女の方に目を向けた。OK、仕事開始だ。
私は、薄いラムトニックを持ち、女に微笑みかけて言った。
「ご一緒してよろしいですか?」
女は私を上から下までゆっくり見て隣の席を顎で指した。よかった、合格らしい。女はマティーニを飲んでいる。軽くグラスを上げて言った。
「初めまして、カズオと言います」
「スーザン」
空色のサマードレスが似合っている。組んだ足をさり気なく見てみた。結構鍛えているようだ。脹脛がキュッと上がっている。
「ここへはよく来るんですか」
「たまに」
「私は週に火曜日は必ず来るんです」
「何故?」
「実は私は大学に勤務していまして」
「あなた、えーっと・・」
「カズオです」
「ミスターカズオはプロフェッサーなの?」
「いえ、単なる講師ですよ」
ここは教授なんかが来る場所ではない。
「へえ、大学で講師をしている日本人」
「正確には日系人ですがね。週に一度、たまらなく大音量でロック・ミュージックを聴きたくなるんですよ。この店は火曜日にロックをかける。それで火曜日に来るというわけなんです。アーティストなんて誰もいいんです。ただただ大音量でロックを聴ければそれでいいんです」
「大分疲れているみたいね」
「そうかもしれませんね。スーザンは?ここにはよく来るの?」
「時々。今日はザ・キュアーの日なの。だから来たってわけ」
「これ、ザ・キュアーって言うんだ。何だか随分変てこりんなことを歌っているけど」
「今日が金曜日だったら、私はあなたに恋してたかも」
「今日は火曜日。天気は曇りで心が折れる。残念だよ」
これは仕事なのか?と思われるかもしれないが、仕事なのだ。ナンパが?えーっとそうじゃなくて、客にどんどん酒を飲ませるように仕向けるのだ。それがここでの私の仕事である。いつだったか、この店で一人で飲んでいたら、女が寄ってきた。話をうんうんと聞いていると相手は酒をぐびぐび飲みながら喋っている。その結果酒のお代わりをする。この女は相当店に金を落とした。
その様子を見ていたマスターが私をスカウトしたというわけだ。私のような奴は毎日2人はいるらしい。もう一人の方は今日はまだ来ていないようだ。
「スーザンはどんな仕事をしているの?」
「あなたと同じよ、教師。小学校の」
「なんとまあ。偶然ですね。でも小学校だといろいろ大変でしょう」
今日の1人目は比較的楽に事を運べそうだ。小学校は愚痴の宝庫だ。それをうんうんと聞いてやればよいのだ。
そんな風に気軽に考えていたが、どうも調子が出ない。ついつい自分から喋ってしまうのだ。今爆音でかかっている「ザ・キュアー」についてだ。何だか気になるグループ(グループだよな?)だった。
「スーザンはザ・キュアーのライヴに行ったことあるの?」
「もちろん。ロバート・スミスのいでたちが最高にイケてるの。髭面に真っ赤な口紅、黒いアイシャドウ、髪の毛はぼさぼさで立っている。かなりインパクトがあるわ」
「ふうん。お勧めの曲は?」
「さっきリクエストしたわ」
やっとスーザンがマティーニのお代わりの仕草をバーテンにした。どんどん飲んでくれ。今日はザ・キュアーネタでいくから。
「ああ、これこれ」
スーザンがリクエストした曲も何だか奇妙な曲だった。ピアノの音が気持ち悪い。
「The Caterpillarって言うの」
(♪ピクピクピクピクピクピク/見つけた/カタカタ方カタカタ/キャタピラー・ガール??うん?イモ虫少女??)
「随分とユニークな歌詞だね」
「それもあるわ。あとは・・・コロコロ音楽のスタイルが変わっていくのも好きだわ」
「ロバート・スミスでみんな『治療』されてるのかな」
「勿論じゃない。たくさんのアメリカ人が彼らに『治療』されているわ」
今更ながらだが、アメリカは大変病んだ国だということがよく分かった。
スーザンとの会話はこれくらいで終わることにしよう。彼女はザ・キュアーが鳴っている限り、この店にいて飲み続けるだろう。よし、次。・・・・・
っていう変な夢を明け方延々見続けていた。何と言っても「はじめてのザ・キュアー」は43曲、3時間16分ある。浅い眠りの中聴くザ・キュアーは心地よかった。それに目覚めても夢からは目覚めないっていうか、なんか妄想がしばらく続いたんだよね。
ツェッペリン、コステロときてのザ・キュアー。あなた、論評からちょっと逃げてませんか?と言われても、何言ってんの、このスタイルこそがザ・キュアーを表すのに相応しいよ、と自信を持ってお答えします。ただ、いかんせん話がつまらない・・・その点は認めます。村上龍のように大風呂敷を広げることはできないし、ロバート・B・パーカーのようなこじゃれた会話も思いつかないし。
でも、ザ・キュアーで妄想するのは悪くないよ。
先週、叔母が亡くなった。家族葬で行ったため、お香典は昨日持っていった。そうしたら、故人の話はそこそこに、健康の話で盛り上がった。叔父曰く「血圧を下げるのなんて簡単だ」ということらしい。
忘れないうちにメモっておこう。麦茶、シナモン、ナッツ、ヒハツ、こういった食べ物を摂取するといいとのことだ。