◎病棟日誌 R061008 ワニは美味い (original) (raw)

◎病棟日誌 R061008 ワニは美味い 病棟に入ると、入口直近のベッドにはバーサンが入っていた。
あのジーサンはやっぱりくたばったか。
あのジーサンとは、「脚に荷物が乗っているから取ってくれ」と言っていた患者だ。
やはりそれから二日はもたなかったらしい。
こういうのは逃れる術がなく、運命を受け入れるしかない。
ま、j分でも分かってはいたと思う。
生き死にの境目を見るのが日常茶飯事だから、次第に無感動になって行く。他人だけでなく、自分自身の生き死にも大したことではないように感じる。これはさしたる危機が到来する前に「いつ死んでもよい」と言う者とは違う。死が見えていない時に言う強がりと、目の前に見て感じることには天地の差がある。

この日の穿刺は四十台のオヤジ看護師だ。奥さんの連れ子が二人いて、自分の子も二人いるから、常に家の中が騒がしいそう。
家の中が散らかっていて、いつも子どもたちがわあわあぎゃあぎゃ煩い環境こそ「幸せ」ってもんだ。
子供たちが独立して、家に夫婦ましくは一人きりになると、することがないから掃除をする。これで、いつも整理整頓された家になる。
当家は夫婦ともコレクション癖が強く、家の中には段ボールの小箱が積み重なっている。ガラクタだが、捨てられないので、廊下にも箱が溢れている。客を呼べないわけだが、当方が死んだらどうするのだろう。密葬、家族葬にしても訪問客は必ず来る。
五十メートル先に葬儀場があるから、当方が死んだら家には戻さずに、そこに直行するか、死んだ日に火葬にしてもらう手配をしておこうと思う。

オヤジ看護師は口数が少ないタイプなので、こちらから話を振った。
「ワニを食ったことがあるが、割と美味かった」
シンガポールに行った時に屋台で、ワニのスープを食べたのだが、あっさりした鶏肉みたいな感じで、割と美味かった。鳥のよな臭みがないから、鶏よりも美味いかもしれん。
「同じ爬虫類だが、ワニガメは抜群に美味いらしい。レストランで出すところもある」
特定外来種で駆除の対象だが、食えばかなり美味いらしい。
食ってみたいよな。
ワニガメは肉食だから、きっと味が濃い。
確か小学生が近所の田圃で発見したと噂になっていた。
嫌われ者なのに「美味い」となったら話は別だ。
「養殖したら、ワニ鍋料理屋が出来るんじゃねえかな」
すると、看護師が「エサ代が高くつきそうですよ」と乗って来た。ま、毎日、鶏肉なんかを与えていたら、確かにエサ代が高くつきそうだ。
今は害獣で、ハンターが捕って来て店に卸すだろうから、たぶん、数千円で済む。養殖するなら、ウナギ以上の金額になりそうだ。
「だが、美味いらしい」

そこからゲテモノ食いの話になり、サソリやらテッポウムシの幼虫やらの体験談になった。
話を引き出すことに成功したようなので、次からはあれこれ無駄話が出来ると思う。
いつも五十台のオバサンのことを「五十ババア」と呼んで敵扱いしてきたが、病棟では、小煩いくらい気が回るオバサン看護師がいてくれた方がよい。
師長が通り掛かったので、「循環器科の勤務歴が長いオバサン看護師をトレードして来て」と声を掛けた。
四十台と五十台は全然違う。看護師の目配りひとつで生き死にに関わる。