ポルノグラフィティの隠れてねえけど隠れた名曲「蝙蝠」 (original) (raw)

恋愛はポップソングの王道だ。老若男女正邪誠実不実古今東西一方通行両想を問わず、恋愛の歌は多くの人々の心を揺さぶる。ポルノグラフィティも例外ではなく、彼らがリリースしたヒットソングの多くは恋愛に関する歌だし、ストレートにそう歌っていなくても恋愛感情の存在を匂わせる楽曲も多い。

そんな数多ある恋愛の歌の中で「蝙蝠」は異彩を放つ。

「蝙蝠」は10thシングル『渦』のカップリング曲で作詞作曲は新藤晴一さん、4分30秒の恋愛の歌だ。ここでも書いたけど受容という表現の一つの到達点だと思う。一般的には決して良い印象を抱かれない〈黒〉と〈蝙蝠〉というモチーフを用いて行き詰った人生を打開する出会いと決意を描いている。

綺麗な色も何度か
重ねていけばいつか
哀しい黒色になる
諦めたように

冒頭の歌詞だけど〈綺麗な色〉≒「純真な心」が変貌してしまいそれは〈哀しい〉もので〈諦めたよう〉である……と長い生活の中で変容してしまった辛さがこの短い詩文の中に圧縮されている。そして続く一段落によって「他人を避けるようになった陰のある人物」であることが提示され、その後の歌詞でも終始一貫してこの人物がどのような人生を歩みどんな状況に陥っているのかを如実に描き続ける。どうしようもない袋小路に迷い込んだ〈あなた〉に〈僕〉はなにも求めない。ただそんな人生を歩んできたことを肯定して同等の存在として寄り添うことを決意する。この優しさは「ネオメロドラマティック」に近しいものがある。ありのままの君を受け入れる、なんて綺麗な表現じゃない。〈あなた〉と同じ〈黒〉の〈蝙蝠〉として生きていく。見方によっては閉じ人間関係に引きこもってしまったミクロな結末で救いがないともとれるけれど、おれはこれ以上ないほど完璧な救いのラストだと思う。

詩文は全て〈僕〉という一人称に立脚していて、描写の対象はすべて〈あなた〉だ。一貫して〈僕〉が〈あなた〉の置かれた状況やこれまでの人生について推測を交えつつ語りかけている。描写のほとんどが〈あなた〉についてのものなのに、ここに〈あなた〉が抱いている具体的な感情……いや視点の問題でそれは描けないにしても〈あなた〉の具体的な行動、感情の動きを思わせるような描写はまったくない。それなのに〈僕〉の決意と〈触れてもいいかな?〉という言葉がどれほど救いになったのかが如実に理解できる。

さらに注目したいのは水に関連する言葉。つまり〈涙〉と〈雨〉だ。唐突気味にに挿入される〈雨〉についての描写は、やや離れて紡がれた〈涙〉についての一段落によって本来ならマイナスな感情や状況をリセットするものであることが明かされ、そして同じメロディの段でそれなのに〈雨〉が決して〈あなた〉にとっての救いではないことが突き付けられる。この流れはすべて〈触れてもいいかな?〉という救いのための前段として機能している。

詩情は唯一無二だけどもちろん楽曲としても素晴らしい。

ミョンミョンと何の音なのかさっぱりわからない*1イントロから始まり、暗いとも明るいとも言い切れない曲調と感情をこめすぎずどこか語り手のようなボーカル、感情の好転を表すようなギターソロ、それにクライマックスでも盛り上がりすぎない岡野昭仁さんの歌唱術が曲の世界観を保ち、徐々にヒートアップするアウトロが歌詞の切実さを補強してくれる。

段落を繰り返す箇所がほとんどなく、そういう意味では散文としての濃度が高い。同じメロディの箇所も一部分だけ言葉を変えることで状況の変化や意味合いの補強をすんなりと自然に表現している。二人は子供ではない。けれど決して大人でもない。いや、大人でありすぎない。アダルトチルドレンという言葉は幼すぎるし、老成という言葉を与えるには青くさすぎる。そんな言い表しがたいシチュエーションに対して完璧な解答を用意しているからこそ「蝙蝠」は唯一無二の名曲なのだ。

蝙蝠

蝙蝠

*1:ブックレットに使用楽器のクレジットがないから推測すらできない。