今年のノーベル物理学賞・化学賞の対象にAI分野が選ばれた意味 関連論文数が圧倒的に多い中国の台頭必至 (original) (raw)

今年のノーベル物理学賞に選ばれたのはプリンストン大学のジョン・ホップフィールド教授とトロント大学のジェフリー・ヒントン教授(Getty Images)

今年のノーベル物理学賞に選ばれたのはプリンストン大学のジョン・ホップフィールド教授とトロント大学のジェフリー・ヒントン教授(Getty Images)

今年のノーベル物理学賞、化学賞のテーマは、いずれも大学の授業で習う典型的な物理学、化学とは異質の情報分野から人口知能(AI)が選ばれた。

前者はニューラルネットワークを用いた機械学習の基礎的分野で大きな貢献のあったプリンストン大学のジョン・ホップフィールド教授、トロント大学のジェフリー・ヒントン教授が受賞し、後者は新種のタンパク質の設計に成功したワシントン大学のデイビッド・ベイカー教授、自ら開発したAIモデル(アルファフォールド)を使ってタンパク質の立体構造を高い精度で予想することに成功したグーグルのグループ企業であるDeepMind社のデミス・ハサビスCEO、ジョン・ジャンパー氏が受賞した。

ノーベル賞はダイナマイトの発明で巨額の富を築いたアルフレッド・ノーベル氏の遺産を原資に1901年に創設された歴史のある賞で、賞金が高額なことから世界的な知名度は高い。

1739年に設立された自然科学、数学の発展を目的として活動を行っているスウェーデン王立科学アカデミーが受賞者の選定を行っているが、この権威ある機関がAIについて“人類の発展に大きく貢献した”と判断した。

今後、AIが経済、社会の在り方を大きく変えることになるのは必至であろう。

物理学賞、化学賞の国別受賞者数を比較すると、米国が圧倒的に多く、イギリス、ドイツ、フランス、日本といった先進国がそれに次ぐが、世界第2位の経済大国である中国を国籍に持つ研究者は皆無である。

この点だけからいえば、中国の科学力、イノベーション力は先進国と比べ大きく劣ると思うかもしれない。

しかし、AIに関して、その関連論文数を調べてみると、2022年における中国の論文数は4万2524件で世界最多だ(アメリカ国立科学財団)。第2位はインド、第3位は米国、以下、イギリス、日本、ドイツと続く。

中国は米国の3.4倍、日本の11倍にも及ぶ。

この内、国際共著の論文数でも中国は6833件で世界最多だ。ただ、第2位の米国は4964件、第3位のイギリスは3067件と中国との差は小さい。資金力のある中国だが、頭脳明晰な上に上昇志向が極めて強い若者が一定数いることもあり、先進国との間で十分な数の共同研究を行っている。

もし、米国がどうしても中国の発展を止めたいのなら、研究の段階から米中デカップリング、デリスキングを進める必要がありそうだ。

非関税障壁によって自国市場を強く保護する中国

もっとも、米国の科学力、イノベーション力が強いのは、世界各国から優秀な人材を自由に集められること、世界各国の優秀な研究者と自由に共同研究することができるからだ。

加えて、中国からの資金ルートは米国の研究機関にとって有力な資金調達手段の一つとなっている。

そもそも気難しい研究者たちは他者からの干渉を嫌うこともあり、米国政府といえども、研究分野での“中国切り離し”は簡単ではないだろう。

AI関連の論文数について、過去の推移をみると、2006年の時点では、米国が最大で、2位が中国、3位が日本といった順位であった。2007年以降は現在に至るまで、中国がトップとなっているのだから、もし、米国が20年近く前から警戒し、対応していたら、中国のAI開発力を抑えることができたかもしれない。

AIに関して開発力のある中国の優良企業を上げると、アリババ、テンセント、百度バイドゥ)、華為技術(ファーウェイ)、京東、レノボ、用友、センスタイム、科学訊飛(アイフライテック)など、大企業から新興企業まで幅広いが、そのほとんどが、巨大な国内市場を収益源としている。

国内で得た巨額の内部留保と国家による産業支援策によって、研究が加速したといえよう。

マイクロソフト、メタプラットフォーム、グーグルなどの米国大手IT企業はほぼ中国市場から締め出されており、中国は非関税障壁によって自国市場を強く保護しているのが現状だ。

中国共産党によるマクロコントロール、産業政策によって、自国市場の潜在的な大きさを最大限にアピールしつつ、経済のグローバル化、自由化の恩恵を最大限に受けながら、一方で国内市場の重要な部分については巧みに保護したことが、現在の中国を作り上げている。中国の外交力、交渉力が強かったともいえるだろう。

中国経済について、不動産バブルは確かに深刻だが、中国は社会主義国だ。国家によるコントロール力が強く、日本のバブル崩壊は参考にならないだろう。

できるだけ正確に予想したいのであれば、中国経済のネガティブな部分を分析すると同時にAIや新エネルギー自動車をはじめとした戦略的新興産業の発展といったポジティブな部分もしっかりと分析する必要がありそうだ。

文■田代尚機(たしろ・なおき):1958年生まれ。大和総研で北京駐在アナリストとして活躍後、内藤証券中国部長に。現在は中国株ビジネスのコンサルティングなどを行うフリーランスとして活動。ブログ「中国株なら俺に聞け!!」も発信中。